魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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デーモンを知る者

 ベゾブラゾフの攻撃失敗により、ディオーネー計画はその信憑性を大きく低下させていた。それを裏付けるかのように、USNAの魔工メーカーであるマクシミリアン・デバイスが公式サイトに掲示された文書でこう記載されていた。

 

『―――以下の理由により、我が社はディオーネー計画そのものの信憑性が確保されるまで中立の立場を取るものとする』

 

 文書には社長であるポール・マクシミリアンのサインが記載されており、ディオーネー計画自体が暗礁に乗り上げつつあった。それに対してエドワードが奔走する中、レイモンド・クラークによる計画が着々と進んでいたのを知るのは、その当人以外に居なかった……はずだった。

 

 2097年6月15日、土曜日。

 北アメリカ合衆国(USNA)テキサス州ダラス郊外。ここには、全長30キロメートルにも及ぶ線形加速器(リニアコライダー)を備えた国立加速器研究所がある。その研究所にはジェラルド・バランスの親友であるエルドレッド・バラッドがいた。

 彼も魔法師であるが故に軍人の誘いを蹴り、軍からの余計な干渉を跳ね除けるために政府機関の人間として働いていた。バー自体は父親が経営しており、研究所で働きながら休みの日はバーで父親の手伝いをする日々を過ごしていた。

 普通ならそこまで忙しくない研究所が忙しいのは、実施される秘密実験にあった。研究所の中でも重要な立場にいるエルドレッドは、この実験を聞いた際に頭を抱えた。何故ならば、実施される実験は『余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験』―――昨年初めに騒がせたUSNA軍の脱走事件での原因とされる[パラサイト]を呼び込んだ実験。

 

(一体何を考えているんだ……連中はリスクというものを分かっていないのか?)

 

 前回の時はエルドレッドが丁度非番だった為に回避できた。だが、今回は加速器(コライダー)の操作を担当するためにバックレる訳にもいかない。他の研究者が久々の実験ということで舞い上がっている様子に水を差すわけにもいかず、黙々と作業を進めた。

 エルドレッドが水を差さなかったのは、研究者としての性としてでもあるが、それ以上に管制室にいる“この場に似つかわしくない警備”がいたからだ。そして、それはエルドレッドにとって不快とも思えるような存在―――スターズの隊員がいたからだ。

 

 今回の実験の許可が出た際、一体何処から出たのかとエルドレッドは訝しんだ。流石に自分がパラサイト化するリスクなど無視できる筈が無く、実験の情報を掴むとすぐさま父親に相談した。すると、父親は何かを思い詰めたようにデスクから何かを取り出すと、エルドレッドに押し付けた。

 

『―――これは、ペンダント?』

『母さんの数少ない形見だ。俺もそいつで命を救われた。今後はお前が持っていろ』

 

 8年前のベーリング海での暗闘で生き残った数少ない魔法師の一人であるバルクホルンから渡されたとなれば、その効力はあるのだろう。正直気休め程度で持たされたのかもしれないが、精神干渉系魔法を学んだことのないエルドレッドからすれば、それが唯一の道だと思うしかなかった。

 最悪、パラサイト化したら親友(ジェラルド)に引導を渡してもらいたい。そんなことを思いつつ、コンソールを操作していく。

 

(しかし、何故にスターズが……いや、多分フレディの件を“誰かの関与”だと決めつけた。それも、USNA国内にいる人間ではないとするなら、日本の仕業だと唆した可能性が高いという訳か)

 

 この可能性に至った時点で、エルドレッドは父親に全ての推測を託した。最悪の可能性を自分が受けることも見越した上で。

 研究者たちは殆どが非魔法師なので[パラサイト]の影響を受けることはない。だが、エルドレッドの近くにいるスターズの兵士も含め、この研究所にいる魔法師がパラサイト化するリスクを抱えている。

 午前11時。エルドレッドの近くにいた科学者が実験開始を告げた。

 

 膨大な電力を呑み込んで、線形加速器が稼働する。

 加速器両端に陽子ビームを注入し、正反対方向へ衝突軌道で加速する。本来ならば望むデータが得られるまで何度も行うのだが、今回は1回で終了した。実験が成功したからだった。

