達也の技能テストは別の会議室にて行われることとなった。
代表メンバーはエンジニアという観点から内定している技術スタッフだけ(一部の代表メンバーもオブザーバーで残っている)が残る形となり、生徒会、各部部長、部活連の幹部と外部補助スタッフが見守る形となる。無論、悠元は生徒会という立場で1年ながらその場にいた。
学校が職員・生徒に開放しているCAD調整機は学校の実験棟に置かれているのだが、今回のテストでは九校戦で実際に使用する車載型の調整機を使用する。実際にインストールする競技用デバイスも九校戦の仕様に即したものを使用する。
それらを手際よく揃えられている時点で道具面の準備はしっかり進んでいる反面、人材面での滞りが目に見える形となったことは事実である。
達也が調整機に座り、桐原は竹刀を床に突き立てるような感じで手を添えつつ横に立っている。調整機横のCAD読取部には既に桐原が普段使用しているデバイスと、それと形状が同じ競技用デバイスがセットされている。その二人の背後を他の面々が見ている形だ。その中で1年は悠元だけなので、生徒会の面々というかあずさの隣に立っていた。
まずは調整機の立ち上げ。この時点から意地の悪い目が注がれているわけだが、達也からすればこれよりも遥かに高度なCAD調整機を使いこなしている立場なので、その程度で躓くこともなく速やかに起動し始めていく。後は完全に立ち上がるのを待つ時間で達也は真由美に提示されたテストの条件を確認した。
「―――課題は、桐原先輩のCADの設定を競技用CADにコピーし、即時使用可能な状態にすること。但し、起動式そのものには手を入れない……これで間違いないですか?」
「ええ、それでお願い……どうしたの?」
真由美は達也の仕草に疑問を感じた。彼は首を縦にではなく横に振ったからだ。
無論、達也がその課題に拒否を示したわけではないことは真由美も理解している。寧ろ『なんて課題を提示するのですか』とでも言いたそうな返しに疑問を持った。
無理もないというか、真由美も自分でCADを調整できるのにCADの基礎知識自体を理解していない。そのことに悠元は思わず頭を抱えたくなった。
そんな中、達也は立ち上がる調整機を見つめながら真由美のその疑問に答えるように呟いた。
「スペックの異なるCADの設定をコピーするのは、あまりお勧めできないんですが……仕方ありません。
「?」
その言葉に真由美だけでなく、それ以外にも首を傾げる者が多いことに思わず溜息が出そうになった。
現代魔法において必須ツールともいえるCADがどういったものかを把握せずに使っているのか、と言わずにはいられない。例えて言うなれば「野球選手が自分の使うグローブ、バット、スパイクなどの知識を知らずにただ使っているだけ」に等しい。
せめてもの救いはエンジニアメンバーの反応からして彼らが理解しているということだ。
というか生徒会長、アンタ十師族だろうに。トップに立つということは魔法の知識を十全に学べるという恩恵を受けているのに、現代魔法の要であるCADの知識を知らないってどんだけズボラなんだと……いや、姉の忠告を負けた腹いせで破る様な人だから、CADの常識に気付いてないんだろうな。
佳奈はエンジニアと同じ反応をしている……いや、むしろ確信している。達也がこの『自動調整なら破綻前提のCAD調整オペレーション』を成功させると。
無論、自分も達也がそんなへまを打つとは到底思えない。何せ、深雪の推薦を受けている以上、手を抜くなど言語道断だし、何よりも達也自身感情に乏しくても枯れてはいないのだから。
達也はそれ以上の無駄口を叩かず、作業に取り掛かった。
CAD読取部から桐原が普段使っているCADの原データを抜き出す。その抜き出し自体は半自動化されているので作業の手際に影響するようなものではない。ただ、設定データをそのまま競技用デバイスにコピーせず、調整機に作業領域を作成してそこに保存したことに疑問を感じる表情を浮かべた者が数名いた。
次に使用者である桐原の想子波特性の計測。桐原がヘッドセットを装着し、調整機裏にある想子波計測用パネルに両手を置く。
これも通常の手順であり、
