魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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タグには書いてるけど、一応キャラ崩壊注意。


会議は踊る(進まないとは言っていない)

 四葉本家の当主の私室。そこに座るのは当代における世界最強の魔法師の一人と言われ、「極東の魔王」や「夜の女王」などといった異名を持つ女性―――四葉家当主である四葉真夜。

 実年齢は46歳であるにも拘らず、まるで30歳前後を思わせるような風貌の持ち主。同年代の人間が並び立っても、そうは見えないだろう。その彼女は……不機嫌だった。

 

「むすー……」

 

 当主に有るまじきそんな気の抜けた声を出している真夜に、少し離れたところに控える四葉の筆頭執事である葉山はほんの少しだけ笑みを零していた。

 今まで女性らしいことなど何一つしてこなかった真夜が3年前の沖縄防衛戦を切っ掛けに変わったのだ。自分にとっても娘みたいな真夜の“成長”に彼女の父親も空の上で喜んでいることだろう。

 一つ懸念があるとすれば、そんな風に変えてしまった存在が彼女の姉の子どもと同い年であることぐらいかもしれない。すると、そんな風に考えていた葉山に真夜が問いかけてきた。

 

「葉山さん」

「如何しましたか、奥様?」

「悠元君に会いたい」

「……深夜様が臍を曲げられるかと」

 

 明らかな直球の要求に葉山はせめてもの苦言を呈した。

 彼は三矢家の人間であり、深夜の娘である深雪が気に入っている(本人曰く敬愛している)人物。加えて達也と二人の母である深夜の信頼も得ているのだ。それを一個人の事情で振り回すのは如何なものか、とまでは言わなかったが葉山はその辺も含めつつ述べた。

 無論、これを理解できない真夜ではない。

 

「いくら私でも姉さんを敵に回したくなんてないわ。でも、あの子ったら私が『女性』であることを自覚させたのよ? 姉さんが若返ってたのは彼の魔法の影響なんでしょうけど……あれは、深雪さんの母親としてじゃなく『女』の目だったわ。双子の勘ってやつだけど」

 

 その切っ掛けは沖縄防衛戦の後。6年ぶりに会った真夜は深夜が自分より若い姿―――20代半ばぐらいになっていたことに内心ショックを受けていた。しかも、悠元のことを話す彼女の目は深雪の母親というだけではなく、あわよくばお零れに与ろうとする『女性』の視線だった。

 その後、悠元と実際に出会って興味本位でバレンタインを贈った。お返しで送られてきた彼の手作りの菓子で、真夜が今まで封じていた女性としての感情が一気に噴き出したのだ。

 

 真夜は『姉より若い姿になってやる』という私的な理由で、最近はしていなかった魔法の訓練を再開した。それを見た青木が泡を吹いて倒れ、分家の当主達は本家当主の精力ぶりにどう反応したものか困惑していた。それを思い出した葉山は思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「別に結婚とかは言わないけど、悠元君みたいな子は欲しいのよ……解ってはいるのよ。私も四葉の当主だから、その責務ぐらいは」

「成程。それで奥様は彼に『アレ』をお教えしたのですな?」

「そうね。使えるだなんて思ってはいなかったけど、まさか“あんな使い方”をするだなんて想定外だったわ……これで、“3人目”ということだけど。尤も、“2人目”は現状使えないんだけどね」

 

 別に双子の姉を出し抜く意味は含んでいないが、真夜はある魔法を悠元に教えた。その魔法を応用して“精神干渉系魔法”を放ったことは真夜と葉山もその場に居合わせたからよく覚えていた。

 彼の使える魔法はそれこそ文字通り“底知れない”ものだったと実感した。

 

「そういえば、奥様。先程魔法協会より九校戦の案内状が届きましたが……如何いたします?」

「参加いたしましょう。あの二人には会えないけど、悠元君なら会っても問題はないでしょうし、風間少佐にもご挨拶しておきましょう。恐らく閣下もいらっしゃるでしょうから……護衛の差配はお任せします」

「畏まりました」

 

 『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』と『触れてはならない者達(アンタッチャブル)』……その両者が再び邂逅したときに何が起きるか……それは、誰にも分からなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の放課後。部活連本部の会議室で開かれた九校戦準備会合は、開始前からピリピリした空気に包まれていた。

