魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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兄の優柔不断に呆れ返る妹

 悠元は蘇我大将との会談を終え、[ドレッドノート]を駆って防衛省庁舎を後にする。プライベート用に所持しているものと同じ白銀のカラーリングは目立ってしまうリスクも孕んでいるが、外見の細部さえ見られなければ普通の二輪車をカスタマイズしたものと大差なくなる。

 

 悠元が風間の同席を願い出たのは、彼の軍功を鑑みた場合からして『対外的に見合う』と睨んでのものであり、更には風間にもこの先の責任を背負わせることを意味する。

 別に彼もこちらの仕事を請け負ってもらうことなど考えていない。だが、このまま佐伯に対して苦言を呈することも出来なければ『道連れ』になりかねない。

 

 風間は九島烈がかつて考えていた十師族の置かれた在り方―――魔法師を単なる『兵器』として扱おうとする認識を子供や若者に強要する遣り口―――を否定したいのであり、十師族ひいては師族会議そのものに対して嫌悪感を持っているわけではない。でなければ、悠元や達也はもとより、九島烈の血縁を有する藤林響子すらも自身の部下に加えることを許容しなかっただろう。

 ならば、彼はまだ“話せる範疇の人間”と見做すことができる。

 

 大亜連合の工作員は軒並み国外追放か抹殺しているし、精々残っている周公瑾絡みも真一が元の世界に戻り次第処分する。経済的・文化的交流を持つことと、国防や国益に関わることはまた別の話で、前者だけならば許容することも必要だが、後者に範囲が及んだ場合は容赦なく対処する。

 

 佐伯あたりなら劉麗雷の暗殺を画策しているのかもしれないが、そんなことはさせないし、第101旅団は絶賛部隊再編の真っ只中にいる。数人程度ならばまだしも、一度に四桁の魔法師を受け入れるとなると基地の設備も急ピッチで刷新しなければならない。

 そうなると、人員整理や書類の決裁で時間を容赦なく割かれることになり、部隊の大本を管轄する師団長は確実に多忙となる。別に彼女を過労死させる気など無いが、自分も兵器開発部で解析を担当していた時は1日で百枚近くの申請書類を裁くこともザラにあった。

 

 別に、書類仕事の苦労を知れ、などと宣うつもりなどないが。

 

 人様に厄介事を押し付けて身動きを取れさせなくしたり、原作では本来報告すべき呂剛虎の密入国を意図的に見逃していた。軍事法廷に掛けられたら国家反逆罪スレスレのことをしている訳だ。

 大越戦争で風間の派遣を決定・支援していた時の感覚が今も残っているのかもしれないが、25年前と今では世界情勢も国内情勢も違う。

 

(いずれにせよ、劉麗雷をこちらで引き取るのはあまり宜しくないからな。多少苛烈に行ってでもフラグを折らないといけない)

 

 自身が戦略級魔法師で、それに匹敵し得る資質を有する深雪に、リーナすら上回る実力を持つセリア。そして、国家公認戦略級魔法師の澪がいて、愛人に先代“シリウス”までいる。他の婚約者たちもそれに準ずる実力を身につけるべく鍛錬している為、非公認の戦略級魔法師が小国に二桁いるという状態になってしまう。

 達也のほうはというと、魔法の訓練についてはこちらもヴィルヘルミナが面倒を見てくれることとなった。何せ、あの曲者揃いの『スターズ』を率いた実績があるのだから、問題は無いと判断した。八雲も『[分子ディバイダー]を編み出した本人が教えるとなれば、僕も負けていられないね』と相乗効果も生み出していたが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 帰宅後、悠元は夕食と入浴を済ませて自室に戻った。その間に何もなかったかと言われると……婚約者やら愛人らに押し掛けられることは最早日常の光景になりつつあるが。

 それでも、一人になりたい時間はどうしても出てくるため、自室に招かない限りは勝手に入れないようにしている。その最大の理由は自身の固有魔法による情報収集を見せることで危険が拡散しないようにするためだ。

 

(さて、新ソ連艦隊の方は……)

 

