ミルファクの運転するピックアップトラックは、一旦アルバカーキに到着した。だが、時間が時間なので空港に行ったとしても国内線や国際線は飛ばない時間帯。しかし、剛三はミルファクに対してそのまま空港へ向かう様に指示した。
本来は空港関係者しか入れない専用の入り口を顔パスで通過したが、ミルファクはパラサイト化した隊員を撹乱するために西海岸方面へ車を走らせていった。車を降りた剛三が先導する形で空港の構内を歩くと、其処にはリーナも見知った機体―――USNA大統領しか本来乗れない筈の
「こいつは大統領に無理を言って貸してもらった。リーナ君、一先ずはワシントンに飛ぶ。そこから協力者と共に欧州を経由して日本に帰ることとなる」
「……最早、何でもありですね」
「気持ちは分かりますが、そういう人間ですから」
「ともかく、其方の味方が時間を稼いでくれている間に儂らはワシントンへ飛ぶ。彼も言っていたであろう?」
アルバカーキへ移動する際、リーナはミルファクから今回の叛乱に関する現時点での情報を全て聞いている。そして、基地内には彼らを止めるためにベンジャミン・カノープス少佐が残っているということもそうだが、ミルファクに指示を出したのは他ならぬカノープスだった。
「ベンは……大丈夫ですよね?」
「お主が信じなくて、誰が彼を信じるというのだ? 彼の意志の強さは対峙した儂が保証する。尤も、彼をパラサイトにしようとすれば、連中も要らぬ労力を使う羽目となろう」
「……そう、ですね。分かりました」
剛三の言葉にリーナも気をしっかり持ったことを確認した上で搭乗し、緊急離陸のプロセスを取る形で離陸する大統領専用機。念のためにロッキー山脈を掠めるような形で北上した後、時計回りに旋回してワシントンへ飛ぶ大統領専用機。
リーナは、風景の中に映るスターズの本部基地あたりに視線を落としていた。
(ベン……今度は、救ってみせる)
[パラサイト]そのものを倒す方法など、今のリーナには持ち合わせていない。だが、不思議な出会いによって自分も変わっていけるのでは……と、心なしかそう感じていたリーナだった。
◇ ◇ ◇
アルバカーキからワシントン・ダレス国際空港まで極超音速飛行機による約45分のフライト。だが、リーナたちが降りることはなく、そのまま待機を命じられた。それは、この機体に搭乗してくる面々に大きく関係していた。
「お姉ちゃん、生きてる? うん、パラサイト化はしてないね」
「セリア……うん、でもベンは基地に残って……」
「しっかりしてよ、お姉ちゃん。ここは『ベンなら石に齧りついてでもパラサイトになんかならない』って断言するぐらいは言わないと」
「そんなことを平気で言えるセリアの性根が羨ましいわよ」
セリアが投げかけてきた言葉に、リーナは溜息を吐きたい気分だった。だが、更に姿を見せた同乗者にリーナは驚くこととなる。
「って、貴方は確か沖縄で出会った!?」
「おや、君は確か司波達也君の婚約者の……どうやら、君も巻き込まれた口か。南アメリカ連邦共和国軍所属、ハンス・エルンストだ。今回は大統領閣下のご厚意で同乗することとなった」
「おや、ハンス君ではないか。腕は上げたかね?」
「これは上泉殿。何分、振り回されている様なものですが」
セリアの次に姿を見せたのはハンスで、リーナに対して自己紹介をしつつも事情をそれとなく察した上で理解を示すと、剛三が話しかけたことに対して律儀に答えていた。無論、同乗者がこれで終わりではなかった。
「シリウス少佐。ダラスで働いていた親友から大まかな事情を聞いている。どうやらパラサイトによる叛乱がおきたようだな」
「これはメイトリクス大佐。はい、その通りです。
「認識している。だが、連中は知らぬ存ぜぬを貫き通すのが目に見えている。それと、貴官は知らない事実だと思われるが、つい先程スターズの本部基地から発生した叛乱に対して三名の隊員に対して禁固刑の処分を下したと報告があった……アンジー・シリウスの脱走を幇助したという冤罪でな」
