魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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対岸の火事で済んでくれればいい

 アンジー・シリウスの件は第101旅団に決して伝わらないように厳命されている。そもそも、匿っている場所は四葉家の影響下が強いとしても、当の四葉家は神楽坂家に“臣従”している状態になりつつあるため、交渉する以上は悠元が矢面に立つこととなる。

 

 正直、深夜はまだしも真夜まで引き取る形になるとは思いもしなかった。普通ならば50歳近くの人間を引き取る―――母親のような相手を囲う様な形は、ファンタジーものなら一歩間違うと破滅フラグになりかねない。

 ただ、この世界の魔法師の特性に加え、悠元の魔法によって若返った形となった。そうなった以上は断ることも難しくなる。そこにヴィルヘルミナ・バランスが加わったことにより、愛人が五人に増えるという意味不明の有様。

 ただ、それでも婚約者たち曰く『悠元が相手だと体力が持たない』とのことで、そこまで夜の生活的な意味で化物になった覚えなどない。寧ろ遺憾の意を表したいぐらいだ。

 

「そこまでがっついているつもりも無ければ、自堕落になりたくもないし、させるつもりもないから加減はしているんだが……とりあえず、セリアは後で直々に[天刃霊装]の訓練な」

「え、お、お慈悲を」

「だが断る」

「のおおおっ……」

 

 セリアが悲鳴に近い声を上げながら崩れ落ちたことはさておき、手を止めていた朝食の残りを食べ始める。ここで暮らしている面子で一番[天刃霊装]を使いこなしている自信はあるが、それを過信にするつもりはない。

 

「[パラサイト]の件で自身を守るのは必須なんだ。その意味で疎かにするようなら俺が直々に叩き込むまで」

「あの、悠兄。それって私やアーシャも?」

「性急なことをするつもりはないが、ゆくゆくは修得してもらう」

 

 茉莉花は[リアクティブ・アーマー]に代わる新たな防護障壁術式を修得中で、アリサは[領域強化(リインフォース)]によって変化した[オーバークロック]―――[ブーストローダー]の制御訓練に集中して取り組んでいる。

 少なくとも悠元の婚約者全員に[天刃霊装]は修得させるが、その子孫世代については情勢を見ながらの判断となるだろう。未来のことは未来を生きる人間に任せることしか出来ないわけだが。

 

「まあ、セリアの鍛錬の件は確定として、今日は家にいる」

「何か懸念があると?」

「多分、防衛省あたりから呼び出しがあるんじゃないかって思う。杞憂に終わってくれればいいが」

 

 なお、セリアが嫌がったのは、こと武術の訓練に関して悠元は一切手抜きをしないということを知っているからに他ならなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そんな悠元の懸念は的中し、朝食後の呼び出しで防衛省庁舎内の国防陸軍最高司令部に出向いていた。勿論スーツ姿であり、軍服でないのは悠元自身が軍人としての立場を示さないというもので、これには蘇我も納得している。

 

「態々出向かせてしまって申し訳ない。君を呼んだのは主に報告と相談だ」

「相談は分かりますが、報告ですか……アンジー・シリウスに関わる案件とみても?」

「話が早くて助かる。出所は国防総省(ペンタゴン)だが、内容を見るに『スターズ』の意向が強いと判断し、大友参謀長と相談した上で秘匿した。空と海も君を敵に回すリスクを鑑みて秘匿に賛成してくれた。無論、防衛大臣や総理大臣も把握している」

 

 USNAの機嫌を損ねるリスクよりも悠元の機嫌を損ねる方が遥かにヤバいという言葉の裏返しだが、大国よりもリスクの高い扱いをされたことに悠元はジト目を向ける。

 

「つまり、第101旅団へ情報が流れることは無くなったと?」

「佐伯の持つ情報ルート経由で漏洩するリスクはあるだろうが、その際は此方で処理を受け持つ。それも織り込んだ上での秘匿と思ってくれ」

 

 今のところ、達也や悠元に直接引き渡しを求めるような連絡は来ていない。そもそも、アンジェリーナ・シールズの帰国を手伝ってくれた外国の魔法師たちを匿った事実はあっても、アンジー・シリウスそのものを匿った覚えなどない。言い訳がましく聞こえるだろうが、当のリーナ本人とUSNA大統領で話がついている以上、彼女を処罰する必要もない。

