「―――何が起きたんだ」
ありのままに起こったことを話そう。
悠元は達也や深雪と一緒に生徒会室に来た。
その中に入ると、座った状態で口からエクトプラズムのような何かが出ている真由美に、苦笑しか出てきてない摩利。
鈴音は瞼を閉じて思考を放棄し、あずさに至ってはワークステーションのある机の下で縮こまっていた。そして、真由美の座っている席の後ろには糸目の女性がいた。
催眠術とか超スピードの方がまだ納得できる、と思わなくもない状況だった……思いつつも、この状況を打破するために声を掛けた。
「連絡は貰ってたけど本当に唐突だね、佳奈姉さん」
「ん? あ、悠元。あれ、隣にいるのは深雪ちゃん?」
「お久しぶりです、佳奈さん」
「うん、久しぶり。あれから美人になって、羨ましく思えるね」
先ほどの雰囲気とは打って変わって和やかになっていた。その一方で佳奈と深雪の接点が分からない人からしたら、深雪も十師族? と思う人もいるが、そこを否定するように佳奈が口を開く。
「一応言っとくけど、深雪ちゃんとは九校戦の観客席で偶然出会っただけ。信用できないなら美嘉に聞くといいよ」
「い、いや、そこまでは言ってませんが……」
「渡辺先輩が丁寧な口調に……」
「佳奈姉さん、会長と会頭、委員長に正式な試合で勝ってるから」
それは現3年の真由美、克人、摩利が1年の時の話だ。当時生徒会長だった佳奈は、十師族のプライドを一度へし折るために克人の勝負を受け、ファランクスを破壊したうえで勝利。真由美にはスピード・シューティング勝負で完封。十師族ではないが、摩利とも正式な試合を行って彼女を叩きのめした。
そこまでした理由は『今のうちに痛い目を見とかないと後で面倒なことになる。特に真由美は厄介だと思う』と……実際、その通りになった。
いい加減現実に戻ってこい、と言わんばかりに佳奈は軽い電撃で真由美を現実に引き戻した。
「にゃうん!?……あ、あれ? ああ、夢だったのね」
「……もう一発いっとく?」
「ごめんなさい!」
佳奈がここまで怒る理由も察しがついている。彼女と美嘉は九校戦で総合優勝を三高に取られた経験がある。その原因の一つが一定水準の技術を持ったエンジニアの不足だった。
二人は同学年からそれぞれ一科生二名、二科生二名のエンジニアの育成をしようとしたところで周囲(主に一科生)が猛反発した。理由は『二科生にエンジニアなんてできるわけがない』という感情的理由だ。
そこから端を発した一科生の二科生苛めというトラブルに、1年ながら風紀委員長となった美嘉が全一科生の約6割(その殆どが2・3年の一科生)を鉄拳制裁する事態にまで発展した。
校長の呼び出しを受けた美嘉は、彼を前にして臆することなくハッキリとこう言った。
『―――生徒の自主性とかほざいて何もする気がないのに、問題が大きくなったら呼び出して注意ですか? 校長職をやめた方が自分の身のためじゃないんですか?』
これに校長は逆上して、教頭や教職員達の反対を押し切ってまでも美嘉を退学させようとした。だが、それを聞きつけた佳奈が剛三を巻き込む形で校長室に乗り込んだ(当時詩鶴は3年で受験生だったので巻き込まなかった)。
二人曰く『平和的会話』によって退学の話は立ち消えとなった……沖縄絡みの一件が回りまわって美嘉を救ったということらしい。ただ、その反動という形で三矢家に一高の『
姉達からすれば一科生も二科生も同じ一高の生徒であり、九校戦や論文コンペに一丸として取り組まなければならない時に二科生を除け者にする風潮が気に入らなかった。だから、佳奈と美嘉は周囲なんて気にせずに二科生と打ち解けていた。
三矢の名がどうとかいう連中もいたが、『気に入らないのなら私に勝て』ということで学校の制度を利用して正式な試合を組み、その悉くを打ち倒した。
佳奈の正式な試合数は3年間で665戦……これは一高における歴代記録1位となっている。なお、歴代2位は美嘉の614戦である。
「私と美嘉で綺麗に掃除したかと思えば、春にブランシュの襲撃受けるし……真由美、技術スタッフは? ……悠元、どうなの?」
「現状候補は七名だけ」
