魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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本来なら国家交渉のレベル

 7月7日、日曜日。世間的には七夕で、魔法科高校の生徒からすれば定期考査が終わった後の初めての休日。本来ならば九校戦の準備が始まるところだが、中止と代替の大会実施が夏休み中の期間に開催できないという結論となり、何もない普通の休日……となる予定だった。

 

 USNAから来る大統領専用機(エアフォース・ワン)。昨晩座間基地に到着したその機体に乗ってきたのは、バージニア州上院議員ワイアット・カーティス。ラウラ・カーティスの大叔父にあたり、USNA国内において政府関係者や上院・下院に対して強い影響力を有する“黒幕(フィクサー)”の側面を有する人物。

 

 原作ならばこの後に来日する形となったが、親族であるラウラの存在によって3月に一度来日し、今回は二度目の訪問。態々大統領専用機で来るということは、間違いなくUSNA大統領の意向を受けてのものと見られる。

 なので、悠元は関係者となる達也と深雪に水波、USNA方面の関係者としてセリアとリーナ、そしてUSNAの軍籍を有するジェラルドにも同席を願った。更に、千葉寿和とラウラにも身辺護衛を兼ねてエリカ経由でお願いをした。

 

「達也、それに悠元……」

「風間大佐。伊豆高原の件は水に流すこととします。だが、今回の会談の内容を外に漏らすことは禁じる。これは国家重要機密に準ずるものと心得よ」

「……承知しました」

 

 国防軍方面は防衛大臣の命を受ける形で蘇我が同席し、対外的な功績を有する軍人として風間もその場に居合わせることとなった。

 風間の表情がどこか申し訳なさを感じるのは、達也の件で悠元を怒らせたことに起因しているが、当の悠元本人は『とうに終わった事だ』と断言して引き摺ることを止めるように言い繕い、風間もそれを受け入れて一息吐いていた。

 そして、独立魔装大隊からの同行者はもう一人。副官でもある藤林響子であった。

 

「分かってはいたことだけれど……達也君。また[パラサイト]が出たのは本当?」

「ええ、本当のようです。ただ、対処自体は悠元に任せている形ですが」

「成程ね……」

 

 現状、九島家に引っ張られる形で藤林家が協力するような格好にはなっていない。その最大の理由は、神楽坂家が京都・奈良の『伝統派』を和解させたことに起因するもので、皇族の『君臨すれども統治せず』を体現したような功績を成した悠元が「いくら三矢家所縁の人間でも、祖父世代となる上泉・神楽坂の血縁を無視することは出来ない」と藤林家現当主がそう結論付けたためだ。

 

 会談の場所として選ばれたのは、赤坂離宮の応接の間。今回、会議に際してワイアット・カーティスは『ミスター神楽坂とミスター司波に話がある』と通告しており、深雪は四葉家の代理で、水波はその護衛。リーナとセリアの同席はカーティスからの提案で、ジェラルドはリーナの護衛役としてその場に居合わせることとなる。

 国防軍関係者はあくまでもオブザーバーとしてのものであり、今回はカーティスが大統領特使として出向いているとしても、口を挟むことは許されない。

 

 先に悠元たちが到着して席に着き、その5分後。案内の職員に続く形で姿を見せたのは初老の白人男性とパンツスーツ姿の女性。男性ことワイアット・カーティスは悠元に歩みより、悠元も立ち上がって近寄った。

 

「神楽坂様、お久しぶりでございます。此度は急な訪問をお許しください」

「そこまで畏まられると恐縮でございます、閣下。自分はまだ若輩の身でもありますので」

 

 互いに握手を交わすと、カーティスは達也とも握手を交わす。カーティスはラウラの元気そうな姿を見て安心そうな表情を見せたが、今はその時ではないと表情を真剣なものに切り替えつつ、席に着いた。

 それと同時に悠元と達也も席に着き、話は悠元が切り出す形となった。

 

