悠元が防衛省で蘇我と話している頃、達也は巳焼島にいた。正確には、深雪たちを学校まで見送った後、自宅に戻って着替えてからエアカー(飛行魔法車両)で巳焼島に出向いた。リーナの様子を見に来たというのも理由の一つだが、自宅や九重寺ではなくこの島を選んだのは、達也は新たな魔法を編み出すためだった。
「新たな魔法? そんなことをしなくても達也は強いじゃない」
「あくまでも対人戦と言う括りで言えば、リーナの言葉も決して間違いじゃない。だが、俺とて全ての魔法を把握しているわけではないからな」
達也が想定している相手は、それこそ埒外の領域にいる魔法師たち。目標は悠元に他ならないが、別に達也は悠元を倒すために魔法を作り出しているわけではない。仮にそんなことをしたら、深雪に勘付かれて凄味のある笑顔で問い詰められるのが目に見えているからだ。
「てことは、悠元に勝つための魔法を作るってこと?」
「リーナ、それは俺でも無理難題の領域に入る。リーナにとってのセリアみたいな状態になるぞ」
「あ、それは無理ね……じゃあ、何で?」
達也がその考えを持つようになったのは、顧傑の一件が最も大きかったが、最大の理由は[
[天刃霊装]も修得に至ったが、[天魔抜刀]に至るまでに克服せねばならない課題は多い。悠元の力を借りれば早いだろうが、それでは達也自身が納得できないと考えていた。
「リーナも習得に励んでいる[天刃霊装]は既に修得しているが、今の俺はそれと本来得意とする魔法を合わせるのが難しい。だが、態々専用の魔法を用意するにも時間が掛かる。ならば、二つを橋渡しするための方法を編み出さなければいけない」
「? そういうのって共通じゃないの?」
「俺も最初はそう思っていたが、悠元に聞いた時点でその認識は無くなった」
達也も全てを聞くことはしていないが、それでも修得に至るまでの基本知識は悠元から教わっている。その中で[天刃霊装]に自身の修得した魔法を纏わせる方法も聞いている。
「悠元曰く『魔法と天刃霊装を両立させるためには、術者当人が自分の根底にある“願い”を理解すること』と言っていた。両立させている人間が言うのだから、まず間違いないだろう」
「願い……」
魔法はあくまでも想子を介することで行使するもの。天刃霊装は術者の霊子を想子に写し取って具現化することで物理次元・情報体次元に干渉するもの。同じ想子を介しているように見えるが、魔法式は定数・変数の数的要素が伴う一方、天刃霊装は術者の深層心理という情動的な要素が強く反映される。
理を以て行使する魔法と、情動を行使する天刃霊装。この二つを両立させるためには、術者本人の情動を理として定義化しなければならない。つまり、それが悠元の述べる『願いを理解する』ことに他ならない。そして、それこそが[天魔抜刀]に至る為の重要な鍵となっているということは、達也とリーナは知らない。
「ちなみに、達也の願いって何?」
「そんなのは決まっている。魔法師が人として生きられる世界を目指す……そうか、そういうことか」
「達也?」
「ありがとう、リーナ。お陰で道が見えてきた」
「? えと、お役に立てたのならありがたいけど」
別に自分が何かアドバイスしたわけでもないのに、いきなりお礼を言われたことに首を傾げつつも達也の言葉を受け取ったリーナだった。
「そうやって自己解決する力は流石ね。深雪も自慢の兄だと褒める訳よ」
「何でもかんでも自己解決出来てきたわけじゃないがな。力の及ばないところは悠元に助けられてばかりだ。尤も、そのせいで深雪が突っ走ってフォローすることが増えてしまったが」
「……既に籍を入れれてても十二分におかしくないわね」
「悠元からは高校卒業後に深雪との籍を入れると聞いた。ただ、結婚式は他の婚約者との兼ね合いで大学卒業後にするらしく、身内のみになりそうだとぼやいていたが」
「それもそうよね……お祖父様が来たら、私がとばっちりを食らうことになるし」
悠元の結婚式となると、これを公でやったら国内外から要人がこぞって集まりかねない。リーナの祖父であるUSNA大統領が来て、回りまわってリーナに結婚のプレッシャーが飛んでくることは想像に難くない。
「……ちなみだが、リーナ。向こうの一件が済んだら渡したいものがある……どうした?」
「そういうのって死亡フラグってセリアから聞いたんだけど、達也ならフラグを捻じ曲げてでも実現しそうね」
「酷い言い種だな。俺はそこまで無敵超人ではないぞ」
いくら[再成]があったとしても、治らないものはある。それを誰よりも自覚している達也がリーナの呟きに対して窘めるように返した。
結果として達也の死亡フラグは回避されたことになったが、それがリーナにとっての苦悩が増えるという結果に繋がることは……誰にもわからなかった。
「そういえば、何で悠元は一条家に出向いたか分かる? 単に深雪のことで出向いたとは思えないんだけど」
