魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

483 / 551
茶番の仕込み

―――日本の6月26日、金曜日。 

 

 悠元は伊豆高原の烈が滞在している別荘を訪れた。目的は真一に協力してもらうためで、応対した真一も意図を察した上で悠元の提案を受け入れ、二人はリニア列車と鉄道を乗り継ぎ、九島家経由で黒いバンタイプの自走車を調達した上で、関西国際空港に張り込んだ。

 

「僕の場合は周公瑾の占術によって漠然とした形で来ましたけど、間違いないんですか?」

「向こうの空港の監視カメラは確認した。該当するロサンゼルスからの直行便にハイジャックされた形跡がないし、予定通り19時過ぎに当該人物が姿を見せるだろう」

「……そこまで把握してるとなると、僕ですら脱帽ですよ」

 

 真一ですら半ば漠然としつつも動いたというのに、彼の視線の先―――運転席に座る悠元は膝に置かれた端末であらゆる情報を多角的に判断しつつ、最適化された行動をしていた。達也はおろか、克人にすらない魔法以外での強みとなれば、真一であっても悠元に勝つビジョンが全く見えなかった。

 

「それにしても、[パラサイト]を制御して使役ですか……確かに、僕でも制御できるか疑わしい分野の話ですし、悠元さんが協力してくれるならば心強いですけど。悠元さんはいいのですか?」

「[パラサイト]に侵食するリスクならば問題はない。自分の場合、気配を下手に出すと逆に逃亡するという経験をしたからな」

(……パラサイトの生存本能を考えた時、確かに悠元さんと敵対した時のリスクが未知数過ぎる。その対応は納得できてしまうね)

 

 居るかどうかも分からないどころか、実力すら未知数。そんな相手を支配下に置くとしても、最悪“自爆特攻”に近い代償などリスキー過ぎて支払えない。真一は悠元が話した事実に対して冷や汗を流しつつもそう思った。

 なお、悠元は顔バレを防ぐためにスーツとサングラスを身に着けている。真一からしても一介のボディーガードにしか感じ取れないため、これから来る人物にも正体がバレるリスクは極めて低いだろう。

 

「制御の権限は真一に委ねる。基本は被害が最小限となるよう適当に動かしてもらうが、新ソ連方面が小康状態になったら、愛波を連れて一度国外に出れるようにしておく」

「ところで、愛波さんは大丈夫なのですか? そこだけが気掛かりですが」

「治療自体は済ませたんだが、彼女が『もっと強くなりたい』と申し出てきてな。今は上泉家に対応させている」

 

 愛波の魔法演算領域は悠元の[天陽照覧]で修復したのだが、愛波は「誰かを無事に守り切って、私自身がそれを見届けられるぐらいの強さが欲しい」と懇願した。恐らく、水波と会った際に彼女の力を直に感じ取ったことで、健在な状態で誰かを守れる強さが欲しいという結果に至ったのだろう。

 

「上泉家には婿養子に行った実兄がいるから、任せることにした。彼女が帰ったら、彼女の知る達也や深雪、光宣も驚くだろうな」

「仮にそんなことになったら、向こうの僕が不憫になりそうな気もしますが……悠元さん、空港の方からテレパシーの反応です」

 

 苦笑を滲ませた真一がテレパシーの波長を感じ取って悠元に伝える。無論、魔法に関わる聴覚に敏感な悠元も精神感応(テレパス)の波長を肌で感じており、自走車のハンドルを握る。

 

「大半が非魔法師とはいえ、魔法師の警察官がいるということと京都に近い立地を舐め切っているとしか思えんぞ。真一、連中の引き込みと話し相手は任せる」

「[仮装行列(パレード)]はどうしますか?」

「それはこちらでやる。真一は渡した術を行使して、騒ぎを起こした奴らを黙らせてくれ」

「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 そうして、玄関に走って出てきた二人組が当該人物だと判断した真一がテレパシーで呼び込み、その二人―――レイモンド・クラークとジェイコブ・レグルス中尉が乗り込んで扉が閉まったのを見計らって、悠元が[仮装行列(パレード)]を展開。真一は悠元から提供されたパラサイトの制御術式で二人の精神を完全に掌握した。