だが、自動調整自体はCADのストレージ容量をある程度使って調整を最適化するため、完璧な調整というには不十分。それに頼らずCADのオペレーティング・システムにマニュアルで直接アクセスして、どれだけ精密な調整を施せるかがエンジニアの腕の見せ所である。
『ありがとうございます。外していただいて結構ですよ』
想子波特性の計測が終わったことをヘッドセットの画面に出てきた達也の言葉を聞くと、桐原はヘッドセットを外して楽な姿勢となった。
普通の手順なら、後は設定を行うCADの自動調整結果から微調整を加えるだけで作業は完了する。だが、この時点で競技用デバイスに原データのコピーは行われておらず、調整機の作業領域に残ったままだ。
作業の手順ミスか、と疑問を浮かべる者は少なからずいた。だが、達也の表情は途方に暮れているどころか真剣な表情を崩していない。
彼は今この時も“作業中”なのだ。それを気付いているものはこの中で言えば……作業している本人以外に“五人”だけだと断言できる。無論、その一人は悠元に他ならない。
すると、好奇心を抑えられなくなったのか、真由美が頭を動かして達也の見ている調整機のモニターの光景を見た。
「えっ?」
とても女子には似つかわしくないと言えた、間の抜けた声を上げてしまった。
それを聞いた摩利も達也の操作している調整機のモニターに視線を向けると、漏れかけた声をすんでのところで抑えた。無論、この程度の雑音など気にすることなく達也は画面を見続けている。
本来ならグラフ化されている測定結果が表示されるのだが、調整機の画面に映るのは最初に作成した作業領域とは別のウィンドウで表示された無数の文字の羅列。それが現在進行形で自動で高速スクロールしている。
このデータと達也のやっている作業の意味を理解できているのは、少なくとも“完全なマニュアル調整”ができる人間でないと分からないだろう。何せ、真由美や摩利の表情からしてそれは読み取れなかった。
すると、文字列の動きが止まったところで達也はキーボードを叩きはじめた。
二つの開いたままのウィンドウに加えていくつものウィンドウが開いたり閉じたりしている。だが、聞こえてくるのは『何やってるんだ、アイツ』とか『キーボードオンリーなんて、今時古すぎる』などの台詞が飛び交う……完全に的外れの内容だ。
確かに、アシスト系が充実した今では珍しいキーボード操作主体の動きに目を奪われても仕方ないだろうが、それ以上に達也の行っているオペレーションがどれほど高度なものかを理解できている人間はどれぐらいいるのだろうか。
そんな中、達也の作業を見たエンジニアメンバーの一人である2年の五十里啓は感心するように呟いた。それを聞いた隣にいる2年の千代田花音がそれを理解していながらも問いかけた。
「へえ、凄いね。1年に完全マニュアル調整できる人間がいるなんて」
「あれって、啓もやってくれてるよね?」
「僕のする調整はあそこまで手際が良くないよ。一つ言えるのは、この場において彼のやっている作業の意味を理解できる人間は……数えた方が早いくらいだろうね」
達也のやっているやり方は、桐原のデバイスから抜き出した設定データを全手動で競技用デバイスのオペレーティング・システムに最適化させたCADの設定データに書き換える手法。この方法なら安全マージンを十分に確保した上で、想子波特性の測定結果をデバイスのキャパシティが許す限り調整に反映させることが可能となる。
これだけの高度なオペレーションをこなせる人間が、この学校にいる生徒の中で言うなら“上から数えた方が早い”ということを少なくともエンジニアメンバーの一部に加えて、悠元と外部補助スタッフ代表の二人はしっかりと認識していた。
「―――終了しました」
そして、CAD調整は難なく終わった。
元々起動式を弄らない前提だったため、それほど時間が掛からないものだった。
早速調整の終えた競技用デバイスを桐原が身に着け、CADを操作する。彼が起動するのは得意としている振動系近接魔法『高周波ブレード』を竹刀に纏わせる。このために桐原はそれを会議室に持ち込んでいたのだ。
些かの引っ掛かりもなくスムーズに竹刀の周囲を魔法式が展開し、その展開状態を確認しながら桐原が軽く振る。彼が魔法の展開を終えて『試しが終わった』と判断して克人が問いかけた。
