達也が本来手を出せなかった部分を悠元が担っている為、結果として達也の行動には余裕が生まれていた。その反面、妹が悠元に対して甘えているという現実から苦労を抱えていることになり、原作よりも事態が差し迫る様な性急さは生じていないが、原作で起こり得ていたであろう出来事の矛先を悠元が受けていることについて、達也は「すまない」と謝ることしか出来なかった。
「計画のことはまだいいが、母上から愛人をもう一人抱えてくれって頼まれたんだよな。流石に相手のことを慮ると断ることも出来ん」
「……予想がつくのですけど、誰ですか?」
「四葉真夜」
「……」
「深雪、しっかり」
悠元の口から放たれた愛人候補の名に深雪が笑顔で固まり、それを見た雫が深雪を宥めるように声を掛けた。そして、悠元は盛大にテーブルに突っ伏した。
「なんでだよ。いや、自業自得かもしれんが、相手に対してアプローチとか起こした気など微塵もないんだが……それも、達也の実母だぞ。俺が一番解せねえよ」
「悠元さん……今夜は寝かせませんから」
「深雪、まだ朝だから」
「ツッコむところがそこなの!?」
関係を持ってしまっていることについては今更だが、深雪が変に拗ねたりするよりかは……マシだと思いたい。雫の言葉に対して思わず反応したのは真由美であった。
「母上にまで言われている以上、引き取ること自体は問題ないが……これで七草家現当主が癇癪を起さないか不安でしかない」
「え? なんであのタヌキが……あー、成程ね」
「心配要りません。もしもの時は私とお姉様であの下賤なお方を叩きのめしますので」
「泉美ちゃん!?」
悠元が真夜を引き取ることによって、元婚約者の七草弘一に対する懸念を口にすると、真由美が事情を察して納得した後、泉美が真由美を自然と巻き込む形で血縁上の父親を叩きのめすと公言し、これには真由美が思わず声を荒げた。
「い、泉美ちゃんは容赦ないですね」
「当然です。私の煌びやかな将来を一度奪ったのは万死に値します。それが例え血の繋がった父親であっても」
「……真由美。七草家の情操教育はどうなってるんだ?」
「言わないで……あのタヌキにそこまで気が回ると思う?」
娘たちを家の発展の為に利用し、自分の後悔まで無意識的に押し付けていた。それを何となく感じていた真由美は悠元の問いかけに対して、せめてもの弁明に似た言葉を発することしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
一昨日の達也が取った行動―――授業中にいきなり立ち上がり、CADを天井に向けて構えて魔法を使用した―――を目撃していたのは魔工科のクラスの人間のみで、更にはその後の政府発表から放たれた魔法に対処したのは達也なのではないか、という事実に限りなく近い客観的な噂が流れていた。
達也の実力を知るからこそ、彼に近い友人たちは達也の成した行動について咎めることは一切しなかった。放課後、喫茶店『アイネブリーゼ』でその話題に触れたのは珍しく美月からだった。
「達也さん。あの時の行動からして、達也さんが魔法を対処したのですか?」
「……そうだな。美月の眼は誤魔化せないから言っておくが、あれは紛れもなく戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]だったことは事実だ」
「やはり……まあ、達也なら出来なくは無いと思っていましたし、そのお陰で僕らは全員無事だったのですから」
もし達也が防げなかったとした場合、第一高校に通っている神楽坂、三矢、四葉、六塚、七草、七宝、十文字の七家を確実に敵に回すことになり、四葉の復讐劇すらも軽く上回る蹂躙劇が幕を開けることになったのだろう。
「うーん、達也君と悠元が進めてるプロジェクトを気に食わないという理由で攻撃したとは思えないし。大方、達也君の魔法の実力に嫉妬でもしたのかしら」
