魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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目に見えてくる後始末への流れ

 6月25日、火曜日。

 悠元は九重寺(きゅうちょうじ)を訪れていた。悠元と八雲は立場で言えば悠元が格上になるが、表向きは一介の高校生と寺の住職。そんな立場であるがゆえに、悠元は表の面子を重んじて態々赴いた。

 悠元が山門を潜ると、人の気配は無かった。元々約束や連絡などしていないため、別段こんなことになっても特に文句をつけるつもりなどなかった。

 

「……門下生がいないと思ったら、そういうことですか」

 

 そう独り言ちると、悠元に突如襲い来る「モノ」。膨大な密度の想子流に対して、悠元は手刀―――小指側の刃先に相当する部分に想子の刃を収束させたもの―――であっさりと斬り裂く。そして、悠元に攻撃を仕掛けた想子情報体もとい[精霊]が攻撃を仕掛けようとしたところで、悠元が自身の聴覚制御を切る。

 

「―――来い、[応竜]」

 

 目には目を、歯には歯を。悠元の意志に従って顕現した[応竜]は、敵対した風の精霊を鎮圧し、支配権を奪取。支配権を喪失した精霊は逃げるように飛び去ったため、悠元は敵意の有無を確認した後で[応竜]の喚起を解除した。

 その手際を褒めるように無人の境内に突如姿を見せたのは、この寺の住職である八雲だった。

 

「いやはや、CADはおろか呪符や道具もなしに精霊を御してしまうとはね。かの安倍晴明の再来と言われても何ら不思議じゃないか」

「九重先生……今のは、達也に対する新たな悪戯の実験ですか?」

「それは否定しないよ」

 

 立ち話もそこそこに、庫裏へ案内された。八雲は悠元の訪問についてもある程度目途はつけていたようで、それに触れながら話を始める。

 

「アメリカでの出来事は僕も知っているよ。それに、厄介なお客さんが来てしまったようだね」

「まあ、敵対しない方向に持って行けたのは僥倖です。尤も、元老たちは文句を言いそうな気もしますが」

「まあ、あの人たちはね……心配しなくても、僕は悠元君の味方だよ。君に殺し合いなんて挑みたくもないから」

 

 根底にあるのは剛三から武術や魔法を教わったことだが、変に考えなくても済むというのは非常にありがたかった。正直、光宣の暴走の件がないだけで策を講じる時間が増えたのは非常にありがたいと言う外ない。

 

「気付いていると思いますが、新ソ連のミサイルサイロを破壊したのは自分です。その関係でベゾブラゾフはモスクワに一度帰ったようです」

「ベゾブラゾフは死んでいないんだね?」

「今の時点で殺した時のリスクが大きすぎますから」

 

 新ソ連とて、まともに行使できる戦略級魔法を手放すという選択は取れない。かと言って、洗脳などを施せば[トゥマーン・ボンバ]がまともに機能しなくなるという状態に陥る。ベゾブラゾフを単なるパーツとして扱うことはできるだろうが、それではいつか来る限界に耐えられなくなる。

 

「ディオーネー計画が新ソ連によって明確な頓挫を見せれば、エドワード・クラーク自ら動く状態に陥るでしょう。その状態を作り出すために、自分もベゾブラゾフの排除は先送りにしました」

「……戦略級魔法師として名乗ることはするのかい?」

「ええ。尤も、その時は明かしても問題ない戦略級魔法を用いる形で公表します」

 

 戦略級魔法師として名乗ることはするが、戦略級魔法の[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]は秘匿する。その代わりとして千姫の戦略級魔法である[神無月読(かんなつくよみ)]の使い手として公表する。

 彼女から既に魔法は教わっており、実演の結果でも千姫から満足のいく言葉を貰えた。ただ、『悠君の魔法を見ちゃうと、私が嫉妬しちゃうぐらいに巧いんだもの』と言われた。解せぬ。

 