 二人は完全に黙ってしまい、まるで人形のような状態となっている。だが、それに対して情けや情状酌量の余地は持ち合わせていない。

 

「……完了しました」

「どうする? このまま神戸の中華街に運び込むか?」

「そうして頂けると助かります」

 

 自走車は関西国際空港から離れ、道中一度も怪しまれることなく神戸の中華街にある周公瑾の隠れ家に到着した。当分はレイモンドとレグルスを隠れ家の中華飯店に置き、普段は住み込みのアルバイトとして匿わせる形とした。

 

「真一、お疲れ様」

「いえ。悠元さんが居なかったら精神汚染を食らっていたでしょうから、この場合は僕がお礼を言うべき立場です」

「……なら、その言葉はありがたく受け取ることとしよう」

 

 形式上は密入国を手助けした形となるが、綺麗事だけでは国の舵取りなど出来るはずがない。敵を欺くためには、まず味方を欺かなければならない。尤も、事情説明という形で達也に対しては今回の流れについて説明はしている。

 その際、達也から『また深雪が迷惑を掛けることになるな』と言われた。

 

「にしても、この世界では悠元さんが深雪さんと付き合っていることにも驚きですが……その、男女の関係でもあるのですか?」

「そうなってしまったというのが正しいがな。お陰で、学校では『深雪はもう妊娠しているのでは』みたいな噂も流れたほどだ。流石に学校を中退させる事態なんて俺が許容できん」

 

 いくら魔法界の実力があったとしても、それは表舞台の肩書きや立場があってこそのものだと悠元は思っている。力を振り翳して下手な諍いを避ける狙いもあるが、女性たちの社会的立場を確立させることで、男尊女卑のような流れを生み出さないためにそう対処していた。

 

「その様子だと、水波とどう関係を持つか躊躇っている感じか?」

「お恥ずかしながら……恋愛の先輩としてアドバイスを頂けると助かります」

「参考になるかは分からんが、話すぐらいなら問題はない」

 

 これで第一弾は確保したが、次は第二弾の連中を確保しなければならない。連中は恐らく共同基地や日本に駐留している空母を経由して入国する可能性が極めて高いため、首都圏の共同基地には既に“網”を仕込んだ。

 それと、大亜連合の動きの方だが……ここで気に掛かる動向を見つけた。それは、陸路経由でウラジオストク方面を制圧する部隊とは別に、東欧方面への工作部隊が送りこまれているのが確認された。その筆頭は陳祥山(チェンシェンザン)呂剛虎(ルウガンフウ)が所属している部隊が確認出来た。

 

 確か、原作知識では新ソ連(正確にはベゾブラゾフ)の策略で大亜連合の戦略級魔法師が日本に亡命し、その引き渡しを巡って軍事衝突が発生した。その際、裏切り者の粛清という形で呂剛虎が送り込まれたものの、千葉修次の奥義によって死亡した―――これが原作の流れ。

 だが、呂剛虎が中央アジア・東欧方面にいるとなれば、彼が死ぬルートは発生しないとみていい。ただ、新ソ連の特殊部隊との暗闘で死ぬ可能性は無くもないが。

 

「俺から言えることがあるとすれば、遅かれ早かれの問題ならば覚悟を決めろ。水波を治すためにパラサイトになる道を選んだのなら、その道を完遂して生き抜け。失ったものを取り戻すことは極めて難しいが、生かされた以上はお前にも出来ることがきっとある筈だ」

「……僕の世界に居る達也さんが、眠りに就いた僕を必要とする時が来ると?」

「来る。とりわけ、達也は何かと敵が多いからな。その意味で、達也を理解してやれる味方は一人でも多い方がいい」

 

 ただ、呂剛虎が来なかったとしても、劉麗雷が日本に亡命しないという可能性まで潰えたわけではない。新ソ連が戦局をどう動かすのかは不透明だが、少なくともベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]による攻撃は実施されるだろう。

 