「さて、閣下。本来の慣習を破ってまでも態々大統領専用機(エアフォース・ワン)でお越しになった理由は、其方の国で冤罪となったベンジャミン・ロウズを含めた人間の兵士の解放、それと蔓延る[パラサイト]の対処の依頼―――その認識に違いはございませんか?」

「その通りにてございます、神楽坂様。USNA政府はその対価として、如何なる要求を受け容れると大統領より確約を取り付けております」

 

 カーティスが悠元の敬称を“殿”ではなく“様”としているのは、彼は悠元の素性を知る数少ない一人でもあるためだ。普通ならば十代で成し得ることのできない功績の数々だが、カーティスはこれまで培ってきた政治家としての経験でそれを察していた。

 

「如何なる要求ですら受け入れるとは、これはまた思い切った対価ですね。念頭にあるのは[恒星炉]の技術提供でしょうか?」

「その通りです。ダラスの件も含め、此度の騒動を引き起こしたエドワード・クラークには厳しい罰を与えねばならない。最早飼い殺しにするのも国家に害しか齎さないと結論に至った次第です」

 

 単なる処刑では最早溜飲を下げることもできない。ならば、最悪はエドワード・クラークの生殺与奪の権限ですらも放棄して、日本に処罰の判断を委ねることも覚悟の上で交渉に臨んでいた。

 

「閣下。現在、心ある仲間と共謀して日本に来た[パラサイト]化した兵士を次々制御下に置いております。彼らには日本に対しての代償としてパールアンドハーミーズ環礁方面へ集中させ、ミッドウェー監獄への攻撃を行わせた後に“浄化”させて人間に戻します」

「何と……いや、その詳細は敢えて訊ねませんが、ダラスの件はやはりそちらの人間が唆したという線はなさそうですな」

 

 悠元が言い放った策の概要を公表すると、カーティスはおろか達也たち、同席していた大人たちも驚愕していた。一旦[パラサイト]化された強化の影響はどうしても残ってしまうが、侵食された[パラサイト]を殺すのではなく、侵食元の人間の意志で“塗り潰す”。その為の魔法も既に存在するからこそ、悠元の策が成り立っている。

 

「閣下にお願いしたいのは、大きく分けて二つ御座います。一つは先程話した策の際に自分と隣に座る司波がベンジャミン・ロウズを含めた兵士を助け出した後、こちらに被害が及ばないように処理して頂くこと。もう一つは……こちらが指定する艦船と戦闘機を含めた日本周辺にある米軍所有の兵器類の接収。そして、空母『エンタープライズ』の提供を要求します」

「その空母を……」

 

 USNAにおける最大級の空母。そして、原子力が搭載されていないにも拘らず600メートルクラスを有する。そして、カーティスは内密の情報でその空母を動かしている方法を知っていた。魔法師をパーツのように使うことは許容しない―――悠元の要求は、それをUSNAに対して突き付けているも同義だった。

 

「神楽坂様。その兵器群をお渡しするとして、其方の国の軍に加えようとなさっているのかをお伺いしたい」

「最初はそれも考えておりましたが……自分が受けた仕打ちを考えた結果、神坂グループで民間軍事会社を立ち上げて保有戦力にしてしまおうと考えた次第です」

 

 根底にあるのは、師族会議そのものが天皇より附託を受けた治安維持組織になったとしても、国防軍からすれば国家を守る立場として私設戦力を認めたくない論理がどうしても発生するためだ。

 ならば、表立って動ける組織を作る方が良いと判断した。どうしても“傭兵”というイメージが付き纏ってしまうため、書面上は民間警備会社として立ち上げるが、既に存在する他の業者ではカバーリングできない部分の警備や護衛を担う。

 

「あくまでも自国の安寧を守る―――その主観の許に会社の設立を行うことをこの場で確約させていただきます。尚、接収した後の穴埋めも既に手配しておりますし、そちらとしても“特需”が見込めるかと思われます」

「……成程、既にそこまで考えておられるとは感服いたしました」

 

