魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

48 / 551
今回は気持ち短め


隣の芝は青い

 昼食後、各々の仕事を片付けたり暇を潰したりしていた。悠元も最初は生徒会の仕事を片付けようかと思ったのだが、鈴音と深雪に止められた(悠元に任せきりにすると、いざという時に困る)ので已む無く引き下がった。なので、予め持ち込んでいた折り畳み型端末を起動させて、起動式の書き起こしを始める。

 すると、テーブルの向かい側に座っていたあずさが声を上げた。その対象は制服の上着を脱いでCADの感触を確かめていた達也に対してのものだ。

 

「今日はシルバー・ホーンを持ってきてるんですね」

「ええ、ホルスターを新調したので馴染ませようかと思いまして」

「シルバー・ホーンだって!? 見せてもらってもいいかな!?」

 

 すると、ここに一人の人物が達也に声をかけてきた。他でもない佳奈である。今までにない食いつきっぷりに流石の達也も驚くような素振りを見せつつ、トライデントを差した状態のホルスターを佳奈に手渡した。

 

「え、ええ……どうぞ」

「あー、いいね。色んなCADを見てるけど、シルバーシリーズには敵わないかな。高い技術力に溺れない挑戦的な姿勢に、ユーザビリティへの配慮も一級品。私の特性だと特化型は使えないし…どうよ、あーちゃん?」

「佳奈先輩の言う通りです。マクシミリアンのシューティングモデルやローゼンのFクラス、同じFLTのサジタリアスシリーズも凄いですけど、シルバーシリーズはそれすら上回るほどの幅広いカスタマイズ能力がウリですから!」

 

 CAD談義になると火がついて止まらない二人に達也も若干引き気味だった。これはいけない、と佳奈が思い返しつつ達也にホルスターを返す。それを受け取って身に着け、達也は制服の上着を着た。

 

「にしても、シルバー・ホーンって高校生からしたら結構高価だよ? 達也君はどうやって手に入れたの?」

「自分の場合は、知り合いの伝手でシルバー・ホーンのテスターをしているんです。なので、カスタマイズ面も結構優遇されています。言っておきますけど、自分も製作者であるトーラス・シルバーと面識はありません」

 

 確かに間違ったことは何一つ言っていない。悠元の持つ2丁のCADをベースにシルバー・ホーンが設計され、そのフルカスタマイズバージョン「トライデント」を達也が使用している。そして、トーラス・シルバーは『チーム』であって個人ではない。その意味で世間的に言われる一個人のトーラス・シルバーとは面識などあるはずがない。

 すると、ここであずさが思い出したように声を上げた。

 

「そういえば、三矢君も司波君のシルバー・ホーンと似たような銃型CADを持ってましたよね?」

「え? 私もそれは初耳。悠元、本当なの?」

 

 あー、そういえば十文字会頭との模擬戦で「ワルキューレ」使ったから、あーちゃん先輩はそれを見てたもんな……。そんなことを思い出しつつ、佳奈の『眼』で見られる前に説明する。

 

「本当だよ。でも分解は絶対にさせられない。何せ、フォース・シルバーのテスターモデルで世界に2丁しかないからな……見るだけならいいけど」

「フォース・シルバーってシルバーシリーズのハイエンドモデルで、トーラス・シルバーが認めた人しか持っていないプレミアものですか!? それのテスターモデル!?」

「うん、ホントは分解したいけど、悠元を怒らせたくないからそれは守るよ」

 

 フォース・シルバーはハイエンドモデル故に国内向けにしか販売していない。ハードウェア技術も一部は軍事機密化しているため、公安や内情、それと国防軍のほんの一部にしか売り出していない。なお、達也の「トライデント」はオーバーホールによって中身はフォース・シルバーそのものと化している。

 分解しようとしたら『アレ』使うまで覚悟はしてる。そう思いつつも懐から「ワルキューレ」と「オーディン」を取り出した。

 白銀と漆黒の銃型CADで、いくつかのブラックボックスを抱えた“自分専用”のデバイス。テスターモデルとは言ったが、実際には設計の大本でもあるそれを佳奈とあずさは手に取った。

 

「これがフォース・シルバー……まるで夢みたいです」

「凄い。世界最高峰の技術が結晶になったかのようなデバイス……ありがとう悠元。でも、どうして悠元がそのテスターモデルを持ってるの?」

 

 その手触りと芸術性に暫くうっとりしていたが、落ち着いたところで二人から手渡しで返してもらい、懐にしまったところで佳奈が悠元に問いかけた。

 

「父さんが仕事の関係でFLTの株主になったのは知ってるよね? その繋がりでフォース・シルバーのテスターをしないかって話が舞い込んだんだ。自分としても高性能のCADは使ってみたかったから、快く引き受けただけだよ。で、今もそのテスターは続けてるってわけ」

「むー……父さんってば、私がデバイスに興味があるって知ってるのに、悠元だけに話を持っていくだなんて」

 

 これに関しても嘘は言っていない。佳奈に話さなかったのは、使う前にテスト用のデバイスを物理的に分解しかねなかったからだ。それだけ彼女の探求心は筋金入りであるという意味も含まれるが。

 

「姉さんに話を持って行ったら、テストする前にデバイスを分解しかねなかったからでしょう。そもそも、姉さんのCADだってFLT社製の特注品だし」

「ふえっ!? そうなんですか!?」

「そうだね。調整や簡単な修理は自分でしてるけど、本体そのものは父さん経由だから…プレゼントしてくれたのは悠元だけどね」

 

