達也や悠元が慌ただしく動いている中、四葉家も決して他人事ではないために動いていた。ただ、黒羽家の文弥と亜夜子を動かすことについては真夜の一存で差し止めていた。別に利敵行為を疑うわけではないが、彼らを含めた四葉の諜報部隊には九島家と藤林家の監視を頼んでいたからだ。
「奥様、定時報告でございます」
「向こうに動きは?」
「ございませんな。しかし、時を超えた来訪者とは……私も想像の範疇に無かったことでございます」
「それは仕方がないことよ。たっくんでも24時間が限界の[再成]以上の出来事ですもの」
過去から来たアルフレッド・フォーマルハウト、並行世界から来た桜井水波と九島光宣。そして、千姫から聞いた情報では先代のシリウスまでこの世界に来てしまった。とはいえ、彼が意図して招いたわけではないし、真夜とて失った過去を要求するつもりなどなかった。
「父を蘇らせる可能性が出てきたことだけど、この辺は姉さんと話し合ったわ。ただでさえ悠君にお世話になっているのに、これ以上の対価を支払える対象が無いもの」
「つまり、先々代様を生き返らせることはしないと?」
「漸く故郷の地に帰って墓の下に眠ったのに、私たちの我儘で叩き起こしたりなんかしたら罰が当たるわ。この先の世界は悠君やたっくんたちが未来を切り開く番。私たちはその背中を押してあげるだけでいいのよ」
「左様でございますか。これは失礼なことを申し上げました」
真夜は当主引退後に悠元の愛人となることを受け入れてもらったのに、これ以上の心労など重ねさせるわけにはいかない。彼との関わりで若返ってしまうということも起きたが、彼の異質さを守るためにも、深夜と一緒に決めたと葉山に述べた。
「別に気にしないわ。葉山さんからしたら、気苦労を背負えあえる人が欲しいのかしら?」
「強いて申し上げるならば、この老骨の後を継ぐに相応しい人物が出てきてほしいと願うばかりです。先々代様ならば、きっと厳しく見定めるでしょう」
「葉山さんほどの実力者なんて、早々出てくるものじゃないと思うのですけれどね」
『元老院』のエージェントという肩書を差し引くとしても、真夜が知る限りにおいて巧みな魔法を使いこなす人間など数えた方が早い。葉山を超えるだけの信頼と実力を他の執事たちが勝ち得れないからこそ、葉山が未だに四葉家の執事長をしているという事実もある。
「それとも、葉山さんもそろそろ引退なさりたいのかしら? 私は一向に構いませんけど」
「そうですな……それこそ、兵庫が達也様の傍に相応しき人物として大成するまでは、この立場を譲る気など有りませぬ」
「ふふっ、彼も大変な頑固者に目を付けられてしまったみたいですね」
「頑固という点は否定しません」
忠教は四葉の復讐劇の時点で葉山家の家督を譲っており、現在は息子の忠成が孫世代を厳しく育てている。彼以外にも忠教の子は多く、既に亡くなった妻は宮本家の傍系でもあった。
「奥様。僭越ながらこの葉山からお願いがございます」
「あら、改まってどうしたのかしら? 父の代から世話になっている葉山さんのお願いとあらば、遠慮せずに申し上げてください」
「では……実は、長女の子を達也様に嫁がせたいと考えております」
葉山からの婚約者の申し出。これには真夜も少し驚くものの、思わず笑みを漏らしてしまった。何せ、彼の功績を考えれば婚約の募集を始めた時に便乗しても真夜は一切咎めるつもりなどなかったからだ。
とはいえ、一段落してからの申し出となると、何かある……そう考えた真夜は葉山に視線を向けた。
「葉山さんほどの人なら、別に私へ直談判しても許されるでしょうに。何か理由があったりするのかしら?」
「その孫娘は第三高校に通っておりまして、その際に申し込めば男子生徒から要らぬ厄介事を押し付けられることを危惧してのものでした」
「ああ、ディオーネー計画でたっくんが巻き込まれた件に絡むのね。それで、その子の名前は?」
「―――
真夜とて葉山家の全容を把握しているわけではない。プライベートのことをほぼ漏らさずに仕えていてくれるため、まさか彼の孫娘が達也と同い年だとは思いもしなかった。
「確か、たっくんの婚約者の十七夜さんと友人関係みたいだから、問題はなさそうね。こうなると、たっくんの子どもが出来たら当主を引退することにしようかしら」
「……それで、神楽坂様の許に転がり込むのですな」
「葉山さんには一切漏らしていないのに、何故分かったの?」
「深夜様に全て教えていただきましたので」
「姉さぁん!?」
大漢によって失ったものを取り戻すかのようになっていく双子の姉妹。それをまるで父親のように温かく見守る執事長が放った一言に対して、真夜は叫びにも近い声を上げたのだった。
「真夜もまだまだね」
