魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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書いていたら、思ったよりも書けてしまった産物。


閑話 英国首相の呟き

 USNAが提唱したディオーネー計画と日本が提唱したSTEP計画。いずれも魔法師を主体とした計画であることは間違いないが、ロマン色が強い前者に対して、後者は現実的な事業として既に成立している。

 とはいえ、魔法に関わりを持たない大半の人間からすれば、現実味が少ない部分が出ていても何ら不思議ではない。だが、魔法による人類の未来の展望を切り開くという観点は、世界各国で様々な反応を見せていた。

 

 そこに、新ソ連の戦略級魔法師イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが日本に対して魔法攻撃を二度も仕掛けて失敗。その代償として、戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]の詳細―――酸水素ガスを生成し、攻撃範囲を自在に変更できる爆撃魔法―――が世界に暴露された。

 この時点で日本に対する評価は上がり、新ソ連の評価はダダ下がりした。ましてや、新ソ連は否定しているが、2097年春の宗谷海峡での軍事衝突や佐渡沖の不審船、2092年の佐渡島襲撃の件も新ソ連が強く関係していると世界各国の諜報機関はそう睨んでいる。

 

 この事象だけを見ても、日本は独自の力で新ソ連の非人道的な魔法攻撃を退けている、という事実は明白。それを聞いたUSNAの国防総省(ペンタゴン)は達也に対する意見が二分してしまっている。

 人間は機械やロボットのように画一的ではないし、元[トーラス・シルバー]の一人である司波達也に対してどう評価するかは多彩な評価や意見が出てきても何ら不思議ではない。そこに関して脳死気味に日本側の意見を肯定しろなどと言うつもりはないし、出来るはずも無い。

 

 ディオーネー計画もといエドワード・クラークがベゾブラゾフを巻き込んだが故に苦しんでいるという事実と、ディオーネー計画に対する各方面の足踏み傾向が進んでいる事実。そして、それはUSNAと大西洋を挟んだ対岸の国家―――とりわけイギリスにとっても他人事ではなかった。

 首都ロンドンの中心部、シティ・オブ・ウェストミンスターのダウニング街の一角に位置するイギリス首相の官邸―――通称『ダウニング10番地』―――にて、イギリス首相のロバート・チャーチル・ヴィンセントは諜報機関からの報告の山を見つめながら頭を抱えていた。

 

 日本とイギリスの関係は、過去にイギリスが第二次大戦前に裏切ったというだけでなく、祖先たちが行ってきた“三枚舌外交”によって世界各地の戦争を引き起こした遠因にもなったが、それでも互いに長い歴史を有する王家・皇家を有することから、関係は大分改善されていた。

 だが、それに罅を入れたのは3月に起きた西果新島の記念式典パーティーを狙った工作活動を阻止された件。日本側は『フランスやSSAの関係者までも狙った極めて悪質なテロ行為』と断定し、使用されようとしていた戦略級魔法[オゾンサークル]を行使できる魔法師は、日本へ渡航前にイギリスの[十三使徒]ことウィリアム・マクロードとオーストラリア軍基地で会談をしていた事実まで日本は把握していた。

 マクロード本人は否定していたものの、この数か月後にディオーネー計画が立ち上がり、マクロードは何ら疑うことなく提唱者のエドワード・クラークや同席したイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフと会談していた。王室と政府は早くとも2092年の時点でマクロードとベゾブラゾフが関係を持ち、その後にマクロードとエドワードが関係を持ったと推測した。

 

 そして、新ソ連による日本への魔法攻撃は司波達也に対する攻撃と断定。ディオーネー計画に対する信憑性はおろか、日本に賛同して独自の経済制裁を科す国まで出ている。

 水素発電や[恒星炉]の技術提供に対しての誠意でIPUやアラブ同盟、新興国家のSSAやアフリカ連邦まで動いているだけでなく、東EUもドイツを主体として動いているほか、西EUもフランスやスペイン、ポルトガルなどと言った主要国までディオーネー計画を見限って日本に賛同している。

 ディオーネー計画というバスに乗ることを拒否し、独自の魔法民生産業を事業として確立した。宇宙開発という人類の定住可能範囲を広げることに対し、STEP計画は魔法師を技術者として―――『人』として扱うという問いかけを世界に投げかけた。

