魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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失してしまった希望の花

 国防総省(ペンタゴン)で対日強硬派の粛清が進行している(ある意味“侵攻している”側面もあるのだが)最中、スターズ本部基地司令のウォーカー大佐は、軍参謀本部から送付された命令文に絶句していた。

 彼は[パラサイト]にこそなっていないが、意識誘導を受けているのは事実。だが、それでも人並みの思考力全てを誘導されているわけではなかった。そんな彼が絶句した命令内容というのは、『日本の恒星炉プラントの破壊工作』であった。

 

 このプランは急に出てきたものではない。戦略級魔法師・司波達也の脅威を取り除く方策として、彼が提唱する恒星炉プラント計画を潰した上で国際的な圧力によってディオーネー計画への参加を強制するというプランで、兼ねてから検討されていた作戦案。

 対象を直截暗殺することによるリスクよりも現実的で、確実性が落ちるというデメリットを考慮したとしてもまだ有効であるということから検討されていた。だが、スターズ本部基地での[パラサイト]による叛乱により、この作戦案は棚上げとなっていた。

 

「建設中の恒星炉プラントに対する破壊工作は理解できるが……新ソ連の艦隊による陽動に乗じて任務を遂行せよとは」

 

 ウォーカーのような高級士官ですら、新ソ連との協力が軍事的な分野に及ぶところまで至っていることに、驚きを禁じ得なかった。何せ、現大統領が新ソ連に対する嫌悪を抱いていることは現役の軍人ならば誰もが知り得ていること。

 この時点で、政府のトップの了承を得ていない作戦であることは疑いようもない。だが、軍人として命令に従わなければならない。作戦の実行を命じようとウォーカーは通信機を掴んだ時、脳裏にある言葉が浮かんだ。

 

―――ウォーカー大佐。もし、軍が姉を殺そうとするのならば、私は躊躇うことなく知己であろうとも殺します。この言葉をどう捉えるかは、大佐のお好きになさってください。

 

 それは以前、スターズの女性兵士にセクハラ行為を働いた著名の退役軍人に対して、セリアが容赦なく魔法の射撃訓練の的にしたことに際して、ウォーカー大佐が事情聴取という形で呼び出した時のこと。

 当時、大統領直属の魔法師であった“セリア・ポラリス”―――エクセリア・クドウ・シールズは臆することなくこう言い切った上で司令室を出ていった。

 

 そして、セリアが除隊して日本にいることはウォーカーも当然知っている。その彼女の逆鱗に触れる行為であることも、それは理解している。どうするべきか悩んだ結果、ウォーカーは日本へ既に潜入した『スターズ』の兵士に命令を下したのは……悩んでから数時間後のことだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月5日早朝。

 国防軍横須賀基地では、敷地内を走る二人の米軍女性士官の姿が見られた。

 現在横須賀には、USNAの空母が寄港している。米軍士卒が歩き回っていても、それだけで何かを咎められたり注目を集めるということにはなっていない。彼女たちが目立っていたのは、二人がともにファッション誌の表紙を飾っても違和感が無い程に整った容姿を持っていたからだ。

 

「あっつぅい……日本ってこんなに暑いんでしたっけ……」

「今の季節は、熱帯海洋性気団の影響で高温多湿になるらしいわよ」

 

 片方は栗色のショートヘアに茶色の瞳の、都会的な美女。訓練用の飾り気のない半袖のシャツ姿であってもおしゃれに見せる雰囲気を有しているのは、シャルロット・ベガ。

 一方、銀髪ロングに青い瞳の、グラマラスな北欧系美人。タンクトップを盛り上げる胸のボリュームを有し、男性兵士にとって目の毒とも言えるスタイルを有するのはレイラ・デネブ。

 

 二人とここにいないゾーイ・スピカの合わせて三名は、[パラサイト]に侵食されたスターズの兵士。半ば騙し討ちの形で侵食を受けたが、それに対して文句や不満を漏らすことは一切しなかった。

 尤も、いくらパラサイトに侵食されたとは言っても、あらゆる状況に対して万能でいられるという訳ではなく、物理的な拠り所とする人間の五感にどうしても引っ張られてしまう。そのため、暑さに対する不満を漏らしてしまうのは仕方のないこととも言える。

 

「『インディペンデンス』が戻って来たわね」

 

