リーナの帰化手続き。これ自体は既に魔法師の家へ養子縁組に入る形で進めることが決まっている。本来ならば血筋の関係で九島烈や光宣が関わってくる話なのだが、九島家の処置は既に決まっている以上、そこにリーナを突っ込んで話をややこしくするつもりなどない。
そうなると、問題はリーナの養親となってくれる家をどうするかだが、ここについては“とある家”に頼み込むことで決着している。当初は祖父の舞元の関係で三矢家で話を進める予定だったが、ラウラの帰化手続きで苦労を掛けてしまったので別の家に頼むこととした。
「それでリーナ、明日と明後日は予定を空けておいてくれ。その家に挨拶に行かなきゃいけないから」
「え? 私は構わないけど、
「大事を取るという意味で必要な事なんでな。それと、俺の場合は学校でやる作業が大体済んだし、元々授業免除を言い渡されたからな」
こちらから面倒事を頼み込むため、権限で呼び出すということは極力したくない。そして、二日も空けるというのは相手の家のことを慮る意味もあれば、リーナが日本へ帰って来たことに対する国内の反応を見るためでもあった。
「ちなみに文弥と亜夜子ちゃん。四葉本家としてはどのようなスタンスを取るか聞いているか?」
「はい。奥様からは『悠君の指示に従う様に』と受けています」
「……リーナも含めて、来日した面々については本家以外に誰が知っている?」
「神楽坂家と上泉家には。ただ、政府と国防軍には一切知らせていませんが」
文弥や亜夜子の受け答えを見るに、どうやら真夜としては『政府はまだしも、たっくんの手助けもしなかった軍なんて信用できるものですか』と言いたげな癇癪を起していても不思議ではないと判断した。
それも納得できる話だろう、と悠元は一息吐いた。
「悠元、リーナの養子縁組をどこに頼むつもりなのか聞いてもいいか?」
「六塚家に頼もうと思っている。燈也のことを考えれば前向きに対応してくれると思うが……達也、真夜さんにお願いをして一筆認めてもらえるか?」
「それは……成程、そういうことか」
六塚家現当主・六塚温子は真夜のシンパみたいな存在とも言える。なので、真夜に一仕事をお願いすることで、
このことによって六塚家は神楽坂家と四葉家に婚約者を送り出した功績を得ることになる為、十師族としての地位を更に高めることに繋がる。
「悠元さん。リーナの帰化を一気に進める理由は彼女の“肩書き”にあるのですか?」
「無論、それもある。だが、一番の理由はリーナを閉じ込める理由を作らないことにある」
原作のアンジェリーナ・クドウ・シールズは、アンジー・シリウスの肩書きが名前と紐付けされているが故に国内外で自由に行動できなかった。だが、彼女が正式に帰化して日本人となってしまえば、少なくとも日本国内で罪を犯さない限りは堂々と生活しても何ら問題はない。
そして、リーナとアンジー・シリウスの関連性はあくまでも噂の領域を出ておらず、三矢家や四葉家、神楽坂家に上泉家、そして彼女の武術教練をしている八雲しか事の詳細を知らない。
国防軍に伝えなかったのは原作知識の部分もあったりするが、自分が受けた仕打ちを鑑みれば、必要以上に義理立てする道理は無いと判断した。
「リーナを帰化させた後、俺の国防軍の権限でリーナを“達也と深雪の護衛”という形で雇う。どうせ持っているのならば、活用させてもらうのが筋ってものだ」
「悠元のことだから、リーナに軍の仕事をさせる気はないのだろう?」
「そもそも、俺の場合は開発依頼や緊急の出動が無ければ、いないに等しい将校だからな」
「ある意味タダ働きいいいいっ!?」
余計なことを抜かしたセリアに再び
「話を飛ばしてしまったが、今のリーナとアンジー・シリウスが密接に繋がってしまっている以上、その関係性を明確に断ち切る必要がある。あくまでもUSNA軍人になれるのはUSNAの国籍を有する人間だというのなら、国防軍になれる条件の一つである日本国籍の取得をすることで、リーナを日本人として扱う」
「それで納得しない輩が出た場合はどうする?」
「死んだ方がマシという状態になるまで社会的に殺してやるだけだが?」
「……エグイわね、それ」
話を聞く限りでは、現大統領はリーナとアンジー・シリウスを切り離す覚悟はとうについていると判断できた。だが、その思いを踏みにじる様にスターズの一部がパラサイト化し、USNA軍統合参謀本部や
だが、そんな状態であっても悠元の名前が一切出てこないことに当の本人が一番訝しんでいた。
「ただ、おかしいと思ってる部分もある。明らかにトライローズ・エレクトロニクスの理事長として[恒星炉]関係者という形で名乗ったのに、俺に対して一向に牙を剥かないこと自体が不可解でならない。いや、命を狙われないことはいいことだと思うんだがな」
「うーん、私も流石にお兄ちゃんがここまで狙われないとなると、誰かの意思が介在してるんじゃないかって調べたんだけど」
