魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

496 / 551
軍人としての裁量

 悠元が述べたこと―――これまで相手の戦略級魔法師を容赦なく攻撃してきたベゾブラゾフにしては些か詰めが甘すぎるという状況に対し、蘇我も一考せざるを得なかった。

 

「だが、それをしなかったということは……もしや、劉麗雷の生存を新ソ連は把握しておきながら日本へ亡命するように仕向けた、と?」

「その辺は直接話を聞かない事には分かりませんが……ただ、逃げてきた一行の中に新ソ連軍のスパイがいることは確定事項です。こちらが映像データの入ったカードになりますので、扱いは十分気を付けてください」

 

 そう言って悠元はテーブルの上にメモリーカードを置き、蘇我はそれを受け取って端末に差し込んだ。そして、流れてくる映像とロシア語の音声データ。その翻訳結果を見た蘇我は深い溜息を漏らしつつ、カードを悠元に返した。

 

「君に掛かれば、どんな軍の諜報員であっても丸裸にされてしまうな。『抜刀隊』には小松基地への出動命令を下したが、この場合は一条家にも彼女の対処を頼むべきだと思うか?」

「ええ。一条家の御曹司は第三高校の学業を免除されている形ですので、恐らく大丈夫でしょう。ただ、事態の進行によっては私も国防陸軍の将校として出向きます」

「分かった。その際は私と防衛大臣の連名で君を統合軍令部の特使として派遣する。責任はこちらで持つので、君の思う通りにやるといい」

 

 事態の進行―――劉麗雷の亡命を根拠として新ソ連が圧力を掛けてくる姿勢を見せることが表面化した際、劉麗雷と護衛の兵士を完全に切り離し、連中は全員大亜連合に強制送還する。その際の手続きと説明責任は政府と軍令部で負うと蘇我が明言した。

 

「そこまで既に話が?」

「君の懸念は統合軍令部も納得してくれた。新ソ連軍が無理に撃墜を狙わなかったことも、君の説明に説得力を持たせる結果となったようだからな」

 

 現場レベルでは、新ソ連軍が日本やUSNAに刺激を与えたくない、という解釈が通ってしまうのも無理はない。現状戦端を開いているのは新ソ連と大亜連合であって、日本と新ソ連は正式に交戦状態とは認められないが、一触即発の状態にあるのは確かだ。

 仮に[質量爆散(マテリアル・バースト)]でウラジオストク軍港を吹き飛ばせば、それをきっかけとして新ソ連軍が攻めてくることも考えられる。だが、この国には[深淵(アビス)]や[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]、[雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)]などといった複数の戦略級魔法が存在する。

 

 無理に攻める必要はないし、海や空を越えないと日本列島に乗り込むことは出来ない利点を生かし、専守防衛ないし積極的自衛権の行使によって敵の攻撃能力を破壊するだけで十分お釣りがくる。

 強いて言えば、そのドサクサで旧国家時代の強奪した樺太・千島列島だけでも取り返してしまえば、ウラジオストク以北の港を封鎖することが可能となり、東シベリア地域のオホーツク海側における海路での輸送がほぼ困難となる。

 

「可能であれば、実績のある将校を送り込んで新ソ連の抑えに徹させるのがいいかと思われます。十師族の存在に反発するのなら、その言葉に見合う実績を示すための場を整えてやるのも立派なガス抜きになるかと存じます」

「……そうだな。それで、仮に劉麗雷を我が国で受け入れるとして、将来的に大亜連合へ返すのか?」

「いいえ。今回ばかりは幾ら対日強硬派が仮に関わっていたとしても、大亜連合政府として彼女を切り捨てた以上はケジメをつけて頂きます。断るというのならば、諸外国と連動して高関税の経済制裁を科す用意がありますので」

 

 国家の常に使える抑止力を手放すか、あるいは大亜連合の抱える大勢の国民による民主化運動が激化してしまうかの選択。尤も、かの国の気質からして一番大事なのは己の身と権力だという事実は昔から変わらないただ一つの真実。

 

「彼女を将来の大義名分にすることは許しません。本当だったらこれまでの諍いの分も含めて高額の賠償金を要求しなかったことに感謝すべき立場という事実も理解していない。そんな輩に魔法師を人道的に扱えるだなんて思えませんので。それと、蘇我大将に一つお願いが」

「お願い? 別に命令でも構わないと思うのだが、聞こう」

「USNA軍に対し、万が一新ソ連の艦隊が動いた場合は日本に停泊する『インディペンデンス』の搭載機を日本海側に派遣するよう要請してください」

 