 二人が宿舎に戻る途中、潜入に使った空母が沖合に姿を見せた。

 歴史的には六代目の『インディペンデンス』で、世界群発戦争(第三次世界大戦)前に建造された古参兵で、当初は原子炉を積む予定だったが、大戦中に戦闘艦船へ原子炉搭載が禁じられたため、水素タービンエンジンが搭載された(ことになっていて、実際には原子炉が搭載されている)。

 

「良い報せがあるといいのだけれど」

「裏切り者の小娘の居場所が早く分かるといいのですが」

 

 『インディペンデンス』が夜間、沖合に出ていたのは夜間発着訓練のためだった。だが、その裏では本国からの極秘命令・マル秘情報を受け取る目的があった。レイラが言い放った“小娘”というのは言うまでもなくリーナのことであった。

 

「見つからなければ、差し出させるまでよ」

 

 リーナが日本政府以外の組織に匿われていることは把握している。だが、それを日本政府が―――日本軍が知らない筈がない、と思い込んでいた。日本がどういう理由で「裏切り者のシリウス」を匿い続けているのかは分からないが、圧力を掛ければ遠からず白状するはずだ。

 

「……元“ポラリス”が牙を剥いたら?」

「一緒に葬るまでのこと。この国の人間に絆されるような軟弱者など、生かす価値もないわ」

 

 元々、シャルロット・ベガは政治的な損得を考えるような性格ではないが、こんなことを平気で考えるような軍人ではなかった。パラサイトの侵食による思想の変質化において、彼女の場合はより顕著であった。

 

「軟弱者はどちらなのかな、シャルルマーニュ。私は止まらねえからよ……」

「疲れの余り、地面に這いつくばっている奴が言えた台詞じゃないぞ?」

 

 その頃、意味深な台詞を吐きながら某団長のような恰好で地面に這いつくばっているセリアの姿を見て、彼女を見下ろしながらも深い溜息を漏らした悠元の姿があった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 日本時間7月5日午前9時。大亜連合政府が新ソビエト連邦政府に対して東シベリア地域における戦闘の休戦を呼び掛けた。その1時間後、新ソビエト連邦政府から休戦に関する条件提示があった。

 その中には戦争犯罪人の引き渡しも含まれていた。当然、このリストの中に[十三使徒]劉麗雷(リウリーレイ)の名が入っていた。

 

 原作の彼女は周りに流されてばかりの少女だった。だが、その彼女の在り方を変えたのは一人の少年との出会いだった。当時、まだ生きていた祖父の劉雲徳と引き合わされる形で出会ったのは、同じアジア系の少年だった。

 

『長野佑都という。君の国とは色々諍いを持つ日本の生まれだけど、よろしく』

『……劉麗雷です』

 

 日本人なのに流暢な大陸の言葉で挨拶を交わし、普通なら話せないようなことも聞いてくれた。気軽に手紙を出すことは出来なかったが、届いた手紙を楽しむように読んでいた。いつしか、彼女の中には祖国の外の世界を見てみたいという欲求が生まれていた。

 だが、一昨年秋の大亜連合の実質的敗北と祖父の戦死、そして昨今の世界情勢が劉麗雷を[十三使徒]に祀り上げてしまった。それでも、自分らしくあろうと祖国の為に奮闘し続けてきた。

 

 今回の戦闘において大亜連合政府の取った判断は愕然としたが……劉麗雷にとって、それほど驚くべきものではなかった。

 劉麗雷は横浜事変後に聞いた話だが、別に祖父が出撃する必要もなく、日本軍を迎撃する格好で防戦を行い、停戦もしくは休戦に持ち込む案も考えられたらしい。だが、対日強硬派が朝鮮半島に程近い対馬要塞を攻撃し、その隙に奄美・沖縄方面へと侵攻、そのまま太平洋へと横断して首都を直接攻撃するプランが採用されてしまった。

 その陽動として祖父が[霹靂塔]で対馬要塞を攻撃するべく準備をしていたところに、日本の新たな戦略級魔法が軍港ごと呑み込んだ。

 

 日本に対して恨みが無かった、とは言えない。だが、今の自身の在り方を形作ってくれた日本人の少年に対する感謝と大亜連合政府に対する不信が芽生えた今、劉麗雷はこのまま祖国に戻るという選択など取れるはずが無かった。