 

「……やはり、こうなってしまったか」

 

 ロバートはディオーネー計画への参加を国際魔法協会から打診された際、宇宙開発という点においてはあまり縁のないイギリスが関与する利点が余り見いだせなかった。それに、今春に騒ぎを起こしていた新ソ連が計画に参加するというエドワード・クラークの発表を見た際、明らかに“机上の空論”の領域を超えていないと判断した。

 未確認情報は多いものの、8年前にベーリング海で観測された大規模魔法行使に伴う魔法発動の兆候をイギリスは掴んでおり、マクロードを伴う形で訪米した際にUSNA大統領と会談をしたが、彼がその兆候前後で新ソ連に対する嫌悪の度合いが変化していることにロバートは気付いた。

 つまり、8年前の兆候は魔法師同士による暗闘の結果として引き起こされた、と推察した。

 

 話を戻すが、マクロードは信頼の置ける軍関係者に日本のパワーバランスを懸念するような言葉を漏らしていた。その結果として、3月の西果新島の件とディオーネー計画への参加、そして大西洋上の『エンタープライズ』での会談に繋がった。

 マクロードが帰国次第事情を聞いたが、肝心の情報は齎されなかった。この時点で、ロバートは計画発表時に明かされなかった十人目もとい日本の高校生の正体をマクロードが既に把握していたと睨んだ。

 その後に起きたイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフによる戦略級魔法の攻撃。そして、『第一賢人』なる怪人物が齎した[トーラス・シルバー]の正体。この二つとマクロードの動きが連動したものだとすれば、一番該当し得る人物は日本の司波達也。そして……第二の候補者にロバートは心当たりがあった。

 

「あの場に出てきた“彼”も[トーラス・シルバー]だったという事実……マクロード一人の首で国家が存続するならば、安い代償かもしれないな」

 

 数年前、イギリスの女王に対する恋愛報道が加熱し、前世紀で起こったパパラッチ紛いのような行いをするものまでいた。ただ、その中には女王を亡き者にしようと暗殺者を潜り込ませていた勢力がいた。

 だが、それを一人の偉丈夫と一人の少年が魔法を駆使してパパラッチごと全員拘束し、暗殺者諸共『女王陛下の命を脅かした不届き者』という英語で刻まれた鉄板を吊り下げられた状態で警察署の前に放り出された。

 

 暗殺者を送り込んだ勢力は政治工作で全員闇に葬ったが、彼らに対しては偉丈夫こと上泉剛三と少年の長野佑都―――後の神楽坂悠元に勲章を贈った。その際、女王が『君と結婚したい』などと言った瞬間に少年が拳骨を落とした。

 ロバートからすれば、一国の象徴が命を救った少年を欲しがる理由も分からなくはないが、それでも彼を縛る様なことがあってはならないと思った。根拠がある話ではないにせよ、かの英雄の一人である上泉剛三が気に入っている人物を取り上げる様な事など、彼には出来ないと判断せざるを得なかった。

 

「USNAは……『スターズ』の叛乱と思しき騒動で、我が国のエージェントが日本に同行している件か。確か、アニエスが役目を帯びてUSNAに向かったことは陛下から聞いていたが……このままだと、我が国も泥船に引き摺り込まれかねん」

 

 新ソ連の暴走、USNAの[パラサイト]による騒動。そして、それはディオーネー計画に連動する形で起こってしまっている。このままでは、イギリスも底なし沼に引き摺り込まれるのも時間の問題であった。

 

「最大の懸念であった“時計台”の連中は殆どが亡くなった……私だ。国防大臣を呼んでくれ、大至急とな」

 

 イギリス政府でも無視できない魔法師の組織―――“時計台”と揶揄される魔法師たちは、今月中旬に突如として謎の壊滅をしていた。当初は内部分裂による殺し合いとみられたが、辛うじて生き残った魔法師の証言により、上泉剛三の妻を誘拐しようとして逆襲されたという結論が出た時点でロバートは捜査の打ち切りを命じた。

 

 誰にだって触れてはいけないものぐらい理解できる。ロバートは過去の事件からそれを理解していた。だが、彼らは理解していなかった。その差が明暗を分けたのだと率直に感じた。

 

