魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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大人たちの余計な横槍よりはマシ

 6月20日、木曜日。

 元々梅雨の時期というのもあるが、東京は朝から雨が降っていた。国立魔法大学付属第一高校がある八王子周辺も、しとしとと雨が降り注いでいた。達也は普段通り授業に出ていたが、悠元は武道場で真剣を振るって汗を流していた。

 別に授業自体がつまらなくてこうしているわけではなく、悠元が必ず出ようとしている授業が今日は無かったし、交流競技会の資料も完成したので汗を流すことへ舵を切ったに過ぎない。

 

 尤も、それだけが理由という訳でもない。何せ、今の状況は6月9日早朝―――ベゾブラゾフの攻撃を受けた時の状況と非常に酷似しているからだ。

 新ソ連が戦略級魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]の排除=達也の抹殺を目論んだのは、伊豆の別荘を攻撃した時点で判明している。そして、ベゾブラゾフ本人が健在なのは対処した達也も自覚していることだ。

 

 それを指し示すかのように、事前に調べた情報では[アルガン]が接続された専用列車はウラジオストク郊外ではなく、その北方であるウスリースク郊外に移動されていることが確認された。

 恐らく、前回の攻撃で使った座標を参考にされては困るというものだろう。だが、安全を期すべきならばウラル山脈以西でも別に良かった筈だ。つまり、ベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]は一定の距離を超過すると正確な照準が難しくなるということの証左だと思われる。

 達也なら[サード・アイ・エクリプス]の衛星照準(サテライト・サイト)を用いれば地球はおろか宇宙の特定地点も狙い撃てるが、不幸中の幸いとして小惑星破壊の時のデータまで把握していないのだろう。この辺は宇宙開発に対する関心の低下が功を奏した形なのかもしれない。

 

 普通なら攻撃が失敗した時点で策を練るのが普通だし、新ソ連の置かれた状況からしてベゾブラゾフが極東地域に居続ける意味もない。だが、それでもベゾブラゾフが諦めない理由を考えた時、それは最早“妄執”としか表現できなかった。

 悠元もチートじみた能力を持つとはいえ、剛三との鍛錬を通して敗北を喫してきたことがある。それでも、負けたことに対して自身の弱さと見つめ合い続け、最終的には勝ち得てきた。言うなれば、ベゾブラゾフは我慢比べが出来ないとしか言いようが無かった。

 

(クレムリンを半壊にしたというのに、ベゾブラゾフは戻ろうとしない。そして、この周辺に新ソ連の工作員がいることは確認している。なら、仕掛けるとしたら最短で今日になる)

 

 事前に粗方の工作員は排除したが、ある程度間引く形で()()()残していた。無論、ベゾブラゾフの今回の攻撃後に全員拘束して国外追放処分にするが、残した理由はベゾブラゾフの執念を逆に利用して、経済的にも追い詰められつつある新ソ連に“決定的な一手”を撃ち込む。

 

 先日は達也に任せたし、既に[トゥマーン・ボンバ]のオリジナルの起動式・魔法式データは達也も把握している。最悪[魔導解散(キャスト・ディスパージョン)]でどうにかなることを考えれば、今の達也に負ける要素はない。

 ならば、悠元が狙う目標は新ソ連の軍事力そのものの逓減。

 

 レイモンド・クラークは自分が戦略級魔法師だという認識を有していた。だが、どんな戦略級魔法を使うのかはまだしも、エドワード・クラークが納得しなかった時点でベゾブラゾフやマクロードには一切伝わっていない。

 本来なら、九校戦であんな魔法を使った時点で疑われるのが普通だろうが、彼らの中で納得しえない部分があるからこそ、自分に対して疑いを向けるのが難しいのだろう。

 

 それに、悠元と剛三の関係はそこまで公になっているわけではなく、日本の政財界や魔法界、海外の要人でもごく一握りとされている。これで剛三の孫という事実が連中に伝わっているようならば、自分が戦略級魔法師ではないかという疑いで排除する方向に舵を切ったのかもしれないが、そうなったらなったでこちらも“敵”に情け容赦など一切掛けずに排除していただろう。

 

