六塚家が担う手続きのサインは終わったため、悠元は六塚家を出たところで鞄に仕舞う振りをして[
「じゃあ、ここからは俺一人で動くことになるから、リーナには安全に帰ってもらう。ここから起こることは秘密にしてほしい」
「……多分、悠元の魔法のことなんでしょうけど、それを断れる理由がないじゃないの」
「じゃあオーケーということで」
人目のいないところで[
(しかし、光宣のことで変にトラブルが起きないのがここまで楽になるとは……)
USNAではパラサイトのことで再び慌ただしくなっているというのに、真一(九島光宣)を味方に引き入れることが出来たため、そこまで慌ただしくないというのが救いだった。
ただ、どこから話を聞きつけたのか、『元老院』の元老たちが口煩く喚いていた。彼らの言い分は分からなくもないが、自ら排除できるだけの実力もない人間が命を惜しむのなら、古式魔法師としての矜持はないのかと苦言を呈したくなるほどだった。
四大老の座を継いだことも喚いていたが、千姫が高齢という理由で座を継いだことに何の問題があるのかと尋ねたい。
(いずれにせよ、事を片付けるのはエドワード・クラークとベゾブラゾフのことに決着をつけてからになる)
最終的に排除する方針に変更はない。だが、エドワード・クラークはまだしもベゾブラゾフを討ったことで新ソ連が余計な行動を起こさないように、その為の抑止力として一条家に魔法技術を提供する。
金沢駅に着くと、悠元はそのまま一条家の屋敷に赴いた。前もって会談の要請をしていたため、一条家側は現当主の剛毅が自ら出迎えてくれた。
「一条殿、此度は感謝します」
「いえ、こちらとしても礼を欠く訳にはいきませんでしたので。ただ、将輝は学校がありますので不在ですが」
「お気になさらず」
武家屋敷風建築となっている来客の為の区画にある長い回り廊下を歩き、辿り着いた先は座敷であった。剛毅の言葉に従う形で悠元が敷かれた座布団に腰を下ろした。
「先日お伺いした件については、此方としても異存はありません。将輝としては思うところもあるでしょうが、そこは将来一条を継ぐ者として泥水を啜ってもらう他ないと考えております」
「一条家の家内の問題は、此方に被害が及ばなければ穏便に解決して頂けることを切に願ってやみません」
「……その言い分ですと、既にご存知のようですな」
悠元が一条家を訪れたのは、単に剛毅と会談を持って今後の魔法技術提供に関する話を詰めるだけではなかった。悠元にとっては無視できないこと―――将輝が未だに深雪のことを諦めきれていない問題を一条家がどう思っているのかを問い質す為だった。
「師族会議では話題に触れませんでしたが、顧傑の事件の際に一高へ留学していた将輝から勝負を挑まれました。向こうの条件全てを呑んだ上で私が叩きのめし、それで全て解決したものと思っていたのですが……吉祥寺真紅郎とは個人的な誼で連絡をすることがあるのですが、その際に将輝のことも聞きました」
「そうですか……神楽坂殿は、一条家に対して如何なる処罰をお求めになるのですか?」
息子に自立を促す意味で半ば放任主義とも言える教育方針を取って来た剛毅からすれば、将輝の余りにも諦めが悪すぎることに対して頭を抱えていた。この件絡みでは正月に娘の茜を怒らせたことに加え、妻の美登里からも手厳しい苦言を呈された。
苦し紛れながらも出た剛毅の問いかけに対して、悠元は首を横に振った。
「新ソ連の状況を鑑みないとしても、佐渡の事情を考えれば抑止力として機能する家を外す方が愚策というものです。それに、九島家や七草家のような明確な敵対行為を起こしていないことは把握しておりますので」
「……」
「だが、一条殿の息子が人様の婚約者に色目を使うようなことは許さない。これは婚約者云々としてではなく、彼女を愛している一人の男性としての我儘みたいなものですが」
周りからほぼ丸裸にされた状態で結ばれた婚約とはいえ、悠元が深雪に対しての好意は間違いなく存在する。それを指し示すかのように、恋人関係となってからの司波家での生活は、水波が来るまでほぼ毎日深雪が部屋に来て一緒に寝るような状態だった。単に寝るだけだったのかどうかは……敢えて口に出すことは避けさせてもらうが。
「現在、九校戦の代替として競技交流会の準備を他の八校にプラスして国立魔法医療大学付属湘海高等学院の十校で開催する方向で準備を進めています。無論、私も選手として出場するつもりですが、もし一条殿の息子と対戦することになったとしたら、容赦なく叩き潰しますので」