 これは、悠元が日本にいるUSNA軍に対する“(ふるい)”。[パラサイト]の影響が日本にいるUSNA軍のどこにまで波及しているのかを見るための指標。

 横浜事変であんな対応を取った以上、新ソ連の艦隊を阻止する意味でも同盟国として働いてもらわなければならない。仮にこちらの要請を蹴った場合、USNA政府に通告した上で『神将会』を動かし、空母『インディペンデンス』と艦載機全てを接収する。

 

 自分の国で対処できずに災厄を持ち込んだのだから、その対価の一部を支払う意味でも空母の接収は理に適っている。それに、どうせ『インディペンデンス』が原子炉搭載艦だという事実は既に掴んでいる為、必要な措置を施した上で[恒星炉]搭載艦に作り変えてしまう腹積もりだ。

 国防軍への払い下げも考えているが、国防軍の中に十師族や師補十八家が独自の戦力を有することを快く思わないのならば、いっそのこと民間警備会社を立ち上げることも視野に入れている。ただでさえ[恒星炉]や基幹技術のレリックのことを考えると、別にあっても困る様なものではないし、国防軍が常に頼れるとは思えないからだ。

 

「分かった。それと、USNA政府からの申し出だが……本日の午後7時にアンドリュース空軍基地から政府関係の航空機が座間に到着すると通知を受けた」

「……小官がそれに立ち会えと?」

「どうやら、悠元君と司波達也君に会いたがっている人物とのことらしいが……どうするかね?」

 

 単なる通知ならばアークトゥルスの件の二の舞を警戒する。だが、悠元や達也を態々指名したとなれば、USNA政府からの要人を載せた輸送機ということは容易に想像がつく。そして、決定打となる言葉を蘇我が発した。

 

「衛星のレーダーで確認したところ、どうやら向かってきているのは大統領専用機(エアフォース・ワン)だと判明した」

「……会わないという選択肢は有りませんね。分かりました、小官の権限で人員を選定して現地入りします。蘇我大将には申し訳ありませんが」

「箝口令は直ちに敷こう。念のため、座間に別の師団を派遣して警戒はさせる」

「それでしたら、独立魔装大隊のメンバーを数名ほど寄越させてください」

 

 相手がどんな陣容になるかも不明。ならば、下手な邪魔が入らないように最初から関わらせる。[パラサイト]の危険性を唱えられては風間も断ることは出来ない。

 

「佐伯に情報が流れるかも知れないが、良いのか?」

「半ば縁が切れた状態なのに今更ですよ。それに、この状況でも良からぬことを企まれる方が面倒です。適度に情報を与えた上で、それでこちらを害するつもりならば必要な処置をするまでですから」

 

 確かに、原作ならば“民間人”である四葉家やその出自を持つ達也の跳梁を許さないという佐伯の軍人としての言い分も理解できなくはない。だが、先に関係の罅を入れたのは他ならぬ佐伯でもあることも事実。

 ベゾブラゾフによる伊豆高原への攻撃の際、一切手助けを禁じたのは佐伯の命令によるもの。動向を把握しておきながらも報告や相談を怠って見逃した時点で、四葉家が佐伯に対する不信を露わにしても『当然の結果』でしかない。

 

 軍人として、軍や政府に縛られていない魔法師の個の力を恐れる意味は理解できる。下手をすれば国家に害を齎す危険性を秘めた諸刃の剣。その意味で、佐伯は良くも悪くも“軍人としての思考の範疇”で物事を考えてしまっている。

 

 だが、魔法師は単なる兵器ではなく、自我を有して自己の判断で行動できる“人間”。都合のいいように解釈したとしても、魔法師を完全に制御下に置くというのは本来不可能な話だ。

 これは創作物でも避けては通れないことだが、他人よりも遥かに飛び抜けた実力者を囲みたい場合、その実力者が望むものを恩赦として渡す代わり、その実力者を国家や世界の抑止力として機能させることはよくあることだ。

 その実力者を洗脳や篭絡などをして制御に置くという手法もあったりするが、大概はまともな結果を生むことなどなく、逆襲によって国家や世界が滅ぶ未来の可能性がある。どうあれ、ロクな未来が待っているとは思えない。

 

 では、これを独立魔装大隊内で当て嵌めた場合はどうなるか。

 

 佐伯に独立魔装大隊や第101旅団内での配慮は出来ても、国防陸軍における達也への恩赦を与える立場にない。その辺の裁量権を担うのは総司令部や統合軍令部でもなく、それを統制する政府側の管轄だ。