 

 日本時間7月5日午前10時、現地時間同日午前11時。

 ウラジオストクの北、ウスリースクの更に北のヴォズドヴィデンカに潜伏している劉麗雷は、護衛部隊の隊長に呼び出された。

 

「……確認の為にお尋ねします。新ソビエト連邦政府は私の身柄を要求しているのですね?」

「ええ、その通りです。新ソ連政府が引き渡しを要求した戦争犯罪人のリスト上位に劉校尉の名がありました。これは確かな情報です」

 

 劉麗雷の護衛部隊は全員が女性。隊長の(リン)隊長も少尉。だが、対外的な階級とは別に劉麗雷は『校尉』という階級を有する。いわば特務士官という括りの一つで、戦略級魔法師であるが故に戦時の最高指揮官直属の士官としての立場を有する。

 そのため、前線の指揮官が劉麗雷に安易な命令を下すことは不可能であり、護衛部隊隊長の林少尉よりも階級は上となる。

 

「もう一つ確認しておきたいことがあります。我が国の政府はその条件を呑むと思われますか?」

「はい。これが成されなければ、我が国は新ソ連の戦略級魔法の脅威に曝されることとなります。これは将来の懸念も含まれますが、小官はそう予測しております」

「……少しだけ、考える時間を貰えますか?」

 

 林隊長にそう断りを入れ、劉麗雷は考え始めた。林隊長も目の前にいる少女が安易に命を絶つような素振りは見られなかったのか、「構いません」と彼女を見つめた。

 

(この状況で祖国はもう当てにならない。かと言って、このまま立て籠もるのも難しい。この飛行場からどうやって……飛行場?)

 

 そこで、劉麗雷はこの場所ならあるであろうものを林隊長に尋ねる。

 

「林隊長、この飛行場にジェット機はありますか?」

「え? あ、はい。部下に指示をして準備を整えさせている所ですが……何を考えておられるのか、聞いても宜しいですか?」

「日本に亡命をします。勿論、林隊長たちに強制することは致しませんが」

「いえ、軍人として校尉を守る立場上、御供させていただきます」

「……ありがとうございます、隊長」

 

 劉麗雷の問いかけに一瞬驚くような素振りを見せるものの、気を取り直して答えた林少尉。それを少しだけ訝しむが、突拍子もないことを提案したが故の驚きだと判断して深く追及するようなことはしなかった。

 

「劉校尉は必ず安全に送り届けてみせます。これから直ちに脱出の準備に掛かりますので」

「宜しくお願いします、隊長……って、もう行っちゃった」

 

 原作では互いに愛称を決めていた二人。だが、劉麗雷側からの提案で林少尉が急いでしまった結果、互いの友好を深めるという決定的な要素を喪ってしまった。これが劉麗雷にとって祖国のことを忘れようと深める結果に繋がることを、この時は誰も知らなかった。

 

 劉麗雷を含む部隊が潜伏していたのはヴォズドヴィデンカの民間空港。幸いなことに2000キロメートルを超える航続距離を飛べるビジネスジェットと、タンクを満タンにする燃料が保管されていた。

 

「準備はどこまで進んでいる!?」

「完了まであと5分です!」

「機体コンディション、滑走路の状態は共にオールグリーンです!」

 

 機体の整備自体は昨夜から進められていた。劉麗雷がそう指示する前から―――最初からヘリではなくジェット機での逃亡を図るつもりであった。部下の作業を一通りチェックした後、林少尉は管制塔に上がった。室内には、彼女以外の人影はない。

 彼女は通信機の前に座り、無線のスイッチを入れた。

 

「こちらガスパジャー・タイガ。応答願います」

 

 彼女の呼び掛けは“ロシア語”で行われた。『ガスパジャー』は英語の『Ms.(ミズ)』に相当する言葉であり、『タイガ』は亜寒帯針葉樹林の意味を持つ。大亜連合軍旗の『虎』とも掛けている、林少尉のコードネーム。

 

『こちら「ユキヒツジ」。現状を報告せよ』

 

 帰ってきた返答も当然ロシア語であった。

 

「劉麗雷の説得に成功。これより予定通り、日本へ向かいます」

『了解。ハバロフスクの部隊があと1時間弱でヴォズドヴィデンカに到着する。それまでに脱出を完了せよ』

「タイガ、了解しました」

 

