九島家の実情と、それに佐伯が関与している事実はいったん棚上げとする形とした。その辺の策は既に講じているし、それでも佐伯が抗うようならば、決定的な戦力としての決別をすればいいだけの話だ。
ただ、風間に関しては個人的な誼と本人の意思を既に確認している為、彼には便宜を図る対価として国防軍の主力として頑張ってもらう方針を固めた。ただでさえ大越戦争の件で冷遇されたのだから、その分の蓄積が今になって降り掛かってもらったと思ってほしい所だ。
原作で起きていた達也と九島光宣の対立や戦闘は回避できたため、その結果として真一の件で十師族の招集を掛ける必要は無くなったし、この世界の水波や光宣が被害を受けていない以上は特段問題にすべきことではない。
一条家に[リンケージ・キャスト]の術式データを渡すのは、ベゾブラゾフが次の行動を見せてからということで元継と話し合った。一応、事前説明という形で一条剛毅に話を通したが、その際に将輝が戦略級魔法師となることは“本人の意思次第”という形とした。
―――USNAの現地時間、2097年6月16日。
日本がそんな情勢になっている頃、剛三と奏姫は北アメリカ合衆国のニューメキシコ州アルバカーキにある一軒家を訪れていた。
「ミスター剛三! お久しぶりです。隣にいるのはもしや、奏姫殿ですかな?」
「ハッハッハ、軍を退役してもお主も変わらぬな、ランディ。お主の息子は元気でやってるか?」
「愚息は軍人を生真面目にこなしておりますよ。聞けば、先日は愚息が迷惑を掛けたようですな」
剛三に“ランディ”の渾名で呼ばれた退役軍人の名はランドルフ・ロウズ。年齢は剛三よりやや年下だが、かつて世界群発戦争で剛三と肩を並べて戦った戦友の一人。そして、彼の息子の名はベンジャミン―――現在“カノープス”のコードネームを有する軍人魔法師。
「気にしてはおらん。わしとて国の面子でジード・ヘイグを捕まえただけで、その後始末はUSNAに任せたからの」
「と、夫はそう仰っていますので、気にしなくて結構ですよ」
「では、そうさせていただきます。にしても、旅立ってしまった戦友たちの墓参りにしては急な訪問ですな……何か、懸念をお持ちですか?」
ランドルフは剛三と奏姫の訪問に対して少し疑問を抱いた。流石に90歳近いとなれば、動けるうちに亡くなった戦友たちの墓参りをしてやりたい気持ちは理解できる。だが、昨今の情勢を鑑みた時、今この時期に彼らが自分を訪問したということに意味があるのではないかと訝しんだ。
「懸念か。まあ、あるといえばあるかのう……ランディ、お主も感じておるのではないか? 具体的には
「……ええ。何かを蝕むような、そんな気分を抱いているのは事実です」
昨日の昼までは明らかに感じなかった悪寒にも似た感覚。ランドルフは基地内で何かあったのではと思い、息子のベンジャミンに『元気でやっているか?』とメールを送った。内情を聞き出すのは軍規に違反するため、あくまでも親心としての体裁で尋ねたものの、ベンジャミン本人からは『何か悪いものでも食べたのか?』と心配される始末だった。
「ただ、その感覚も剛三殿や奏姫殿、千姫殿に関わっていたからこそ感じたものであり、息子には把握できぬでしょうな。もしや、『七賢人』が言っていたマイクロブラックホール実験によって呼び出された[パラサイト]なる存在ですか?」
「ええ、私と夫はそう見ています」
昨年の場合は非戦闘員やスターズの中では低級のクラスが殆どで、前回の被害者の中で階級が一番上だったのはアルフレッド・フォーマルハウト中尉だった。だが、それがもしスターズに蔓延したとなれば、今度は大尉や少佐クラス―――隊長格となる
「だが、ランディ。退役軍人のお前が手を出せばちとややこしくなる。なので、お前は大人しく留守番しておけ。もし手を貸してもらうことがあるとすれば、この騒動が終わってからにしてくれるか?」
「……そうですな。傍観者に徹しなければならないとは歯痒いものですが、致し方ないでしょう」