「人様を狙うということは、相応のリスクを考慮しろと言ってやりたいが……どこぞの三番隊組長の台詞を借りる訳じゃないが、馬鹿は死んでも治らなかったようだな」

 

 時間は午前最後の授業終了の三分前。悠元は近くに立てかけていた[布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)]を徐に掴むと、鞘を抜き放って天魔抜刀―――漆黒に染まった太刀である[天都御魂叢雲(アマツミタマノムラクモ)]を顕現させる。

 達也は既に掴んでいるようで、校舎内から[術式解散(グラム・ディスパージョン)]の発動を確認した後、悠元は[天神の眼(オシリス・サイト)]で魔法の痕跡から“線”を辿って発動地点を正確に割り出す。

 

(ウスリースクから21キロ離れた場所での発動。敵は……[トゥマーン・ボンバ]を三連続発射させて、達也を確実に葬る気でいる)

 

 というか、目標にしている場所が魔法科高校という時点で魔法を観測されるというリスクを完全に無視しているとしか思えない。寧ろ、達也を含めて爆散することで目撃者を粗方消してしまおうという魂胆なのだろうが……その時点で、四葉家の怒りを買うということに気付いていない時点で“馬鹿は死んでも治らない”が正しく的を射ている発言かも知れない。

 

 前回の攻撃の後、ベゾブラゾフが対策を練った様に、達也と悠元も対策を練っていた。前回達也が消したのはベゾブラゾフのクローンだと断定、ベゾブラゾフはそのクローンを隠れ蓑にして逃げるように[トゥマーン・ボンバ]を発動させていると結論付けた。逆に言えば、そうまでしないとベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]は使い物にならない戦略級魔法という結論にも至った。

 予め言っておくが、決してベゾブラゾフが弱い訳ではなく、特化した魔法演算領域を有する達也と固有魔法による恩恵でほぼ無限の演算領域を有する悠元が比較対象では、そもそもの地力が違い過ぎるだけの話でしかない。

 

 達也としては、[魔導解散(キャスト・ディスパージョン)]のデータを魔法科高校に把握されるのはマズいため、今回は[術式解散(グラム・ディスパージョン)]で対処すること。そして、[トゥマーン・ボンバ]発動の際に掛かるタイムラグ―――正確には[チェイン・キャスト]の魔法式複写プロセスにかかる時間―――よりも式一つを分解するだけなら[術式解散(グラム・ディスパージョン)]の方が速い事。

 相手の攻撃が分かっているのならば、その手段をカウンターの要領で潰し、その上で相手の追撃の手段を完全に奪う。博打ではなく、明確な勝算に基づいた結論を以て達也と悠元はベゾブラゾフを迎撃する。

 

「……術式付与。[鏡の扉(ミラーゲート)]、[雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)]、[ヘビィ・メタル・バースト]、[零点銀世界(ゼロ・ニブルヘイム)]」

 

 悠元が[天都御魂叢雲]を構え、そう呟くと刃の先に収束する光。それを構えると、武道場の壁に向かって振るう。

 天魔抜刀の最大の利点―――それは、本来事象干渉力の関係で使うことが出来なかった複数の魔法効果を併せ持つ複合術式による広範囲攻撃を実現させた点。三矢家が得意とする[多種類多重魔法制御]でも、各々の魔法発動は出来ても魔法の効力を重ねたりするのは極めて難しい。

 

 これは以前にも述べたことにも関連してくるが、魔法自体が一つの完成形として事象改変を行う際、想子だけならば別に情報の重複自体は何ら問題が起きない。だが、この世界の魔法は想子と共に霊子の塊をエイドスに投射している為、想子と連結した霊子情報体は想子の情報に依存した性質を有している。

 異なる魔法が同一の対象に投射しても望んだ効果が反映されなかったのは、想子で構成された魔法式同士の情報が紐付けされている霊子情報がエイドスの許容できる改変領域から溢れてしまった結果の現象。例えれば、小さなペットボトルの口に複数のホースを突っ込もうとしているような状況に近い。

 

 だが、三矢家の[スピードローダー]を改良した[ライトニング・オーダー]、そして天魔抜刀によって悠元は異なる魔法同士を連結させて複数の魔法効果を有する魔法の構築に成功した。世界でもただ一人にしか出来ない魔法技術の名は[魔術融合(マテリアル・フュージョン)]。