 実際のところは、今度の九校戦で使うシルバー・ブロッサムシリーズのベースモデルが佳奈と美嘉の使っているCADであり、自分や深雪の使っている携帯端末型CADも、大本は佳奈の携帯端末型CADをベースに組み上げたものである。魔法特性自体は異なるが、桁外れの想子保有量に耐えうるだけの性能を発揮している。

 

「それに、姉さんもある意味シルバーシリーズのテスターらしい。知り合いから今度出るシルバー・ブロッサムシリーズの大本は佳奈姉さんの持ってるCADって話は聞いた」

「……驚いたね。そこまでのコネを持ってるなんて……まあ、あんなライフル型ブースターを自力で作っちゃうぐらいだし、不思議じゃないかな」

 

 ライフル型ブースターと聞いて達也が微かに反応した。それを使った身としては心当たりがあって当然だろう。深雪もそれに反応する形で彼女が操作するワークステーションのエラー音が鳴った。これには達也が『偶々でしょう』と言ったことでそれ以上の追及はなかったが。

 すると、ここであずさが達也に尋ねてきた。

 

「ところで、お二人はトーラス・シルバーってどんな人だと思います?」

「……気になりますか?」

「そりゃ気になりますよ! だって、あのトーラス・シルバーですよ! FLT専属で、一切のプロフィールが不明の謎の天才魔工技師ですよ? ソフトウェアとハードウェアの両面で特化型CADの技術を一気に10年も押し上げた功績なんて前代未聞すぎます!」

「そうだね。私も調べてみたけど、綺麗に出てこなかったし」

 

 そりゃ出てくるわけがない。達也にもセキュリティ関連のことは話していて、彼のトーラス・シルバー関連の連絡は国防軍が使っているものより更に倍のセキュリティシステムを採用している。

 どれぐらいのレベルかというと……エシェロンⅢもといフリズスキャルヴでギリギリ破れるか否かぐらいのレベル。現状において、これを超えようとしたら『八咫鏡』か『精霊の鏡』しかない。

 USNA・新ソ連・大亜連合・旧EUのスーパーコンピューターを全部接続すれば超えられるだろうが、そこまでやろうとした時点で対策は打つつもりだ。

 

「…認識不足だったな。そう言われると天才というより埒外のレベルだな」

「悠元はフォース・シルバーのテスターだし、もしかして会ったことがあるの?」

「いや、その辺はトーラス・シルバーも徹底してるらしくて、姿を見たことはないよ。さっき見せたデバイスもFLTの職員経由だったし。姿を見せないってことは、案外年が若いかもしれない。未成年……それこそ十代の人間かもしれないね」

 

 ですから深雪さん、動揺してワークステーションのエラー音を出さないでください。まるで自分の発言に反応してるみたいじゃないですか。すると、佳奈が摩利の方を向いた。

 

「摩利、風紀委員会本部を借りてもいいかな?」

「え、あ、はい。それは構いませんが……」

「ちょっと話をするだけだよ。てなわけで、悠元。ちょっと話をしようか」

 

 あーもう、こうなるんじゃないかって察しがついてたわ。姉さん、マジで勘付いてるわ。達也に関しては自分が反応したせいでこうなったことに済まない、という視線を送っていた。

 事情が呑み込めてない周囲の人間を置き去りにしつつ、風紀委員会本部に入って扉が閉まったところで佳奈に問いかけられた。無論、遮音魔法は展開済みだ。

 

「悠元、正直に聞くよ……悠元がトーラス・シルバーなの?」

「……一部は正解。世間一般的に言われるトーラス・シルバーが『個人名じゃない』ことはうちの家だと父さんしか知らない。元治兄さんにもこのことは話していないほど徹底してるから」

「ふむ……なら、達也君もそういうことかな? 未成年なら情報非公開も頷けるし」

 

 佳奈の鋭さは散々経験している。少ない手掛かりと周囲の反応で全体の流れを見通してしまう。何せ、本人が遊びでやっているネット囲碁でトッププロ相手に勝利している……どこの囲碁漫画だよってツッコミを入れたくなったのはお察しである。

 

「CAD製作はFLTの職員だけど、それ以外は佳奈姉さんの想像通りだよ。でも、秘密にしてほしい。これは名誉とかのレベルではなく“諸外国への脅威”になりかねないから」

「うん、それは私も分かるかな。じゃあ、今後汎用型CADのテスト機があったら、それのテスターにしてほしいな」

「それだったら……これを渡しとく」

 

 渡したのはシルバー・ブロッサムシリーズの後に出す予定の汎用型CADシリーズ。それの先行テスト機であり、採算度外視のプロトタイプモデル。佳奈なら十全に扱えるだろうという期待を持ってのことだ。テスト結果に関しては父である元経由にすればいいと言い含めておいたので、大丈夫だと思いたい。だからと言って、そのお礼と言わんばかりに抱きしめないでください……柔らかいのは否定しないけどさ。

 風紀委員会本部を出たところで予鈴のチャイムが鳴った。佳奈は放課後の代表メンバー選考会議にも出るらしく、生徒会室で時間を潰すそうなので、それを聞いた上で悠元は教室に戻った。

 ……後で達也から謝られたが、ああ見えて口の堅い人間なので大丈夫だと思いたい。大事なことなので二度言っておくことにした。

 

 深雪から背中を抓られた。曰く『何だかそうしないといけない気がして』とのこと。解せぬ。

 俺と姉さんは血が繋がってるの……ああ、そういやこの前詩奈から『お兄様の着る服、用意しておきますから!』とアイス・ピラーズ・ブレイク関連のメールが届いていた。何とか常識な範囲内となるよう父経由で母に伝えた……大丈夫だよね? マジで。

 




飛行魔法が原作より先行して公開となったので、あずさの課題シーンは丸々カット。よかったね、あーちゃん。宿題が二大難問に減ったよ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。