2097年7月1日、月曜日の夜。
横須賀基地に米軍の空母『インディペンデンス』が寄港する。夜の入港は夜間離発着訓練を行ったためで、日本側に対して事前に通知されていた。
だが、日本側に通知されていない事実も含まれていた。
空母には最新鋭の複座式VTOL戦闘機が三機着艦している。国防軍はそれが超大型潜水艦から発艦した機体だと知らされなかった。その戦闘機には、本来後部座席に乗る筈のレーダー迎撃士官(Radar Intercept Officer:RIO)でも、兵装システム士官(Weapon System Officer:WSO)でもない女性士官を搭乗させていたことも。
シャルロット・ベガ、ゾーイ・スピカ、レイラ・デネブ―――リーナがUSNAを出国後にパラサイト化した『スターズ』の士官が三名、横須賀基地に潜入した。
何も知らされていない国防軍とは打って変わって、USNA方面の情報収集に精通している悠元は、既にこの情報をキャッチしていた。関係者ということで、部屋に元“ポラリス”のセリアと元“シリウス”のヴィルヘルミナを呼んで、この事態について話し合うことにした。
ヴィルヘルミナの知る“ポラリス”の元後継者と対面した時、彼女は少し羨まし気にセリアを見ていた。曰く『彼女ぐらいの魔法力があれば、今頃はベゾブラゾフを葬れていたことでしょうに』とのこと。それを聞いたセリアは苦笑を漏らしたが。
「―――というわけで、パラサイト化したスターズが三名、横須賀基地に潜入したことが確認された。これ以上増えるような事態になったら、流石にUSNAのロズウェルに直接飛んで基地ごと潰すことも考慮しなければいけないが……」
「ねえ、お兄ちゃんはまた愛人候補を増やすの?」
「絶対に嫌。ルミナのことですら渋々だし、いくら欲が強くても心が耐えられるかはまた別の話だ」
「あ、あはは……その節はゴメンナサイね」
三名が女性士官だからこそ、セリアが問いかけた内容に対して明確な『ノー』を突き付けた。いくら精力が強いとはいっても、それはあくまでも情動的なものであり、理性的な部分での心が許容できるかはまた別の話だ。
「衝突事故に近いが、責任を取らなければならないのは事実だからな……あっさり受け入れてしまうのもどうかと思うが」
「夫はジェイが物心つく前に亡くなってるし、私を下僕にしちゃったご主人様は、今の私にとって生きる意味になったから」
「……流石お兄ちゃん」
「その代名詞は達也だけで十分だ」
話が逸れたが、真一が東京に戻り次第彼女たちも真一の支配下に置き、当初の予定通りに巳焼島を襲撃してもらう。USNA軍を欺く目的もあるが、真の狙いは巳焼島に滞在する魔法師たちに対[パラサイト]の戦闘経験を積んでもらうため。
「話を戻すぞ。その三名は一先ず監視下に置き、事態の進展が見られたところで愛波には真一と共に海外へ出て行ってもらう」
「? こっちの味方なのに、あえて送り出すってどういうこと?」
「ミッドウェー刑務所にいる冤罪の兵士の救出に、俺や達也が直接関与することはしない。USNAの問題はUSNAに片を付けさせる。その為に、彼女らを含めたパラサイト化した兵士には、ミッドウェー刑務所を襲撃してもらう」
「……自業自得、ってことですか」
どの道、自分や達也にUSNAから依頼が来ることは想定済み。だが、襲撃というか暴動を敢えて起こさせて、その隙にリーナの依頼である『ベンジャミン・カノープスを含めた三名の兵士の救出』を達成する。
無論、魔法による目眩ましは必要だろうが、その匙加減は状況を見つつ判断する。
「愛波を一時的に海外へ連れ出してもらうのは、俺や達也が正当な理由で外国に行くための方便でもある。適当にでっち上げてもいいが、どこぞのボケ老人に働いてもらうためにもそうすることにした」
「ボケ老人って……」
「?」
悠元が揶揄した人物に心当たりのあるセリアは苦笑を零し、事情を知らないヴィルヘルミナは首を傾げる。それだけこの国にいる『元老院』や『四大老』の存在が国外に殆ど知られていないという証左でもある。
「それで、セリア。日時が前後する可能性はあるが、7月上旬に新ソ連のベゾブラゾフが[トゥマーン・ボンバ]を使った後、何らかの理由をでっち上げて新ソ連の艦隊が南下した場合、その対処自体は一条にやらせる。その際に、真一と愛波には国外へ出てもらうこととする」
「そこまで急がせるとなると……エドワード・クラークに時間を作らせないため?」
「それと、国防軍に余計な手出しをさせないためだ」
原作の展開ならば、九島光宣が桜井水波を病院から連れ出し、富士の樹海の隠れ家で達也と魔法の攻防を繰り広げた後、九島家の力を借りる形で国外へ脱出した。その際に八雲もとい『元老院』の介入があった訳だが、それは置いておく。
本来ならば国防軍に対する配慮を考える上でネックになっていた達也の特務士官の階級だが、悠元はこれを活用して『国外から飛来した災難への対処として、[パラサイト]に得手のある大黒特尉を派遣する』という筋書きを構築した。