「お前のいた世界に俺のような存在はいないだろうからな。尤も、真一はまだまだ強くなれる。今まで相手にしたことの無いような連中と相対することも出てくる可能性がある。達也にとって不得手の相手を真一が対処できるようになれば、それだけでも意味は出てくるだろう?」

「……これは盲点でしたね。僕も一層精進しなければならないと痛感させられました。負ける悔しさは達也さんを通して味わった筈だというのに、それを忘れていました」

 

 大亜連合が新ソ連侵攻を開始するのは、早くとも明日から。その動きによって、各国で動きが見えてくるだろう。

 エドワード・クラークの動向もチェックしたが、国家科学局ロサンゼルス支局から大きく動いた形跡も無ければ、自宅に帰った形跡も監視カメラの解析で確認。恐らく[フリズスキャルヴ]を駆使して逆転の道を見つけ出そうとデータの海の中で足掻いているのだろうが、その行動自体がエドワードの首を一層絞めてしまっている。

 原作では四葉家という悪名によって強大化したバックボーンに加え、日本の財界の協力を取り付けることで道筋を見出した。この世界では、そこに神楽坂・上泉・三矢の三家とその関連企業、日本政府のみならず、南半球の国家はおろか欧州方面の国家まで味方につけている。

 

 エドワード・クラークがディオーネー計画に達也を参加させるためには、STEP計画そのものを頓挫させるか、達也の味方となっている人間を策によって切り崩すかの実質的二択を強いられている。

 次世代のエネルギー事情を激変させるだけのポテンシャルを秘める[恒星炉]を喪う代償。どう取り繕ったとしても、国民生活に直結する生活基盤に大きな支障を来すこととなり、国家予算規模の損失は免れない。最悪、世界群発戦争(第三次世界大戦)以上の被害が出ることも想定される。

 だが、エドワード・クラークには財界に対して強固な権力を有していない。いくら政界と軍部に影響を発揮できたとしても、まず国民の代表とも言える大統領をどう説得するかという根本的な疑問にぶつかる。

 

 仮に説得できたとしても、兆単位は免れない支出を誰がどのように負担するのか、という問題に直面する。ただでさえ[セブンス・プレイグ]や[アルカトラズ]の件で莫大な支出を支払っただけでなく、実はリーナとセリアの婚約でも大統領や長官クラスがポケットマネーから“結納金”という名目で支払っている。

 金額は一般社会の範疇内に加え、恐らく“エドワード・クラークの暴挙に対する慰謝料”も含んでの包みとなり、一人当たり1億円は下らないという有様。彼らの誠意がハッキリと見えたので、金額に関して細かいことは言及しなかった。

 

 USNA政府からしたら、穏便に事を修めようと苦心したところでディオーネー計画の発表と軍部の不審な動向が表面化した。この時点で米政府の堪忍袋の緒が完全に切れた形だ。そんな彼らをエドワードはどう説得する気なのか。

 これで脅しなんか使った場合、大統領の鉄拳が炸裂してエドワード・クラークがミンチより酷い有様になっていたとしても、こればかりは“自業自得”と評することしか出来ないだろう。

 

「まあ、仕方がないことだと思うがな。真一の場合、人間だった頃は自分の体調以外に負ける相手がいるとすれば、女性関係ぐらいだろうからな」

「うっ……(否定できない……)」

 

 別に真一を責めるつもりなどないが、こればかりは追及を免れないことだと真一も理解したようで、虚を突かれたが如く喉を詰まらせるような声を漏らした。ともかく、一つ仕事が片付いたところで悠元が尋ねる。

 

「それで、真一はどうする? 俺はこのまま東京に帰るが」

「そうですね……流石にあんなことがあった後ですから、東京へ移動するのは事態が起こってからにします。それまでに鍛錬もしておきたいですので」

「分かった。何かトラブルや相談事があったらメールを入れてくれ」

 

 真一に確認を取った後、誰も使っていない部屋を借りて[鏡の扉(ミラーゲート)]で町田のマンションの専用部屋に飛ぶ。そのまま玄関に入ったところで、出迎えたのは珍しくも沓子だった。

 