ランドルフが首を突っ込めば、下手をするとロウズ家そのものがパラサイトによる攻撃を受けかねない。その代わりを剛三と奏姫が担うことに関しては正直同じ戦友として悔しいが、その後の責任や後始末は必ず自分の手で行うと心に決めた。
「ランディさん、息子さんのことは如何いたしますか?」
「……ベンが助けを望めば、その思いに応えてやってください。最悪息子がパラサイト化したら、どうか人としての死を叶えてやってほしい」
「心配するな、ランディ。そういう妖を滅ぼして人を救う術は心得ておる。それに、その技は次代で更に進化したようだからな」
悠元が天刃霊装の[天魔抜刀]を完成させたことは、国外にいた剛三と奏姫にも悠元が発した凄まじい霊力で察していた。才溢れる祖先ですら完成しえなかった極致に至ったことに、二人は我が子のことのようにとても喜んだ。
「何はともあれ、まずは腹ごしらえと休息だな」
「今日はお二人が来ると聞いて妻と息子の嫁に孫娘が張り切っておりましてな。遠慮せず寛いでいってください」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
ともあれ、『腹が減っては戦は出来ぬ』という諺に倣う形で剛三と奏姫はロウズ家の歓待を受けることとなったのだった。
◇ ◇ ◇
アンジー・シリウスもといリーナは現在進行形で不満の極みにあった。
自分がお飾りの総隊長であることなど承知の上だし、小娘などと侮られても別段気にしてはいない。全十二隊存在する部隊の全ての行動を把握しなければならない立場にいるはずだが、そのことすらも知らされないことなどザラにあった。
なので、リーナが軍人の扱いに対して不満を有しているわけではなく、一時的な帰省扱いの筈なのに日本への帰国許可が下りないことに不満を持っていた。とはいえ、下手に八つ当たりするわけにもいかず、それで基地司令の小言を聞くのも勘弁願いたかった。
「私が総隊長ということに対してそんなに不満なら、今すぐにでも肩書きを返上して辞めてやるわよ、こんな組織なんて」
それに、どうせ妹のようにシリウスの肩書きを捨てることを固めた身としては、この先スターズがどうなろうと自分の知った事ではない。それでも、自分に余計な迷惑が及ばないように自制している結果、不満を蓄積させていた。
半ば自棄気味に言い放った後、リーナはブランケットを捲って中に潜り込み、音声コマンドで照明を消した。そんな状態のリーナは気付かなかったが、悠元から渡されたペンダント型CADに括り付けられた透明の水晶が淡い光を帯びていたのだった。
(……ここは、夢?)
まるで、現実では無いような浮遊感を持っている状態。そして、彼女の眼の前には仮想モニターのように映し出された映像が視線に入って来た。それは、一昨年や昨年で自分が“アンジー・シリウス”として[パラサイト]を処断する映像。
まるで、自分の夢を押し付けられたかのような既視感を抱いたリーナは、ふと背後に何かの気配を感じて振り向く。すると、そこには白髪で黒を基調とした鎧を身に着けた女性がいた。何故か、卓袱台にあるご飯を食べているという光景付き。
『もぐもぐ……あ、どうも。貴女も食べます?』
(誰えぇっ!?)
リーナからしたら、夢に対する既視感も目の前にいる女性もまるで理解の範疇から逸脱した形となった。夢の中で精一杯叫びつつも、大人しく座ってその女性がよそってくれたご飯を口にする。
(で、貴女は誰なの?)
『ああ、申し遅れました。私は
(……私、パラサイト化しちゃったの?)
『ああ、それは心配要りません。私がマスターの精神を守護しています。なので、浸食や同化の恐れは一切ありませんよ』
[守護霊]という単語にも懐疑的だが、そもそも自我を持ったパラサイトに身を守られるということ自体、リーナからすれば常識の範疇を遥かに超えてしまった出来事。スターズの中には精神干渉系魔法に長けている隊員もあることは知っているが、これはもうそんなレベルで語れるようなものではなかった。
(それって、あの映像が深く関係しているの?)
