私の名前は
ある意味将来を約束された私がその事実を知ったのは、確か小学校に入学するぐらいの時。魔法の勉強が楽しくて蔵に入り浸っていた際、『元老院』に関する事を知った。でも、あの頑固な父親が素直に白状するとも思えず、結局父親が話したのは中学生になったばかりの頃だった。
東道家の娘として―――ひいては古式魔法師の家に生まれるということは、いずれ結婚も考えなければならないということでもあり、家での勉強は魔法よりも花嫁修業のものが多かった。
魔法師の家なのだから、自己防衛の為の手段を怠る事など普通ならば許されないこと。だが、私の父は魔法師としての実力ではなく、古式魔法師を統べるための権威や権力に縋ってしまった。私からしたら、己の身に降りかかる危険は平等であり、それは『元老院』に属していたとしても同じことと考えた。
あの父親が何を考えて行動しているのか……私はその最大の理由を知ってしまった。
四葉の復讐劇。四葉の一族と上泉剛三殿のたった31人で成した、大陸南部にあった
東道家と四葉家に存在した浅からぬ縁。今ではあまり見る影もないが、何故縁を切るような事態になったのか。その答えは、父親の部屋を掃除した際に奥から出てきた古びた手記で全ての事実を知った。
東道家が縁を切った―――正確には、東道家が四葉家を滅ぼそうとした。元を辿れば四葉家とて古式魔法師の血筋を受け継ぐ一族であり、更には先々代当主の父親が神楽坂家の縁戚だという事実も知った。
私は父にこの事実をぶつけた。すると、父は観念したかのように話してくれた。私からすれば祖父であった人物が四葉家の力を恐れ、排除する口実として四葉の復讐劇に至る道筋を作った事。
当時、この国に表向きは居なかった戦略級魔法師。国の抑止力の代わりとする形で四葉家を生贄にした。結果として四葉家は“
『―――ふざけないでください! それが人の成す所業ですか!? 我々に力が無いからと言って、兵器として生み出されてしまった現代魔法師にその在り方を押し付ける時点で、人を喰らう妖と何ら変わりありません! 違いますか!?』
しかも、祖父は復讐劇の真実に至った上泉剛三殿の一人息子までも殺した。それを聞いた剛三殿と神楽坂千姫殿によって抹殺されたという事実まで聞いたが、私は剛三殿と千姫殿を恨む気持ちなどなかった。
元々こちらが四葉家の人生を弄んだに等しい所業。それに対して、本来父がつけるべきけじめを担ってくれた恩義を強く感じているし、私が生まれた時には既にいなかった人物のことを尊敬できるかどうかも怪しかったからだ。
この事実を知った後、私はいっそのこと東道家を出ていこうかと考えたことも有った。だが、母が私を引き留めた。『その気持ちがあるのならば、尚のこと貴女が精進しなさい』と。母は私が強くなることを一切咎めなかったどころか、魔法の訓練に沢山付き合ってくれた。母が上泉剛三殿の娘だと知ったのは、高校入学前だったが。
魔法科高校へ進学せず、普通科の高校に通っていたある日、父親が置いていった見合い写真のアルバムの山を気怠そうに見ていると、その中に九校戦に出場していた人物があった。名は吉田幹比古で、精霊魔法を行使する吉田家の次男。
実は、九校戦で活躍しているミキを見て、思わず頬のあたりが熱く感じた。それを母に聞いたら、母は『漸く貴女にも春が来たのね』と上機嫌に話していた。その時はよくわからなかったが、思えばミキへの初恋だとするなら、見合いの写真を持ってきた父に対して生まれて初めて感謝したのは間違いない。
知り合いの私立探偵に調べてもらったが、どうやら既に恋人がいるのは確実だった。古式の術者なら内縁の妻がいてもおかしくは無いと考えが振り切ってしまい、『別に愛人でもいい』と公言したら父が泡を吹いて倒れた。意味が分からなかった。
あれだけ古式の術者としての矜持に拘る父が気絶するなんて、それでも古式の術者かと言いたくなったが、母から『それだけ一人娘の貴女を大事に思っているということですよ』と諭してくれた。
結局、美月を唆す形でミキと関係を持ったけど、これはこれで悪くないと感じていた。一つ不満があるとしたら……あの父親の後を継いで四大老にならなければならないという点ぐらいだった。
◇ ◇ ◇
日本時間の6月18日、火曜日の夕方。