更なる同乗者―――ジェラルド・メイトリクス大佐はリーナに対して更なる事実の提示を行った。そして、ジェラルドは一息吐いた上で説明を続ける。
「一国の要となる戦略級魔法師に冤罪。それも色仕掛けによる犯罪幇助とか、正気の沙汰どころか狂気の沙汰でしかないとしか言えん。そんなことが起きるぐらいなら、USNAにある軍事基地全てが灼熱に呑み込まれていてもおかしくはないだろうに。なので、本官は貴官に対する疑いに関して一切疑う余地を有していない」
「メイトリクス大佐……その、三名の幇助者というのは」
「ベンジャミン・カノープス少佐、ラルフ・アルゴル少尉、そしてアリアナ・リー・シャウラ少尉の三名が禁固刑。一種の司法取引という奴だろうが、収監先は現時点で不明だ。だが、カノープス少佐ならパラサイトと物理的な距離を取ろうとするだろう。なので、最悪は回避できるかもしれない」
「いえ……教えてくださり、感謝します」
自分が脱走扱いされただけでなく、その幇助をしたとして知り合いが捕まってしまった。だが、悲観する必要はないと言いたげなジェラルドの言葉に、リーナは静かに頷いた。そして、その場にもう一人重要な人物が姿を見せた。
「リーナ、無事だったか」
「お祖父様!? いえ、大統領閣下」
「今は気にせぬ。剛三殿、此度は御助力いただいたようで感謝いたします」
「なに、こちらの我儘で専用機まで貸してもらったのだ。連中を連れて一旦フランスに出ればよいのか?」
剛三と奏姫はUSNAから感じた妖の気配にリーナが巻き込まれることを[星見]の報告を受けた千姫経由で知り、ジョーリッジに直談判して大統領専用機を貸してもらえるように働きかけた。
ジョーリッジは政府の代表として迂闊に動けない歯痒さから、剛三と奏姫に望みを託してその申し出を受けた。
「ええ。それと、イギリス王室の特使も同乗させてほしいのです」
「はじめまして。イギリス王国軍中佐、アニエス・ヴィンセントです」
そうして姿を見せた女性―――アニエス・ヴィンセントが自己紹介をして、互いに言葉を交わす。とはいえ、ハンスはドイツ人、アニエスはイギリス人でジェラルドはアメリカ人。だが、各人とも日本に対して興味を持っていたことから日本語も喋れるため、会話はすべて日本語となっていた。
そんな中、ジョーリッジはリーナに対して視線を向けた。
「リーナ。私は君に“アンジー・シリウス少佐”としての最後の任務を言い渡す。司波達也君と添い遂げて、彼と君に降り掛かる災厄に対して躊躇うことなく討て。リーナなら、きっとできるはずだと信じている」
「お祖父様……了解しました。アンジェリーナ・シールズ、大統領閣下の命に従い彼の敵を排除してみせます」
「それでいい。その任務が終われば、もうUSNA軍の軍人ではなくなる。セリア、リーナのことは任せた」
「任せて、お祖父ちゃん」
ジョーリッジは伝えたいことが終わったのか、そのまま専用機から姿を消す様に去っていった。そして、離陸体制に入る専用機の様子を、ジョーリッジはじっと見つめていた。
「リーナ、セリア……君たちの人生は君たちだけのものだ。自由に羽ばたいていきなさい」
それは一国の大統領としての言葉ではなく、魔法の才によって青春を奪われてしまった二人の孫娘に対する“償い”を含むかのような言葉。この国の現状を打破してくれる一縷の望みを託すかのように、大統領専用機は東の空に向けて飛び立っていった。
◇ ◇ ◇
フランス共和国で本来のフライトプランに無いUSNAの大統領専用機を迎えるというのは、本来ならば民間機にも大きな影響が出かねない。だが、この事態を事前に予想していたかのようにシャルル・ド・ゴール国際空港の滑走路の一つに大統領専用機が着陸し、管制塔の指示に従って誘導される。
そして、タラップを通ると彼らを出迎えたのはヴィクター・セナード共和国大統領だった。
「ミスター剛三にミズ奏姫、久方ぶりでございます。此度は大変な長旅でしたな」