 その直後、エルドレッドは嫌な予感を察して首元に掛けたペンダントを握りしめた。

 

(俺には精神干渉に対抗できる手段はない。親父、ジェラルド……もしもの時は、俺を躊躇うことなく殺してくれ)

 

 ダメ元でエルドレッドが魔法を行使する時のように想子をペンダントに注ぎ込む。すると、ペンダントに付いた透明な水晶が淡い光を放ち、エルドレッドの身体に浸食しようとした“何か”を取り込んでいく。

 時間は一瞬……だが、まるで数分にも及ぶような時間を感じたエルドレッドが現実を直視したのは、自我を持った状態でコンソールが視線に入った事だった。そして、ペンダントに括り付けられた水晶は何かを取り込んだかのように蒼く変化していた。

 

(助かった、のか? 母さんの形見は……役に立ったようだよ、親父)

 

 エルドレッドは母親のことをあまり知らないし、父親はあまり語ろうとしない。だからこそ、父親が渡したペンダントにも懐疑的だった。エルドレッドは一息吐いて立ち上がろうとしたところで、嫌な悪寒を背後から感じていた。

 何かに浸食されるような感じではなく、まるで人ならざる者が近くにいるかのような感覚に近い。エルドレッドが感じた方向にいる人間といえば、間違いなくスターズの兵士でしかなかった。

 エルドレッドは確信に近い何かをその感覚から感じ取っていた。彼はパラサイトになってしまったのだと。だが、ここで一悶着を起こしたとしても、仲間がいるかもしれないパラサイトの兵士に襲われるリスクは勘弁願いたい。

 

 スターズ隊員が全員帰投したところを見計らって、エルドレッドも休暇申請を出してワシントンに着くと、そのまま実家のバーに顔を出した。だが、そこで彼が見たものは……家はもぬけの殻状態で、デスクには一枚のメモが残されていた。

 

『エルドレッド。お前がきっと“人間”のままこの場を訪れることを見越してこのメモを残す。逃げろ。詳しいことは近くの金庫の中にある。お前なら開け方を知っている筈だ』

 

 あの屈強な父親が逃げなければならない事態ということにエルドレッドは訝しみつつも、近くにあった金庫―――普段は売上金などの一時的な管理に使用している―――のコンソールを操作すると、ロックが解除されて金庫を開く。すると、中にはエルドレッドが普段使いしているCADにマネーカードやパスポート、更には一台の端末が置かれていた。

 

「流石に親父の連絡先は……ねえか」

 

 このまま店で待つという選択肢も無くはない。だが、あの父親がそんな選択肢を取らなければならなかった理由を知らなければならない。エルドレッドは端末を操作して、アドレスを暗記していた親友宛に一通のメールを送信する。

 

『エルだ。詳しいことは分からんが、親父が居なくなった。そんで、マイクロブラックホール実験の影響で俺も暫くは身を隠さなきゃいけないようだ。この件が無事に解決することを祈っている……死ぬなよ、ジェラルド』

 

 エルドレッドは端末を懐に仕舞うと、手早く身支度を整えてワシントンの駅に来ていた。すると、彼の視線の先には息を荒げて走ってくる親友の姿が目に入った。

 

「エル! お前、本当に行くのか!?」

「ジェイ! 行き先は伝えてなかった筈なんだが」

「親友だからな。お前の考えていることぐらい見通せなきゃやってられん……いいのか?」

 

 まさか、見送りに来るとは思わず、エルドレッドもジェラルドの姿を見て動揺した。だが、既に状況が動いていることを認識しなければならない時にいる。エルドレッドは、父親の突然の失踪でそれを確信してしまった。

 エルドレッドはジェラルドと隣り合う形でベンチに座り、遮音フィールドを展開する。

 

「ダラスでマイクロブラックホール実験が実施された。俺は親父から託されたペンダントで事なきを得たが、あの場に居合わせたスターズの隊員がパラサイト化している可能性が高い」