 世界情勢で言うと、まずはUSNA。

 国防総省(ペンタゴン)内(厳密にはUSNA軍内部)では達也を抹殺するべきという意見と、[恒星炉]と抑止力の観点から達也を利用すべきかで二分化してしまっている。どちらにせよ、USNAの視点でしか物を語っていない。剛三の放った魔法の影響でロズウェルのスターズ本部基地は麻痺状態にあり、完全に復旧するまで2週間は要するという推測データを得ている。

 ただ、今回の件を達也に押し付ける形で処刑チームを派遣する可能性は残ったままだし、レイモンド・クラークが意見をゴリ押しして来日する可能性もある。ただ、彼がどんな感情を持って行動しているかまでは読めていない。

 

 カノープス少佐をはじめとしたリーナの脱走を幇助したとされる魔法師はミッドウェー刑務所へ移送されたのが確認済。救出すること自体は別に難しくないが、[鏡の扉(ミラーゲート)]はあくまでも最後の保険としつつ、タイミングを見ることとした。

 なお、USNA政府関係は軍の暴走に頭を痛めていた。この辺のガス抜きや抑止をセリアが担っていた形だっただけに、抜けた穴の大きさに痛感したのだろう。その辺のフォローを自分からする気はないが。

 

「つまり、その時にエドワード・クラークなる人物を殺すということかい?」

「ただで殺しませんよ。ベゾブラゾフには惨たらしい死を与えるつもりですが、エドワード・クラークはUSNA政府に“目で見える形での社会的抹殺”を要求します」

 

 達也なら殺すことを躊躇わないだろうし、セリアから聞いた原作の情報も自ずと腑に落ちたほどだ。だが、元はUSNA自体の問題でもあるため、自浄作用の行使を要求する。それが出来ないというのならば、前以上の大規模買収工作をUSNAに対して仕掛ける。

 今度はマクシミリアン・デバイスを含む魔法関連企業を中心に仕掛け、USNAの軍事部分を間接的に掌握する。第二次大戦後に旧合衆国が散々やっていたことを仕返すようなものだが、直接戦略級魔法を撃ち込まれるよりはマシと思ってほしい。

 

 次に新ソ連。

 イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフは立て続けの攻撃失敗に加え、達也が[アルガン]を分解したことによる反動で戦闘続行不能状態となり、現在はモスクワに移送されて治療を受けているとのこと。

 新ソ連政府内部には、壊滅したミサイルサイロの件も含めてベゾブラゾフの責任問題を追及すべきという意見が少なくないが、現連邦政府はベゾブラゾフに代わる戦略級魔法の使い手がおらず、加えて極東方面の戦闘経験を有するレオニード・コントラチェンコの身体的問題もあり、結局ベゾブラゾフを[十三使徒]として続投させるという方針となった。

 

「その辺の線引きはどう判断しているのかな? やはり、脅威度の違いかい?」

「それが一番大きいかと。明らかに敵意を隠そうともしない相手など、いっそのこと滅んでもらったほうがありがたいこともありますから。ただ、今すぐはやりません」

 

 新ソ連対策の一環として、トルコの[十三使徒]であるアリ・シャーヒーンに新たな戦略級魔法を提供した。元々日米共同で開発された戦略級魔法[バハムート]が存在するが、悠元は自身が編み出した[天極劫火(オメガ・フレア)]のダウングレード版となる[極竜火葬(メガ・フレア)]の提供を水素ガス輸出・発電技術の提供に先んじる形で実施。

 更に、フランスに渡った[氷河期(グレイシャル・エイジ)]がドイツと結んだ共同管理条約の担保としてドイツの[十三使徒]カーラ・シュミットの手に渡った。これにより、悠元が戦略級魔法を行使せずとも、新ソ連に対して抑止力の行使をすることが可能となった。

 ここに一条家へ渡した技術も加われば、新ソ連を東西から抑え込む構図が完成することとなる。

 

「ただ、ここまで大きく動いたというのに、新ソ連方面の情報を見ても自分に容疑が掛かっていないようでして。その反面、達也に対する敵意は膨らんでいるようですが」

「うーん、達也君がそんなヘイトコントロールを器用にできるとは思えないからねえ。そもそも、一つの魔法で複数を同時に破壊するなんて現代魔法の範疇を超えているから、君とてそこまで出来ないと見られているのかもしれないね」

