魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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即刻シュレッダーに掛けたい気分

 悠元との会談を終え、ジェラルドは宛がわれた自室のベッドに腰掛けると、深くため息を吐いた。状況が状況なので待遇に不満はない。離島に建てられたプラントで勤務する関係者向けの寮とはいえ、設備だけ言えばUSNA以上。

 これだけでも、日本の凄さが身に染みるような心境だった。

 

(噂などは聞いていたが、改めて目の当たりにすると凄さが実感できた……俺よりも年下なのに、複数の婚約者持ち。俺だったら逃げ出してるな)

 

 実をいうと、ジェラルドも魔法師なので婚姻の話は出るに出ている。リーナとセリアが日本に帰化することで大統領が身内になる事態は回避できたが、ティナ・フェールに関してはワイアット・カーティスが関与していて逃げ出せないし、国防総省(ペンタゴン)では上司絡みで見合いの話も聞こえるほど。

 そのどれもが十代半ばから二十歳前後という状態で、明らかに先代“シリウス”の血脈を残そうと躍起になっているとしか思えず、それから逃げるためにジェラルドは積極的に海外でエージェントとしての仕事に没頭していた。

 

「そして、『灼熱と極光のハロウィン』の当事者の一人……最重要容疑者に挙げられながらも存在自体があやふやすぎる[幻影(ファントム)]が彼とはな」

 

 昨年の[パラサイト]事件が起きた時の戦略級魔法師に関する調査では、USNAが誇る軍事衛星ですら欺くため、対象の魔法師の生死すらも謎とされてしまった。そのため、ペンタゴンでは[幻影(ファントム)]というコードで彼を探ることはしていたが、調査は事件終結後に打ち切られた。理由は大統領の鶴の一声によるものだが、詳細は伏せられたままだった。

 ジェラルドですら存在しているかどうかも分からない相手、という認識を持っていた。その彼と面識を持ったことで、ジェラルドの中には一つの考えが浮かんでいた。

 すると、扉のノック音が聞こえたので入室を促すと、入ってきたのはアニエスだった。

 

「ジェイ、お邪魔するね」

「ああ、かまわない」

 

 アニエスはそのままジェラルドの横に腰掛ける。普通なら男女の雰囲気なのだろうが、ジェラルドとしてはイギリスに縛られる未来が見えているので手を出そうとしない。

 

「むー、ここで口説いて押し倒してもいいのに」

「俺の行き先が地獄という名の墓場でしかないだろうに。それで、何か話したいことがあったのか?」

 

 アニエスは不満げだが、『まあ、機会はあるしいっか』と意味深な発言を零しつつもジェラルドに問いかけた。

 

「リーナさんだっけ。彼女が“アンジー・シリウス”なのは知った形になるけど、[十三使徒]を殺そうとする時点で常軌を逸していると思って」

「彼女の場合は現在判明している[十三使徒]の中で(リウ)麗雷(リーレイ)に次ぐ年少組の一人だからな」

 

 『灼熱と極光のハロウィン』によって劉雲徳が死亡し、劉麗雷が公表されるまでは間違いなく最年少の[十三使徒]。彼女の愛国心を揺らがせたのは間違いなく司波達也との関わりを経てのことだろうとジェラルドはそう思っている。

 だが、そのことと[パラサイト]を呼び込んだことは全く別の問題でしかないとも考えている。

 

「未だ十代の少女が大人たちよりも力のある立場というのは、どうあっても軋轢を生むのは確かだ。それは魔法という技術が顕在化した現代では顕著に表れている」

「言いなりにならないから殺すって、それって最早奴隷や傀儡の考え方じゃない」

「傀儡か……確かにその通りなんだろうな」

 

 現代魔法の成り立ちからすれば、現代魔法師は力の制約が多い。古式魔法師に何の制約もないといえば嘘になるが、スターズでも古式関連の軍人魔法師がいるため、彼らも何かと比較されることは少なくなかった。

 ジェラルドはその光景を母親―――先代の“シリウス”が生きていた時に目の当たりにしていた。そして、何故古式魔法を習得している人間を差別しなければならないのか、という疑問を強く抱いた。

 