「久しいなヴィクター。こちらからの要望は叶えてもらえるのか?」
「ええ。我が国の極超音速輸送機でお送りいたします。その代わりと言ってはですが……」
「話は伺っております。こちらとしても魔法師の人権を抑制するような動きは看過できませぬので」
そうして、大統領の計らいでフランスでも指折りの高級ホテルに宿泊することとなった一同。USNAから脱出するようにしてきたリーナはようやく一息入れることが出来た。
「はぁ……色々驚くことが多すぎたわ」
そんなリーナだが、その夜から魔法師の人権抑制を謳う組織を次々と壊滅させていくことに尽力する。本来なら1週間かかる筈の作業だが、まるで居酒屋をはしご酒でもするかのごとく欧州各国を超高速で飛び回るという剛三の破格的な移動に巻き込まれ、本来なら一か月単位でかかる作業を貫徹気味とはいえたった4日で全て片付ける羽目となった。
世界大戦の核による最悪の危機を救った英雄の一端を味わうことになった若者たち。その非常識さには、“アンジー・シリウス”とて疲労困憊の有様を呈していた。
「お姉ちゃん、生きてる?」
「……辛うじて」
そして、現地時間の6月22日早朝。フランスの極超音速輸送機をベースとした政府専用機で日本までの送迎をしてくれることとなった一同。そして、ヴィクターはとある提案をした。
「実は先日、私が養子として迎えた戦略級魔法師クラスの子が居ましてな。その子を魔法の鍛錬や勉学も兼ねて同行させたいのです」
「そこまで仰るとなれば、余程気に入ったのですか?」
「そうですな。っと、噂をすれば……」
「あ、お兄ちゃーん!!」
「ぐはあっ!?」
ヴィクターと奏姫が話している所にケースを引っ張ってきた一人の少女。すると、ある人物―――ハンス・エルンストを見たとたんに荷物を置いて走り出し、タックル気味に抱き着かれた反動でうめき声を上げたハンス。
倒れるすんでで堪えたが、ハンスはその痛みを齎した人物を見て驚いていた。
「いてて、一体何を……って、ナーディア!? お前、音楽院はどうしたんだよ!?」
「とっくの前に辞めちゃった。今は[ドラキュラ]として活動してるよ」
「……お前が、あの[ドラキュラ]って……両親から何も聞いてないんだが」
「だって、言ってないもの」
まさか、自分の妹が音楽への道を捨てて魔法師になっていたとは露にも思わなかったし、東欧方面で聞いていた[ドラキュラ]に身内がなっていたという事実。そして、ハンス以外でナーディアと面識のある剛三が盛大に笑っていた。
「ハッハッハ、類は友を呼ぶとは言ったものだが、兄妹共々奇妙な縁を抱えるものよの。ナーディア君、久しぶりだな」
「あ、先日は嘘をついてしまい、申し訳ありません」
「気にするでない。何か事情があったのならば仕方のないことよ」
「……ナーディア、剛三殿といつ知り合ったんだ」
よもや、兄妹共々剛三の世話になるとは思っても見なかったようで、ハンスは盛大に頭を抱えていた。なお、展開についていけない面子というのはどうしてもでてくるわけで、その筆頭がアニエスだった。
「え、ええ? あの[ドラキュラ]がエルンスト准将の妹さん? どういうこと?」
「俺に聞かないでくれ……」
「いやー、色々賑やかになりそうだね」
「賑やかどころか、ここにいる面子だけでも過剰戦力じゃないの……」
世界群発戦争に関わった上泉剛三と上泉奏姫。
先代“シリウス”の息子ことジェラルド・バランス。
[
その妹にして[ドラキュラ]と名乗った少女ことナーディア・エルンスト。
そこに加えて、現“シリウス”ことアンジェリーナ・クドウ・シールズ。
USNAでも制御を諦めた双子の妹のエクセリア・クドウ・シールズ。
(リーナたちは知らないが)[十三使徒]ウィリアム・マクロードの孫娘ことアニエス・ヴィンセント。
ここにいる面々が勝てる人間がいるとしたら、最早達也か悠元ぐらいしかいないだろう……とリーナは率直に感じていた。