 いくらベゾブラゾフとクラークが暗号でやり取りしていたとしても、実働部隊そのものの動きまで隠しきることは出来ない。単独行動やごく少数の精鋭部隊による動向を掴むのは難しいだろうが、大型の複数の艦船を衛星まで誤魔化せる術式となれば大掛かりになるのは明白である。

 

 ウラジオストク周辺の情報収集は響子に依頼しているものの、第101旅団が握りつぶすことも想定していた。そもそも、響子への依頼は“隠れ蓑”であり、自分が情報収集していることを悟られないための一環でもある。

 度々九重寺を訪れているのも悠元に情報収集能力が無いと誤認させるための行動で、独立魔装大隊内でも悠元の極めて高い情報収集能力を把握しているのは、風間と響子の二人だけ。しかも、昨年の時点で八雲から『彼の機嫌を損ねたくなかったら、何も言わない方がいい。最悪は僕の名前を出しても構わないよ』と言い含めていたらしい。

 佐伯は八雲と風間の関係性も知っているので、上手い具合に隠れ蓑として機能する。ここにきて“忍び”らしいやり方だと思った。

 

 話を戻して、ウラジオストク軍港にいる新ソ連艦隊が出動の準備を始めていた。燃料や弾薬はまだしも、船員の食料などと言った消耗品の移動全てをステルスで誤魔化すのは難しいし、軍港の出入りが激しければ何かしらの行動を疑わざるを得ない。

 

「狙いはやはり、亡命してきた劉麗雷か……だが、分かってるのか?」

 

 原作ならば、一方的に因縁を吹っかけて緊張状態を作り出すだけで良かった。だが、この世界では日本政府が[十三使徒]イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの引き渡しを要求している。このまま強引に艦隊で圧力を掛ければ、その引き渡しすら拒んだ上で一方的な因縁を吹っかけた“ならず者国家”の烙印を押されることとなる。

 これが分からないベゾブラゾフではないと思うのだが、悠元の存在を知ったからこそ更に躍起になっているのだとしたら、最早面子を潰された腹いせに実行しているとしか思えない。

 

「一番犠牲になるのは詳しい事情を聞かされない兵士達だというのに……なら、ベゾブラゾフには決定的な敗北をくれてやるだけだ」

 

 今は()()ベゾブラゾフを殺さない。だが、彼の面子がこの先の戦いを引き起こすというのならば、その面子を完膚なきまでに粉砕する。それでもまだ殺意を向けてくるのならば、彼に敵意を持つ者達に殺させる。

 そして、今回の戦いの責任を新ソ連と大亜連合に負わせ、きちんとケジメをつけてもらう。その意味で劉麗雷を生かすことは必要最低条件となる。大国だからと胡坐を掻く様ならば、今度はクレムリン宮殿と大亜連合の旧共和国時代から存在する人民大会堂を綺麗さっぱり“消し飛ばす”だけ。

 

「ジョージの奴に釘は刺したから、達也に矛先が向くことは無くなった。後は、タイミングを見て真一に愛波を連れ出してもらわないといけない。元継兄さんにはメールで伝えておこう」

 

 新ソ連との緊張状態でUSNAに対する警戒を緩めざるを得なくなったからこそ、原作の司波達也と九島光宣の応酬が長引いてしまった側面がある。だが、そんな事態を引き起こさせる前に連れ出せば、藤林家はおろか九島家が余計な介入をすることも無くなる。

 あとはイリーガルMAPへの対応ぐらいだが、そちらは『神将会』も動かして対応する。相手が手段を選ばない相手ならば、こちらも相応の選択をするだけのこと。

 

「……面子を潰されて怒る時点で、魔法師としての実力不足だと思うんだがな」

 

 相手の実力が高く、それでいて自身の能力が劣っていると自覚できるか否か。悠元の場合は前者で、ベゾブラゾフは間違いなく後者の類に含まれる。

 尤も、悠元は剛三という“埒外”を知り、達也という“無敵超人”を知っていたからこそ、せめて並べるようにと努力を重ねているだけであり、遺伝的に勝者となったベゾブラゾフと比べることすら失礼な部類に入る。

 