「いや、いくらなんでもそいつは……有り得なくもねえか」
「エリカにレオ……」
エリカの予想にレオが最初は無いと思ったが、よくよく達也や悠元の実力を考えれば有り得なくもないという予想に行きつき、幹比古は余りに突拍子もない結論に窘めようと思ったが、以前自分が悠元や達也に嫉妬のような気持ちを抱いたことを思い出して、それ以上窘めるのを止めた。
「魔法に嫉妬か。俺からすれば、普通に魔法が使える魔法師が羨ましく思えるんだが」
「例えば、悠元とか?」
「それは最早論じていい範疇の対象じゃないと思っている」
「ん? 喧嘩売ってる? 今なら夏に向けての新作デザートの試食会という形で買ってやるぞ?」
「それを俺が受けてもノーダメージでしかないのだが……」
達也に対してはダメージが無くとも、達也の婚約者はそうもいかない。悠元のデザートによる被害は後を絶たず、それを食した女性たちの殆どが女性らしさを磨こうと対抗心を燃やすことになり……それが行き着いた先に彼女たちが恋慕する男性たちへの愛を高めていく。
何が起きることになるのかを察した達也は、諦めたように溜息を吐いた。
「マジでプロ級よね、悠元の作る料理や菓子は。いっそのこと料理店とか開いたら?」
「専門職の仕事を奪うような恥ずかしい真似なんて出来るか。これでも俺はまだまだなんだから」
「……あれで、まだまだ?」
住んでいるマンションでは家事当番に悠元が含まれることはなく、時折急な用事が入った時にキッチンに立つことがあるわけだが、その都度悠元の婚約者や愛人たちは彼の作った料理に思わず嫉妬してしまうほどだった。
その中で一番の年長者となる深夜曰く『身も心も掴まれた挙句、胃袋まで掴んでしまうご主人様はズルい存在です』という感想に対し、他の婚約者や愛人たちは納得するように頷いていた。それを聞かされた当の本人はジト目をしていたが。
「雫がそこまで言うってことは、やっぱりってことなんだね」
「ん。お父さんやお母さんですら唸らせる出来栄えの料理なんてそうそうお目にかかれるものじゃない。その意味で悠元はジゴロ」
「やめて。俺の固有名詞をジゴロにしないで」
昨年の話になるが、北山家の屋敷で雫に昼食を作ってあげた所、使用人を介する形で雫の家族にも知れ渡り、その日の夕食(昼は和食だったので、剛三との旅行を通じて覚えた洋食のフルコースにした)を作ったことがあった。
正直財界や政界の会食で舌が肥えている潮にどう評価されるか不安だったが、その潮が一口目を口にした後、思わず『このようなものを食べれるとは、生きていてよかったと本当に思うよ』と言われた。まるで意味が分からなかった。
「北山さんのご実家って、確か財閥のホクザングループの」
「お父さんがそこのトップ。正直、お母さんがあそこまで褒めたのは癪に障ったけど」
「前にも言ったが、俺に人妻を寝取る趣味はないから!」
別に変な薬物とかを混入させた覚えなどないし、食材や調味料も事前に[
イタリアやバチカンでの騒ぎの約半年後、剛三に連れられて再訪問したイタリアでは被害を受けた料理店が復活しており、そこで出稼ぎ感覚でアルバイトをしていたが、帰る際に店長から『学校を卒業したらウチで働かないか?』と言われたことがあった。
同じようなことはアメリカやイギリス、フランスやドイツでも言われたことがあったわけだが、フランスの時は“かの有名なブック”に三ツ星で載るほどの著名なシェフから直接スカウトされたこともあった。
とはいえ、自分が目指すのは魔法師なので丁重にお断りした。
「いっそのこと、潮さんが紅音さんを押し倒して弟か妹でも作れば、まだ違うんじゃないかとは思うんだが」
「……」
「雫? 黙っちゃって、どうかしたの?」
「すっかり忘れてたけど、お母さんが妊娠4か月だって」