現状、競技会の競技は一昨年のスピード・シューティング、クラウド・ボール、アイス・ピラーズ・ブレイク(競技方式は昨年のソロ・ペア方式で実施)、男子限定のモノリス・コード、女子限定のミラージ・バットに加え、昨年のロアー・アンド・ガンナー、更にはレッグボールを更に発展させた透明のフィールドに覆われる形で行われる魔法を使ったサッカー競技のマギテクスボール(レッグボール自体は魔法科高校の授業で行われるため、問題は無いと踏んでいる)を新規競技として提案している。
競技自体は増えるが、選手一人が参加できる競技枠は2つまでという一昨年までの条件を付けている為、将輝が出てくる競技は自ずと絞られることとなる。仮に対戦することとなっても、一昨年や昨年同様に叩き潰すだけの話だが。
「これでも諦めないようなら、家とかの事情を無視した上で男として将輝を鉄拳制裁します……すみません、あまり気分のいい話ではありませんでしたね」
「いえ、神楽坂殿は悪くありません。息子の増長や思い込みに対して厳しく咎めなかった私が責められるべきことであり、神楽坂殿の将来の奥方を諦めきれない愚息の責任でもありますので」
悠元の謝罪に対し、剛毅は自分と将輝の責任であると明言した。そう述べた上で言葉を続ける。
「そういえば、今日はお泊りになられるとか。茜には事情を話しておりますので、彼女もきっと喜ぶでしょう」
「その様子ですと、将輝には?」
「変な諍いになるのを避けるために言っておりません。もしもの時は自分が叱りますので、お気遣いなく」
普通なら、諍いのある家に泊まるとか正気ではないだろう。だが、今後数十年は付き合うことになる一条家から逃げるわけにもいかないし、今回は茜のこともあるのでそうしたに過ぎない。
そうして姿を見せた美登里が悠元を案内する形で出ていくと、剛毅が溜息を吐いた。
「
剛毅は師族会議で既に何度も悠元と顔を合わせているが、悠元の纏っている雰囲気は最早息子と同年代にありながらも他の十師族当主と同格以上―――“老師”ですらも及ばない領域にあると感じた。
彼は最早十師族・三矢家三男ではなく、護人・神楽坂家当主。一条家の当主を継ぐ位置にあるだけの将輝とは、魔法技術だけでなく地位ですらも別格の立場。それは、あの九島烈ですらも後継者と公言しただけのことはあると強く感じた。
顧傑の一件後に落ち込んでいた将輝に発破を掛けたまでは良かったが、婚約している相手に振られても尚諦めないというのは、どう取り繕っても殺傷事に発展しかねない最悪の可能性を秘めてしまっている。
そして、それは将輝が想う対象である司波深雪の婚約相手―――神楽坂悠元を怒らせることとなることも、普通ならば理解できる筈なのだ。
九校戦のアイス・ピラーズ・ブレイクで将輝が行使した[爆裂]を無力化出来るだけの防御力を有している時点で、悠元相手に勝てる手段などない。剛毅ですらもそう感じているのに、将輝は悠元に勝てると信じ込んでいる。
「真紅郎君も言っていたが、息子のあの自信は一体何処から出てくるのか疑問だ……」
親友の真紅郎でも分からず、父親の剛毅ですらも理解できない。“子の心、親知らず”という状況が実に当て嵌まるような有様に、剛毅は再び溜息を漏らしたのだった。
◇ ◇ ◇
悠元は美登里に案内される形で客室に着いた。一息ついたところで美登里がお茶請けを用意してくれたので、二人で談笑することとなった。
「にしても、悠元君も普通なら学校に通っていてもおかしくないでしょう。やっぱり、例の[トーラス・シルバー]の件が大きいのかしら?」
「ええ。その件で百山校長経由で国立魔法大学からお墨付きをもらいました。でも、自分や達也が授業に出ているのは、学ぶ内容如何ではなく“けじめ”でもありますから」
学ぶ内容が既に通った道だから学ぶ必要が無い、という大人の意見も分からなくもないが、人様の青春の時間を奪って大人たちの都合のいい様に生きるのは御免被る話だ。きっと、達也も[トーラス・シルバー]の功績を奪うことはまだしも、自分の生き方を誰かに委ねることは許容できなかったのだろうと思う。
「自分は神楽坂家の当主ではありますが、まだ高校生の身分であることも事実です。社会的にズルをして後ろ指を指されるような人生なんて真っ平御免ですので」
「成程ね……ふふっ、茜が惚れるのも無理はない程に弁えているのは、長野佑都を名乗っていた時と変わりませんね」
「名を変えたら生き方まで器用に変えれる人間じゃありませんから」
4年前の初対面の時、剛三の付き添いという体でパーティーに参加はしていたが、将輝や真紅郎と顔を合わせないように振舞っていた筈が、そんな自分を見つけたドレス姿の茜に質問攻めを受けたのは記憶に新しい。
その後、将輝のロリコン発言で関節技を駆使して将輝と真紅郎を締め上げ、二人の親に謝罪したこともそうだが、茜から『私、佑都さんの立派なお嫁さんになります』と発言したことに、傍にいた美登里が思わず笑みを漏らした。