 そして、達也、リーナ、深雪が各々得意としている魔法を融合して放つ先は、新ソ連の主要なミサイル基地。核ミサイルを含むすべての対象物を分子レベルに分解し、無害化するという悠元の対多方面拠点特化型戦略級魔法。

 悠元は照準を定めると、[天都御魂叢雲]を振り下ろす。だが、その魔法によって悠元の周囲に一切被害が及ぶことはない。

 

月牙天衝(げつがてんしょう)極北(きょくほく)の段―――天雲世界(てんうんせかい)

 

 指定された全ての構造物を分子レベルに分解し、一度プラズマ状態にしてから超低温状態に下げることによる膨大な熱収縮のエネルギーを以て内部の圧力を極端に下げ、構造物そのものを粉塵に帰した上で圧壊させる魔法。そして、最終的には内部に蓄積する形となった粉塵自身の圧縮限界を超えると、脆くなった壁を突き抜ける形で扮陣爆発を起こすというもの。

 そして、悠元が狙った先は―――中央アジア方面を照準に収めることが出来るミサイルサイロのほぼ全て。日本を狙い撃つことが出来るミサイルサイロにも攻撃を加えることとなるが、そもそも数度にも及ぶ約定破りを先にしたのは新ソ連側であり、それを咎められる謂れなど無い。

 

 悠元の攻撃により、新ソ連の中部および極東部に存在したミサイルサイロは、ミサイルの自爆ではない爆発によって、数十にも及ぶ箇所が一斉に吹き飛んだ。それらはすべて無人だったこともそうだが、サイロの警報装置すらも粉塵に帰したため、新ソ連軍は突然の機能不全となったサイロを疑問に思うものは少なくなかったが、一度に数十ものサイロが使えなくなったことに軍内部の陰謀論が囁かれるようになった。

 そしてほぼ同時刻、ウスリースク郊外にあった[アルガン]は達也の[術式解散(グラム・ディスパージョン)]と[雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)]によって粉塵に帰したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 第一高校に対する魔法攻撃は、未遂であろうともしっかりと観測されていた。悠元と達也が行使した魔法行使の履歴はピクシーによって消去された。

 第一高校を含めた魔法科高校全てに言えることだが、国立の高等教育機関ということもあって魔法を観測する設備が充実している。こと第一高校に至っては、それこそ国防軍の主要基地に匹敵するだけの観測体制を整えている。

 そのお陰で、頭上に酸水素ガスを生成する兆候が確認されたことと、新ソビエト連邦沿海州から放たれた魔法であるという客観的なデータが魔法大学を経由して日本政府に提出された。

 

 これを受けて内閣総理大臣が緊急の記者会見を開き、第一高校で観測されたデータに基づいて『新ソビエト連邦の[十三使徒]イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの我が国に対する極めて悪質な戦略級魔法による攻撃』と断定した。

 その上で、現在当該人物が協力を表明しているディオーネー計画の主要国である北アメリカ合衆国とイギリス連邦の両政府に対して両国の大使館を通す形で『ディオーネー計画をかつてのヤルタ会談のような体制で構築し、我が国の独立国家としての面子を著しく貶めたいのか』という質問状を送付したことを発表。

 

 そして、『我が国の主権を脅かす大国がディオーネー計画に参加していること自体、危険極まりない野心を見せている』と断言した上で、新ソ連が今後日本に対する軍事行動を起こした場合、『国家を守るために、軍事力の行使も含めたあらゆる手段を排除しない』という日本政府の方針を表明した。

 それは、積極的自衛権の行使として『灼熱と極光のハロウィン』のように戦略級魔法を使用することも選択肢の一つとして含むことを暗に示した形となった。

 

 6月22日、土曜日。

 悠元は朝食を摂りつつモニターから流れるニュースの音声を聞いていた。

 

「……正直な感想を口にするなら、ここまで馬鹿だとは思わなかった、というのが本音かな」

「えらく率直だね」

「そりゃあなぁ……」

 

 別に悠元とて新ソ連に面と向かって戦いを挑む気になどなれなかった。別に滅ぼせないというわけではないが、新ソ連が旧ソ連と同じように解体した際、確実に巻き込まれる未来が見えてしまったからだ。