“アンジー・シリウス”ことアンジェリーナ・クドウ・シールズが巻き込まれたUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』の叛乱から現地時間で1日経過したが、肝心のリーナは既に出国済みだった。
そして、USNA大統領が軍統合参謀本部に対して“活発化する新ソ連の動きに対し、同盟国の責務としてアンジー・シリウスの国外派遣に踏み切った”と説明。彼女に対する嫌疑に対してその根拠の提示を参謀本部に要求した。
『第一賢人』のメールを提示したとしても、リーナと達也が面識を持ったのは一回目の実験の後。そもそも、リーナがマイクロブラックホール実験に参加した事実が無く、当日のアリバイもセリアによって
レイモンド・クラークが仕掛けたこの策謀にUSNAの内部が混乱している最中、第一高校の面々―――主に悠元や達也を含めた友人たちは、揃って[天刃霊装]の研鑽と[天魔抜刀]の修得に励んでいた。天神魔法における極致だが、そもそもこの技術自体は完全に独立しており、きっかけが天神魔法で神霊を操ることに起因している。
その技術こそ秘匿すべきなのではないかと思うが、この極致に至る為には各々が持つ“限界点”を超えなければならない。教えたところで全員がその境地に至る保証がないのだ。
「―――今日はここまでだな。これ以上は支障を来す」
「つ、強すぎる……」
「武術や剣術のことは聞いてましたが、こうやって鍛錬を受けると悠元の凄さが改めて理解できますよ」
疲労困憊になっている面々を見つつ、悠元は[叢雲]の展開を解除する。新陰流剣武術の師範を務めているだけあり、この中では剣術に得手があるエリカでも汗だくの状態になっていた。
古式の術者として鍛錬をこなしている幹比古や佐那でも疲労によって座り込むほどで、複数を相手にして平然と立っている悠元の異質さは群を抜いている。
「ここにいる面子の中だと一番得手がある人間だからな。どこかの住職の言葉を借りるなら『得意な土俵で戦っていた』に過ぎない」
「いや、森の中でも平気で天刃霊装を振り回せる悠元が異色過ぎるのよ」
「そうか? 爺さんは平気でやってることだぞ?」
「……上泉家も大概人間を辞めていますね」
最初は悠元と達也だけだった訓練は、レオとエリカ、幹比古と美月といった元二科生組、深雪に雫、ほのかやセリア、修司と由夢、姫梨に燈也の元一科生組も加わり、更には詩奈や侍郎も加わっただけでなく、泉美に香澄まで加わった。
結果として一クラス分の規模にもなる大所帯のため、平日は学校の敷地内にある演習場の一角を借り、休日は九重寺の裏手にある山中で訓練をしている。これは八雲が『九頭龍』の長だからできる事であり、彼も天刃霊装の修得に精を出している。
八雲が天刃霊装を修得したい理由は『体術で敵わない達也君に勝てる武器は欲しいからね。勿論、本気の殺し合いなんて勘弁だけど』ということで、あくまでも鍛錬の範疇で達也に対して優位に立てる手段を有したいということであり、本気の殺し合いは御免被るというのは……まあ、理解できなくもない話だと思う。
「[七聖抜刀]と[天魔抜刀]では難易度が格段に違う。本来、20年以上も掛けて修得する方法を最短2週間に圧縮して叩き込む方法だけに、天刃霊装を修得していることが前提となるし。まあ、爺さんはその内至るだろうけど」
「……ちなみに、その[天魔抜刀]は悠元と修司以外に誰が修得しているんだ?」
「現状だと、俺と元継兄さん、深雪に雫、それと母上の五人が確定かな」
悠元が[天魔抜刀]に至る為の鍛錬法を編み出す際、それに協力してもらったのが悠元以外の四人。結果として深雪が達也を追い越したため、八雲が理想としていた『
「あれ? 姫梨は入ってないの?」
「道筋はついたが、最後の扉を開けるところで四苦八苦してるようだからな。まあ、そこまで行けばあとは自分自身で解決しなきゃいけない問題になるし」
限界を超える。それは即ち、人に与えられた
科学で説明できない概念の領域を技術として行使する魔法。その力を疑うのではなく、明確に否定するということは魔法を行使する力を失うリスクも孕んでいる。悠元は、そのリスクを限りなく排除した鍛錬法を編み出したが、それでも魔法を喪うリスクは決してゼロではない。