 達也が“大黒竜也特尉”として行動しているのならば、佐伯は監督責任として達也を制しなければならない。だが、軍関係を除いた達也の行動は“司波達也”としてのものであり、四葉家直系の人間として行動した結果に他ならない。

 沖縄の件はまだしも、横浜事変の時と『セブンス・プレイグ』の件は風間を通す形で佐伯が戦略級魔法の使用許可を下している。このことを彼女が分からない筈など無い。

 

 つまり、司波達也の行動に対して佐伯が干渉することは、いち軍人としての裁量を越えてしまっている、ということになる。それどころか、必要な時に頼っておきながらも彼が困った時に手を差し伸べようとしない時点で、不義理を働いたに等しい所業としか言いようがない。

 だからこそ、悠元は国防軍の関与は自分経由にすることで第101旅団や独立魔装大隊の介入を阻止し、同時に上泉家から大量の戦力を送り込ませることで身動きを出来なくさせる。そして、非十師族の主要人物が動けないということは、言い換えれば十師族や師補十八家の関与が増えるという裏返しにも繋がる。

 

「それと、偽装入国したUSNAの関係者はこちらで掌握しております。新ソ連の艦隊が南下した時点で一仕事してもらい、彼らには大人しくUSNAに帰らせますのでご心配なく」

「……君に掛かると、大国ですら道化になってしまうな」

「別に国家に対して正面切って喧嘩を売るつもりなど有りませんが。ただ、人の生命を脅かすのならば『死んだほうがマシ』と思わせるぐらいに心を折りますが」

 

 そう出来る力があるとしても、国家に対して喧嘩を売るのはまた別の話だ。力を見せつけることは必要だろうが、実力行使に伴う被害は最小限に抑える―――このスタンスを崩すことはしない。

 

「蘇我大将。今夜到着する大統領専用機(エアフォース・ワン)に誰が乗っているかは不明ですが、少なくとも日本に潜伏している[パラサイト]関連であることは間違いないとみています。場合によっては、本官や大黒特尉が直々にUSNAへ出張ることも想定されます。ですので、国防軍方面を抑えて頂きたい」

「……分かった。直ちに防衛大臣へ具申する。そして、君らに不利益が被らないよう、私も同席出来るように相談してみる」

「宜しいのですか?」

「現状、君らに頼らなければ対処するのが難しい案件というのは把握している。政府もそれは重々に理解していることだ」

 

 悠元が想定している反十師族の派閥―――主に佐伯を抑えることは蘇我も納得した上で、今回の一件に国防軍が許可を出すことで悠元や達也を含めた若者たちの正当性を担保する、と明言した。

 

「本当ならば我々だけで対処できれば一番だが、それが出来る人間は現行の国防軍でも数少ないどころか、昨年の件は十師族に全て投げたようなものだ。国防を担う者としての面子だけの話ではなく、この状況で派閥争いをしている暇などないことを痛感させねばなるまい。その矢面に立たせてしまう君らには申し訳ないと思うが、出来るだけの配慮はしよう」

 

 ここ最近の国防軍の動きは目に余り過ぎた。情報部の暴走もそうだが、佐伯が軍の規律を乱しかねない行動を見せていることに憤慨していた。だが、被害者側となる悠元や達也が表立った報復の意思を見せないため、蘇我もそこまで口煩く言わずに黙ることとした。

 

「でしたら、独立魔装大隊から風間大佐を寄越してください。彼ならば対外的な功績もありますので、面子は立てられるかと」

「そうだな。彼ならば相手に対する面子も立てられるな……そういえば、劉麗雷を我が国で引き取るとして、処遇はどうする気かね?」

「彼女の意思次第ですが、祖国に戻る意思が無いのならば、帰化させて日本で暮らしてもらいましょう。彼女を強引に軍へ引き込む輩がいた場合は、容赦なく処罰します」

 

 この国があくまでも法の下の平等を謳っている以上、その法に基づく自由意志を行使する権利が劉麗雷にも生じる。彼女の戦略級魔法目当てに動こうとする輩も出てくるだろうが、彼女が軍人を目指すかどうかは彼女自身が決める事であり、大人たちに決める権利も義務もない。

 戦略級魔法は兵器ではなく、あくまでも“技術の極致”の一つでしかないのだから。

 

「確か、彼女の年齢で言えば一条家の長女と同い年の筈ですので、いっそのこと一条家の養子にしてしまうのもアリかと思います。ただ、あくまでも劉麗雷の意思を第一に尊重する―――これは厳守していただきたい。良からぬ輩が彼女を害そうというのならば、容赦なく“殺す”ことも視野に入れます」