「喜んでいいのか微妙な気分ですよ」

 

 命を狙われないのはいいことだと思うが、逆に不気味すぎて世界の不条理を別の意味で味わっているような気分を覚えていた。前世では身内のせいで散々狙われたというのに、いくら隠形を身に着けたとはいえ、ここまで敵視されないのは怖気すら覚えそうになるほどだ。

 

「悠元君が新ソ連に対して表立って喧嘩を吹っ掛ければ、流石に敵意ぐらいは向くかもしれないけどね」

「そうなる前に国家元首をモスクワから引き摺り出して、天皇陛下の前で土下座させますけどね」

「師匠もやっていたようなことを平気でやってしまうから、敵意が向く前に畏怖を植え付けられるのだろうと僕は思うけどね」

 

 大亜連合に対して魔法技術の提供はしないが、台湾に対して戦略級魔法の提供は実施した。日本に対してあそこまでのことをした以上、失点回復の一環として台湾を含めた南シナ海方面への圧力を掛けることも想定されるためだ。

 尤も、提供したのは改良された[霹靂塔]だが。

 

「そういえば、国防軍の蘇我大将からアンジー・シリウス少佐の引き渡しに関する情報を得ました。ただ、彼女はUSNA大統領から直接命令を受けて日本に滞在している以上、言い分を聞く必要はないと判断しています」

「向こうは大変のようだね……それで、僕に何かしてほしいのかな?」

「母上からの伝言もありますが、九重先生には天刃霊装を完全に修得してもらいます。正確には、最終解放の[天魔抜刀]まで」

「これはこれは……こんな一介の和尚にそこまで求めるとは、先生も酷なことを仰るものだ」

 

 八雲に天刃霊装を修得させる―――『九頭龍』に連なる家系の修司や由夢、姫梨が天刃霊装を修得した以上、その長を務める九重家にも技術を会得させる。養子となったセリアも先日[天魔抜刀]に至ったため、養親となる八雲が天刃霊装を修得する必要がある、と千姫が下した判断からくるものだ。

 元々八雲は天刃霊装を修得するために鍛錬を重ねていたため、事実上の追認ということになる。

 

「『今果心』とまで謳われた人がそれを言いますか。下地は整えてあるから、あとは吹き込むだけで行けるというのが母上の判断です」

「先生にそこまで言われると、買い被られているようにしか聞こえないんだけどね」

 

 八雲にそこまでの道筋となる鍛錬法を口頭で伝えると、伝えられた側の八雲は思わず唸った。五十代にして新しいことを覚えるということもあるのだが、神楽坂家にとって長らく姿を見せなかった天刃霊装―――最終到達形態の[天魔抜刀]を自分が修得するなど考えもしなかったからだ。

 

「そういえば、一つ聞きたいと思っていたことだけど……元老院はどう説得するつもりなのかい?」

「説得なんて考えていません。ただ、物事には順序を立てないと、合従されて面倒なことになりますからね。エドワード・クラークとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフに一定の目途がついたら、彼らには引退していただきます。そんなに自分の身が可愛いのなら、これ以上関わらないという“引き際”を弁えてもらうだけです」

 

 自らの力を磨くことを辞めて、裏の権力にしがみついた。そして、四葉に抑止の役目を負わせて引き籠もった時点で、彼らに魔法を統べる資格などない。四葉を陥れた当事者の東道氏と樫和氏は既に死しており、その処罰を担った剛三や千姫は既に引退した。残るは、黙したままの元老を全て“入れ替える”。

 

「亀の甲より年の功とは良く言ったものですが、長らく生きてきた功も行き過ぎれば毒にしかなりません。国の象徴たる天皇陛下が手本を示した以上、彼らにはこの先の世界を見守る役目を降りていただきます」

「殺す、とは言わないんだね?」

「ごねればそうするのも辞さないつもりですが、可能な限り穏便に事を進めるつもりです。政財界が混乱するのは避けたいですし」

 