「爺さんの付き添いとはいえ、佐渡侵攻自体は部外者の立場でしたから。それに、ジョージのお祝いも兼ねている席で偉ぶるなんて以ての外です。尤も、主賓の二人を締め上げたのは自分の落ち度でしたが」
「あの時のことは私も見ていましたが、あれは流石にデリカシーが無い息子の過失です。寧ろ、それに対してすぐに謝ることが出来た貴方が息子ならと思ったほどで、こんな息子を持つ三矢殿に思わず嫉妬してしまいそうになりましたから」
「ははは……」
無関心を平気で貫くような雰囲気を漂わせつつ、原作の九校戦における達也のような振る舞いを参考にして会場の壁際にいたのに、まさか逆に目立ってしまう羽目になるとは思いもしなかったのは確かだ。
「後から聞いた話ですけど、茜もあの時は将輝の妹ということで周りの大人たちから声を掛けられることにうんざりしていたようで、そんなときに避難場所として誰かいないかと見つけた先に貴方がいたようでして」
「まあ、主賓が主賓ですからね。うんざりしたくなる気持ちは理解できます。ただ、そこから惚れるまでの過程が理解できないのですが」
関係も持ってしまった今となっては受け入れたが、当時は恋愛に対する感情が皆無だったために、何故そうなるのかという過程が理解できなかった。疑問に感じている悠元に対して、美登里が「ふふっ」と笑みを漏らしながらも答える。
「悠元君はあの時、茜に対して話すことはあっても何処か避けたいような雰囲気を持っていたじゃない?」
「恋愛に発展したら、折角三矢家で自由になったのに一条家に縛られることになりかねませんし、その当時は恋愛に対して積極的になれませんでしたので」
「それでね、茜が『私って魅力が無いのかな』ってパーティーの後で落ち込んじゃってね。女性として見てくれて無いような雰囲気が茜の恋心に火をつけちゃったようなの」
「ええー……?」
別に茜を女性として見ていなかったわけではない。あの時のことを思い出すと、『将輝と親戚関係になるのが面倒だ』という感情が根底にあったのは間違いない。ただ、それが回りまわって茜の恋愛感情を奮い立たせたことに悠元は首を傾げた。
「別に茜を女性として見ていなかったわけではありませんよ。強いて言うなら、将輝の親戚になるのは面倒だからという理由がありましたが」
「成程ね。でも、結局は受け入れてくれたことに感謝しているの。茜のこと、どうか幸せにしてあげてね」
「……それは、無論です。一人の男性として、彼女のことは幸せにしてみせます」
結局は将輝と義理の兄弟関係になってしまう訳だが、茜のことを思うと拒否するわけにはいかなかった。ただ、懸念があるとすれば茜の妹である一条瑠璃が真紅郎に惚れている件ぐらいだが。そのせいで自分にもしょっちゅう相談事が舞い込む。
「将来の義理の息子として述べることがあるとすれば、『あの
「……悠元君の立場を考えると、一番説得力が生じる言葉ね。でも、恋愛ごとに不器用な
「今の言葉を聞いている限りですと、美登里さんが一番手厳しいと思いますよ?」
茜と瑠璃が積極的に動いているのは、実際には将輝が恋人を作らないことに美登里が娘に発破を掛けた結果……というのが、内密に剛毅から聞いた話だった。ただ、その結果として生じているのは深雪への恋慕を諦めないという始末。
この場合、茜や瑠璃は無論のこと、美登里や剛毅も悪くない。一番悪いのは、想い人に振られながらも『その時は実力が足りなかったからだ』と勝手に結論付けて人の話を聞かない
正直、こんなことで一条家を潰したら逆に馬鹿らしくて変に後悔しそうな気がする。とはいえ、将輝がストーカー化して殺傷事になるのも困る。この辺は真紅郎も言い含めているようだが、親友ですら手を焼いている将輝の頑固さには、ほとほと呆れる。
「そうかもしれませんね。けれども、好きな人に振られて失恋だと思い込みたくないという諦めが悪い子に育てた覚えは私にもないのですよ。責めはあの人に任せておくこととします」
「ひょっとしてですが、耳に挟んだ正月の一件が関与しています?」
「それが大きいでしょうね。あの人には秘密にしていますが、茜が通う中学の校長にお願いをして、来年の春から東京の中学校に通わせますので」
「……さいですか」
茜が東京に引っ越してくるということは、将来的には“あの人物”まで東京に来ることも意味する可能性が極めて高い。美登里としては、愛娘の願いを叶えてやりたいという思いを感じ、悠元はただ受け答えすることしか出来なかったのだった。
今回は一条家訪問編その1。光宣との対決が無くなった分の穴埋めでもあったりしますが。一高が強靭な陣営になるって疑問はありそうですが、私は何も知りません(何