「雫さんが一番忘れてちゃダメでしょうに……何か見繕って贈っておくよ」
悠元からすれば紅音は義理の母親になる相手だが、金銭面で困るような相手ではないにせよ、せめてもの礼儀を示しておこうと思っている。というか、時期を逆算すると大体今年2月の頭ぐらい……時期的にはバレンタインデーあたりに仕込んだのだろうと思わなくもない。
「そうやって気遣いを見せれるから、悠元さんはモテるのですよ」
「別に疚しい気持ちとかじゃなく、紅音さんは雫を介せば義理の母親になるであろう人だからな。社交辞令だよ、社交辞令」
「まあ、それが悠元の場合だと好感度を稼ぐ結果に繋がってるけど」
「意味が分からねえ」
結局、紅音の懐妊については達也たちも合わせる形で何か送ることで決着を見た。
◇ ◇ ◇
そんな会話が繰り広げられた後、マンションに帰って来た悠元を一番に出迎えたのは、リーナと一緒に帰って来たセリアだった。彼女がそのまま悠元にしがみ付くように抱き着いた。
「おにいちゃああん……こわかったよぉ……」
「お前のキャラじゃない台詞を吐くのを止めろ。ついでに離れろ」
「お兄ちゃん成分が不足してるので、離れませぇん。なに、興奮しちゃ」
「やかましい」
「あああああ!? 久しぶりのアイアンクロォッ!?」
普通ならば無事を祝うところだろうが、明らかに冗談半分で誘惑までしてきたため、反射的にアイアンクローで黙らせた。なお、セリアの表情は痛がりつつもどこか気分の良さそうな表情を浮かべていた。解せぬ。
ようやく離れてくれたセリアをそのまま米俵でも担ぐかのように肩に乗せ、リビングに移動するとリーナだけでなく黒羽姉弟も居合わせていた。リーナは悠元に担がれているセリアの姿で大方の事情を察して溜息を吐いた。
「あ、悠元。セリアは……ダメみたいね」
「ポンコツなお姉ちゃんに言われたくないのです」
「悠元、殴っていいわ。出来れば本気で」
「お姉ちゃんの鬼畜! 悪魔! ダメ超人! でも、お兄ちゃんの拳骨なら」
これ以上放置するとまた良からぬことを言いかねないと判断した悠元は、セリアをソファーに座らせた上で
「まったく、そっちはそっちで大事になってるというのに、こんなところにコメディ要素を持ち込むな。達也たちには?」
「先程まで真由美さんが居まして、連絡してくれるとのことです」
「そっか。まあ、何にせよ無事に帰ってこれて何よりだ。リーナ、事情の説明は達也たちが来てからでもいいか?」
「ええ」
それを確認すると、悠元はそのまま自室で私服に着替えてリビングに戻る。同じように私服へ着替えた達也たちも既にリビングへきていた。
「待たせたか?」
「いや、俺も丁度来たばかりだからな。早速だがリーナ、説明してくれるか?」
「無論、そのつもりよ」
原作ならば亜夜子が説明していたが、リーナが基地の叛乱に乗じて逃げ出したため、そこまで精神的な動揺が少なかったからこそリーナは自ら見たものや聞いたことをそのまま伝えた。
「USNAというか、USNA軍の叛乱か。それも、今度は隊の隊長・副隊長クラスともなると、少しは厄介だな」
「す、少しって……まあ、悠元からしたらそうなるわよね」
何せ、悠元の実力はリーナ自身も知っている。数年前に基地への侵入者を対処した時、リーナが詳細不明の魔法によって気絶させられたことがあった。顧傑の事件の際にリーナへその情報―――基地に侵入したのは悠元であり、リーナを倒したのも悠元の魔法によるもの―――を開示したが、それを聞いたリーナは最早納得せざるを得なかったほどだった。
「単に実力だけで言えばな。だが、問題はパラサイトだ……」
「お兄ちゃん? どうかしたの?」
「あー、セリアとリーナには話しておかないといけない事項があってな……アルフレッド・ストライフって名前に聞き覚えはあるか? もしくは、アルフレッド・フォーマルハウトという名に」