 失ったものを補填するという意味で、国民に対して雇用の需要を生み出すことに繋がるし、人員そのものは日本への帰化を望まない限りはUSNAに雇用の権利が存在する。人民の溜飲を下げるということは同時に現政権への支持にも繋がるため、安定した長期政権運営も見えてくる。

 ライセンス関連は全て政府間交渉とするものの、全て提示金額よりも上乗せして買い上げて国内生産を行う形とする。国内の企業グループ群ならば神坂グループからの提案に飛び付くことは想定される。

 

「金銭に関してですが、私個人で保有している米国債を倍の200兆円に拡張できないか相談して頂けませんか? 無論、無理強いするつもりはない案件ですので、断ったとしても一切ペナルティは課しませんが」

「……いえ、対価に関して無条件を提示したのはこちら側ですので、帰国次第大統領に掛け合って認めさせます」

 

 何せ、勝手に放置しても異常な上がり方をしていく悠元の個人資産。ここで100兆円ほど消費しても、とうとう1000兆円の大台が見え始めた側からすれば、どうすればいいのかも分からなくなり始めていた。

 [トーラス・シルバー]としての活動は無くなったものの、トライローズ・エレクトロニクス理事長としての収入に切り替わり、軍関係も合わせると一か月単位の収入が国会議員クラスになってしまっている。マンションでもそこまで贅沢をしない性分だし、生活費自体を婚約者や愛人の分まで賄ってもお釣りが出過ぎるレベル。

 なので、悠元の提案はあくまでも支出先としての提案であり、USNAの財政の紐を握りたいという欲求ではなかった。一番分かりやすい大きな買い物という点に加えて、カーティスが対価に糸目をつけないと明言してのことであり、裏からUSNAの財界を牛耳る気など無い。

 

「それと、今回の騒動を引き起こしたエドワード・クラークについてですが、裏で新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフと繋がりがあるのが確認されました。それを仲介したのはイギリスのウィリアム・マクロード。閣下にお願いをしたいのは、国内の[パラサイト]が出来切ると見込めた時点でエドワード・クラークを日本へ向かわせるように誘導して頂きたい」

「……そこまでしていただけると?」

「現状のUSNAに[パラサイト]への対抗策が無い以上、こちらで引き受けましょう。ですが、その際に持ち出された兵器群は全てこちらで接収しますが、宜しいですね?」

「勿論でございます」

 

 [パラサイト]化した兵士の処遇―――特に『スターダスト』あたりとなるとまたこちらで引き取ることになりそうなため、それについては許容するつもりでいた。現代魔法主体に傾倒していたツケを支払うのだから、カーティスも悠元の要求に対して異論は唱えなかった。

 

「……閣下。ここまでかなりの損失をUSNAは負うことになります。閣下ご本人として、政治家の面子に傷をつけることにならないかと思われますが」

「成程、その若さで政治の力学も心得ているとは……確かに、この交渉で私を蔑む輩が出るのは当然の報いでしょう。ですが、核兵器に対抗できる存在が魔物に跳梁されてしまっているのは、政府としても見過ごせるレベルを超えてしまっている」

 

 単純に生物兵器などによるものであれば、爆撃などの処分で基地ごと葬り去る選択肢も存在した。だが、目に見えない魔物は核兵器ですら無力化する存在に侵食した。物理的に殺せるかも分からない相手に核兵器を使うことすらも出来ない。

 しかも、『スターズ』は先代の“シリウス”が遺した[分子ディバイダー]をベースとした術式を使う隊員が少なくない。その意味で、相手に対する有効手段を政府は見いだせないが、かと言って跳梁を許せるはずがない。

 

「USNA政府として、その影響を排除してほしいという提案。大国として恥を忍んでお願いしているのですから、提示する対価を呑むことも大国としての面子に関わることです。大統領も『最悪は自らが政治家生命の全てを賭して責任を取る』と明言しておりました。神楽坂様、それと司波殿。どうか、我が国の[パラサイト]による跳梁を取り除いていただきたい」

 