 そもそも魔法使いに限ったことではないが、昔の技術者や職人は師から技を“盗み”、研鑽することで己の技術へと昇華させるのが、黙認された慣習みたいなものだった。源流から様々な要素を各々が取り入れ、己が最も納得し得る技術の大成によって様々な流派・技巧が生み出され、後世に継がれた。

 現代魔法において[インデックス]のような魔法の権威が出来たとしても、別に同じ魔法を使ってはいけないというルールなど存在していないに等しい。

 

 だが、一条家の[爆裂]、三矢家の[エアライド・バースト]、十文字家の[ファランクス]などといった一種の固有魔法に近い秘術は、その家の“存在意義”として直結する形へと変化した。なので、軍用に開発された魔法を除けば一種の特許権のようなものが存在するようになった。

 その意味で、ベゾブラゾフたらしめるためのものが[トゥマーン・ボンバ]であり、その一部でも転用されたとなれば彼の存在意義すらも脅かしかねない事態となる。なので、原作の達也が行ったことに対してベゾブラゾフが酷く憤ったのも、彼の存在意義を脅かす行為をされたがための反応だった。

 

 新ソ連の国家公認戦略級魔法師[十三使徒]―――ベゾブラゾフにとって、数々の競争を生き抜いた結果として戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]と共に得た存在意義。ならば、その存在意義など通用しないことを根底から分からせる。

 

 悠元はベゾブラゾフ本人ではなく、彼を彼たらしめるもの全てを破壊し尽くす気でいた。それをベゾブラゾフが認識しているのかどうかは……その当人にしか分からない事であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月6日、土曜日。授業を免除されているとはいえ、定期考査を終えて帰宅した一条将輝は、そのまま父親の剛毅に呼び出された。

 昼食前だったので空腹を抱えたまま書斎に赴くと、部屋の中には上の妹である茜がいた。正直、悠元との一件で兄妹の仲に隔たりが出来ていたが、それに対して不満を漏らすことなく茜が座るソファーに一人分の間を空けて隣に座る。

 

「昼食後でもいいとは思ったが、出来るだけ早く決めたいと思ってのことだ。少しは我慢してくれ」

 

 いつもなら粗暴な言い方をする剛毅だが、どこか申し訳なさそうな態度を見せたことに将輝は躊躇いながらも頷き、茜もそれに続く形で頷いて肯定した。それを見た上で剛毅が話を始める。

 

「現在、大亜連合から劉麗雷が亡命してきている」

「劉麗雷? [十三使徒]の一人であるあの?」

「そうだ」

 

 将輝が驚きを隠せなかったのも無理はない。国家に公認された―――国家という後ろ盾を得たも同然の戦略級魔法師の一角が、祖国への帰還ではなく日本に亡命してきたのだ。剛毅は将輝を咎めなかったが、この報せを聞いたときは彼自身も耳を疑ったからだ。

 

「彼女は現在、同行してきた護衛部隊の兵士と共に小松基地で保護されている」

「そうなると、国防軍から何か要請があったのか?」

「話が早いな。だが、指名してきたのはお前ではなく茜だ」

「あたしっ!?」

 

 本来なら国防に関わる部分となれば剛毅か将輝の領分。何故呼ばれたのかを理解できていなかっただけに、茜の驚きはオーバー気味なリアクションになっていた。

 

「な、なんでっ!? こういうのって本来は兄さんの領分じゃないの!?」

「順を追って説明する。まず、劉麗雷の亡命には不審点が拭えないと小松基地の司令が相談した」

「偽装亡命の線か」

「その通りだ」

 

 慌てふためく茜を宥めるようにジェスチャー混じりで説明する剛毅に対し、将輝は亡命が彼女の意思によるものなのかを懸念していることに対し、剛毅が肯定する。

 

「だが、一色家の[神経撹乱(しんけいこうらん)]では必要とする対象との距離が短すぎる。もし基地の中で[霹靂塔]を使われた場合、小松基地の防空網が被害を受ける可能性もある……茜。もしこの話を受ける気があるのならば、これを使え」

 