 それこそ大統領が一連の騒動を理由として自らアンジー・シリウスに対して除隊勧告を行い、リーナがそれを受理したという流れにすることは簡単で、軍を辞めたも同然の人間に一体何の罪を問うことが出来るのかという話になってしまう。

 

 俗に言う“引責辞任”の形式を以て軍を辞めたリーナと、それを許可したUSNA軍の最高司令官。二人に血縁関係という贔屓目があったとしても、政府兼米軍の長が認めたことを国防総省麾下の部隊に過ぎない『スターズ』が不満を漏らす理由など本来あってはならない。それを許せば、文民統制(シビリアンコントロール)そのものの存在意義にも関わる話となる。

 尤も、その問題解決を行うのはUSNAそのものであり、日本には全く関係のない話である。

 

「了解です。一応述べておきますが、アンジー・シリウスに関する件はUSNAの大統領が既に除隊の意思を当人に提示したことは確認済みです。それと、今後『スターズ』が出張った際は自分も含めた『神将会』で処理します」

「了解した。それで、相談事と言うのは他でもない大亜連合による新ソ連侵攻だ」

 

 蘇我が悠元を呼び出したのは、大亜連合と新ソ連の趨勢。それに伴う今後の動きについてのもの。ベゾブラゾフに関する情報は既に教えている為、其処についての可能性は触れずにベゾブラゾフが健在という前提で話を進めていく。

 

「上条大将はどう見る? やはり新ソ連が勝つとみているのかね?」

「ええ。大亜連合側は[霹靂塔]を用いているようですが、どうにも勝ち切れる形には持っていけていないようでして」

 

 これは[霹靂塔]などの戦略級魔法に限った話ではなく、物理法則と現代魔法の性とも言うべきもの。元々抑制という内向きの力を軍事的に反転させた場合、周囲に対する抑制が働きにくくなる。

 核抑止の場合は核兵器と言う外向きの力が終着点となるが、戦略級魔法の場合は事象干渉力が次元世界の復元力を上回り続ける限り、終着点は存在しない。分かりやすい一例は原作の[質量爆散(マテリアル・バースト)]で、海上対象の消滅の余波によって生じた津波が発生するという事態にも繋がった。

 

「そうか……上条大将なら、[霹靂塔]をどう使う?」

「一番手っ取り早いのは、インフラ設備を破壊してウラジオストク市民を煽り、暴動を生じさせて新ソ連軍の統率能力を逓減させる。或いは、夜間に乗じてウラジオストク軍港や関連施設の機能を破壊する。自分なら[霹靂塔]をこう使うでしょう」

 

 広範囲に電気エネルギーの攻撃を与えるとなれば、有効射程及び有効範囲は極めて重要となる。ただ、[霹靂塔]は魔法の特性からして精密攻撃に一番向かない戦略級魔法でもあったりする。

 剛三の戦略級魔法[雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)]はその欠点を一切取っ払い、敵だけを悉くプラズマに近い雷で殲滅する最強最悪の戦略級魔法。それを独学で編み出したというのだから、剛三は古式・現代の魔法師の中でも文句なしの最強と言えるだろう。

 

「中々に苛烈だが、それが一番味方に損害を出さない方法か」

「ええ、自分の場合はそれを実行した上で速やかに引き揚げることも加わりますが。理由はベゾブラゾフの生死について噂レベルを超えない根拠があるからです」

 

 死体を見つけたわけでもなければ、モスクワ方面で公開処刑されたわけでもない。ベゾブラゾフ自身の生存を直接確かめる術がない以上、一定の戦果を挙げた時点で大亜連合本国に引き揚げるというのが妥当な戦略である。

 仮にベゾブラゾフが報復として[トゥマーン・ボンバ]を大亜連合に向けて撃ちこんだ場合、大亜連合は新ソ連に対する報復を正々堂々と名乗れるし、新ソ連による被害を受けた日本を巻き込むこともできる。正直、長年人の国を脅かすような輩を簡単に信じ切れる材料など皆無なわけだが。

 