「悠君!?」
割と怒っている佳奈の問いかけに答える気のない真由美を見て、質問の対象を弟に向けた。悠元は佳奈の様子を察しつつ、手短に答えたことに真由美が声を上げた。
「ねえ、真由美。初っ端から行き当たりばったりで、本気で三連覇する気あるの?……そういえば、深雪ちゃんの隣は噂のお兄さんかな?」
「何の噂かは分かりませんが……自分は司波達也と言います。貴女のことは悠元から色々聞いています。宜しくお願いします、佳奈さん」
「そっか。三矢佳奈です。よろしく達也君……ふむ、君はできそうだね」
できそう、という言葉に達也は若干警戒するが、そこで佳奈は深雪に視線を向けた。その表情からしてエンジニア関連だということを読み取ることができた。
「深雪ちゃん、いつもCAD調整はどうしてるの?」
「私はお兄様にお願いしています……お兄様、九校戦でも調整していただけないでしょうか? 技術スタッフも足りないと聞いていますし……その、だめでしょうか?」
「深雪……」
こうなると達也に断る術はなくなる。退路は無くなったと感じつつ悠元に視線を向けるが、深雪を説得する方法がない、と悠元は首を横に振った。
断ることを無理強いもできず、結局妹の頼みを聞く羽目となった達也は心の中で溜息を吐いた。
そして、そんな空気のまま昼食の時間となった。三連覇目指して頑張ろうと意気込んだ矢先に、その出発点を担った先輩からダメ出しを食らう情けない有様。それを示すかのように、真由美の表情は暗い。
「どうしたの、真由美? 相変わらず表情が暗いよ?」
「誰のせいですか、誰の……うう、折角意気込んでいたのに……達也君を推薦できる形になったのはいいけど……」
「でも、姉さんの懸念は正解ですよ。自分が言うのも変ですけど、特に男子は大丈夫なんですか?」
現状決定しているメンバーで見れば、こないだの期末考査の総合成績上位者は主に女子に偏り過ぎている。
1年だけを見ても男子は悠元と燈也、それと森崎に
上位者には十三束も入っているのだが、魔法特性上九校戦の出場は無理ということになり、代表メンバーから外されている。
「確かに、新人戦枠は悠元君と六塚君で5種目の内4種目を辛うじてカバーしている状況。会長と委員長の立場が男女逆になった形ですね」
「懸念も分かるが、君らのように飛び抜けた人間は稀少だからな……」
「人のことは言えないと思いますよ、委員長。現3年の誰かがトラブルなどによって崩れた時点で本戦も危うくなります。総合優勝を三高に奪われかねません」
「……そう言われると、確かに気を引き締めないといけないな」
ちなみに代表メンバーの正式決定後、悠元が出場する種目自体は変わらないが、アイス・ピラーズ・ブレイクは新人戦枠で出ることになった。克人本人が本戦枠で出ることを忘れていた(メンバー選抜だけでなく、家の忙しさやらで追われていた)ためだ。上泉家のことで苦慮していたから仕方ないと思う……自分のせいだということは自覚しているが。
あとは、三高で出てくるであろう『
ここに達也が技術スタッフとして入る以上、1年男子勢に何かしらの軋轢がかかるのは必至だが、正直面倒を見る気になれない。
というか、彼の実績を見ずに二科生だからという理由だけで嫌うのなら、代表メンバーなんてやってほしくないのが本音だ。けれど、そうなったらまた生徒会に負担が掛かるので口を噤む選択をした。
「ところで、姉さんは単にその辺の説教だけしに来たわけじゃないでしょ?」
「流石悠元。実はゼミの先生にお願いをして、九校戦の外部補助スタッフとして一高に来たの。セキュリティも登録してあるよ」
「だから生徒会室のセキュリティーが先輩に反応しなかったのですか」
「その、外部補助スタッフとは? 今まで聞いたことがなかったのですが……」
「それはね―――」
佳奈が言うには、魔法大学と防衛大学校から今回の九校戦に合わせて外部補助スタッフが派遣される流れとなった。
内容的には、九校戦本番まで選手の練習サポートや技術スタッフの技術指導や補助、戦術スタッフへの戦術指導をメインに行う。有体に言えば雑用係と言って良いだろう。