 カーティスは座ったまま深く頭を下げた。これにはカーティスの噂を知るリーナが驚きの声を上げるも、セリアが関節技で締め上げてリーナの叫びを掻き消した。代わりに呻き声に近い悲鳴が聞こえてくるが、聞かなかったことにしつつも達也に視線を向けた。

 

「達也、どうする?」

「……母上からは『たっくんの好きにしなさい』と言われたが、お前が決めてくれるか?」

「まったく……閣下。その申し出を引き受けさせていただきます。ついては、こちらをお渡ししておきます」

 

 そう言って悠元がテーブルの上に置いたのは一台のマイクロフォン付きレシーバー。それをカーティスが受け取った上で悠元が説明を続ける。

 

「それは私へ直接連絡することが出来るものです。特殊な代物ですので、他人に極力見せることは禁じます」

「成程。準備整い次第、これで連絡すれば宜しいのですな?」

「はい。閣下や政府の御希望に添えられるよう、微力を尽くす次第です」

 

 カーティスは新ソ連の艦隊が南下するであろう7月8日から数えて5日後―――7月13日に船を派遣することを約束し、悠元や達也と握手を交わした。カーティスが去った後、悠元は蘇我に話しかけた。

 

「そういう訳ですので、民間軍事会社の設立に関する書類は防衛省を通します。書面上は巳焼島の[恒星炉]プラントを守るための警備会社となりますので、ご承知おきください」

「分かった。人員についてはどうする気だ?」

「そっちは当てがありますのでご心配なく」

 

 実は、[時空の道標(エターナルポース)]は更に人を呼び込んでいた。その一報はジェラルドから舞い込んだものだが、何と巳焼島の地下訓練場に十数人が同時に飛ばされてきたらしい。

 そして、いつもは冷静なジェラルドが珍しく動揺していた。というのも、彼の知己―――正確には8年前のベーリング海の暗闘でベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]によって死体すら発見できなかった一等星級(スター・ファースト)の隊長・副隊長陣ばかりだったらしい。

 そして、そちらも8年前当時よりも若返っており、年齢で言えば20歳前後程度という有様。飛ばされた側もジェラルドを見て驚いたそうだ。

 

「悠元、その様子だと何かあったのか?」

「……レリックによって、ベーリング海での暗闘で死んだはずの人間が飛んできました。そこにいるジェラルドの話を聞いて、彼らは日本に帰化することを希望するらしいです」

「……」

 

 悠元から放たれた言葉に、風魔の末裔とされる一族に連なる風間ですら絶句した。過去に横浜事変の引き金となったであろう聖遺物(レリック)のことは風間も報告で聞いているが、理解の範疇を超えると言葉が出なくなるのは当然の反応だろう。

 すると、それまで黙っていたジェラルドが口を開いた。

 

「それだけならばまだいいが、中には当時14歳だった俺を知っている奴が多いからな。ノアさんに求婚までされたときは思わず逃げ出したが」

「ノア?」

「エレノア・ポラリス―――先代スターズ総隊長の副官だった女性士官と聞いています」

 

 ジェラルドから聞いた話だと、当時30代半ばだったが、容姿は20歳にも満たない様な美貌を有していた。当時からヴィルヘルミナとの誼でジェラルドを可愛がっていた。なお、彼女には双子の妹がいて、そちらはエルドレッド・バラッドの母親とのこと……彼女も“生き返った”らしい。

 

「言っておきますが、あくまでも彼らの意思を最優先とします。それを無視した場合は『関係者全員を泣いて謝るまでタイキックの刑』に処します。何か質問は?」

「……お兄ちゃん。笑顔が怖い」

「何のことかな? セリアには後で鍛錬を付けてやる」

「藪蛇だったあ!!」

 

 なお、エレノアの嫁入りについてはヴィルヘルミナ曰く『いっそのこと押し倒して子作りしちゃえばいいと思う』と全面的に肯定したため、母親の許可に息子が阿鼻叫喚したのは言うまでもないことだった。

 




 補足説明ですが、風間の一族の出自についてはオリジナル設定です。
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