「そもそもの話、噂程度で攻め込むというのは本来の戦略・戦術の観点から言えば“愚策”でしかないと自分は考えます。我が国が発表したのはあくまでもベゾブラゾフの関与であり、彼自身の生死については一切言及していない」

「それは確かにその通りだ……上条大将。仮に、新ソ連がスパイを通じて大亜連合政府や軍を唆したとして、その目的は何になる?」

 

 漠然とした状況証拠をでっち上げ、戦争状態に持ち込んだという事例は古今東西において存在するが、横浜事変で喪った海上戦力の補填を待たずに敢行した。仮にベゾブラゾフが不在だとしても、明確な死亡の根拠を掴まない限りは徒に自軍の戦力を削ることになる。

 それに、圧倒的な力を見せつけるという意味では[霹靂塔]を先制攻撃という形で撃ち込み、混乱した敵を自軍で蹂躙するほうが人的被害も少なくて済む。横浜事変であれだけの立ち回りや暗躍を見せた大亜連合軍が、大軍による単純な力押しを選択したという疑問も生じる。

 

「国家を滅ぼすというのは現状において選択肢に入らない、と考えます。ディオーネー計画への参加を表明したベゾブラゾフの面子を潰すことになるだけでなく、新ソ連の増長は流石にUSNAやイギリスでも看過できる範疇を超えることになるので」

「私もそう考える。では、真意はどこにあると?」

「まず、この戦い自体は最終的に新ソ連が勝つと思われます」

 

 反体制派がいくら暴れたとしても、大亜連合と新ソ連の戦いはベゾブラゾフが[トゥマーン・ボンバ]を使った時点で勝敗が決する。

 

「そうなれば、これ以上の被害を防ぐために大亜連合政府は新ソ連政府に対して休戦協定を申し出ます。当然、勝者の側である新ソ連政府は賠償金の支払いや戦争犯罪人の引き渡しなどを要求するでしょう」

「……新ソ連が大亜連合の戦略級魔法師である劉麗雷の引き渡しを求めると?」

「ここから大亜連合政府が取れる選択肢は三つ。大人しく彼女を引き渡すか、彼女を死んだことにして新ソ連の追及を逃れるか」

 

 原作で覚えている知識の範囲では、劉麗雷のいる部隊の動向を掴んでいたにもかかわらず、新ソ連軍は包囲も攻撃もしなかった。更に、大亜連合政府も本来大事な戦略級魔法師を見捨てるような動きを見せた。

 こうなると、大亜連合も新ソ連とグルの可能性が拭い去れない。体制が一枚岩とは言い難いが、そんな行動を見せた時点で日本を貶めようとする意図が見えてしまう。もしかすると、新ソ連と日本が衝突して消耗したところを漁夫の利で侵攻することも考えられるだろう。

 

「最後の選択肢は、彼女をどこかの国に亡命させ、ほとぼりが冷めたら帰国させる手段。自分はこの選択肢が一番高いと睨んでいます」

「確かに、虎の子とも言える戦略級魔法師を喪うことは避けたい……上条大将、まさか亡命先に我が国が含まれると?」

「逃亡手段にも依りますが、現行のジェット機の航続距離を考えれば、我が国も当然対象に含まれます」

 

 現状では確定していない未来の話でしかない。だが、ベゾブラゾフなら劉麗雷をピンポイントで狙い撃てる手段を有するのに、それをしなかった時点で新ソ連と大亜連合に何らかの政治的取引があったと考えるのが妥当だ。

 

「現状は未確定の事項が多いため、推論の域は出ません。ですが、ベゾブラゾフの生存は間違いないとだけ断言できます」

 

 イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフは8年前のベーリング海で先代の“シリウス”を殺した。ディオーネー計画に引き込めなかった達也を実力で排除しようとした。この流れに則るならば、劉麗雷も殺さなければ一貫性が伴わない。だが、原作のベゾブラゾフはそれをしなかった。逆サイドで二つの騒動を起こせば、達也が対処できる範疇を超えられるとみてのものだろう。

 ベゾブラゾフは何も分かっていない。達也が殺そうと思えば、何時でも殺せたのに見逃されたという事実を。彼の『平穏な生活』という少なくない欲の為に、ベゾブラゾフは生かされたという事実を何も理解していないことに。

 