 そんなジェラルドが今代の“シリウス”を選定する監督官として携わることになった際、リーナを選定するという段階で一度差し止めた。それは彼女の愛国心を疑うようなものではなく、未だ十代の人間に最悪『人殺し』という重責を担わせることで、彼女の精神を崩壊させることに繋がることへの危惧を抱いたからだ。

 結局、軍統合参謀本部は“シリウス”の穴埋めを急いだ結果、同時に“ポラリス”として入ったセリアの行動によって胃薬が手放せなくなった。こればかりは軍上層部の責任であり、ジェラルドもフォローする気など起きなかった。

 

「言い方は悪いが、今の時代を生きる魔法師は“軍事の道具”として生きる道以外の選択肢が少なすぎる。俺は養親のお陰で事なきを得たが、魔法資質を持つ人間全てをフォローできているわけじゃない」

「その一端が欧州での反魔法主義の増長、というわけだね」

「そうだな。そして、国際魔法協会自体もロクに機能していないに等しい以上、魔法師を守れる手段が国家単位で存在しないのも問題だ」

 

 軍事的にかかわる保護は出来ても、実戦レベルにない魔法資質因子の保有者全てを保護しきれていない。そして、反魔法主義はそういった人達までも巻き込んでしまっている。魔法師と因子保有者は必ずしも同じというわけではないが、魔法を忌避したがる人間からすれば、魔法を使える時点で同じに見られてしまう。

 

「……ディオーネー計画で失った国家の信頼を回復させるとしたら、ここを提示するしかない。アニエス、すまないが席を外す」

「どこに行くの?」

「悠元に話をしてみる。今すぐは無理だろうが、将来の生存のために出来ることはしておきたい」

「なら、私も行くよ。私だって祖国がこのまま没落するのは見たくないもの」

「……好きにしろ」

 

 部屋を出る前に連絡を取ると、悠元は内容を聞いてすぐに会談のセッティングをした。てっきり既に帰っているのかと思われたが、巳焼島の施設を視察してから帰る予定だったために会談が実現した。

 

「魔法資質因子保有者まで対象を広げた国際的な非政府組織の設立か……自分も考えていた案だが、両国の政府をどうやって説得する? 生半可な対価では話を聞くとは思えないが」

「……最悪の場合、俺は抜けることになる“シリウス”の後釜となる」

「ジェイ!?」

「アニエス、もう決めたことなんだ。ここまでしなければUSNA(ステイツ)の連中は納得しないだろうし、彼女に人殺しを強要させたくない」

 

 ジェラルドが考えていたこと。それは、リーナが帰化して抜けた穴をジェラルドが埋めるというもの。先代“シリウス”の実子にして、先代“カノープス”の教えを受けた魔法師。そして、その実力はこれから迫りくる脅威を退けることで証明するつもりでいた。

 

「そこまで決めてるならいいが……ヴィンセントさんはどうする? どうやってイギリスを説得する?」

「私が女王陛下を説得します……ウィリアム・マクロードの孫である私がジェイに嫁ぐことで、祖父の奇行に対する詫びをするとともに、祖父をディオーネー計画から引き離します」

「ここにきてマクロードの身内か……そうなると、俺の母上のことも?」

「聞いてはいますが、あれは曽祖父が完全に悪いかと思いました」

 

 アニエスは幼馴染である英国の女王を説得することでイギリスをディオーネー計画から引き離しつつ、USNA軍上層部に対する抑止力としてアニエスがジェラルドに嫁ぐという大胆なプランが提示された。

 マクロードが狙っているのは日本の突出したパワーバランスを抑えたい―――日本の戦略級魔法がイギリスに向けられたくない―――という目論見なので、それは成功する公算が高いだろう。だったら、最初から話し合うという選択肢を取らなかった時点で日本に対する敵愾心が少なくないということでもあるが。

 尤も、アニエスの言い放った発言に対してジェラルドは完全に頭を抱えていて、他人事とは思えない悠元が憐れむような視線をジェラルドに対して向ける。

 

「その、まあ、頑張れ」

「……気遣いに感謝する」

 