リーナとセリアが知らぬはずなどない。何せ、一昨年のクリスマス前にパラサイト化して処断した当事者とそれに近しい関係者なだけに、フォーマルハウトの名を悠元が出したことにリーナが思わず動揺を覚えていた。
「フレディ? フレディがどうかしたの?」
「簡潔に言うと、
「え、ええ? USNAでも聞いたことのない現象なんだけど?」
リーナとセリアにとっては、パラサイトに関わることになった因縁の相手。まさか、殺したはずの相手がパラサイト化する前の時代から飛んできたと言われても、正直困る話だった。だが、リーナは隣にいる達也の表情でそれが嘘ではないと察してしまった。
「俺も未知数過ぎるし、レリックは俺が厳重に管理することにした。しかも、“並行世界の桜井水波”と“並行世界の九島光宣”まで呼び込んでしまった。もう意味が分からないわ」
「……共通点はアレだね。お姉ちゃんと面識を持つであろう人物たち」
「それを言ったらセリアだって同じじゃないの!?」
話を戻すが、セリアが積極的にリーナの救出に関与しなかったのは、セリアはセリアで別件を片付けていたからだ。それはUSNA大統領からの依頼らしく、何でもUSNA国内にあるレリック管理のシステム構築をセリアに頼んでいた。
その代わり、救出には剛三が出張ってくる形となったが、スターズ本部基地は機能がかなり麻痺した状態で、しかもその事実は
ただ、スターズがUSNA軍の主力である事実と国家に対して明確な損益を被っていない点、そして達也の戦略級魔法[
「で、ベンたちは予想通りミッドウェー刑務所に禁固刑で収監されるみたいだね。表向きの理由は“外征任務”という形でだけど」
「セリア、いつの間にそこまで調べてたのよ?」
「私が今までやってきた仕事なら、それぐらい朝飯前なのですよ、ワトソン君」
セリアが調べ上げた情報では、原作通りの面々がパラサイト化されているのが確認された。そして、リーナたちと同じ輸送機で日本入りしたジェラルド・メイトリクス大佐なる人物の情報によると、彼の魔法師の親友がダラスの研究者として当日実験に参加したが、彼はそのまま行方を晦ましたらしい。
「名前はエルドレッド・バラッド……ん? もしかして、あの人の親族か?」
「悠元、心当たりがあるのか?」
「まあ、爺さん絡みなのは言うに及ばずだが」
USNA内を横断する際、立ち寄ることになったロッキー山脈の麓にある小さな集落。その集落の長が名乗っていた名字がバラッドだった。とはいえ、同じ名字などザラにある為、このことが直接関与しているとは限らない。
「だが、杞憂とも思えん。上泉家の兄さんにはメールで知らせておく。それで、リーナに関してだが……いっそのこと帰化の手続きを進める」
「え、ええ? 迷惑じゃないの?」
「忘れたのかリーナ。今の俺がどういう存在なのか」
魔法界では神楽坂家現当主にして九島烈から引き継いだ師族会議議長の座にいて、公的にはトライローズ・エレクトロニクスの代表取締役兼理事長。更には国防三軍の特務大将として就任(空軍・海軍も十山家の一件で悠元を特務大将に昇進させた)し、『元老院』の四大老として就任している。
そして、現在世界で存在する[十三使徒]の戦略級魔法全てを使うことが出来る唯一無二の魔法師……なお、そんな彼が一番戦いたくない相手が達也であり、達也としても一番戦いたくない相手が悠元という始末。
その結論に至る最大の理由が深雪なのは言うに及ばずで、真夜や深夜ですら想定しなかった最大の抑止力として機能する現実。尤も、当の本人は悠元に対して従属している始末だが。
あけましておめでとうございます。今年も不定期更新は変わりませんが、完結まで頑張って書ききりたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。