6月24日、月曜日。
早朝に金沢を出た悠元は、[
そのまま自室に入って荷物を置き、リビングに来ると早起きしていた水波と遭遇した。
「おはよう、水波」
「おはようございます、悠元兄様。お早い御帰りですね。今日は学校に行かれますか?」
「いや、今日は別件があるから、深雪の護衛は任せた」
水波にそう伝えた上で、シャワーを浴びる。他の婚約者が乱入してくることは今日に限って無かった(普段は同じく早起きしてくる深雪が突撃してくる)わけだが、シャワーを浴び終えて着替えたところで深雪が脱衣所に入って来た。
「……おはよう、深雪」
「おはようございます、悠元さん。さくばんはおたのしみでしたね」
「何も言い返せないのが悔しいわ」
今の深雪なら何も言わずに理解してしまうため、流石の悠元も婚約者の勘の鋭さに降参のジェスチャーを示した。すると、深雪は口元に手を置いて笑みを零していた。
「別に私は怒っていませんよ。それも悠元さんの甲斐性なのですから」
「……それは、褒めているのか?」
「勿論ですよ」
惚れた弱みと言えば否定できない。ただ、深雪が何かしらストレスを溜め込んでいるのはひしひしと感じていた。心当たりはいくつかあるが、そこまでストレスを蓄積するような出来事は無かった筈だ。
悠元の疑問に対して、深雪は笑顔でこう答える。
「ちなみに、私は一条さんのことをまだ許したわけではありませんので。一条さんとの会話は社交辞令ですから」
「さいですか」
多分、一条家に行くということから一昨年の一件を思い出してしまったのだろう。結局、将輝にその事実をぶつけても駄々をこねた挙句、殴り掛かって来たので一撃で沈めたが、深雪には敢えて伝える必要も無いと思いながら会話を続ける。
「で、深雪さんは何をしに?」
「少しシャワーを浴びようと思いまして。悠元さんがお望みなら」
「気持ちだけ受け取っておく。流石に学校の前はマズい」
「むぅ……悠元さんのイケズ」
正直に言えば、このまま深雪を抱きたい衝動は無くもないが、学校を休むような事態は避けるべきだと判断した。深雪もこれには渋々納得しつつも、せめてもの不満を言葉として示したのだった。
◇ ◇ ◇
悠元が二日も余裕を持たせたのは、一日は六塚家と一条家への事情説明の為。もう一日はリーナを含めた海外からの客人の応対の為だった。滞在期間が不透明の為、その便宜を図る代わりに協力の申し出をするためでもある。
巳焼島の施設内に設けられた会議室のような空間で、悠元はリーナやセリアと同行した魔法師たちと面会する。
「―――事情は把握しました。こちらとしても大統領閣下やバランス大佐の意向も含めればシールズ少佐を喪う事態は避けたい。ジェラルド・メイトリクスは神楽坂殿の要請をお受けします」
「SSAの軍人として、日本の危機は見逃せません。こちらも異存はないです」
「助かります」
ジェラルドはリーナを殺させないために、ハンスはSSA大統領からの要請という形でリーナの護衛を引き受けた。ナーディアはハンスが受諾したということで芋蔓式に承諾し、アニエスはジェラルドの誼で話を受けることとなった。
ここで気になるのは、イギリス軍の軍人魔法師であるアニエスが祖国に帰らず日本まで来たこと。その理由は本人が語ってくれた。
「女王陛下と首相閣下からの特命で、先日の西果新島の件で迷惑を掛けた以上、その償いをするのが英国としての責務ということで日本への派遣を命ぜられました」
「……女王陛下は何か仰っていましたか?」
「神楽坂殿に『会いに行くから待っててね』とラブコールみたいな伝言を託されましたけど……お知り合いですか?」
「数年前にパパラッチを追い払った縁で少し」
アニエスの口から語られた女王の言葉に悠元が冷や汗を流し、それを見たアニエスは女王が恋した相手というのが目の前にいる少年だと察した。
「求婚されたときは反射的に拳骨を落としましたけど……何で自分に寄ってくるんだって思いますよ」
「えっと、その、幼馴染がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「つまり禁断の恋って奴だね”っ!?」
「全く、これから世話になる人をからかうな」
悠元が諦め気味に呟くと、アニエスが丁重に謝罪した。それを聞いたナーディアが興味津々といった感じで言い放ったところにハンスが拳骨を落とし、一連の流れを見たジェラルドが溜息を吐く。
「はぁ……[パラサイト]のことも有るというのに、暢気すぎる気もしますが」
「まあ、変に気を張って空回るよりは遥かにいいかと」
「それは確かに」
かたや『灼熱と極光のハロウィン』の片割を担った戦略級魔法師。かたや先代“シリウス”の力を受け継いだ戦嫌いの魔法師。心なしか、互いに仲良くなれるのではという気がした。