『あれこそがパラサイトによる精神への干渉です。まあ、マスターが夢に対して疑問を抱いた時点で失敗したも同然ですが……問題はこの先です』
食事(夢の中で食べても現実の腹が膨れるわけではないが)を終え、どこからか出てきた湯呑に入っている緑茶を口にしつつ、リーナは景虎の言葉を静かに聞いていた。
『パラサイトはこう考えるでしょう。マスターを同化できなかった時点で、貴女を危険の対象と見做して排除しようとするかもしれません。それに、マスターに不満を有する兵士もパラサイトによる思考の誘導で釣られる可能性は極めて高いでしょう』
(……貴女の言う通り、私が総隊長であることに不満を持っている兵士は少なくないけど、そう簡単に行くものなの?)
『そこでもう一つの事実―――マスターが司波達也さんの婚約者である事実を引用して、マスターが司波さんに唆されて工作活動をした結果、パラサイトによる浸食を受けたのだと騒ぐでしょう』
(冗談じゃないわよと言いたいけど、やりかねないと思ってしまうのも事実なのよね)
軍部の中には達也を排除しようという主張があるのも確かだし、リーナに対する不満を持つ兵士がいるのも確か。達也とリーナの婚約関係を“ハニートラップ”と見做して達也やリーナに責任を負わせるとなれば、不満の矛先が軍部に向くことを抑えられる。
(そもそも、達也からしたら敵対する気もないスターズに工作なんて仕掛ける意味がないわよ。寧ろ、この事実を知った達也を怒らせるほうがもっと危険じゃないの……しかも、そのとばっちりを私が受けることになる訳ね。それで景虎、私が襲われるとしたら何時になると思う?)
『この夢が覚めたら―――翌朝になるかと。どうしますか? マスターが宜しければ私が今すぐ叩き起こして差し上げますが』
(そうね。なんなら今すぐにでも……って、その槍は何!?)
リーナは、自身の命に直結するとなれば今すぐにでも行動するべきだと思った。幸い、基地に持って来たケース一つで足りる荷物しかないし、今すぐにでも帰れるような状態にしていたので問題ない。
だが、そう決意したリーナの目線の先には、槍を持って構える景虎の姿があった。
『大丈夫ですよ。目覚めは抜群ですから』
(え、姿が消えて……にゃあ!? し、尻があぁっ!!)
忽然と姿を消した景虎。そして、リーナの臀部あたりに強烈な痛みが走った瞬間、リーナは飛び起きるように上体を起こした。
「はぁ、はぁ……し、尻は……無事だったわ」
夢の中の出来事であったとしても、間違いなく達也に四肢の付け根を穿たれたとき以上の強烈な痛覚を覚えたリーナだったが、自身の肉体には問題ない事を確認して深い溜息を吐いた。
リーナはすぐにベッドから飛び降りるような形でクローゼットを開け、動きやすい私服に着替える。時間は午前3時で、普通ならば軍人が目を覚ます様な時間ではない。
そして、一応メモを残した上で、リーナはケースを持った状態で飛行魔法を行使し、宿舎の窓から飛びあがった。
念のために[
「貴方たちは……いえ、貴方は確か、上泉剛三殿ですか?」
「君は……成程、健の孫娘か。こんな時間に基地を抜け出したようだが、大丈夫だったか?」
「ああ、はい……っ!?」
剛三の問いかけにリーナが答えようとしたとき、三人に対して魔法攻撃が飛んでくる。だが、それを障壁のような何かでシャットアウトした。
「あなた、今の魔法攻撃は……」
「リーナ君、今のは分かるか?」
「間違いなく[レーザースナイピング]です。となると……あれは、ジャック!?」
リーナがジャックと呼んだのは、スターズ第三隊のジェイコブ・レグルス中尉。彼はフェンスに一番近い建物の屋上から銃のようなものを構えていた。
そして、今狙われたのは間違いなくリーナだった。だが、リーナは夢の中で[守護霊]から教わった事実が現実のものとなったことに、悲しげな表情を浮かべた。
「……どうやら、基地内のスターズ隊員の殆どは無力化されている形のようだな。現状で叛乱に加わっているとみられる隊員は10人か」
「如何しますか?」