そして、以前の[パラサイト]事件で悠元がアドバイスした内容を基に、幹比古の協力を得る形で達也が精神体をこの世から存在出来なくさせる魔法―――実質的な“死”を齎す魔法を会得した。名称は[アストラル・ディスパージョン]と名付けたが、達也は[天刃霊装]である[
セリアから聞かされた達也の修得魔法の殆どが[天刃霊装]を経由する形で会得したことになる為、真一がパラサイドールを盗み出す必要も無ければ、それに伴う罪状の追加も一切なくなるし、何より九島烈の死亡リスクが格段と減ったことになる。
そして、これが最も大事なことだが……事態が一気に急変すれば、さしものエドワード・クラークでも読み切れなくなるという点にある。
確かに、全世界の情報を収集されるというデメリットは大きいだろう。だが、何も[エシェロンⅢ]そのものが敵対してくるわけではないし、いくら計算し切れたところで彼が差し出せる対価は[エシェロンⅢ]に関する立場の放棄と、自らの持つ技術の提供ぐらいしかない。
情報を操作して金融市場を掻き乱すリスクはあるだろうが、真っ先にやったところでこちらは保有している米国債を全額売却するという切り札を持っている。国内に残っている[パラサイト]を掻き集めたところで“焼け石に水”のレベル。
ハッキリ言おう。エドワード・クラークは既に詰んだも同然のレベル。だが、万が一のことも考えて念には念を入れておく。
「新ソ連の艦隊が南下すれば、いくら日和見している者でも危機感を覚える。なら、その危機感を緩和するためには、何が一番効果的だと思う?」
「強大な抑止力を有する何かを北の備えに置くってことね。そして、ご主人様にはその心当たりもあると」
「そういうこと。って、ルミナはいいのか?」
「私はもうステイツの人間じゃないも同然だし、ご主人様の忠実な下僕ですから」
「分かってくれるのはいいけど、俺は愛人であっても下僕扱いはゴメンなんだが……」
平日は基本的に婚約者たち、週末は深雪と愛人たちとの関わりの時間が多く、月に二度は自分一人で過ごす時間を作る様な形でローテーションが組まれている。とはいえ、序列第一位の深雪に対する優遇もあって、結局その日は深雪と一緒に居る時間が自ずと増えている。
一緒に居るだけなのかと言われると……するべきことはしているとしか答える事しか出来ないが、そのお陰で自分や深雪のストレスも大分軽減されている。
ただ、経験をいくら重ねたとしても公の場に影響が出るようなことは避けているし、周囲からの負の視線を浴びないような配慮はしているわけだが。
「深雪から下僕扱いを懇願されたのに?」
「それこそ意味不明だと思ったよ……妻に鞭を打つような真似はしたくないんだが」
「でも、その子の気持ちは少しわかるわ。こうやって話しても無秩序に押し倒さないから、もっと好きにしてほしいって思ってしまうのでしょうね」
「あ、それは分かります。お兄ちゃんはもう少しがっついても罰なんて当たらないと思う。いっそのこと、空き教室とかでしても」
「それをやり過ぎたら色々マズいから、学校では自制してるんだよ」
それに、学校でそういった行為に走らないのは、部活連会頭としての面目もあったりするが、変に噂が立った挙句の結果として同級生や下級生から求められるというリスクを避けるための結果として、学校では一切しないと心に決めている。
創作物だと次々とクラスや先輩・後輩の女子を堕としていくハーレムルートものもあったりするが、そんな二の舞を踏んで自分の心の平穏を減らしていくような真似など出来ない。
「仮に英国の女王まで入れて20人でも多すぎるわ。世の中の男子連中はもう少し精神を磨けって思う」
「凄い甲斐性ですね……うちの息子も似たようなことになりそうだし」
「流石ハーレムおぶっ!?」
結局、熱い夜を過ごすことになったのは……今更特筆すべきことではないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
7月2日、火曜日。
巳焼島の訓練場でジェラルドは汗を流していた。すると、ベンチに置いていた情報端末に着信が入る。彼はそれがエージェントとしての活動をする際に設定した着信音で、ジェラルドは慣れた手つきでそのまま暗号を解析してメールの内容を確認する。
「……ああ? とうとうネジすら失くしたか、連中は」
「ジェイ? どうかしたの?」
ジェラルドの文句に近い台詞を聞いて近寄ったのは、同じように訓練をしていたアニエスだった。流石に下着は付けているが、上はそれにタンクトップを着ているだけの状態なので、肌の露出と彼女の胸の谷間が見えてしまう。
それに一々動揺していたら精神が持たない、と判断しつつジェラルドが話し始める。
「伯母さんからの暗号メールで、イリーガルMAPをハワイに移送したという情報が流れてきた。だとすると、一番可能性が高いのは『ホースヘッド』ということになる」