「そう言いながら体を密着させないでくれ。勢いで押し倒してしまいたくなるから」
「私はご主人様の使用人であって、下僕でもあるので。娘共々可愛がってください」
「はぁ……今更取り消すのはナシだからな?」
「あっ、ご主人様ったら積極的すぎます」
その頃、自分の娘と一緒に愛する人のスキンシップを満喫していた深夜の姿があったのだった……それでも最終防衛ラインは維持されたままだという事実は、変わらないままである。
◇ ◇ ◇
現地時間7月1日17時、日本時間7月2日午前8時。
USNAニューメキシコ州ロズウェル郊外にあるスターズの本部基地に、第五隊隊長であるノア・カペラ少佐が帰投した。
「カノープス少佐以下二名の護送、並びに『イリーガルMAP』の移送を完了いたしました」
「ご苦労だった。ゆっくり休みたまえ……何か言いたいのかね、少佐?」
基地司令であるポール・ウォーカー大佐は労いの言葉を掛けたが、それに対して動こうともしなかったカペラに対して改めて問いかけた。それに対する彼女の表情は、納得できないような様子を垣間見せていた。
「その『イリーガルMAP』のことです。彼らを再び野放しにするようなことをして、誰が責任を負うのですか?」
スターズの中で軍歴が最も長いカペラは、同じ名前を持っていたノア・ポラリス―――セリアの先代に当たる人物に可愛がられていた。彼女や先代の“シリウス”を含めた恒星級の半分以上を喪った要因の一つに、彼ら『イリーガルMAP』と新ソ連の秘密部隊との暗闘が大きく関係している。
軍人として私情を挟むべきでないことは理解しているが、それを抜きにしたとしても、彼らを釈放する理由など本来ならば無い。カペラが尋ねたいのは、カノープスらと入れ替わる形でミッドウェーからハワイに護送された彼らの処遇と責任に関して。
「だが、彼らの任務遂行能力は確かだ」
「
「いや、違う。彼らの次のターゲットは、日本の戦略級魔法師、司波達也だ」
カペラとて、日本の戦略級魔法師に思うところがないわけではない。だが、同盟国―――それもベゾブラゾフに伍することが可能とされた相手を殺すという時点で、最早正気で事を進めているとはとても感じられなかった。
この時点でも、スターズのパラサイト化は止まっていた。基地構成員の殆どがパラサイトによる意識誘導で日本の非公式戦略級魔法師―――無論、達也のこと―――に対する警戒を優先させられ、その行動に協力するよう仕向けられているに過ぎない。恒星級隊員に限定しても、凡そ三分の一未満でしかなかった。
「……質問は以上かね?」
「はい、大佐殿」
「少佐、下がってよい」
そう述べて部屋を出たカペラは、そのまま第五隊隊舎の自室に帰った。彼女は中立的な立場だからこそパラサイトによる侵食の対象から逃れることが出来ていた。
([パラサイト]に感染した隊員たちが次々と居なくなっている……間違いなく、行き先は日本か。だが、今の段階で私に出来る事など無いに等しい)
下手に叛意を見せれば、カノープス少佐たちと同様に収監されるのが関の山。かと言って、“
そして、カペラはヴァージニア・バランス大佐から内密に任務を受け取っていた。それは、[パラサイト]の侵食度合いと『スターズ』の混乱の蔓延の阻止。どちらもカペラにしか出来ない任務であった。
◇ ◇ ◇
魔法科高校も試験期間中は午後早々に放課後となる。悠元は試験が免除されているとはいえ、勉強していた。
『[トーラス・シルバー]とも謳われた人間が勉強する必要があるのか?』と疑問を呈する者も少なくないだろうが、いくら授業免除を言い渡されているとはいえ、悠元は部活連会頭の要職にいる。謂わば全校生徒の手本となるべき一人でもある為、そのケジメとして受けれる授業を受けている。
カフェテリアで珍しく一人ではあるが、悠元の噂と言うよりは三矢家の人間としての噂のせいで声を掛けようとする人間は少ない。悠元からすれば、それはそれで有難いと思いながら端末を見ていた。
すると、悠元に近付く女子生徒がいた。
「あの、お兄様。同席してもいいでしょうか?」
「詩奈か。別に構わないぞ」
この時期は生徒会役員も主だった仕事はないため、試験勉強に明け暮れる日々。詩奈が侍郎と別行動をしているのは別におかしな話でもない。ただ、詩奈がどう切り出そうか迷っている節は感じられたため、そのまま向かいの席に座るよう勧めた。
「あの、他の人たちと一緒じゃないのですか?」
「深雪や雫のことを聞いているのかと思うが、何か話し合っていたみたいだからな。メールだけ入れておいて一人で勉強していた」
「そうだったのですか」
別に仲が悪い訳ではなく、悠元は悠元の、詩奈には詩奈の人付き合いがあるため、互いに話す機会が減っているだけに過ぎない。このままだと『何も話さない』と判断した悠元が切り出す。