「暫くこの島で生活してもらうこととなりますが、必要なものがあれば遠慮なく仰ってください。極力不自由を強いるつもりはないですし、リーナを守る対価もとい必要経費に糸目は付けないので」
「ちなみにですけど、予算は如何程?」
「1兆円」
「……え?」
悠元の口から言い放たれた金額にナーディアのみならず他の面々も驚くが、現時点で戦略級魔法師クラスが最低でも四人プラスリーナとセリアまで加わると、六人相手に1兆円を支払うのは十分元が取れるどころか、逆に安い位だ。核兵器の管理などを鑑みれば、国家予算規模の金額をつぎ込んでも元が取れるどころの話ではない。
補足だが、これまで達也が戦略級魔法を行使したり、独立魔装大隊として活動した際の報酬は悠元の国防軍将校の給与から支払っていた。ただ、今年の春からは蘇我の手引きでこれまでの功績の未払い分も含めて達也に直接支払われたが、当の本人は困惑していた。
「最低数か月の予定とはいえ、戦略級魔法師クラスを滞在させるとなると、慣例に照らし合わせて将校相当の待遇が求められます。ただ、内密の滞在なので政府から支払わせるつもりもありません。となれば、ポケットマネーから出した方がまだいいと判断したまでです」
「……神楽坂さんって、実は金持ち?」
「金目当てならお断りだぞ。邪な気を起こさないようにタイキックをくらわすが」
「あ、そういうつもりはないですので(心なしか、嫌な予感がしたんだけど……)」
言葉遣いが砕けているが、互いに実力を肌で感じてしまったからこそ、悠元のほうから謙ることを止めた。ナーディアは興味本位で尋ねただけだが、悠元の言葉を聞いて嫌な予感を察したためか、大人しく引き下がった。
「神楽坂さん、一つ聞きたいことがあります」
「悠元でいい。それで、メイトリクス大佐殿は何か聞きたいのか?」
「自分もジェラルドでいいです……貴方は『灼熱と極光のハロウィン』に関わった戦略級魔法師なのか?」
「ああ、その通りだ。そちらの国で名づけた[シャイニング・バスター]―――正式名称は[
あっさりと認めるのはどうかという疑問は出るだろうが、相手にリーナの守りを任せる以上はこちらも切れるカードは切る。そもそも、エドワード・クラークとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの処分が済んだら正式に名乗りを上げることは決めている為、ここにいる面々に対しては、所属する国家に対する“釘差し”も込めている。
「上泉殿の孫……もしや、伯父―――ブレスティーロ大統領が仰っていた少年というのは」
「それは自分だ。尤も、地方政府に壊滅的な打撃を与えたのは祖父であって、自分は襲撃してきたゲリラ兵を叩き伏せたに過ぎないが」
剛三の存在によって南アメリカとアフリカに国家が形成され、新ソ連は大きな打撃を受け、USNAは混乱の極みにある。
「成程、悠元さんがあの人と一緒に居たのは、その実力があったからですか」
「修行も兼ねて半ば強引に連れ出されたことは否定しない。正直、他の人だったら普通に死んでてもおかしくない」
「……英雄が遥か彼方の存在に思えてしまいます」
それが普通の反応だと思うし、英雄の中でも剛三と千姫は別格だろう。奏姫の場合は二人の陰に隠れてしまっているが、核兵器を瞬く間に無力化してしまう実力を有しており、天神魔法の技術を応用してウランやプルトニウムを貴金属に変えてしまう原子構成組換魔法[
それはともかく、問題は今後の情勢だった。
「[パラサイト]の執着心―――本能的な衝動は驚異的なものと考える。とはいえ、貴方方がそれに対する手段を有しているか。それが最も重要となる」
「つまり、[パラサイト]は物理的な手段では倒せないと?」
「それは昨年USNAのパラサイト化した兵士を対処した我が国が一番理解していることだ。それと、USNA側も理解していると思われるが?」
「ああ。それは知己の魔法師からも確証を得た情報なのは間違いない」
[パラサイト]に対して有効なアプローチは二つ。一つは[パラサイト]と接続する想子情報構造体に干渉すること。そしてもう一つは、霊子情報体そのものに対する攻撃手段を有すること。
前者は魔法式に対して[
「効力の上下はともかく、手段の有無があるかどうかは聞いておきたい。無論、魔法の詳細は伏せて構わないが」
「私は持ってるけど、お兄ちゃんはどうなの?」
「……修得してしまった、と言うべきだな」
[ドラキュラ]と名付けられるぐらいなのだから、当然精神干渉系魔法を有していてもおかしくはない。ナーディアが先んじて答えた後にハンスへ問いかけると、当の本人はまるで“覚えさせられた”と言わんばかりに呟いた。
詳しく聞いたところでハンスの心労が嵩むと判断して、悠元はジェラルドとアニエスに視線を向けた。
