6月25日、火曜日。リーナたちが日本に戻ってきて三日が経過した。
結局、セリアは学校に復帰したが、リーナは巳焼島の宿舎に入り浸ることとなった。そして、達也の別荘に持ち込まれていた[リモートパペット]は施設の地下訓練場に運び込まれることとなったが、八雲は嬉々として外国の軍人相手に体術を叩き込んでいた。
彼曰く『彼らを教えることで、達也君に対する試しのアイデアが増える切っ掛けにもなるからね』とのことだが、そのテストを受けることになる側の気持ちも考えてほしいと思う。
悠元はリーナのもとを訪れ、一対一でコーヒーを飲みながら話をしていた。
「にしても、我儘ぐらいは想定していたんだが」
「流石に匿ってもらう立場なのに、悠元に迷惑は掛けられないわよ。それにしても、いくら壊しても弁償しなくていいって言われたときは正直引いたんだけど」
地下訓練場以外にも、魔法実験用の市街地フィールドも島の西部に置かれているが、これはプラントの建設が本格化した際に取り壊すことになるため、ついでということでリーナだけでなくハンスやジェラルドなどの軍人魔法師にも開放している。
「USNAの場合だとリーナ以外のスターズも使うことになるから、そればかりは弁償しろと言われても不思議じゃないからな。あそこのフィールドは将来プラント建設予定地に入ってくるから、どのみち取り壊すことになるし」
「それは聞いてたけど、CADも正直消耗品扱いなんて若干引いたわ」
「だって、使わせてるものの大半が試作品で市販も出来ない代物ばかりだから」
「……トーラス・シルバーとしての凄さが身に染みるわね」
リーナがスターズで元々使っていたCADは全て基地に置いてきたらしく、本人曰く『もうじき辞める人間がいつまでも持っているぐらいなら、辞意の意思表示になると思って置いてきたほうがいいと思った』とのこと。セリアの場合は悠元に渡され、悠元の手によって魔改造された上でセリアの手元に戻っている。
「帰化手続きが全て完了するのは来月に入ってからとなるが、当分は四葉家へのポーズとしてここでの生活になることは了承してほしい」
「寧ろ、居心地が良すぎて離れたくなくなりそうだけど」
「目途がつけば、マンションに戻ってもらうから」
そのためにもスターズの連中を早々に退ける必要はあるが、いろいろ策を講じるので、そこまで深く考えていない。建設中のプラントが破壊されても、その復旧に時間が掛かるということにはならない。
最悪、達也の[再成]か悠元の[天陽照覧]で瞬時に直せるため、どうあっても無駄足を踏むということになる。それを知ってムキになった挙句、部隊を増強して攻めよってくる可能性は残ったままだが、同盟国内で暴れた時点で彼らは立派な犯罪者でしかない。
「……私、達也に襲われないかが心配だけど」
「リーナの場合は襲う側じゃないのか?」
「うぐっ」
南盾島自体は表向き国防海軍の海洋研究所として再出発させているが、地下には[恒星炉]を含めたプラント施設が建造されている。巳焼島の受け入れ準備が整い次第、南盾島から移転して都心部を含む関東圏への水素ガス輸出および送電の準備に取り掛かる。
その空いたスペースに何を施すのかと言われると、宇宙方面からの“中継監視地点”を作るための拠点を構築するつもりでいた。周囲からの警戒を逸らすために天体観測施設の構築も合わせた上で。
宇宙に出ていくこと自体に興味が無いわけではない。だが、強制された宇宙の一大事業で一生を終えるということを許容できなかった。とはいえ、地球で暮らすということは宇宙からの飛来物によるリスクはどうあっても避けられない以上、その対抗手段と観測拠点は必須だと考えた。
無論、もともと存在する天文台の協力を得られれば御の字だが、それが叶えられなかった場合のリスクヘッジを考慮した場合、自前で天文観測のための拠点は必須と考えた次第だ。
「まあ、リーナと達也の恋路に首を突っ込む気はないから、互いに納得がいくまで話し合ってくれ。カノープス少佐については、こちらに来るであろう連中を追い返してからになるが、そこは我慢してくれ」
「達也から聞いたの?」
「リーナから聞いた情報は全てな」
達也からはリーナから聞かされた情報と巳焼島を案内していた時に得られた判断材料を提示された。達也がリーナのCAD調整をしていた際、Tシャツ一枚の姿だった彼女を危うく押し倒そうとしたが耐えたことまで聞かされた。