「潰してもよいが、ランディを困らせるのも宜しくないからの。それに、その叛乱に対して尽力している者もおるようだが……何か来るぞ」
奏姫と剛三の冷静な分析に対して、飛翔してくるナイフやトマホーク。だが、剛三からしたら飛んでくる
剛三は手を翳すと、蒼穹の雷光と共に顕現する太刀。片手三本ずつの六本持ち。そして、剛三は自らの天刃霊装[
「舐めた真似しか出来ねえのか……
振るわれた太刀から発せられた巨大な雷光の爪が容赦なくナイフやトマホークのみならず基地のフェンスを溶解し、レグルスの立っている建物すらも容赦なく切断した。その攻撃が通った後は、超高温プラズマによる融解で溶けている痕跡が残ったままで、切断面からは高温による蒸気が立ち上るほどだった。これにはリーナが引き攣った笑みを浮かべながらも冷や汗を流していた。
(ただの斬撃だけで[ヘビィ・メタル・バースト]と同等の破壊力って……USNAが終わったわね)
この時点で、リーナは相手の心配よりも自分が生き残ることだけを優先することに舵を切った。こんな攻撃を次々と繰り出されたら、基地なんてものの数分で更地になるのが目に見えているからだ。
そう思っていたリーナに近付いて来る一台の車。リーナはそれが基地内にあったはずの実験車だと直ぐに分かった。車はリーナを助手席側に向ける形で停車した。
「総隊長、お乗りください!」
「ハーディ!? ……貴方たちはどうします?」
「そうですね……あなた、ここは一先ず」
「そうじゃのう。このまま更地にしてやりたいが、今は健の孫娘の安否を守るのが先決よ。ただ、一発だけ置き土産をしておくとするかのう」
車に乗っていたのはスターズ第一隊二等星級、ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉。リーナは反射的にケースをピックアップトラック型の車の荷台に積むと、そのまま助手席に飛び乗った上で奏姫と剛三に声を掛ける。
奏姫は荷台に飛び乗りつつ剛三に判断を仰ぎ、剛三は少しばかり考えた後、荷台に飛び乗りながらも握っていた[独眼竜]に膨大な量の雷を蓄積させる。
「え、えっ!? 総隊長殿、まさかあの御仁は……!?」
「……ええ。上泉剛三―――かの戦争を終結に導いた英雄の一人で、かの四葉の復讐劇の生き証人」
驚きを隠せないミルファクに対し、驚くことすら諦めたように呟くリーナ。そして、奏姫が視線を送る先には、荷台に立っている剛三が手に持っている霊装を振り下ろした。
「さあ、てめえらが吹っ掛けたこの
超高圧縮された雷のエネルギーを特定の地点に撃ち込み、その地点を基点とした半径5キロメートル内に強烈な電磁パルスを起こすことで、全ての電気信号に関連する対象全てを動作不能にする剛三の
「さて、これで暫くはこちらを感知できなくなるだろう。運転手、運転は任せた」
「え、あ、は、はい! ……総隊長殿が仰っていた意味がようやく理解できました。我々は戦う前から負けていたのですね」
「その通りだと思いますよ、ハーディ」
“アンジー・シリウス”の脱走の件よりも、スターズの本部基地が半壊かつ機能不全の状態に陥った件で
「……君、丸太を手配してくれ。飛び切りデカい奴をな」
とうとうホワイトハウスの中庭には彼のストレス解消として巨大な丸太が置かれて、その光景を見物する国民たちから同情のような支持を受けることになったのは、また別のお話。
剛三なら基地を全壊にしてもおかしくはなかったですが、今回はリーナの救出とかつての戦友に対する配慮、そしてUSNA軍を本格的に足止めさせるためのものです。1か0かの状態よりも基地機能が半壊している方が足止めとしてより効果を発揮しますので。
今回出したオリキャラですが、原作にいるキャラと名前は被ってしまっていますが、このぐらいなら原作でも起こり得ているので別にいいかなと思っています(主な例は九校戦編の滝川和美とキグナスの十文字和美)
攻撃を食らったレグルスがどうなったのかは……まあ、人間を辞めてるようなものなので生きてはいるんじゃないですかね(ぇ