「だけど?」
「
「ええー……」
悠元に対する脅威度の低さの根拠にあるのは、どうやら新ソ連に対する厳しい姿勢なのではないか、とセリアは想定した。そもそも約定を破った挙句、達也に対して危害を加えようとしたから容赦ない反撃を行っただけであり、別にUSNAへの利を稼いだつもりなどない。
「リーナやセリア、それに第一隊の面子と交戦したにもかかわらず?」
「寧ろ、お兄ちゃんがそのことで報復をしなかったからじゃないかな。確か、USNA政府との[セブンス・プレイグ]の交渉だってお兄ちゃんのお母さんに頼んでいたでしょ?」
「確かにそうだが……俺が一番納得できん」
今の地位になったのだって、根本を突き詰めれば達也の味方になろうという意思が根底に存在している。とはいえ、ここまで相手から敵対されないというのは不可解でしかなかった。
いや、敵対したという意味では『ブランシュ』などといったテロリスト連中から謂れもない因縁を吹っかけられたりした。外国での因縁は大概
あと、強いて言えば国防軍情報部もとい十山家ぐらいだが、既に内閣の厳重な管理下に置かれた彼らに待っているのは……それ以上関与する気も無いので、無関心を貫くことにした。
「新ソ連に対してあれだけ報復しておいた上、九校戦の成績や母上のことも鑑みれば、俺が脅威に見られてもおかしくはない筈なんだが」
「多分あれじゃないかな。
「強すぎて触れたくもないって……俺は世界最強の肩書きに興味なんてないんだが」
「そうやって一切慢心しないのが、却って存在を捻じ曲げているのかもしれんがな」
何せ、パラサイト事件の時は世界屈指とも言えるUSNAの軍事衛星ですら存在を捉えることが極めて難しい。いるかどうかも分からないという意味で、悠元の存在は既に一種の抑止力として機能している事実に、当の本人は深い溜息を吐いた。
「いずれにせよ、リーナには一緒についてきてもらうこととなる。達也はどうする?」
「そうだな……俺は東京に残ろう。悠元がいて間違いが起きるはずがないからな」
「そんな事態、俺が勘弁願いたいわ」
いくらなんでも親友の婚約者を寝取る趣味なんてないという悠元の発言に対し、周囲からは苦笑が漏れたのだった。
◇ ◇ ◇
翌日、悠元とリーナはリニア新幹線に乗っていた。無論、二人は向かい合う形で座っている。悠元からすれば義理の兄嫁かつ義姉で、リーナからしたら将来の夫の義弟にして妹婿。誕生日からしても悠元が弟の立場になるが、リーナにとっては先日の司波家の一件で力関係を悟り、悠元を兄のように見ている節があった。
無論、そのことを一々咎める気はない訳だが。
「そういえば悠元、どうして直接会いに行くの? 師族会議議長なのだから、別に通信でもいいでしょうに」
「通信だけで済ませられない内容もお願いするつもりだったからな」
通信で済ませればいいのではないか、という疑問もあるだろうが、六塚家に悠元自ら赴くのは別の理由もあった。それは、実力的にかなりの伸びを見せている燈也に
現状、日本人で戦略級魔法を使えるのは以下の面子となる。
〇神楽坂悠元([
〇司波達也([
〇上泉剛三([
〇神楽坂千姫([
〇五輪澪(国家公認戦略級魔法師:[
〇エクセリア・シールズ<九重瀬理亜>([ヘビィ・メタル・バースト]、[リバース・ヘビィ・メタル・バースト])
国家非公認も含めれば、単独で戦略級魔法を行使できるのが六人という陣容の厚さだが、このうち二人が既に80歳代という高齢を考えると、次が十代ないし二十代という状態。実に最大で60歳以上も開いている状態でよく独立国家としての体を保てていただろうと思う。
寧ろ、原作だと達也が出てくるまで五輪澪しかいなかった状態の日本。こんな状態を作り出した責任は、国の中枢に関わる者すべての責任としか言いようがないだろう。
話を戻すが、都心・関東圏に戦略級魔法師が集中している状態を少しでも解消するべく、新ソ連に対しての抑止という意味で北陸の一条家、山陰の一色家、東北の六塚家、そして北海道の七宝家に魔法技術を提供する。
将輝だけが得られていた恩恵を日本海側および新ソ連の脅威を受けやすい他の十師族にも享受させることで、国としての護りを強固なものとする。ここから悠元や達也が戦略級魔法を放つことも考えたが、それよりも現地で対処できるのならばそうしてもらったほうがいいという算段があった。
「今回の予定を二日にしたのは、六塚家だけでなく一条家にも立ち寄る予定だからだ。なので、今回の旅についてはリーナの肩書きを俺の護衛という形にした」
「……私より強い護衛対象なんてどうなのよ?」
「それは達也や深雪も味わったことだから」
深雪に武術を教える段取りを組むことになったのが最たる例で、『深雪君が達也君よりも強くなる図は僕が一番見てみたいからね』と八雲から言われたことは今でも覚えている。ただ、あの無敵超人を地で行く達也を超えられるかどうかという点については……一般的な魔法師の基準で行けば超えられる可能性はあるかも知れないが。