 この後、イギリス政府は国際魔法協会に対してディオーネー計画の再検討を要求すると共に、王室の後ろ盾を得る形で日本が提唱したSTEP計画に対して賛同の意思を表明する。ただ、ロバートは女王が未だに悠元を諦めていない素振りが見られることに対し、神楽坂の名を継いだ彼が不利益を被らないように努めようと決意したのであった。

 

 この時、現地時間6月27日17時、日本時間6月28日2時であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日―――現地時間6月28日9時、日本時間6月28日18時。ロバートは夜中に叩き起こされる形で大亜連合の新ソ連侵攻を聞いた際、最初は『夢でも見ているのか?』と訝しんだ。とりあえず情報収集を徹底させて、改めて就寝。そして睡眠時間をしっかり確保した上で閣僚との会議を終えて執務室に戻った。

 

「ベゾブラゾフの姿が見えないことは情報で得ているが、それにしてもおかしい……それならば、極東方面に詳しいコントラチェンコを動かしてでもフォローするはずだ」

 

 新ソ連の[十三使徒]の一人、レオニード・コントラチェンコ。黒海を臨む沿岸の基地にいて、東欧やトルコ、西・中央アジア方面を抑えている。仮にベゾブラゾフが死んだとすれば、いくら彼がそこまで十全に動けなくとも、彼を動かさない理由はない。

 東EUのカーラ・シュミットやトルコのアリ・シャーヒーンといった抑えを喪うリスクは避けられないし、先日の日本の呼びかけに応じた南半球諸国による経済制裁を鑑みれば、コントラチェンコが動けない理由も納得は出来る。

 ただ、ここ最近の情勢を鑑みれば、新ソ連政府がベゾブラゾフの穴埋めとしてコントラチェンコの派遣を決めるか、あるいは大規模な動員を掛けて圧倒するかの二択を迫られる。後者は戦略級魔法の存在もあって決め打ちは出来ないのだろうが。

 

「それに、大亜連合も大亜連合だ。香港方面からの情報では海軍の損耗が回復し切れていない……噂だけを頼りに仕掛けるリスクなど、誰しもが理解できるはずだ」

 

 大亜連合内で権力闘争が起き、日本に対抗するべく国力を増大させようと考えた結果として新ソ連侵攻に至ったと考えるのが妥当だろうが、大亜連合軍は数年前にアフリカ方面へ十万の兵を派遣したものの、その殆どが壊滅したという噂がある。

 その際に二人のアジア系の人間が成したという都市伝説レベルの噂も出回ったが、ロバートはそれを聞いた瞬間、その二人が自分の思った二人ならば『成し遂げることは可能』と弾き出したものの、他の人からすれば『有り得ない』という言葉で一蹴されるのが目に見えたため、何も言わなかった。

 

 話を戻すが、コントラチェンコが黒海から動いた形跡もなく、ベゾブラゾフの死亡に対する明確な根拠もない。となると、大亜連合がいくら戦略級魔法師を有していても、半信半疑のレベルで軍を動かすには納得できる説得材料が無い。

 確かに、日本への攻撃と思しきベゾブラゾフの魔法は今年だけで少なくとも二回行使されている。一回目は伊豆高原に対して、二回目は国立魔法大学付属第一高校に対して。その二度の共通点として、間違いなく司波達也なる人物が関与していると報告を受けている。

 

 一回目と二回目の攻撃間隔は凡そ10日前後。そうなると、次の攻撃が想定される6月30日前後(6月29日~7月1日あたり)が分水嶺になる。それを確認した上で軍事行動を起こしたとするならば自然だが、軍事行動の準備を考慮すれば1週間も経たない内に行動を起こした、ということになる。

 日本政府はベゾブラゾフの攻撃に対して厳しく非難し、彼の身柄引き渡しを要求した。だが、ベゾブラゾフが日本へ引き渡されたという情報は入ってこない。そうなると、新ソ連がベゾブラゾフの存在を隠しているのが濃厚。

 ロバートは考えていくうち、ある可能性を考え始めた。

 

(もしやと思うが……仮に新ソ連と大亜連合が共謀していたとしたらどうなる?)