 そう言って剛毅が見せたのは一台の端末。そこにはある魔法の起動式データが記載されている。茜がつぶさに確認していくと、この魔法が茜ならば使うことのできる魔法だと察した上で問いかけた。

 

「お父さん、この起動式は何時手に入れたの?」

「先日、神楽坂殿から提供された茜専用の魔法だ。それをどう使うかは本人に委ねてほしいとも言われた。名称は[静電氷結(フリーズ・インパルス)]だそうだ」

 

 将輝たちの母親・一条美登里は一色家の傍系だが、一色家の切り札である[神経撹乱]を使うことは出来ない。だが、遺伝の悪戯ゆえか、茜には[神経撹乱]の適性があった。そして、それを見越したように渡された魔法―――[フリーズ・インパルス]。

 この魔法は神経インパルスに対して電気信号の伝達をシャットアウトし、威力次第では相手を疑似的なコールドスリープ状態に陥らせることすら可能とした魔法。最悪の場合―――茜一人でも対処できることを想定して開発された経緯がある。

 

「この魔法はあくまでも『迷惑を掛けたお詫び』として神楽坂殿が置いていったものだが、幸か不幸か役に立つかもしれない時が来るとは思わなかった。無論、無理強いをする気はないが……」

「……あたしは、話を受けるよ。置いてけぼりが一番嫌だし」

 

 茜の根底にあるのは、悠元の婚約者の中で唯一距離を置かれてしまっているという点だ。別に悠元が茜を嫌っているわけではなく、一条家と神楽坂家の物理的な距離が大きく影響してしまっているためだが。

 それに、茜は悠元の婚約者の中に近い年頃の婚約者がいることも聞いている。剛毅の述べたことも事実かも知れないが、茜の為に作ってくれた魔法だというのならば、自分が今成せることを成したい。

 

「そうか。将輝、お前はどうする?」

「どうするって……俺はもしもの時に劉麗雷を倒さなきゃいけない役目を負うということだろう? 俺も行く」

「分かった」

 

 将輝の根底にあったのは、茜が出張って自分が引っ込むのは兄としての矜持に関わると強く感じたからだ。二人の強い決意を感じた剛毅は満足そうに頷く。

 

「ところで親父。俺たちが出向くよりも一条家で預かった方がいいんじゃないのか?」

 

 そこでふと出た将輝の疑問。剛毅が「何故そう思う」と問い返した。

 

「確か、彼女はまだ14歳で茜と同い年だ。一条家で預かれば、大人たちに唆されて事を起こすリスクを減らせると思うんだが」

「……一理あるな。分かった、それについては相談してみよう」

「当てがあるのか、親父?」

 

 心当たりがあると言いたげな剛毅は表情で語るだけであり、将輝はそれに対して首を傾げる。そして、その様子を見た茜は一つの心当たりに辿り着いて顔を背けた。

 

(多分、悠元お兄様を頼るってことだよね……お父さんが敢えて語らないってことは、兄さんが変に拗れないためだよね)

 

 そもそも、今の悠元は護人・神楽坂家当主兼師族会議議長という要職に就いている。この時点で信頼を受けている人間に差が出ているということを茜の隣に座る兄は知らないはずがない。

 というか、これまでの件で将輝が悠元に対して多大な迷惑を掛けていて、そのとばっちりを受け続けてきた身としては『いい加減諦めろ』と吐き捨てたくなるほどに、茜は実の兄に対してうんざりしていた。

 

「……兄さんの残る課題は、将来の嫁さん探しだね。そもそも、恋人を作れるか疑わしいけど」

「んなっ!? 今ここで出すべき話題じゃないだろうに!」

「妹に言われて悔しいなら、けじめをきちんとつけた上で実行して見なよ。あ、お腹空いたから私は先に行くね」

「お、おい、待てよ!」

(茜は理解してくれたようだな……いっそのこと、将輝と劉麗雷がいい関係になることを願うか?)

 

 廊下から漂ってくる食欲をそそる香りに気付き、茜が先に部屋を抜け出して将輝が追いかけるように書斎を出ていく。その光景を見送る格好となった剛毅は、将輝と劉麗雷の邂逅がいい結果を生んでくれることを内心で少し期待したのだった。

 

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