恋愛だけでなく行為に至る部分まで確かに先輩なのかもしれないが、それに対する答えは『よく頑張ったと思う』と励ますことぐらいだった。流石にそのことはリーナに話す気などないが。
「ミッドウェー刑務所に関しての情報も逐一入手できる状態にしてある。その手段を教えることはできないが……まあ、リーナならセリア経由で聞かされているだろうけど」
「聞かされているという言い方をしていいのかは分からないけどね」
セリアに固有魔法[
「そのついでに、ロズウェルのスターズ本部基地で起きた叛乱の情報を集めておいた。端末に送っているから、あとで見てみるといい」
「……そうやって全て丸裸にされると、白旗を即座に掲げる覚悟しか生まれてこないわよ」
悠元が叛乱に関する情報を集めたのは別にリーナのためではなく、今後来日するであろう面子に含まれる可能性が極めて高いからこそ、戦闘能力に関する情報を収集するための一環に過ぎない。リーナに渡したのは、彼女が一番気にかかっているカノープス少佐の安否を確認するために最も有効な判断材料として送信しただけ。
「別にいつも脅迫や圧力を掛けるための材料探しをしてるつもりはないからな。ただ、今回は自分や達也に向く可能性のある危険を察知するための情報収集でしかない」
「セリアからは色々聞いてたけど、本当に面倒事を嫌ってるのね」
「当たり前だ。大人たちがしっかりしていれば、国防軍の将校や師族会議議長などになんかなるものか。余計なことしかしない奴らの尻に泣くまでタイキックを浴びせたい気分だ」
誰も率先して音頭を取らなかったからこそ、自らが立候補する形で大人たちの制御をする羽目となった。悠元の言葉に夢の中で味わった経験がフィードバックしてきたのか、リーナが若干青褪めた表情を見せた。
「そ、そういえば、一条家では穏便に済んだの? 深雪が何か不機嫌になったのは知ってるけど」
「将輝に殴り掛かられた。リーナは知ってるだろうが、あの[クリムゾン・プリンス]が」
「ええー……想い人を取られた腹いせに殴り掛かったってこと?」
「その認識で間違ってない。明らかに時間の無駄になると判断して一撃で沈めた。その後は一条家当主に任せたから、どうなってるかは俺も知らん。というか知りたくもない」
リーナは悠元と深雪、それと将輝のことも知り得ていたため、よもやと思ったことがまさか現実に起きたとは思えず、悠元の答えに対して引き攣った笑みを零した。
「てか、容赦ないわね」
「深雪に振られ、俺に模擬戦を挑んで完敗してのコレだからな。正直、三高の校長に鼻っ柱を一度折られて痛い目を見たほうがいいと思ったぐらいだ」
「そんなに強いの?」
「一条家当主と歳が近く、当時学生だった一条殿が先輩の学校長に痛い目を見させられたらしい。ちなみに、俺の母方の実家である上泉家で武術の手ほどきを受けていたと聞いている」
真紅郎からその後のことに関してメールを貰ったが、剛毅の説教に加えて美登里が無言の圧力で将輝を黙らせた挙句、事態を剛毅経由で聞いた三高の前田校長が『私の師に関わる案件に加え、一条の頼みとあらば重い腰を上げようじゃないか』とやけに乗り気だった。
そして、魔法抜きの模擬戦で将輝の鼻っ柱を圧し折ったとのこと。尚武の気質を有する三高の学校長らしいやり方と結末だが、学校のOGとしても若い者にはまだまだ負けないという意思の表れを感じ取ったそうで、元継からのメールでは事の次第を聞いた剛三が盛大に笑ったらしい。
模擬戦の後、前田校長は将輝に対して『女のことで落ち込んだ挙句、自棄を起こしたように挑んで二度も負けた。私はアンタの様な軟弱者を生徒に持ったことが残念だよ』と言い放ち、将輝に対して『一条家で精神を鍛え直せ』という名目で授業免除を言い渡した。それが実現したのは、師である剛三が国立魔法大学に働きかけた結果だ、と元継から聞き及んだ。
そして、前田校長は剛毅に対しても『自分の子に自ら考えさせることは大事だが、言うべき時に言わなければ父親失格だよ』と言い含め、剛毅が深く頭を下げたとのこと。それからは一条家の家業を手伝っている様子が見られると真紅郎からのメールで知っていた。
「リーナが体術を教えてもらっている九重八雲和尚は上泉家で武術を習った一人でな。かく言う俺も上泉家で武術や剣術を学んだ。魔法はそのついでに修得したが」