「達也にはあの後で内密に話したが、俺と将輝は深雪絡みで因縁を抱えているからな。尤も、顧傑の事件後に模擬戦を挑まれて、向こうの条件を全部呑んだ状態でボッコボコにしてやったが」
「その映像は達也にも見せてもらったけど、あんな波状攻撃はベンでも無理でしょうね」
「見たのか、アレを。俺からしたら半分腹いせの産物だからな」
リーナが見た映像―――それは悠元と将輝の模擬戦で、将輝の魔法を封殺した上で悠元による魔法の波状攻撃で将輝を叩きのめす構図。魔法の絨毯爆撃とも言える悠元の攻撃に、さしもの達也ですら引いていたのは記憶に新しい。
「達也ですら『これを見て耐えられたら凄いことだ』と言っていたわ……深雪に聞いたら目を輝かせて散々自慢されたけど」
「そこまでしても諦めてないって友人の
「ジョージって、あの[カーディナル・ジョージ]?」
「ああ、そのジョージだ」
将輝が金沢に帰った後、真紅郎から来た連絡では『どうしたらいいのか分からない』と言いたげな相談事というか、愚痴にも近い呟きを聞く羽目となった。そもそも、深雪に振られたという事実を『司波さんに振られたのは、神楽坂との婚約のせいだ』と思っている節があると聞かされた時は引き攣った笑みが出たほどだった。
「どうしても埒が明かないと判断した場合は、家の面子なんて全部棚上げして将輝をぶん殴る。自分が犯したヘマに対して素直に謝れない奴に深雪を素直に渡せるか……どうした?」
「いや、深雪が惚れる理由も分かってしまうって思ったのよ。セリアの場合はいろんな事情込みなんでしょうけど」
「さいですか」
リーナの情報をセリアが読めるのだから、その逆も然り。図らずも悠元とセリアが前世の従兄妹の関係だと知った時、リーナは小説や漫画が現実になったのだと思ってしまうほどで、必要以上の追及をしなかった。
◇ ◇ ◇
仙台駅で降り、軽めの食事を済ませてそのまま六塚家に出向くこととなった。仙台市郊外に建てられた六塚家の屋敷だが、これにはリーナが見たままの感想を漏らした。
「これって、一般的な家屋よね?」
「流石に敷地の大きさからして大きいとは思うが」
洋風の屋敷というよりは、周囲の景観を意識して武家屋敷を改造したような平屋の趣を見せていた。
朝一番に四葉本家へ飛んで真夜から書状を受け取る際に聞いたことだが、現当主の祖父に当たる人物が何でも
その為、六塚家の屋敷がこうなっていても何ら不思議ではなかった。
ともあれ、インターホンを押すと女性の声が聞こえてきて、『話は伺っております、中にお入りください』と声の後に門のロックが開いたのでそのまま敷地の中に入る。すると、玄関の扉が開いて姿を見せたのは、六塚家当主・六塚温子その人だった。
「六塚殿、此度は急なアポと訪問をしてしまい、大変恐縮でございます」
「いえ、神楽坂殿。四葉殿からも簡単な事情は既に伺っております。そして、そちらが」
「初めまして、九島烈の姪孫のアンジェリーナ・クドウ・シールズと申します」
「成程、九島閣下の……六塚家当主・六塚温子です。さて、中にお入りください」
簡単な自己紹介を交わした後、応接室に通された悠元とリーナが隣同士で座り、その向かい側に温子が座る。持て成しのコーヒーと茶菓子が置かれて使用人が退室したのを確認すると、悠元は懐から書状をテーブルに置いた。
「こちらは四葉真夜殿から六塚殿に宛てた書状にてございます」
「四葉殿の……拝見いたします」
温子が書状を手に取り、どこか嬉しそうに書状を読み進めた後、包みに仕舞い込んだ上で悠元とリーナに視線を向けた。
「事情は把握いたしました。神楽坂殿と四葉殿の頼みとあれば、断るのも失礼でしょう。縁組の手続きについては如何程に?」
「法的な手続きは彼女が四葉家次期当主殿の婚約者となった時点で既に整っていました。ですので、六塚家で養子縁組の手続きにサインして頂ければ、1週間以内に終わる話となっています」
今年初めの時点でリーナに帰化の意思があることは確認しているし、達也の婚約序列を考えるとリーナが帰化していれば法的な問題もなくなると考え、春までに殆どの手続き準備を終えていた。ただ、ラウラの帰化問題が湧いてしまったため、リーナの帰化について一旦棚上げとなった。
悠元は話しつつ、予め持ち込んでいた鞄から封筒を取り出して温子に差し出した。
「書類についてはこちらに。六塚殿がサインするだけです」
「……ここまで手際がいいと、今代の議長殿は実に働き者ですね。私も見習わないといけません」
「六塚殿はまだお若いのですから、そう仰るのはどうかと思いますが」
(……ホント、人の心を掴むのが上手いわよね)
悠元と温子のやり取りを見て、同じ十代なのに大の大人たちと対等に渡り合えている悠元を羨ましそうに見つめるリーナだった。