 尤も、ジェラルドが更に阿鼻叫喚の様相となるのはまた別の話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その頃、未来の平行世界から来た九島光宣―――真一は伊豆高原の別荘にて烈と将棋を打っていた。考えてみれば、こうやって祖父と魔法のことも含めて勝負をしたことは殆どなかった。それこそ、真一が烈に殺されることを受け入れようとしたのに、烈が死んだということぐらい。

 あれは真一からすれば勝負ではなく、最早“事故”に近かった。だからこそ、こうやって祖父と向き合うということなど、思いもしなかったことだろう。

 

「強いな、真一は」

「いえ、油断をすればあっという間に足元を掬われそうですよ」

 

 盤面と烈の顔を交互に見る真一。そんな彼の様子を見た烈が言葉を呟き始める。

 

「……君のよく知る私も、きっとこうやって穏やかな日々を過ごしたかったのだろうな」

「そう、なのですか?」

「無論、全てを察することはできないがね。私は彼ではないのだから。けれども、真一の知る私が何を考えていたのかは、君を通す形だが朧気ながら見えてくる」

 

 烈は真一から彼の知る九島烈の為人を聞いた。彼が九島家の中でどう行動していたのかを。

 無論、真一が全てを把握していたわけではないだろうが、彼が元々いた世界とこの世界での違いを考えたとき、烈の脳裏によぎったのは剛三や千姫、悠元の存在だった。

 

「この歳になれば、いくら魔法師と言えども限界というものが否応にも見えてくる。例外というものは存在してしまうわけだが、後天的に力を得た私がここまで無事に生き永らえたこと自体が“奇跡”と言うほかない」

「それは……」

「気を遣わずとも良い、真一。誰よりも私がそれを実感していたのだから」

 

 師族会議を設立したまでは良かったのだが、烈は九島家や光宣の存在を考えるあまり、結果として師族会議の後継を誰に託すかを考える余裕がなかったのだろう。加えて、力を継げなかった子孫世代の穴埋めをやらなければならず、結果として烈が九島家の家督は手放したが、家業の件は捨てきれなかったし、魔法界の重鎮として見守り続けなければならなかった。

 

「だが、私は幸運だった。光宣を治し、私の立場を継いでくれる若者が現れたことだ。彼は最早、この国において無くてはならぬ人間となった。それが、私と“真一の知る私”との決定的な差なのだろう」

 

 一番理解してくれたであろう実の弟がUSNAへ出ていき、更には『元老院』との関わりで烈は益々一人になっていってしまった。この世界の九島烈は、上泉剛三や神楽坂千姫の存在があったからこそ悠元に後を託すことができた。

 力こそ恵まれなかったが、人の縁は恵まれた。それを蔑ろにしてしまったからこそ、九島烈という人物は苦悩の連続に死ぬまで見舞われてしまったのだろう……と、烈はそう感じていた。

 

「魔法師は、良くも悪くも自分で考えて実行せねばならない。誰かの命令に従うのはいたって簡単だが、それは魔法師がただの兵器に成り下がってしまう。私はそれを良しとせず、[パラサイドール]の開発を指示した。それは真一も知っていることだろう」

「……」

「だが、私はそこで思い知らされた。常識の埒外にいる人間相手には、兵器では勝てないのだと。それに、その行動こそが兵器でいることに甘んじているのではないかとな」

 

 九島家の作った[パラサイドール]を倒したのは司波達也と神楽坂悠元、そして六塚燈也の三人。次代の魔法界を担うことになる若者たちの力を烈は決して軽んじたわけではなかった。そして、国防軍や剛三、千姫によって蛮行は阻止された。

 

「正直、私は悩んでいた。師族会議の後を託すのが真言(むすこ)でよいのかと。かと言って、教え子の弘一や真夜へ託すのは確実に軋轢が生じる。若いからと言って六塚殿や十文字殿に託すのも同義。そこに、悠元君が師族会議の舵取りを担ってくれた」

「大変、だったんですね。御祖父様も」

「君が知る私のほうが、よっぽど苦労していただろう。本来なら、彼はもっと青春を謳歌すべきところなのだろうがね。それは無論、真一もだ」

 

 魔法の資質があるが故に、本来思春期にある少年少女たちが青春を謳歌する時間を奪った。その責任を大人たちが十二分に取れるはずもないのに、責任や義務を押し付ける。その意味で、烈も当事者の一人として言い逃れなどするつもりなどなかった。