「あの上泉剛三の家の……魔法をついでに学んだ魔法師がそこまで強くなったら、魔法を専門に習ってきた人たちの立つ瀬がないじゃないの」
「でも、魔法師は体が資本であり、自身を鍛えることで魔法の汎用性が大分異なる。それはスターズを含めた軍人魔法師の訓練をこなしてきたリーナなら分かることだろう?」
「それは……否定できないのが悲しいわね」
魔法師と身体の因果関係は、魔法が技術として体系化されてきた時から大きく取り上げられたテーマの一つ。遺伝子調整のみならず、薬物や催眠などの措置によって意図的に魔法師を生み出す―――調整体や強化体などと呼称されることになる実験体がこれに該当する―――ことに繋がった際、身体の強靭化は強大な魔法を使う上で必須である、とされている。
最も該当する例が原作の九島光宣であり、遺伝的な問題があるにしても生来の病弱によって本来発揮できる活躍が出来ず、結果的に肉体の強化を[パラサイト]に頼ることで克服した。
九校戦では出場する選手の魔法技能のみならず身体技能まで要求される競技が多く、これらを通して生徒たちに身体技能を磨くことも重要であると暗に説いている。尤も、生徒の大半が勝負に感けてしまっているだけでなく、将来の戦力を欲する国防軍側の怠慢も合わさった結果、ここ最近の九校戦に纏わる不祥事に繋がったという訳だ。
「そんなリーナも九校戦に出てもらう。一高の編入手続きは一応済ませたが、学校に通うのは来月になってからだな」
「……まさか、スターズがいつ来るか予測がついたの?」
「今月末から来月初めなのは確定した。第一陣が関空経由、第二陣がハワイから、第三陣が日本にいる『インディペンデンス』経由なのは向こうの情報で掴めた。ただ、達也に話してもいいが、深雪には伏せておいてくれ」
「それは構わないけど、なぜ?」
リーナは首を傾げた。達也なら良くて、深雪だとダメな理由がいまいち要領を得なかったためだ。その理由を悠元が話し始める。
「宮藤真一もとい向こうの九島光宣と結託して、入国してくるパラサイト化したスターズの兵士全員を完全な支配下に置く。そのために俺も動いて一芝居打たなきゃいけないからな。深雪に話したくないのは、単に俺の我儘も含んでいるが」
「……方法は敢えて聞かないし、悠元ならやりかねないから別に不思議じゃないけど。一体何をする気なの?」
「一言で言えば『ハンムラビ法典』を体感してもらう」
ハンムラビ法典196・197条にあるとされる『目には目を、歯には歯を』――――――旧約聖書、新約聖書の各福音書にも同様の記述があるこの一文を、今まで勝ってきた側にも味わわせる。
「俺自身や達也がやり返すのは簡単だが、それでは要らぬ恨みを買うリスクがあるし、達也や友人―――最終的にはリーナ達にまで危害が及ぶ可能性も否定できない。なら、USNAで起きたことはUSNAの人間によってケリをつけてもらうのが筋だと思う」
「それは道理だけど……具体的には?」
「パラサイト化した兵士を操ってミッドウェー刑務所を襲撃し、カノープス少佐以下三名の冤罪によって捕まった兵士を解放し、USNA本土へ送還する。無論、パラサイト化した兵士はその後治療して人間に戻すこともするし、その罪を問われないように工作しておく」
「……」
パラサイトによって受けた人的被害を日本に押し付けた以上、その代償として今回の騒ぎを起こした連中には法による正当な裁きを受けさせる。そして、彼らが起こした叛乱で冤罪となったカノープス少佐を含む三名を助け出すことで、彼らが起こした罪を自らの手で償わせる。
いわば汚名返上や名誉挽回の類で、その後はパラサイトの影響を排除することも実施する。無論、彼らがUSNAに帰るのもよし、日本を新たな祖国として骨を埋める覚悟を持つのならば、職を斡旋することもする。流石に自分へ好意が向かないように仕向けることは確定済みだが。
ちなみに、悠元が考えていたプランを聞かされたリーナの反応はというと、笑顔で凍り付いてしまったような状態となっていた。
「ただ、USNA側に怪しまれないよう適度な騒ぎを起こすことになるし、その際の対処をリーナに任せる可能性もある。それだけは許してほしい」