「何だと……ダラスの連中には養父経由で問い合わせた時には『その事実はない』と一蹴していたが。その時にエルと連絡していれば……」

「過ぎたことは仕方がない。で、だ。多分親父が逃げろと伝言を残したのは、その時のことでパラサイトが浸食できなかった俺を排除するように動き出す可能性を考慮してのことだろうと思う」

 

 バルクホルン自身がパラサイトと相対した可能性は未知数。だが、エルドレッドに託された対抗手段の件からして、バルクホルンはパラサイトに関する深い見識を得ていたのだろうとみていた。

 それはエルドレッドのみならず、ジェラルドも同じ意見だった。

 

「御しきれないから排除する―――本能的な行動としては理に適う、か。エル、お前が把握しているスターズの人間は?」

「“レグルス”のコードを有していた人間が近くにいたから、多分フレディがいた第三隊、それに第六隊の人間も確認できた。それと、あの場に似つかわしくない金髪の少年の姿を目撃したが、誰も咎めないから無視していた」

「金髪の少年? ……もしかして、コイツか?」

 

 ダラスの研究所で目撃すること自体が違和感しかないというエルドレッドの証言に『もしや……』と思ったジェラルドが端末を操作してレイモンドの顔写真を見せると、エルドレッドは間違いないと言いたげに頷いた。

 

「ああ、見間違いでなければ彼だ。臨時職員のパスを持っていたから俺もその時はスルーしていたんだが。前にテレビで見たような気がするが……ジェラルド?」

(レイモンド・クラーク……もう、最悪なんて言葉が陳腐でしかなくなってしまったぞ)

 

 もう、USNA自体が取り返しのつかない段階にまで踏み込んでしまった。レイモンド・クラークの行動によって、スターズで叛乱が起きる可能性は“ほぼ確定”となってしまった。

 ジェラルドの様子を訝しむエルドレッドだったが、乗る予定の鉄道の時間が迫っているのを確認すると、遮音フィールドを解除してスーツケースを手に掛けつつ立ち上がった。

 

「……ジェイ、すまないがここから先は何も助けてやれない。悪いな、出来の悪い親友で」

「気にするな。この鬱憤は騒ぎを起こした連中にぶつけてやるさ……エル、元気で帰ってこい」

「―――ああ。お前こそ、嫁がこれ以上増えないように気を付けるんだな。寧ろ、子供でも出来てそうな気はするが」

「いや、嫁って誰のことだよ……って、余計なお世話だ!」

 

 そんな遣り取りの後、その場から離れていくエルドレッド。左手を上げて左右に振りながら去っていく親友の姿を見送ると、ジェラルドも踵を返して真剣な表情を浮かべた。

 この時は、エルドレッドもジェラルドも分からなかった。まさか、“あのような事”になるなど……それが予想できた人間は神様だと思わんばかりの出来事に遭遇するなど、彼らには想定すら出来なかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 エルドレッドに行き先を告げなかったバルクホルン。彼が行き先を一切告げなかったのは、彼自身の人生にも大きく関わっていた。

 バルクホルンは元々捨て子で、彼は本当の両親を知ることなく生きてきた。そんな自分を拾って育ててくれたのは、ロッキー山脈に集落を構えて生活している先住民の一族だった。そして、今は亡き彼の妻は先住民のシャーマンの血を色濃く継いでいて、バルクホルンが村を出る際に駆け落ち同然ともいえる形で山を下りることとなった。

 その彼が再び村を訪れるなど、今度はどんな誹りを受けるか分かったものではない。だが、彼の来訪を待ち構えるように村の入り口に立つのは、妻の父親であり、自身の養父である村長であった。

 

「久しぶりじゃな、バルク」

「……お久しぶりです。本当ならば、ここに来る資格など無いと思っておりましたので」

「何を言う。可愛い息子の帰省を喜ばぬ親などいるものか……ここでは人目もある。家に来るとよい」

 

 そうして家の中に招かれたバルクホルンを待っていたのは、歳を取った感じを一切感じさせない美貌を持つ村長の妻―――バルクホルンにとっては、養母ともいえる―――が出迎えてくれた。