「お、帰ってきたの。おかえりなのじゃ」

「ただいま、沓子。てっきり深雪が出迎えると思ったが」

「悠元に夜食を作るとキッチンに行ってしまってのう。手すきだったわしが出迎えた次第じゃ」

「……別にそこまでせんでも、俺は文句を言わないし、最悪自分で作るのに」

 

 深雪の勘の良さはともかくとして、悠元としては腹が空いていたら冷蔵庫の余り物で作る腹積もりでいた。小腹が空いているので夜食を食べてから寝ようと思っていたのは事実だが、誰かの手を煩わせようなどとは全く考えていなかった。

 

「いや、寧ろそれが拍車を掛けとるとおもうのじゃが」

「別に貶すつもりなど微塵もないんだがな」

「わしらからしたら、もっと頼って欲しいということじゃ。なので、甘んじて出された夜食を食べるとよい」

「……分かった。ただ、その前にシャワーだけ浴びてくる」

 

 沓子と別れて自室で着替え、シャワーを浴びて寝間着姿でリビングに降りてくると、丁度夜食が運び込まれてくるところだった。それを手にしているエプロン姿の深雪は、料理をテーブルにおいてから悠元に近寄って腕にしがみ付いた。

 

「お疲れ様です、悠元さん。何があったのかはお尋ねしませんが、夜食を作りましたので召し上がってくださいね」

「せっかく作ってくれたのなら、食べないという選択肢はないな……どうした、雫」

「やっぱジゴロだね」

「やめて」

 

 ともあれ、深雪の作った夜食代わりの軽食を綺麗に食べ終えると、感謝の言葉を述べた上でそのまま自室へと戻ることにした。机の上に置かれた端末で情報を具に確認していく。

 

(それにしても、エドワード・クラークぐらいの人間ならば俺が関与していることぐらい当に知っている筈なのに、ここまで自分に敵意を向けてこないとはな)

 

 別に侮るつもりも無ければ、トライローズ・エレクトロニクスの件で既に達也の協力者として姿を見せた。更には、達也絡みであちこち動いたことは否定できず、その絡みで情報部の連中が関与してきたことも有った。

 それを考えれば、[フリズスキャルヴ]を有するエドワードが悠元の存在を認識した上で、達也と共に排除しようと試みてもおかしくはない。それか、悠元に近しい人物を人質にして脅すという線も十分考えられたが、そういった動向も見られない。

 最優先は達也の排除のようだが、その動向すらも既に手綱を握られていることに気付いていない。

 

 エドワード・クラークが[フリズスキャルヴ]を用いても逆転の手を見いだせなかったことは達也だけしかいなかった原作の時点でも起こり得ていたこと。何故なら、原作の達也の公的な立場は『四葉家の縁者』兼『元トーラス・シルバーの一人』、そして日本国籍を有する魔法科高校の生徒。

 原作の深雪が次期当主となった段階で、達也を深雪から切り離す選択肢など有りはしない。例え[誓約(オース)]の制約が外れたとしても、達也の根底にある“深雪絡みだけに向けることのできる激しい情動”がそれを許せるはずもないし、とりわけ深雪が達也との離別を許さない。

 

 そもそもの話、達也に対して支払うことのできるもので、尚且つ達也の願いである“穏やかな安寧の日々”を十全に叶えるだけの対価を相手が支払う気など無い時点で、達也とエドワード・クラークの意思は完全に対立してしまっている。

 達也が安易に排除しない選択肢を取っているという意味を彼らは全く理解しようとしていない。それは無論のこと、ベゾブラゾフが達也との対決で得た情報をエドワードに流していれば、まだ退く余地はあったのかもしれない。

 

 尤も、ベゾブラゾフは新ソ連とUSNAの緊張状態を作り出した挙句、達也に負けたという時点で一流から遠くかけ離れた魔法師に成り下がったという事実は最早覆せないものとなったわけだが。

 




 死なすのは簡単ですが、どうせ生きているのならば存分に使い倒してあげるのが優しさというものです。またの名を都合の良い駒扱い。ただ、駒の命を鑑みない戦国BASARAのサンデーよりは遥かにマシかと思います(ぇ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。