 

「真一、パラサイトになった以上は普通に生きることは難しいかもしれん。だが、私は精一杯生きることを望んでいる……きっと、彼もそれを一番望んでいることだろう」

「御祖父様……」

 

 烈は真一の頭に手を置いて撫でた。真一のパラサイトのコントロールは十全に働いているため、烈の力が吸い取られるということはなかった。

 

「そして、王手だ」

「あっ……狡いですよ、お祖父様!」

「はっはっは。それも若さというものだよ」

 

 油断も隙もあったものではない。第一線を退いても[トリックスター]の名は確実に生きている。真一は不満を漏らしながらも、元の世界で味わう事など無かった祖父との交流を心の底から喜んでいた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 防衛省内の国防陸軍総司令部。その司令官室で蘇我大将と大友参謀長がテーブルを挟む形で相対している。テーブルの上には数枚の紙媒体の書類が置かれていて、二人の表情は晴れない。その理由は、書類に書かれた内容―――『アンジー・シリウス少佐の保護要請』というものだった。

 

「参謀長。この件に関して言うならば、私は見なかったことにしてシュレッダーに掛けたい気分だ。それが一番心労を重ねない方法だと思うのだが」

「それは小官もでありますが……四葉家や神楽坂家、上泉家が関与しているものに触れろとは、USNAも無責任すぎますな」

 

 蘇我大将は内密に悠元から連絡を受け、USNAから脱出した外国籍の軍人魔法師を滞在させる旨を通達された。この時点で神楽坂家の関与は強いと判断して、防衛大臣と総理大臣にこの事実が伝わっている。

 流石にすべてを自分一人で抱えるのは辛いため、情報の秘匿性を考えて大友参謀長にだけ話した。その直後にUSNAからアンジー・シリウスについての要請を受けた。そして、今に至るという形だ。

 

「第101旅団にこのことは?」

「いえ、伝えておりません。佐伯少将の立場を考えれば……」

「そうだな。それにしても、事情も知らせずに[十三使徒]を寄越した……いや、USNAで予期せぬ事態が起きたと考えるのが自然か」

 

 USNAによる介入は今に始まったことではない。だが、ここ最近で言えば年1回以上のペースで日本に来て騒動を引き起こしている。今回のパターンを考えたとき、昨年のパラサイト事件が最も近いと蘇我は考えていた。

 

「日本に騒動の種を持ち込んだ、ということですかな?」

「もしくは、これから持ち込むつもりなのかもしれん。新ソ連の件もあるというのに、二大国相手に立ち回れとは難しいことを押し付けてくれる……」

 

 新ソ連の件は、ベゾブラゾフに対する反撃を実施したことも悠元から聞かされた。日本に対する攻撃能力を奪うという意味では理に適っている。そこまでのことをしても疑われはするが暗殺されない彼の異質さは千姫によく似ている、と蘇我は率直にそう感じていた。

 

「その新ソ連方面ですが、大亜連合側に侵攻の兆しが確認されました。目標は恐らく……」

「新ソ連か。ウラジオストクを抑えれば、半島方面の安全を確保できるからな……だが、ベゾブラゾフが死んだと確認できたわけでもないのに、安易すぎると思うがね」

 

 ベゾブラゾフの安否についても蘇我は悠元から確認しており、ベゾブラゾフが一時的な戦闘不能状態にあるだけで、死んだわけではないという情報も得ている。情報の有無でここまで判断できる余地が生まれるとなれば、蘇我としても悠元に対する信頼度は完全な頭打ちに近かった。

 

「とはいえ、火事場泥棒的な衝動で対馬及び九州・奄美・南西諸島方面に動きを見せないとも限らん。講和状態にあるとはいえ、気を抜くなと伝達してくれ。空や海にもこの情報は伝えてくれ」

「了解いたしました」

 

 結局、アンジー・シリウスの引き渡しの件は軍令部の中で止めることが決定され、第101旅団に対して一切この情報が入ることの無いよう“国家機密に準ずる秘匿”が厳命された。

 




 ジェラルド、真一、そして蘇我大将。共通項はエドワード・クラークの被害者。
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