 

「あら、バルク! やっと帰ってきましたね」

「……すみません、“母さん”。彼女は……」

「貴方は気にしなくていいのですよ。娘が貴方に好き好んで付いていっただけなのですから」

「……ありがとう、ございます」

 

 そうして久々の語らいとなったが、長が一息ついたところで話しかける。

 

「さて、バルク。星の精霊が語り掛けてくれたが、どうやらデーモンがこの世に来たようだな」

「……息子も、その可能性を強く感じておりました。自分が得意でなかったが故、息子に精神干渉系魔法は教えれませんでしたが、彼女が遺してくれた御守りがきっと役に立ってくれると思っております」

 

 普通ならバルクの養母が強い気質を有しているが、養父は男性でありながらも強いシャーマンの資質を有していたため、邪悪な気配や敵意を具に感じ取っていた。

 だが、それを知っても必要以上に首を突っ込むことはしない。それが、古より伝わる言い伝えであり、自らの守れる範疇を認識することで守れるべきものを限定化する。それによって、この一族は長き時を生き永らえてきた。

 

「そうか。それで、その息子を連れてこなかった理由は何故だ?」

「―――実は、自分は以前にも何度か[パラサイト]による攻撃を受けたことがあります。幸い、彼女がいたことと二人が教えてくれた(まじな)いで事なきを得ていましたが」

 

 ダラス国立加速器研究所で起きたパラサイトの憑依現象。だが、一昨年まで表面化しなかった。10年前を最後にマイクロブラックホール実験が封印されたこともそうだが、それまで実験の警備をしていた隊員に魔法資質因子の保有者を含めないように言い含めていた。それを具申したのは、先代の“シリウス”であったジェラルドの母親と先代“カノープス”であったバルクホルン、そして先代の“ポラリス”だったバルクホルンの妻に他ならない。

 双方共に[パラサイト]に対抗できる資質を有していたから問題なかったが、次代以降のスターズがもし関与することになった際、USNA軍における精神干渉系魔法では対処が極めて難しいという見解も一致していた。だが、その見解を出す直前にベーリング海の暗闘に巻き込まれ、バルクホルンはUSNA軍のやり方に嫌悪を抱いて除隊した。

 

「[パラサイト]は極めて本能的な行動を起こす可能性が極めて高い霊子(プシオン)で構成された情報体―――というのが、自分と妻、当時のシリウスが持った見解です。話を戻しますが、息子が仮に防御に成功した場合、息子の抹殺を目論んでパラサイトが行動を起こすことも十分考えられます」

「そのために、バルクは息子の行動の支障とならないようにしたのですね。人質などによって身動きが取れない状態を作り出さないために」

「はい。今の息子は私以上の実力を既に備えています」

 

 [パラサイト]が再びこの世に出てくるとは必ずしも言えない。だが、物事に絶対はないし、その筋の研究者が簡単に諦めるとは思えなかった。息子やその親友を鍛え上げたのはあくまでも魔法師の自衛のためだが、奇しくも彼らが巻き込まれる側になってしまうとは皮肉としか言いようが無かった。

 

「それに、息子なら残したメモの意図を悟って既に行動しているものと思います。行き先は―――」

 

 せめて、この騒動の後に起こる後始末は自分の手でケリをつける。そう決意したバルクホルンに迷いはなく、せめて息子とその親友が生き延びてくれることを切に願った。

 




 今回はUSNAサイドのお話。そもそもの話、マイクロブラックホール実験自体が別に2095年時点で初めてだったとは考えづらく、成功確率を挙げるという意味で過去に何度も実施されていたと考えるのが妥当だと考え、こんな展開にしました。
 オリキャラのエルドレッドですが、彼も気苦労を背負う立場となります。この辺はWebにて。

 原作だとUSNAは北アメリカ“大陸”合衆国となっていますが、これを本作で直すと400本以上あるページ全部を見直すことになる為、本作では『北アメリカ合衆国』で通すことにします。中央アメリカ寄りのメキシコも入っているのに北アメリカと言ってしまうのもどうかとは思いますが。
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