「暫くは趨勢を見守りつつ、日本海側の警戒をすべきということか……分かった。貴官の意見を防衛大臣や総理大臣に伝える」

「そうして頂けると助かります」

「ふふ、別にタメ語で話しても私は咎めないのだがな」

「変に増長したくありませんので」

 

 魔法師としては異例の上級将校。だが、それでも偉ぶったりしないし、派閥争いに対して一切関与しない姿勢を見せる若者。こういう人間こそが一番怒らせてはいけないのだと理解しているからこそ、蘇我は悠元の疲れ切った表情を見て、笑みを漏らしたのだった。

 

「万が一の場合、上条大将はどのような行動を講じるのか尋ねてもいいかね?」

「誰かの許可が取れなくとも、国家を脅かす行動に移った場合、問答無用で排除します。いざという時は東EU・北欧・トルコに協力を依頼して新ソ連に圧力を掛けます」

 

 悠元が戦略級魔法を提供した際、悠元本人ではなく日本政府を経由して提供するという体裁を取った。新ソ連への牽制を行えるという意味で政府も許可のサインを出しており、国防の観点で各軍の最高司令官も承認している。

 蘇我はその時点で魔法の開発者が悠元ではないかという推測は立てたが、ただでさえ国防に貢献している彼の機嫌を損ねる必要も無いと判断。詳しいことは何も聞かなかった。

 

「多方面へ喧嘩を売るのは愚策中の愚策。最悪、新ソ連に存在する全ての核ミサイルを無力化することも視野に入れて行動をします。ですが、あくまでも皇宮警察『神将会』としてであり、国防三軍の将校として動く気はありません」

「餅は餅屋の仕事、というわけだね?」

「私に軍を統制する能力が無ければ、利害調整をする気もありませんので」

 

 悠元の階級は特殊な状況を鑑みてのものであり、それを笠に着て威張ることなどしたくない。自身の行動に正当性を持たせる意味で利用することはあっても、自国に対して不利益を被らないように匙加減はする。

 

「あの人の孫にして実績は示しているのだから、私は別に咎めはしないつもりだが」

「これでも九島閣下から師族会議の纏め役を任された身ですので。その意味で、国防軍内の反十師族派とは一線を引かねばいけません。彼らが不当な理由で圧力を掛けようものなら、国内にいる古式の術者たちにも協力してもらって、彼らの性根を鍛え直させますよ」

「……ふふ、やはり君は上泉殿の血を色濃く受け継いでいるようだね」

 

 今の悠元は師族会議議長の大任を任された護人・神楽坂家現当主。反十師族派のことは別に変な反発さえしなければ関与する気などないが、こちらを害する気ならば相応の報いを受けてもらう。それを明言した悠元に対し、蘇我は自らの師でもある剛三を思い出しながら呟いた。

 

「話を戻しますが、万が一劉麗雷が日本に亡命した際、独立魔装大隊もしくは一条家に彼女の身柄を保護してもらいます。一条家に動いてもらう際は此方から依頼の体を取ります。それと、藤林“大尉”にウラジオストク周辺の暗号情報の収集を依頼します」

「承った。上条大将も苦労を掛けるが、宜しく頼むぞ」

「はっ」

 

 どの道USNA関連の情報は蘇我を通す形で入手できるため、響子には新ソ連と大亜連合方面―――特に戦場となっているウラジオストク周辺の情報を入手してもらう形とした。蘇我が立ち上がったところを見て悠元も続いて立ち上がり、互いに敬礼を交わした。

 




 今回は原作の達也と風間の話し合いのシーンをまるっきり入れ替え、悠元と蘇我の会談に切り替えました。
 侵攻していた部隊を概算で計算したとして、最大でも2万に届かない人員でウラジオストクまで占拠するとしても、ウラジオストクだけでもリアル世界で約60万人もいるのに、2万弱(正確には約1万5千未満)の兵士で完全に占拠までもっていけるとは考えづらいという始末。後続の軍を出して救援する訳でもなく、正規軍にしては戦略的に適っていない行動が目立ちます。
 少なくとも、単に新ソ連のスパイが関与しているだけにしては、大亜連合政府もあっさり戦略級魔法師を切り捨てるという選択肢を取る時点で自殺行為に等しいです。
 
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