 九校戦に出場するメンバーは選ばれるだけで成績評価の加点や長期休暇の課題免除が与えられ、優秀な成績を挙げれば評価に加点されるのは言うまでもない。

 学校側がそれだけの配慮をするという意味合いにおいても、九校戦が大きなウェイトを占めているのは紛れもない事実である。なので、メンバーの最終調整という意味合いにおいて、この準備会合が無事に終わると達也には到底思えなかった。

 それは早い段階で来ていた悠元達にも理解はしていた。

 

「さて、会議が茶番となるか踊り場となるか見ものだな」

「それ、どっちもある意味終わらない、って言ってるようなものじゃないですか……」

 

 悠元の言葉に反応したのはほのかだった。

 彼からすれば、正直文句がある程度紛糾するのは目に見えていた。だが、これでも姉たちが在籍していた時に比べたら遥かにマシなレベルだろうと思う。どう足掻こうが文句を言う奴がいなくなるとも思えない。そんな低レベルの押し問答を繰り広げるぐらいなら一度ぶち壊したほうがマシとも思っている。

 

「どう取り繕っても文句を言いたい人はいる、ってことでしょ?」

「正解だよ、雫。その意味で彼女が留守番だったのは不幸中の幸いだな」

 

 実を言うと、深雪は最初この会議に出席する予定だったのだが、それを悠元が説得して生徒会室の留守番を任せた。ある意味深雪の推薦の代理人を悠元が担う形となったわけだ。予想できる展開からして、深雪のストレスを溜める様な展開など百害あって一利なしである。

 

「次の日によくて全員が風邪を引くか霜焼け、悪ければ冬眠ですね」

「……ほのか。兄として、俺はどう言えばいい?」

「えっと……すみません達也さん。私には、何とも……」

 

 燈也の言葉がとても冗談では済まないということなど分かっていたため、兄としてどう取り繕うべきか悩む達也の問いかけに、ほのかは苦笑しか出てこなかったのであった。

 会議室の空いていた席は次々と埋まり、全員が着席したのを見計らって真由美が議長席に座ったうえで声を発した。

 

「―――それでは、これより九校戦代表メンバー選定会議を行います」

 

 会議の参加者は代表に内定している選手・技術スタッフ・戦術スタッフのメンバー、各種競技部部長、生徒会役員(深雪は生徒会室の留守番)、部活連の幹部……ここまでが通例だった。

 

 だが、今年は外部補助スタッフが入るため、2名の人物が代表として会議に参加している。

 一人は国立魔法大学2年、三矢(みつや)佳奈(かな)。今年三連覇が掛かっている一高の九校戦総合優勝奪還を果たした当時の生徒会長。基本コードのひとつである『加重系統マイナスコード』を発見し、『カーディナル・カナ』(一部では『カナ・カナ』とも言われている)の異名を持つまでになった。

 もう一人は防衛大学校特殊戦技研究科2年、千葉(ちば)修次(なおつぐ)。当時の部活連会頭を務めあげていた人物であり、現在は予備役ながら千葉家の剣士としての実績も上げている。

 その二人の紹介の後、メンバー選定会議は始まった。

 

 達也の席は悠元達と同じく代表内定メンバーの座るオブザーバー席。当然、そんな異分子を目敏く見つける連中は一定数おり、会議の冒頭から1年の二科生がいることを疑問視する声が上がるのは当然だった。

 しかし、達也は既に風紀委員として二科生ながら実績を上げていることは確かであり、好意的な意見があるのも事実であった。それでも反対意見が半数以上を占めるのだが、それは理論立てての反対意見ではなく『二科生』という感情的、消極的な意見というもので、案の定会議は迷走状態へと突入していた。

 

「達也さんの技量も知らないくせによく言うよ……」

「うん……私も達也さんに調整してほしいかな」

 

 雫とほのかが周りに聞こえづらい音量でそう呟いたのにも理由がある。

 二人は以前部活動で調子がおかしくなった部活用CADを修理しようと実験棟に足を運んだ際、ジャンク扱いとなったCADの整理に駆り出されていた達也と悠元の二人に出くわした。

 不調気味だった雫の部活用CADを悠元が修理し、ソフトウェアの調整を達也が担当した。そして、ついでにほのかの部活用CADも調整した。結果として見違えるような使いやすさとなり、二人はその経験から達也に担当してほしいと思った。

 尤も、ほのかの場合は単純にエンジニアとしての技量で見たわけではないのだが。

 

「おい、三矢。お前はどう思うんだよ? 二科生が技術スタッフなんて有り得ないだろ」

 