 別に長らく生きてきた人間の意見を全て無視する気はない。だが、自ら律することもせず命欲しさに現代魔法師を盾に引き籠もる老人など、この先の世界において邪魔者にしかなり得ない。ならば、最悪自分の手を汚してでも排除する。現代魔法師における弊害を掃う為には、彼らのような存在が確実に障害となりうるのは目に見えていたから。

 

「それと、先生にはもう一つお願いがありまして。風間大佐を含めた国防軍方面の抑止をお願いしたいのです」

「確かに、彼を抑えるとなれば僕の言葉が一番効果を発揮するね。分かった。他でもない御当主様の命とあれば、しっかり釘を刺しておこう」

 

 風間ならば達也や悠元への連絡手段を有するが、独立魔装大隊に関わる契約は全て神楽坂家と上泉家で管理している。

 大黒(おおぐろ)竜也(りゅうや)特尉―――四葉家と独立魔装大隊の契約―――についても神楽坂家の預かりとなっており、先日のベゾブラゾフによる伊豆高原の別荘への魔法攻撃未遂の件で、神楽坂家は大黒特尉の契約に関して『第101旅団および独立魔装大隊との契約ではなく、国防陸軍総司令部からの出向という形での契約に変更』の旨を防衛省に通達した。

 これによって、達也の戦略級魔法だけでなく軍籍までも悠元の管理下に置かれることになり、聞かされた悠元本人が深いため息を漏らしたのは言うまでもないし、それに伴う未来を察した達也も溜息を吐いた。

 

「にしても、僕が『元老院』を抑えろなんて言われそうだったけど、そこまでは求めないんだね?」

「どちらにしても一旦整理するのに、今ここで九重先生が労力を払う意味がありませんので」

「確かにその通りだね。そうなると、東道殿はどうするんだい?」

「体が動かなくなるまで扱き使うつもりです。今までサボったツケの分を支払うのですから、文句は言わせません」

 

 34年前の崑崙方院崩壊を含めた四葉の復讐劇を座視した側の人間を“サボる”と表現するのはどうかと思うが、父親の蛮行を止められなかった彼には四大老の役目として元老たちの排除を率先して実行してもらう。なので、安易に命を奪うつもりはなかった。

 

「干渉できる意思があるということは、自ら動けると証明している様なものに等しい。神楽坂や上泉に対して一度叛意を見せたからには、信頼の回復に一生を賭してもらわなければならない―――違いますか?」

「いやー、君が言うと重みがあるね。先生に聞いたけど、中々過酷な前世を送っていたみたいだね」

「……聞いたのですか?」

「正しくは“聞かされた”というべきかな。心配しなくても、このことは言いふらしたりしない。他でもない忍びとして約束しよう。無論、君の部下としても」

 

 八雲が千姫から悠元の素性を聞かされたのは別に驚くことでもなかった。寧ろ、八雲としては『達也君以上に振り切れている君の実力や性格が納得できたから』とのこと。

 

「このことを元老の連中が聞けば、益々自分に対するヘイトが強まるでしょうから、くれぐれも頼みます」

「分かっているよ。尤も、その連中が僕を頼りにしてくるとは考えづらい面もあるけど」

 

 確かに、八雲は青波と面識を有しているため、下手に干渉すれば八雲は青波に対して相談を持ち掛けることは容易に予想がつく。尤も、八雲と青波が会談するとお互いに腹の探り合いでまともな展開など期待できないだろうが。

 

「正直、僕からしたら君のように振る舞う四大老のほうが末恐ろしいと思うけど」

「自分や大切な人に危害が及ばなければ、多少のことに目を瞑らないと秩序に縛られて身動きが取れなくなりますから」

「そうやって割り切れるからこそ、君を脅威に感じる人間が少ないのかもしれないね」

 

 『元老院』の役割は十分理解している。かと言って、それを念頭に置いてしまっては、いつか目的が手段化することも十分ありうる。

 強固に固めた秩序ほど脆いものはない。それは古今東西の国家の歴史が証明しているだけに、悠元のスタンスを聞いた八雲は末恐ろしさと頼もしさを含むような言葉を呟いたのだった。

 

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