「私は父方に古式魔法の得手がありますので、当然精神干渉系魔法は会得しています。ジェイはどうなの? 貴方のお母さんが得意だったとは聞いたことが無いんだけど」
「……実はある。奇しくも母が遺した魔法の一つに[パラサイト]を倒す魔法が存在する」
アニエスはともかくとして、ジェラルドの言い方からするに、既に亡くなったジェラルドの母が遺していた魔法の中に[パラサイト]を倒せる魔法があるという事実。現代魔法主体のUSNAにしては、北米大陸由来の古式魔法にも通じている人間がいてもおかしくはない。
「なら、心配は要らないと判断していいか」
「よろしいのですか? 嘘をついている可能性を考慮しなくていいので?」
「そんな素振りを見せている雰囲気は一切感じなかったからな。最悪、自分が対処するまでだから」
悠元の場合、[
「それに、この状況で嘘を付けばパラサイト化するリスクを負ったまま戦うことにもなるからな。いくら他国の人間と言えども、寝覚めが悪くなりかねん」
「……その言い方からすると、パラサイト化した兵士が誰かを狙うってことだよね?」
「一番の候補はリーナで、それとほぼ同格なのは俺の親友である司波達也。ただ、向こうも正気とは思えん選択なんだが」
原作だと、達也とリーナが恋仲になるような関係性は達也の情動を考えると極めて難しいが、この世界では二人が恋仲となっている。達也が深雪への[
その状況で達也を本気で怒らせることがどれだけ危険なのかを連中は理解できていない。態々教えてやる義理もない訳だが。
「やはり、悠元も同じ意見か」
「ジェラルドも?」
「ああ。大体、“アンジー・シリウス”を蔑ろにしている時点でUSNAの落ち度だ。こればかりは俺も庇い切れん」
正確にはクラーク親子の落ち度なのだろうが、今の今まで達也によって消されていない時点で、彼らは達也によって生殺与奪の権利を掌握されていることに気付いていない。恐らく、達也はタイミングを計っているものとみられる。
それは、彼らを切り捨てても自分に不利益が掛からないこと。
「あの、仮にパラサイト化した兵士が攻めてくるとしても、そこまで馬鹿正直に攻めるものなのですか?」
「その一端は昨年の一件で強く感じている」
当時は憑依された対象が下位だったからこそ、その傾向が顕著に出ていた。今回は上位クラスになったとしても、『スターズ』の中では蚊帳の外に置かれるような立場にいたリーナがいる以上、同様のことが起きるのは間違いないとみている。
「賢くなったのならば、もう少し頭を使えばいいものの……やることは魔法によるゴリ押しばかりだったからな」
「逆に脳筋になってるような気がするんだけど」
「本能的な衝動に基づけば妥当なのだろうが」
パラサイト化した兵士が強気でいられたのは、USNAが元の彼らで戦力勘定を行っていたため。その保険としてリーナを派遣したのだろうが、霊子情報体に対する有効な攻撃手段を用いなかった時点で、最悪の事態に繋がるリスクを日本へ押し付けようとした。
「恐らくだが、リーナの引き渡しに関する何かしらの手を打ってくる。だが、此方からすれば取り合う義理はない。最悪スターズを派遣することも想定はしているが……もしスターズのほぼ全軍が差し向けられた場合、彼らを全員殺すことも辞さない。ジェラルドにとっては酷だろうが」
「いや……この状況でパラサイト化していない保証が無い。それも止むを得ないと思っている。俺の任務はあくまでもシリウス少佐の護衛であって、そこまでの手心を見せる余裕も無いと思っている」
ジェラルドとしても最優先すべきはリーナの身の安全であり、スターズに対する配慮や助命を求める気など無かった。
「それが、USNAが衰退する一途を辿ったとしてもか?」
「行き過ぎた愛国心が国を亡ぼす事例はいくつか存在する。自分だって国が衰退するのは見たくないが、今の
過去の栄光と、過去に受けた仕打ちの報復への恐怖。新ソ連ですら混乱の極みにあり、それにつられる形でUSNAも国の存亡にかかわる事態に繋がりつつある。ジェラルドが念頭に置いたのは、過去の遺物であった[セブンス・プレイグ]と[アルカトラズ]の件だろうとみられる。
「日本は最早、第二次大戦直後のような主従の関係など存在せず、一つの独立国家として抑止の力を示した。
「……そうか。まあ、何か力になれることがあったら言ってくれ。何故だか、俺とお前は似ているような気がしたから」
「……そうだな。主に婚約者が複数になりそうな事態への相談を切に望む」
神楽坂悠元とジェラルド・バランス。生まれた国は違えど、生まれと資質が呼んだ共通の事態を感じ取った二人は互いに握手を交わしたのだった。
なお、ジェラルド・バランスの苦労はここから(ぇ