「詩奈。何か聞きたいことでもあるのか? いや、俺に何か伝言でも言い付かったのか?」
「……」
その問いかけに対し、詩奈は遮音フィールドを張った。つまり、周りには聞かせられない事情があると判断して、詩奈の言葉を待つ。そして、彼女は静かに話し始めた。
「お父さんからお兄様に伝言がありまして、国防陸軍の佐伯少将がお兄様の動きを懸念していると。細かい事情は教えてもらえませんでしたが、私と侍郎君が修得している[天刃霊装]に大きく関係していることだけは聞きました」
「懸念ねえ……」
そもそも、向こうから人を便利屋扱いした挙句、達也を見殺しにするような策まで講じておいて『海外に出ていくな』と忠告する方が正気を疑う。大体、佐伯は実績を有するが、それが彼女の功績かと問われると微妙なところだ。軍人としての
一方、悠元はここ数年の軍功によって特務大将の地位に就いているが、達也に関する権限を有していても、それ以上の権限を持つ気など無い。蘇我をはじめとした陸軍最高司令部や防衛省の制服組もそれを理解しているからこそ、最大限の便宜を図る形で支障が出ないようにしている。
「向こうが吹っ掛けたに等しい喧嘩だというのに、今更『懸念する』だ? 爺さんがそれを聞いたら、マリアナ海溝に沈められても文句は言えないぞ」
「……お兄様は、怒っていないのですか?」
「俺自身を利用したことは一応決着がついた話だからな。それ自体に因縁を持ち込む気はない。だが、家を離れた身とはいえ三矢の家に迷惑を掛けた時点で、彼女にはその頭脳を発揮させるに相応しい場所を用意してやらないといけない」
(あ、これ怒ってるときの口調だ)
悠元は表情をあまり表に出そうとしない。常に怒っていてもストレスが蓄積するだけで、逆に疲れてしまうのが分かっていたからだ。だからこそ、その反面として言葉遣いに感情が乗ってしまう。
詩奈は以前、侍郎が黙って悠元のおやつを食べたことで、満面の笑顔を浮かべて侍郎の尻を叩く悠元の姿を目撃したことがある。その時の経験もそうだが、魔法に関する感覚が敏感な詩奈だからこそ、言葉から感じてしまう感情を読み取ることが出来た。
「父さんには『そちらが気に病む必要はないから、聞くだけ聞いて適当に流してくれ』とだけ言っておいてくれ。対処は此方で全部やるから。あと……元治兄さんには『事が整ったら、次の当主として一仕事頼みたい』と」
「分かりました。あと、お母さんから『孫は30人ぐらい欲しい』と」
「元治兄さんの子が夏に生まれるのに、そこから追加で30人って……元継兄さんや姉さんたちに言うべきことでしょうに」
穂波に宿った子たちは順調に成長しており、出産予定は8月中旬になるらしい。最も忙しくなりそうな8月上旬ではないだけマシだろうが、本当に激動の時代だと思う……自分や達也限定なのかもしれないが。
「そういえば、深雪お義姉様と高校卒業を目途に結婚するとお母さんから聞きましたけど」
「その件ね……多分、少し早まることになりそうなんだよな」
最初は深雪が18歳を迎えてから―――3月25日になる予定だった。ただ、深雪が内密に千姫へ相談を持ち掛けたことで、悠元の誕生日である2月14日に婚姻届を提出して、書面上は正式な夫婦になる予定であることが千姫から知らされた。
ただ、深雪以外の婚約者には18歳未満の人間(茉莉花、アリサ、茜、エフィア)がいるため、彼女たちの序列を考慮して第7位の愛梨までは今年度中に、第8位のアリサ以降は茉莉花とアリサ、茜の年少組が卒業次第となる。
「誕生日にバレンタインに結婚記念日まで重なるとか……プレゼント代は増えることになるが、これも男としての責任だな」
「逞しいですね、お兄様は。侍郎君は愛人候補がどんどん増えてますが……」
「言っとくが、俺は侍郎の鍛錬以外に何かしらの作為的なことはしてないからな?」
詩奈の話を聞く限りでは、矢車本家絡みに加えて上泉家でも元継の従妹(詳しくは知らなかったが、剛三の娘は何と12人もいて、各々分家や武家所縁の家に嫁いでいるため、孫の数も多かったりする)を侍郎の使用人として置くらしい。
学校絡みで言うと、侍郎は風紀委員に入ってはいるが、家の事情もあって部活動には正式に所属しておらず、偶にマーシャル・マジック・アーツ部へ出入りすることはあるらしい。
「侍郎君はお兄様を見習って、断れる勇気を持つべきだと思うんですけど」
「俺も全部が全部断れてるわけじゃないんだがな……」
最近だと、マーシャル・マジック・アーツ女子部1年女子の
何故だか、今の侍郎の姿がかつての自分と被って見えてしまうことに関して、流石に侍郎が精神的に死なないようフォローしようと心に決めた悠元であった。