「悠元は一条の奴を戦略級魔法師に仕立て上げるつもりだ。その為に、先日見た[トゥマーン・ボンバ]の基幹技術を一条家に提供した」
「……言ってもいいの?」
「『リーナもセリアを介せば身内になる』と悠元は言っていたからな。どの道事情説明しなければならない以上、ここで誤魔化す道理はない」
リーナの言葉には『未だ“アンジー・シリウス”の肩書きが残る』という意味も含まれているが、達也は深雪とセリアによる二重の縁を考慮した上でリーナに告げた。そしてそれは、日本に新たな戦略級魔法師を誕生させるということであり、環太平洋地域におけるパワーバランスが更に変化するという意味でもある。
「悠元の奴は台湾や東西EU、トルコにも戦略級魔法を提供したそうだ。目的は無論、大亜連合と新ソ連への牽制だな」
「達也……私、悠元に対して無条件降伏することしか出来ないんだけど」
「安心しろ、リーナ。俺でも悠元に敵意を向けれる気がしないからな」
着々と積み上がっていく新ソ連と大亜連合に対する包囲網。直接手を下していない(リーナは悠元がやった魔法攻撃を知らない)が、周囲を巻き込んで大国を抑え込む所業は、世界の中でも片手に収まるレベルの話。
一つの戦略級魔法を作るだけならばまだしも、相手の国の事情まで慮って提供してしまうあたり、リーナはおろか達也ですらも敵意を向けたくないという意見で一致した。
「へっくし! ……季節外れの風邪か?」
原作でも割と上位クラスの人たちにそうやって話していることなど露知らず、盛大なクシャミを発した少年がいたのが言うに及ばずであった。
◇ ◇ ◇
その頃、旧群馬県高崎市にある上泉家の本家屋敷。当主の書斎にて元継が読書に耽っていた。三矢家の兄弟姉妹では一番武闘派だが、がっしりとした出で立ちのせいで勝手に怖がられてしまうため、勉学による成績で周囲を黙らせていた。
その一環で武芸に関する書籍を読んでいたところ、襖の外から呼ぶ声が聞こえる。
『御当主様、先代様がお呼びです』
「む、分かった。直に仕度する」
支度とはいっても、軽装姿から着替えることはしない。それは護人・上泉家が武芸の一族であり、特に家内では動きを制限するような恰好を『武芸の妨げになる』という理由で禁じている。流石に冠婚葬祭などの特別な行事で正装をすることは言うまでもないことだろうが。
元継は身だしなみを整え、使用人の案内で出向いた先は応接の間。そこには上泉家先代当主こと上泉剛三の姿があった。
「爺さん、何故ここに? 家族の話なら私室に呼び出すだろうに……それとはまた別件か?」
「察しがいいな。実は、わしの弟子に関する話でな」
「弟子……誰なのか見当もつかないが。話を続けてくれ」
元継が『見当がつかない』と漏らすのも無理はなく、剛三は若かりし頃の武者修行や世界群発戦争によって国内外を転々としており、彼に指導を受けて弟子となったものは多い。とりわけ感銘を受けた国外の魔法師が態々教えを請おうと出向くことも少なくない。現にアルフレッド・ストライフ(フォーマルハウト中尉)がその一人だ。
数えるだけでも万単位は下らない剛三の教え子。彼が認めた弟子に絞っても三桁はいる。悠元ぐらいのレベルとなると絞り切れるが、こうなるとお手上げだと言わんばかりに元継は剛三に話の続きを促す。
「その弟子は元『スターズ』の一人でな。その息子に対して万が一の手段を言い含めたらしく、その人物が今日の夕方に東京へ着く算段となっている」
「アルフレッドに続いて
「エルドレッド・バラッド。ダラスの研究所勤務の魔法師とのことだ」
「……」
剛三が話した内容に対して、元継は沈黙してしまった。ダラスの研究所と言えば、間違いなく[パラサイト]絡みなのは十中八九の確定事項。剛三が相談したとなれば[パラサイト]の侵食の可能性は極めて低いが、念には念を入れなければならない。
「門下生に迎えを行かせた。精神干渉系に得手のある連中を送り込んだから、心配はせんでも良かろう。ただ、それに追随するようにハワイから座間に米軍の輸送機が来るそうだ。そちらは明後日の晩らしい」
「連中はこの国を蔑ろにしてるとしか思えんな。悠元が聞いたら、次の日にUSNAの大企業がこぞって買収されても不思議とは思えん」
「わしもそう思う。そういう強かさは千姫によく似とる」
前者はともかく、後者の方は間違いなく[パラサイト]に侵食された『スターズ』の兵士が乗り込んでくる可能性が極めて高い。そうでなくとも、日本近辺に存在するUSNAの空母や潜水艦を全て悠元が把握していることも元継は聞き及んでいる。
「元継、お前には一応彼の面倒を見てほしい。あ奴が望めば稽古をつけてやれ」
「それは構わんが……爺さんは何かやることがあるのか?」
別に今のところは『神将会』としての役割を担うレベルには至っていないし、元継自体も[天魔抜刀]の研鑽を除けば新陰流剣武術の指導ぐらいしかない。ただ、武術指導となれば意固地になりやすい剛三が人に頼んだこと。それを不思議に感じた元継が問いかけた。