 

 その二国は旧国家時代から諍いこそあれども、新ソ連としては大亜連合からの供給によって生き永らえることのできる“最後のライン”。そして、新ソ連は躍起となって司波達也を葬ろうとしているような動きを見せている。

 

 大亜連合は一昨年の『灼熱と極光のハロウィン』によって日本と講和を結んだ以上、日本と表立って事を構えることは出来ない。

 だが、大亜連合内には対日強硬派なる派閥が存在しているのも事実で、もし彼らが新ソ連からの“甘い言葉”―――例えば、『そちらの国を苦境に立たせた日本の戦略級魔法師を葬る企みに協力してくれないか。貴方たちの悪いようにはしない』など―――によって、対日融和派の影響が強い部隊を送り出し、融和派の影響力を削る。

 だとすれば、ウラジオストク侵攻部隊に一万数千人規模で済ませるという楽観視し過ぎた見立てなど、本来軍を指揮するものならば戦略級魔法の如何に関わらず悪手でしかない。

 

 亡きロバートの父は厳しい軍人で、かつて世界群発戦争の国際部隊に参加していた。そんな彼は亡くなる数日前にこう呟いていた。

 

―――いいか、ロバート。戦略級魔法というものは、核兵器よりも遥かに後世へ深い爪痕を残す代物だ。仮に、彼らに国家を滅ぼす力があろうとも、結果的に物を言うのは物量。即ち兵士の数だ。

 

(……戦略級魔法師がいようとも、ウラジオストクを占拠して領有権を主張するにしても、結局は兵士の数が要る。それも、最低でも数万から十数万……まさか、大亜連合へ送り出された部隊は“生贄”? だとするならば、同行しているとみられる大亜連合の[十三使徒]は……この可能性は、間違いなく出来る)

 

 ウラジオストクからウスリースク、大亜連合内への兵站を確保しようとした場合、将来のシベリア侵攻まで鑑みれば十数万から数十万の大部隊を派遣しなければならない。仮に戦略級魔法師の力を頼みにしたとしても無秩序に領土拡張を行う羽目になり、どうあっても派兵している一万少々の兵士では足りない。

 

 仮に大亜連合軍の侵攻部隊が“生贄”とした場合、大亜連合の[十三使徒]劉麗雷の行き先は主に三択へ絞られる。一つは大亜連合への帰還、二つ目は新ソ連への引き渡し、そして……三つ目の選択肢は大亜連合と講和条約を結んだ日本へ逃げ込むこと。

 一つ目はベゾブラゾフが生きていた場合、大亜連合の領土全てが[トゥマーン・ボンバ]の射程圏内に入ってしまうリスクを負う。二つ目は対外的な抑止力を喪うため、大亜連合で内戦が勃発する危険を孕む。よって、この二つの選択肢は実質的に有り得ない。

 だが、三つ目の選択肢を取った場合、新ソ連が日本に対する攻撃の大義名分を得るだけでなく、大亜連合にとっても対日強硬派の溜飲を下げられる利点を生むことが出来る。更に、劉麗雷を日本国内で暗殺することが出来れば、無理難題を突き付けた上で新ソ連と協力体制を結び、講和条約を破棄して日本への侵攻を行うことが出来る。

 

(確かによく出来た策だと思うが……大亜連合政府は馬鹿なのか? 新ソ連共々泥船に乗せられて沈む未来しか見えんぞ)

 

 ロバートは上泉剛三を知っているし、その孫である神楽坂悠元も知っている。更には、父の繋がりで神楽坂千姫と上泉奏姫も知っている。彼らが本腰を入れて事態の対処に当たった場合、新ソ連と大亜連合が揃って国家の体裁を保ったままでいられるとはとても思えなかった。

 

「……オーストラリア軍の件の償いになるかは分からないが、孫娘経由でその危険性を伝えておくとするか」

 

 なお、その際に取った連絡で孫娘のアニエスがジェラルドに嫁ぐという話を聞かされ、卒倒して首相官邸内が大騒ぎになったのは……また別のお話。

 




 イギリス側にオリキャラぶち込みました。フランスとドイツにぶち込んでおいてイギリスに入れないのはどうかということで。先に出しているアニエス・ヴィンセントの父方の祖父です。イメージはどちらかと言うと“爆発気味のヘアースタイルで一世を風靡したあの首相”ですが。
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