 すると、同じく代表に選ばれていた1年の男子メンバーが悠元に話しかけてきた。面識はないので、多分他のクラスの男子程度の認識しかないが。というか、その彼の表情からして達也を非難したいだけというのが読み取れたことに内心腹立たしかったが、会議の邪魔にならないようなボリュームで問い掛けに対する答えを返す。

 

「二科生が技術スタッフを務めた前例はあるから、別におかしくはないと思うぞ。生徒会の推薦だってことは会議の発言で言ってただろ?」

「けど、九校戦に二科生如きが」

「少し黙ってろ。これ以上押し問答続けるんなら、先輩方の会議の邪魔になる」

「っ…!?」

 

 殺気込の視線で睨み付けつつ、その男子生徒を黙らせた。

 二科生如き? だったら自分でCAD調整ぐらいできるんだよな? と問いただしてやりたいが、今は会議中だ。変な言い合いになって注意される前に会話をぶった切った方がマシと判断してその対応をした。男子生徒も何かを言いたそうな顔をしたが、諦めて前を向いた。

 

 発言者の押し問答を聞いている佳奈と修次の二人の機嫌は、とても他の発言者が触れられるような状態ではなかった。つまりは最悪の部類だ。

 佳奈は在籍中に二科生と交流を持っていたことから、一科生に偏重する様な発言の数々に対して言葉を発しなかったが、普段あまり見せることのない無表情ともいえる様子からして機嫌が悪かった。

 修次の場合は異母妹と言えども同じ千葉家の妹が1年の二科生に在籍している。その意味で二科生云々という感情的、消極的な発言は心に来るものがあっただろう。幸い表情には出さなかったが、沈黙を貫いていた。

 その二人の様子に耐えかねた形とはなったが、ここまで黙っていた克人がようやく口を開いた。然程大きな声ではなかったが、会議に出席する面々の無秩序な発言を止めさせるには十分ともいえた。

 

「―――要するにだ。司波の技能がどれほどのものか分からない、ということで問題が紛糾している。なら、彼の技能を実際に確かめてみればいい」

「確かにその通りだが、具体的にはどうする?」

「実際にCADの調整をやらせてみればいい。何だったら俺が実験台になるが」

 

 克人が提示したのは単純な案だった。だが、それには当然リスクが伴う案でもあり、誰もが言い出さなかったことだ。摩利の問いかけに対して克人は自らその相手になることを志願した。

 

 CADは何の調整もなしにすんなり使えるようなものではない。それはアスリートやアーティストなどが自分の適性や癖に合った道具を使用するように、魔法師の使用するCADも個々に合った調整が必須となる。

 魔法師はCADに格納された起動式を読み取って自身の魔法演算領域に取り込む―――平たく言えば、CADと自分の精神を直結させるようなもの。特に近年のCADは、起動式の読込を高速かつスムーズに行うためチューニング機能を搭載しており、それだけ使用者への負担が大きくなる。

 無論、CADの調整が本人と合っていなければ、それによる弊害として精神ダメージを負うことになる。そのダメージはよくて魔法効率の低下、悪ければ幻覚症状などを負うほどのものであり、最新の高性能なCADほど精確緻密(せいみつ)な調整を要求される。

 その意味で実力のわからない魔工技師にCADの調整を任せるのは大きなリスクを背負うことであり、克人自らの提案は勇気のあるものと言えた。

 当然、それに対して『危険です!』やら『下手なチューニングをされたら、怪我どころでは済まないです!』と発言する者もいた。だが、ここでその意見を受け入れてはまた会議が逆戻りである。

 

「では、推薦したのは私ですから、その役目は私が」

 

 次にその相手を申し出たのは真由美。けど、ここでそれは生徒会が達也を信用しきれていないと言っているようなもの。それに、生徒会には深雪が在籍している以上“身内贔屓”と受け取る輩が出かねないことを理解しているのだろうか。だが、そこに一人の男子生徒―――剣術部で2年代表メンバーの桐原がその場で立ち上がり、声を発した。

 

「いえ、その役目……俺にやらせてください」

 

 桐原のその志願に、4月でのあの一件から感じた“漢気”は紛れもなく本物である、と達也は感じていた。なお、そこら辺の話は悠元から詳細を聞いており、それが役立ったわけだが桐原本人のためにも口に出すことはしなかった。

 




桐原って書くと、どうにも凄く違和感が……どっちも1年先輩だし。タイプは真逆だけど。
でも、こっちの方が好感持てる(中の人補正も含む)。

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