「実を言うと、私も知らなかったんだよね。美嘉が『どうにかしてあの聞かん坊な後輩共を正式な手段で指導できる方法がないか』って言いながら大学の図書館を漁って出てきた制度だったし。真由美、猛省」
「はい……」
この制度―――正式名は『魔法科教育研修』。これは九校戦が公式行事となった際に制定されていたのだが、人手不足や魔法大学・防衛大学校のカリキュラムなどの関係で使われてこなかっただけらしい。誰も使わずに埃を被っていたようなものだったので、それを申請した時は大学職員も大慌てで過去の資料を掘り返す羽目になっていたと佳奈は話す。
彼女はこの制度を使って大学の学期末考査を前もって終わらせ、今回の補助は受講科目の加点対象となることも決まっている。大学で所属しているゼミの担当教官も理解を示してくれたことが大きかった。
「私だけじゃなくて詩鶴姉や美嘉も対象に入ってるし、美嘉の親友もそうだけど……後は修次かな」
「しゅ、シュウが!? 何も聞いていないのですが!? というか、九校戦の時期はタイへの剣術指導とか言っていたはずですが……」
「それなら母さんの実家の人が代わりに引き受けてる。今日の朝に決まった話だから、知らなくても無理ないと思うよ?」
千葉家の人間まで駆り出したとなれば、恐らくは『無頭龍』あたりを睨んでの動きだろう。その辺の連絡は来ていないが、闇カジノあたりまで既に掴んでいる可能性がある。
上泉家の動きは不明だが、代わりにタイへの派遣となると師範クラスあたりになる。考えられるのは元継の妻の父親、自分にとって叔父にあたる人物……これ、最悪爺さんが『無頭龍』のアジトに単独で乗り込むまであるな。6本使ったら建物が文字通り“消し飛ぶ”ぞ。
「ちなみにですが、佳奈さん。過去九校戦に1年の二科生が技術スタッフになった例は?」
「あるよ。5年前の九校戦直前に一科生の技術スタッフが1人倒れちゃってね。当時は二科生だけど私の従妹で、卓越した技量のエンジニアがいたからその人が担当したことはある」
その人物は後に元継の妻となる千里のことだ。
当時は一科生の面々が反発したが、『ダラダラ文句言うなら、俺と詩鶴のCAD調整だけやらせる。それで文句はあるか? あるんだったら俺が全部引き受けてやるぞ』と当時部活動会頭だった元継の一声で全員が黙ってしまった。
このことで千里の元継に対する好感度も跳ね上がったのは言うまでもない。
ちなみに、入学当初二科生だったのは、当時の千里の魔法力がそんなに高くなかっただけ……つまりは悠元の影響を受けた人間の一人ともいえる。
「ああ、千里さんか」
「そそ。次の年には一科生に上がったけど、その意味で達也君は二度目かな」
「自分の場合だと実技は苦手なのですが……」
「技術スタッフに一番大事なのは、選手の魔法特性などを理解したうえでCAD調整すること。それができないと戦術や新型魔法も無駄になるからね。そこに魔法実技評価は無意味だから」
技術スタッフに求められるのは、魔法理論を十全に理解し尚且つ選手の特性を把握できるだけのスキルが必要である、と佳奈は断じた。加えてCAD調整に自身の魔法発動は要らないため、魔法実技評価をバッサリと切り捨てるように言い放った。
「大丈夫、美嘉があーちゃんと
啓とは2年の
曰く『自分の命を預けるに等しいCADエンジニアの知識を把握せずに魔法師をやるなんて行為、ヘルメットを着けずに工事現場へ入るようなもの』と
あずさの場合は、美嘉に加えて佳奈も彼女のスキルアップのために尽力。その意味で三矢家の『与える家』らしい一面が出たといえよう。
「あ、はい! でも、後輩の前であーちゃんの連呼はやめてください!」
「ダメ?」
「う……諦めます」
あずさは渾名の連呼をやめてほしかったが、悲しげな表情を見せた佳奈の問いかけを聞き、先輩兼恩人を悲しませたくないと諦めた。『諦めんなよ!』と某炎の妖精は言っていたが、それは時と場合によりけりであると強く感じた。
感想は一通り読んでいますが、回答しようとするとネタバレになりかねないのと展開が固定されるのを防ぐため、返信は致しません。ご了承ください。