「向こうの烈の孫が動いている為、烈の守りが薄くなっておる。あやつには生き抜いて責任を全うしてもらわねばならん。その守りとしてわしが出向く。奏姫も同行させるつもりだ」
「……爺さん相手に喧嘩を売ろうという気概がある奴か、単なる馬鹿でもない限りは決して足すら踏み入れたくないな、それは」
九島烈を生かすという意味は元継も理解している。ディオーネー計画を含めた一連の騒動が一段落した後、烈にはもう一つ仕事を完遂してもらう必要がある。彼を生かす意味では過剰戦力気味だと元継がぼやいた。
「何を言うとる。その若さで[天魔抜刀]に至ったお主が言えたことか」
「俺の場合は悠元に教わったのが大きいに過ぎない。それを自然と会得した爺さんには及ばねえよ」
「武術でわしに勝ち越し始めた元継らしからぬ台詞じゃの」
「あれは一応ルールの範疇での話だろうに」
元継も実戦を経験しているからこそ、剛三の凄さを手合わせの度に感じてしまう。それと同時に、こんな彼と一緒に旅行をして無事に帰って来た悠元の凄さも改めて実感を覚えるほどだった。
尤も、帰国した剛三が詩歩に長時間説教されたのはここだけの話。
「そういえば、悠元から『場合によっては米軍の空母や潜水艦を含めた武装一式を接収する』と言っていたが……そんなことを言い出すあたり、[トーラス・シルバー]の一角として迷惑だと感じていたのだろうな」
「魔法や武術ではなく、理知的かつ法的に首を締めあげていくからのう。日本に滞在しておるのは『インディペンデンス』か……可能性はあるというわけか」
「そういうことか……」
単に直接輸送機に乗ってくるだけでなく、潜水艦や空母を経由して日本に上陸するという手法。これで『スターズ』の派遣について言及しなかった場合、悠元は日本に存在するUSNA軍の兵器を合法的な手段で取得する腹積もりなのだろう。
例えば、ディオーネー計画について日本に多大な迷惑を掛けた件。それに協力してきた新ソ連への抑止を本気でやるつもりが無ければ、同盟国としての責任問題も追加。未だ社会的制裁を科されていないクラーク親子への厳罰要求。
それらが実行されなかった場合、それに伴う罰金だけでも百億ステイツドル(約1兆2000億円)は下らないだろう。
「沈めるぐらいなら法的に奪い取って自軍で運用させるか、或いは神楽坂家で民間軍事会社でも設立して運用する手法もある。そうなると、国外のPMCも伝手を作ろうと売り込んでくるな……アイツは、どこまで読んで行動しているのだろうな」
「国防軍を信用しきれていないからこそ、自ら守れる戦力をのう……それは面白そうじゃな」
「民間軍事会社云々はともかく、爺さんが本気で関わると従業員が物理的に潰れるから止めろ、マジで」
民間軍事会社云々はさて置くとしても、悠元自身は国防軍そのものをあまり信用していない。だが、それでも悠元が国防軍の将校に身を置くのは、互いに利があると納得した上でのこと。
悠元の力を国家の守りと出来る政府側の利と、政府の後ろ盾を得ることで行動の正当性を持たせる悠元の利。これが成立しているからこそ、バランスが保てている。達也の軍籍が悠元の管轄下に置かれたのも、達也の力を悪用させないための抑止力として悠元が選ばれたという事実。
「尤も、独立魔装大隊は此方が送り込んだ教育済みの兵たちで絶賛身動きが取れなくなっている。それに引っ張られる形で第101旅団の動きも鈍くなっている。残るは……彼女に恨みはないが、弟を利用した罪は償ってもらう。その明晰な頭脳を存分に発揮できる場所でな」
元継は佐伯に対して特別な感情を有していない。だが、悠元に対する扱いは身内として許せる範疇を超えた。新ソ連が何かしらのアクションを起こした段階で、元継は動く腹積もりでいた。
彼女が成した大越戦争での功績。それを生かせる場所に送り込むことで、これ以上の干渉を阻止する。
「そうなると、行き先は無論北海道方面になるな」
「そうなってしまうな。ただ、風間大佐を含めた独立魔装大隊は切り離しておく。連隊への部隊編成が整い次第、風間大佐には更に昇進して貰う。同年代の階級や当人の功績を鑑みれば、蘇我大将も納得してくれるだろう」
話が大分逸れてしまったが、その日の夜。東京湾海上国際空港に到着したロサンゼルスからの直行便で日本に降り立ったエルドレッドは、上泉家から寄越した迎えによって上泉本家に来た。到着したのが夜遅くだが、エルドレッドは[パラサイト]への侵食は無いと判断されて、その日は客室にそのまま泊まることとなった。
「フ、フレディ!? 何でお前があっ!?」
「エルゥ!?」
次の日、エルドレッドが死んだはずのアルフレッドと相対して、エルドレッドが理解の範疇を超えた余り、そのまま倒れた拍子に池の中へ落ちるというトラブルがあったのはここだけの話。
今回は達也サイドのお話と上泉家サイドのお話。ついでに池に落ちてしまうエルドレッドの巻。