結局のところ、何かを対価にしなければ力は得られないという等価交換の
「[天魔抜刀]に至るとしても、その最後の扉を開く鍵は己の心の内にしかない。その意味で自分をどこまで突き詰められるかが修得出来るかどうかの分岐点になる」
「確かにな。俺も漸く至った訳だが、悠元の言葉通りだったからな」
修司が修得した[
つまり、[天魔抜刀]は戦略級魔法を超高密度に圧縮した魔術武装という言い方もできるということだ。
「その意味だと、達也が未だに至れてないのが不思議だよな」
「レオ……いや、僕も正直達也が直ぐに会得するものだと思ってたよ」
「二人とも……流石の俺でも出来ないことはあるからな」
達也の場合、資質としては十二分すぎる。だが、彼にとって最大のネックとなっている“プシオンの感知の鈍さ”が[天魔抜刀]に至る為の道筋を見いだせずにいた。これを改善する方法は当然あるわけだが、達也から『どうにもならなくなったら助けを借りたい』と固辞されている。
激しい情動が出せなくなったとしても負けず嫌いなところは人並みに出るため、レオと幹比古の言葉に対して溜息を吐いた達也の姿に周囲からは笑みが漏れていた。
「悠元から見て、僕らはどうです?」
「そうだな……達也はともかくとして、他の全員は何かしら切っ掛けは掴んでいる。俺からすれば、容赦なく叩きのめすことしか出来ないが」
「それでいてメンタルケアも欠かさないよね。流石ジゴロ」
「別にそう言う意図はないのですが、雫さんや」
原作だと達也が突出するような形となったが、悠元の影響で達也と同等以上の実力者が乱立するという事態になっていた。まあ、魔法師は自分を守れないと他人を守ることも出来ないので、これはこれで仕方が無いと諦めたが。
「別に競争する必要もない訳だし、魔法師として自己防衛の手段は必須だろうに。その最たる例を一昨年の事件で経験しているだろ? 特にほのか辺りは強く思ったんじゃないか?」
「う、うん。雫や先輩方、燈也君に守られちゃって、悔しいって思った」
「まあ、ほのかは性格的に仕方がない。ただ、それは許さない」
「雫!? 今は関係ないことだよね!?」
雫から飛んできた攻撃に対してほのかが顔を赤らめて問い詰めている光景が形成される中、悠元が視線を別の方向に移すと、詩奈に膝枕されている侍郎の姿があった。
侍郎は矢車本家から“
そうなると詩奈は自動的に侍郎の“第一夫人”となるわけで、侍郎が娶ることになる嫁の数は最低でも三人以上は確定している。なお、それを聞いた詩奈が侍郎を自室に連れ込んだ……その先の展開は説明する必要も無いと思うので省略する。
「あら、悠元ってばシスコンの気が出たの?」
「馬鹿言え。自分にベッタリだった妹もようやく身を固めたと思うと、肩の荷が下りたような気分を抱いただけだ。まあ、寂しいという気持ちもなくはないが」
「それがシスコンってことじゃない」
「どこかのブラコンさんのように、理不尽な理由で恋人を叩きのめすことはしていないがな」
侍郎に対して厳しくなるのは魔法や武術の訓練だけであり、それ以外は兄貴分として真摯に接していた。しかも、エリカのように理不尽な理由をぶつけることは一切しておらず、あくまでも詩奈の婿候補となるように技術を叩き込んでいるに過ぎない。
「アタシだって最近は
「手を出してないというか、そもそもラウラの一件以降千葉家に帰ってないだけだろう?」
「う、流石にバレてるか」
ラウラの一件とは、千葉家長男の千葉
その一件が引き金となって悠元とエリカの婚約問題が再燃しかけたため、千葉家長男の寿和と次男の
丈一郎は千葉家所有の別宅(元々エリカの母親であるアンナ・ローゼン・鹿取が千葉家の離れに住む前に住んでいた家で、丈一郎の私費で購入していた)に引っ越し、警察や公安などの武術指南役として今後の人生を送るそうだ。
なお、エリカは千葉の肩書きに対してコネ以外の価値を見出していないため、千葉家を離れることは寿和や修次も理解している為、レオへの嫁入りに対して一切の障害が消滅したこととなった。
それを聞かされたレオはというと、どう反応したものか困ったらしい。
前半は佐那の独白、後半は鍛錬風景も入れつつ天刃霊装のお話。足り無さそうな部分が見つかった時は修正を入れますのでご了承下さい。