「ようはヘイトコントロールとコラテラル・ダメージということね。それぐらいは許容するけど(……悠元が戦っているフィールド自体が常に彼のホームグラウンド状態って、どうあっても勝ち目がないじゃない)」
リーナ自身、日本に帰化することを受け入れた身であるし、祖父の大統領からも達也を守ることがアンジー・シリウスとしての最後の仕事だと明言された。いくら軍上層部が騒ぎ立てたとしても、最高指揮官である大統領に対して自身や達也の暗殺を申し出るには、USNAの国益に適う説得材料を提示しなければならないことも理解している。
こうして話すことで、リーナは悠元の強さの根幹を改めて実感した。時として相手の懐に入り込む潜入もしなければならない状況において、敵の弱みすらも己の力として取り込み、相手の国内問題クラスで片を付けてしまおうとする強さは現状の[十三使徒]ですらも上回る、と率直に感じてしまった。
「被害を最小限に抑えるよう努力はするが、何せ[パラサイト]の実態を把握している訳じゃないから、想定外の挙動を見せることも考えられる。その場合は排除しても構わない」
「ただ、悠元は知っていると思うけど、私にパラサイトそのものを排除できるだけの力なんてないわよ? どうする気なの?」
「……どうやら“目覚めている”のは確実だから、達也たちにも協力してもらうか」
「?」
意味ありげな言葉を呟く悠元に対し、言葉の意図が分からず首を傾げるリーナ。
悠元は立ち上がり、リーナに対して告げる。
「リーナ。お前に渡したCADだが、一般では流通していない特殊な感応石が内蔵されている。ロズウェルのスターズ本部基地で[パラサイト]が干渉した際、“誰か”に会った筈だ。俺が名付けた呼称は[
「……やるわ。セリアのことだから、どうせ会得しているのでしょうし。私自身、達也の足手纏いになりたくないから」
「分かった」
悠元がそう呟いた直後、どこからともなく姿を見せた太刀によって、リーナの心臓が貫かれる。だが、その太刀によってリーナから出血することは無かった。悠元が刀を手放すと、刀が光となって消えていき、リーナの中へ吸い込まれるように消えていく。
リーナは慌てて自分の胸辺りを擦る様に確かめるが、傷を負ったような痛覚は一切なかった。
「え、え? 今何をしたの?」
「本来の手順を少し簡略化して、プシオンで構成された情報体をリーナの中に流しこんだ。さて、後のことは九重先生と達也に任せているから、頑張れ」
「悠元が教えるんじゃないの?」
「リーナがこれから覚える技術の名は[天刃霊装]。自身の精神を具現化する魔法技術の極致。その第一歩は、リーナの中に流した“
本来は実体を持つ太刀などに対象の血を流し込み、同時に膨大な量のプシオンを流し込む修行方法が手記に書かれていた方法。だが、プシオンを収束させる技法自体が現代魔法はおろか、古式魔法にも存在しない。
リスクを考慮した結果として悠元が編み出した方法は、何も刻み込まれていない霊子情報体を直接対象の体内に注ぎ込み、その情報体に精神の霊子情報―――“
魔法師は無意識的に[情報強化]による肉体・精神の保護を担っている。つまり、魔法師は意図せずして想子と霊子を高密度に有した容器を有しているに等しい状況であり、体外に意図的な場所を作るよりも確実に高密度の環境を作り出せるため、[天刃霊装]の修得確率はかなり跳ね上がる。
一番ネックとなった霊子情報体に何の情報も持たせないことだが、ここは想子構造に特殊な記述を刻み込むことで、情報を
正直、その技術のヒントを一昨年の軍事衝突の要因ともなった勾玉に対して正直に感謝することは出来ないが、この先の戦いを生き抜くための手段を確立できたことに関しては、ある意味“怪我の功名”と表現するほかないだろうと思ったのだった。
今回は悠元とリーナの会話編。将来のミッドウェー刑務所への対処も含め、どういう流れを取る予定なのかを明かしました。人を操るというのはどうかという意見もあるでしょうが、どこかの賢人が死人を自爆させてテロを起こすよりは一万倍マシかと思います。
そして、[天刃霊装]の修得フラグ構築。やり方が某死神っぽい感じになりましたが、武器を顕現させて戦うという手法は自分が以前書いていた二次創作からヒントを得ています。
ただ、あそこまで行くと原作の古式魔法のレベルすら超えることになるのは確定事項ですが(ぇ