イリーガルMAP(Illegal Mystic Assassin Platoon)。USNA軍における非合法魔法師暗殺者小隊。表沙汰に出来ない魔法師の暗殺を請け負う部隊の名称で、『コールサック』『コーンネビュラ』『ホースヘッド』の三分隊で構成されている。
ジェラルドが彼らを快く思わない理由は、彼らが暴れすぎたせいで8年前のベーリング海における魔法戦闘の原因を生み出してしまったからに他ならない。
「だが、7年前にミッドウェー刑務所へ収監されたはずの連中が何故また表沙汰になりかねない舞台に……アニー。こいつらの狙いを考えた時、真っ先に司波達也や神楽坂悠元を狙うとは考えにくい」
「そもそも、どういう部隊なの?」
「暗殺を専門とする魔法師部隊だが、真っ当な手段をこいつらに求める方が間違うほどにヤバい。目的達成の為ならば、近しい人を誘拐して洗脳し、洗脳対象にターゲットを殺させることも厭わない。要は、テロリスト紛いのことを平気でしでかす奴らだと思ってくれ」
問題は、一体誰がイリーガルMAPの釈放を許可したのか、ということになる。
当然、政府側はトップの素性からすれば先代“シリウス”を失ったことを鑑みても到底許すとは思えない。だとすれば、
「……彼らに伝える?」
「俺が悠元にメールを送る。傍受されるリスクはあるが、連中が日本に来るだけでもヤバいのに、それで騒ぎを起こしたら日本に支払う賠償額が天井を突き抜けるぞ」
現時点で『STEP』に対する妨害工作という点だけを見ても、支払うことになる額は億単位を決して下回る事など無い。寧ろ、これまでの不義理を問われた際にUSNAの国家予算一年分で足りるのかすらも怪しくなりつつある。
『セブンス・プレイグ』や『アルカトラズ』の件でも、交渉した結果として30兆円の枠組みに収まっただけであり、それが日本によって改めて公表された際、USNAの世界における国家の信用度は底すら抜けることになる。
それを分かっていながらエドワード・クラークは司波達也の排除を目論んでいるわけだが、ジェラルドからしたら体の良い
「変に無秩序になっていないところを見ると、パラサイト化の範囲はまだ限定的に抑えられているようだな。それを喜ぶべきか悲しむべきかは分からんが」
「ジェイは本当にいいの? “シリウス”の、ジェイのお母さんが名乗っていた名を継ぐことに関して」
「もう決めたことだ。誰かに継がせて無茶苦茶なことになるよりは、俺が母さんとリーナの“シリウス”を継ぐ。そうすれば、『スターズ』の問題も多少は緩和されるだろうからな」
“強さ”という定義は人によりけりだが、ヴィルヘルミナが“シリウス”を名乗っていた時は、文句がある人間を片っ端から実力で叩き伏せていた。一切小細工を擁しないやり方をした結果として、『スターズ』を一つの集団として纏め上げていた。
そんな事情を無視してリーナを“シリウス”として継がせようとしたため、ジェラルドは監督官として真っ向から反対意見を出した。もし彼女を総隊長とするならば、彼女を補佐する役割の人間を入れることが前提条件だと付け加えた。
未だ十代の人間に個の強い魔法師部隊を纏め上げることがどれだけ困難なのかを、ジェラルドは当時生きていた頃の母を見て学んでいる。リーナの愛国心を煽り、軍の重職に置いた側の人間も当然責任を問われる問題だ。
「実力を見せるチャンスも貰えるらしいからな。願わくば、エドワード・クラークに一発殴ってやりたいぐらいだ」
「……ジェイが殴ったら、頭部が破裂すると思うけど」
「そこまで筋肉ゴリラになった覚えなどないんだが? ガタイの良さなら、ハンスのほうが上だろうに」
体型的には『細マッチョ』と呼ばれる部類だが、ジェラルドとしてはもう少しがっしりとした体型が欲しくて鍛錬を続けている。ジェラルドの願望を聞いたアニエスの指摘に対し、彼は『そこまでして殺したいわけではない』と言いたげな台詞を呟く。
その直後、上の方から悲鳴にも近い声が響いてくる。二人が上を見上げると、残像が発生しそうなぐらいに飛んでいくハンスの姿があった。
「やめろろおおおおっ……!?」
「……上泉剛三さんの無茶ぶりに付き合ったこともそうだけど、力を持つのも考え物だね」
「そうだな……魔法師は己を律しろ、と言う意味がよく分かる事例だな」
半ば悲鳴に近いハンスの叫びを聞いた二人はハンスの事情も内密に聞いた。かの英雄の霊魂が憑りついたというのは[パラサイト]に近いが、生存本能というよりは爆撃機乗りとしての性が強く出ている有様を見て、これで無差別に被害を出していない時点で『問題なし』と見做した。
別の言い方をすれば、『見なかったことにしておきたい』という現実逃避でもあったりするが。
ストックが溜まり気味だったので一話分開放。名を挙げた三名がどうなるかは今のところ白紙です。ただ、悠元に嫁ぐ線は有りませんとだけ述べておきます。その代わり、一人フラグ持ちがいますが(ぇ
後半はイリーガルMAP絡みのお話と空飛ぶハンス。いくら飛んでも慣れないものは彼にだってある。主にルーデルのせいで片が付くオチ込みですが。