 この一連のやり取りから察することは出来ると思うが、林少尉は新ソ連軍に寝返った工作員だった。

 そして、確かに人影はなかったが……管制塔の片隅に佇んでいる漆黒の蝶が、林少尉の通信を聞き終えると共に痕跡一つ残すことなく消え去った。

 

 現地時間正午前、ヴォズドヴィデンカの民間空港から一機のビジネスジェットが南に向けて飛び立った。まだ休戦が成立していない状況での出来事に、新ソ連軍が反応したのはジェット機がウラジオストクの東を通過した後だった。

 追跡の戦闘機が離陸したが、ジェット機が公海に出た時点で追跡を断念して帰投。日本軍のレーダーはこの動きをキャッチしていたが、日本やUSNAへの刺激を回避するために断念したと考えられ、現場レベルで深く考えられることはなかった。

 小型ジェットはそのまま日本海を横断し、領空侵犯に応じてスクランブル出動した日本国防空軍戦闘機の指示に従い、旧石川県の小松基地に着陸した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 この報せはすぐさま防衛省にも通達された。本来、空軍の管轄として陸軍に助けを求めることはあまりないものの、今回ばかりは状況が異なっていた。

 蘇我も統合軍令部の人間として話を聞いた後、直ぐに悠元へ召喚要請を出した。立場上同じ階級の人間に命令は下せないが、要請ならば任意の出頭となるし、彼もこの事態は把握しているとみている。

 スーツ姿で出向いた悠元が敬礼をすると、蘇我も敬礼をした上で応接用のソファーに座った。

 

「すまないな、上条大将。君も学校や家庭があるというのに」

「あの、蘇我大将。私はまだ妻帯持ちじゃないですが」

「ほぼそれに近いではないか。というのはさておき、君の懸念が見事に的中した」

 

 蘇我は端末を差し出し、悠元がそれに目を通す。そして、悠元が端末をテーブルに置いたところで蘇我が尋ねる。

 

「劉麗雷の亡命の件だが、どうにも偽装の疑いが払拭できないというのが小松基地司令の意見だ」

「普通なら、国家ぐるみで『亡くなった』と隠蔽してしまえば済む話ですからね。劉雲徳の件もそれで約1年半は誤魔化しましたから」

「つまり、今回の件は普通ではないとみているのだね?」

 

 蘇我も、大亜連合政府としては[十三使徒]―――戦略級魔法師をそう簡単に手放せる状況ではないと睨んでいる。

 ただでさえ一昨年秋の損害を回復し切れていないのに、新ソ連に対する抑止力を代償に自国の安全を確保するなど、国家の安全保障を鑑みれば重大な過失になりかねない。

 そして、それは蘇我の向かいにいる悠元も同意見だった。

 

「まず、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの生存の件は予想通りだったとして、劉麗雷を何らかの形で利用している可能性は捨てきれないでしょう」

 

 8年前のベーリング海でUSNA軍―――先代の“シリウス”を殺し、一昨年は自分に対して攻撃を仕掛け、今年に関しては達也へ二度も執拗に魔法攻撃を行った。それも、戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]によるもの。

 新ソ連の国家方針に基づくならば、大亜連合の要とも言える[十三使徒]の劉麗雷を殺すことも当然視野に入らなければおかしい話となる。

 

「これまでUSNAの戦略級魔法師を殺し、達也に対して二度も[トゥマーン・ボンバ]を平気でぶっ放すような輩が、今更怖気づいて劉麗雷ですら殺せなくなったなんて思えません。侵攻した大亜連合軍の大半を壊滅に追いやった以上、新ソ連の国家方針からすれば、ヴォズドヴィデンカの民間空港ごと[トゥマーン・ボンバ]で執拗に爆撃してもおかしくなかったはずです」

 

 新ソ連軍の安全を確保する意味では、ヴォズドヴィデンカの民間空港にある燃料を狙い撃つ形で爆撃して逃げ道を塞ぎ、ピンポイントで爆撃して劉麗雷を生きた状態で連行することも出来なくはない筈だ。何せ、広範囲を爆撃するのに時間が掛かるのならば、多少計算する情報量が変化することは避けられないとしても、そういう器用さを既に実行しているのだから、出来ない筈はない。

 

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