「……メイトリクス大佐。この状態でもヤバい面子が日本に滞在するというのに、連中は正気なのでしょうか?」
「正気の沙汰など連中には既にないだろう。ブレーキ役を務めれるはずのカノープス少佐を追い出した時点で、後退のネジなどないに等しい」
そもそも、[パラサイト]なる存在を引き入れてしまった以上、今のスターズに制御できる仕組みそのものが機能していない可能性もある。こうなると、本部基地のウォーカー大佐もパラサイトの影響を強く受けている可能性が浮上することとなる。
「こんな事態を招いた連中も大方予想がつく。御しきれないからと言って人様に厄介事を投げた連中全員を俺は許す気になどなれん……シリウス少佐。いや、リーナ。大統領からの命令のついでに一つ頼みごとをしたい。それは、貴官にしか出来ないことだ」
「私にしか?」
「それはいずれ話す。その時が来るまで、貴官は閣下からの“願い”に応えてやるといい」
「―――了解しました、大佐」
戦うことを嫌ったジェラルドの頼み事。そして、それはジェラルド・バランスという人間にとって、一つの決意を固めた瞬間だったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
時は少し遡って、日本時間6月17日の夕方。USNAでの叛乱は、無論悠元も情報端末ですぐに把握していた。ただ、国内では本来起こる筈の水波と光宣のイベントがまるっきりなくなったため、日本だけで言えば表向きは平穏な日常に戻っている。
流石にリーナのこともあるため、スターズの叛乱のことは達也と深雪にも伝えておくこととなった。
「リーナは……無事なのか?」
「偶然爺さんと祖母さんが基地の外で合流したらしくてな。爺さんが戦術級魔法で基地の機能を麻痺させて脱出したそうだ。パラサイトの駆逐に動かなかったのは、リーナの安全確保を最優先にしたそうだ」
剛三ならば平気で基地を更地に出来るが、そこまでやってしまうと日本に対するヘイトを必要以上に溜めることになるから、というのが剛三の出した結論だった。剛三だけに向けられるのならばまだしも、そのヘイトが自身以外に向けられるのは許容できないという我儘も含んでいたりする。
「それで、先日も話した通りにリーナは欧州での仕事を終えた後、フランスから日本に来ることとなる。マンションにそのまま住まわせてもいいとは思うが、真夜さんから四葉家内部へのポーズとして巳焼島に住まわせたいと要望があった」
元々研究プラントしかない島だが、業者によって急ピッチで開発が進んでいる。航空機が発着陸出来る4000メートルクラスの滑走路も魔法を併用した土木工事で既に完成している。この辺の技術に関しては悠元が無意識で作り出してしまった魔法のサルベージという形で上泉家に提供していた。
「宿舎も日常生活を送る上で問題ないレベルの設備が整っているし、後は[パラサイト]対策でリーナを防衛戦力として活かすこともできる。あとは、リーナと同行してくる外国の魔法師たちの受け入れ先としても有用だと判断した」
「悠元さん、何かしらの干渉が発生するかもしれませんが」
「それはあるだろうな。だが、リーナを“アンジー・シリウス”の役目から放したがらないのはUSNA軍全体の責任であって、俺は知らん。そこまで面倒を見ろというのはお門違いの話でしかない」
力だけを見て、人の人生を平気で踏みにじった側に言われる筋合いはない。そもそも、リーナの愛国心を煽るだけ煽って、彼女の待遇にすら配慮しようとしなかった軍部のメンタリティにも大きな問題がある。
この世界だとセリアがいたことで多少はマシになっていたが、それが無かったらリーナの心は完全に死んでいただろう。尤も、セリアの存在が却って見切りの速さに繋がったのは言うまでもないことだろうが。
今回は若干ダイジェスト気味に日本までの逃避行もとい実質的な外征の巻。アニエスがイギリスへ帰らずに日本へ同行する理由は追々語ります。またの名をネタ稼ぎとも言いますが。