「承知した。しかし、君のような若者がそこまで律せているとなると、今の若い連中に見習わせたいと思うほどだ」

「自分は平和な生活を送りたいだけなんですけどね。その為に力を行使しているので」

 

 魔法一つで目くじらを立てる奴らが多いからこそ、その膿を出そうとしたら雪だるま方式に積み上がっていく過去の罪。それを達磨落としの要領で一つずつ解決しているわけだが、本当だったらそれをやらねばならないのは現政権を含めた政府と国防軍の仕事。これも、四葉の悪名に長らくしがみ続けてきたツケと言えば、そうなのかもしれない。

 

「ここだけの話、更に愛人が増えまして。魔法的な方法によって先代のスターズ総隊長が若返った姿で……」

「……そのことは私の中に留め置く。何か入用になったら、遠慮なく言ってくれ。君や大黒特尉の負担を減らすことなら、総理大臣とて首を横に振ることはしないだろう」

「その時は遠慮なく頼らせていただきます」

 

 蘇我からしても、悠元が将来の魔法師社会を担う起点になってしまうのは言うに及ばずで、彼の言葉で更なる苦難が降り掛かったことを察し、せめて政府や国防軍上層部だけは彼の苦労を軽減しようと発言したのだった。

 

「余談だが、劉麗雷については」

「自分が引き取ることになるのは絶対に避けます。いっそのこと将輝に好意が向くようにヒール役でも買ってやろうと思ってます」

 

 セリアから聞いた原作知識では、劉麗雷が一条将輝に惚れるような流れが形成されたらしいので、そういう風に流れを構築しようと思う。呂剛虎(ルウガンフウ)が日本に来る可能性は極めて皆無だが、それ以外の勢力が入国しないように見張る必要が出てくる。

 




 今回は中途半端で止めるとマズいと思ったので、二本連続投稿にしました。
 魔法使いなどといった『単独で強大な力を持ち得る存在』を創作物の観点で見た際、強大な力を持つからこそ、彼らの身元保証を買って出ることで彼らの足りない部分を補う。あるいは、彼らの逆鱗に触れないように最大限の便宜を計らうのが一般的な思考です。
 ただ、それには保証側が十分な恩赦を与えられるという条件に加えて、一定以上の信頼―――敵対していない意思を示す必要があります。

 佐伯少将の場合、原作において達也をある意味特別扱いしている節が見られますし、ベゾブラゾフの攻撃を看過した時点で、達也でないと乗り越えられない危機をあろうことか達也の“攻略法”に使おうとしました。
 2096年の九校戦後に九島烈を実質的な引退に追いやり、その際に『若い魔法師に軍人を強要しない』とか約束しておいてのコレですから、達也が信頼を置けなくなったとしても無理はないです。

 風間だって部下である達也の心情を汲み取らなければならないのに、佐伯の我儘に加担したようなものです。上司の不当な命令に従えないのであれば、大越戦争の時のように振舞っても今更だと思いますが、大勢の部下を抱えた以上は彼も“牙が抜けてしまった”のでしょう。
 
 そして、これが最大の疑問点ですが、一介の軍人が国外勢力と交渉したという点では佐伯も達也も同じなのに、佐伯が達也を責めるのは完全なお門違いというものです。しかも、軍参謀本部の代理という本当なのかも分からない肩書きを使って戦略級魔法師を管理しようと動いていましたからね。

 この条約に関してですが、本来公僕かつ軍人という職務上、魔法師に対する管理を国防法の範囲で縛ることは可能ですが、魔法協会まで巻き込むとなると、それは政治家の範疇の仕事になります。
 しかも、政治サイドからすれば“寝耳に水”レベルの話となるので、外務省からしたら悲鳴を上げかねない交渉事が降って湧いたようなもの。もしかすると、リーナの引き渡しの件で出来たパイプを使った可能性も出てきます。
 だとしても、国防陸軍の将校とはいえ、広義的に見れば国防軍の軍人でしかない佐伯が民間人の魔法師もとい師族会議を縛ろうとしているようにしか見えません。
 それだったら、いっそのこと五輪澪・司波達也・一条将輝を三人揃えて国家公認戦略級魔法師にしてしまえば済む話です。ただ、達也にそれが出来なかったのは“四葉”という名が大きく影響している為でしょうね。

 あくまでも、本作を書く上での主観に基づく推察なので、異論は認めます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。