 だが、彼らは喧嘩を売った。原因の半分は剛三による蹂躙劇への復讐だが、そもそも喧嘩を売らなければ買う気など起きるはずもない……と含めつつ、雫の言葉に返答した。

 

「大国の面子など、俺には与り知らないことだ。そもそも、大本の原因を追及していいのならば、間違いなく旧合衆国ひいてはUSNAを始めとした先進国が現代魔法の方向性を勝手に定めたことが原因だからな」

 

 核兵器の抑止という目的で発展した現代魔法は、本来の目的を達する代償として核兵器の代替という役割を背負うこととなった。そうして現代魔法が日の光を浴びてしまうことで、古来より伝わる古式魔法や古代文明の遺産が軍事的な価値を有することとなってしまい、魔法を用いた暗闘にまでスポットが当たることとなってしまった。

 なので、『伝統派』が出来てしまうのは現代魔法の発展において避けられなかった出来事の一つともいえるし、古式魔法師たちが現代魔法師と人間と見做さないような目を向けるのは自然な流れとも言えなくはない。

 だが、古式の術者たちは現代の魔法師が古式魔法の能力を継いでいるという事実に目を背け、遺伝子操作をしているという自然の摂理に反した行いだけで、彼らを道具として見做している。その極みが『元老院』に他ならない。

 

「とはいえ、STEP(ステップ)計画は既に事業化しているし、日本政府もとい現政権の協力も取り付けた。国土を強靭化する意味でも、こちらの提案は断れないだろうしな。それに、他にもいろいろテコ入れはしておいたが」

 

 そのテコ入れの一つが、国立魔法医療大学の付属校に関するもの。既に小田原にある湘海高等学院の他に、実は京都と大宰府にもそれぞれ付属校の開設許可を文部科学大臣から取り付けたというか、既に建物が完成して新入生も入学している。

 だが、表向きは全寮・全日制の普通科高校としつつも、魔法科高校入試に落ちた生徒に対して優先的に入学を認めている。これは、医療大学の設立時点でもかなりの数の厄介者が多かったため、新入生の安全を確保するためにそうした。ディオーネー計画が正式に取り下げとなった時点で、これらの学校の存在も公表する。

 更に、剛三の教練によって一線級の魔法師となった古式魔法師に彼らの教導を任せることとした。これまでは現代魔法主体の学校だったが、その二校は古式魔法主体の傾向となる。尤も、魔法理論は悠元が確立したものを採用している。

 

 大宰府の聖凛(せいりん)高等学院、京都の城山(じょうざん)高等学院は今年度の競技会には選手として参加はせず、招待という形で競技会の見学は許可する。だが、来年度はこの二校も加えた12校で競技会の頂を争うこととなる。

 来年度からは『国立魔法科高校・総合魔法競技交流会(通称:総校戦(そうこうせん))』という形で委員会メンバーの選定も進めており、会場の関係で国防軍からも数人選ぶこととなるが、そこは悠元の専決事項ということで既に選んでいる。

 

「俺らはまだしも、現1・2年やこれからの一高生の面々は大変だろうな」

「あの、私やアーシャがその影響を真っ先に受けるんだけど」

「別にいいだろうに。どこかの香港系マフィアの賭け事に巻き込まれて選手が負傷したり、どっかの阿呆の企みで人道に悖る兵器を競技のトラップとして繰り出すよりは遥かにマシだ」

「……それを聞くと、わしらも他人事ですまないのじゃが」

「一昨年の九校戦が変に出来すぎてたのは、そのせいだったのですか……」

 

 茉莉花が引き攣った笑みを零しながら呟いた懸念事項に対し、悠元が発した爆弾発言で大方の事情を察してしまった沓子と愛梨が率直な台詞を零したのだった。

 




 今年最後の投稿になります。元ネタだとバリエーションがあまり存在しない月牙天衝ですが、魔法というアレンジを加えました。元ネタは……割愛しておきます。
 九校戦あたりのテコ入れもしました。先に作った湘海高等学院もですが、元ネタはスポーツ系漫画です。キセキネタはやらないつもりですが。
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