「桐原、感触はどうだ?」
「問題ありませんね。普段使っているものと、全く違和感がありません」
克人の問いかけに桐原は即答した。
それが彼の個人的な友誼による過大評価でないことは周囲の人間が理解している。4月の新入生勧誘週間の一件は殆どの人間が知っているため、達也と桐原の関係もある程度は聞き及んでいることだろう……殆どの人間は中途半端にしか知らない事実だが。それを抜きにしても、CADを順調に作動させたことは誰の目から見ても明らかだ。
尤も、魔法をスムーズに発動できたという結果だけしか分からない人間もいたりするのだが。
「一応の技術はあるようですけど、当校の代表を務めるだけのレベルとは思えません」
「仕上がり時間も平凡だ。あまりいい手際とは言えない」
「やり方が変則的すぎる。それなりに意味はあるのかもしれませんが……」
そう言い出したのは2年の面々だった。彼らの思っていたことは生徒会の、それも生徒会長直々の推薦だったからこそハイレベルな調整技術を期待していたのに、出てきたのは平凡な結果だったことへの否定的な評価。
……馬鹿か、こいつら? F1レースで言うところのメカニックやスポーツで言うところのトレーナーやマネージャー、コーチに『派手な動き』を期待する時点で彼らはエンジニアを一種のパフォーマーとでも思っているのだろうか? そうだとしたら彼らは何も理解していない。
エンジニアは選手のパフォーマンスを最大限に引き出すための裏方であり、支えでもある。先代会長の美嘉が昨年の九校戦で選手とエンジニアを兼任していたことから、それを見ていた現2年の面々は盛大な勘違いを起こしているのだろう。非常に馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ない。
そんなことは抜きにしても、という感じであずさが声を上げた。
「私は、司波君の代表メンバー入りを支持します! 想子波特性の原データを直接読み取って、
「……それは確かに高度な技術かもしれないけど、出来上がりが平凡なものだったら意味がないんじゃあ……」
「見かけは平凡でも、中身は違います! あれだけ安全マージンを確保したうえで効率を低下させないことはすごいんです!」
「落ち着いて、中条さん。不必要に大きな安全マージンを取るより、その分を効率アップに向けるほうが大事だと思うけれど?」
「……それは、その……きっと、いきなりだったから……」
だが、元々弁が立つほどの技量ではなかったので、同級生からの言葉に勢いが尻すぼみしてしまう。このまま立ち往生するかと思われたとき、今まで黙っていた佳奈が滅多に開くことのない瞼を少し開きつつ、真由美に問いかけた。
「……真由美、発言してもいい?」
「え?……あ、はい」
「ありがと……じゃあ早速、真由美に質問。何で達也君に『自動調整だと破綻前提のオペレーション』をやらせたの? 貴女生徒会長でしょう? 最悪デモンストレーションをした桐原君が大きなダメージを負ってたわよ? そんなことになったら責任取れたの?」
その問い掛けに真由美は、ここに至って自分の提示した課題が“推奨されない危険な条件”だったのかを理解した。何も言えず黙ることしかできない彼女の様子に佳奈は深い溜息を吐いた。
「こういう場合は本来起動式も弄る前提でないと無理な話よ。大体、克人も摩利も無責任なことは言うもんじゃない。寧ろ真由美を止めるべきだった筈よ。CADは自分の命を預けるものだって理解できてるでしょ? もしかして、それすらも理解してない? ……そんなんだったら、三連覇する前に自分たちの魔法師生命が終わるわよ? 何も言わなかったけど、修次やうちの弟だってそれぐらいは理解してるわよ?」
そもそも、競技用CADに普段使っているCADのデータを直接コピーはリスクが高い。設定データはオペレーティング・システムだけでなくデバイスに組み込まれたプロセッサなどの各種機構に合わせて組み込まれている。当然、コピー元とコピー先の性能差が大きければ大きいほど、その調整はシビアなものとなる。
コピー元よりもコピー先の性能が高い場合は、少し調整すればそんなに問題はない。だが、今回のようなコピー元の性能が高い場合だとCAD設定の原データをそのまま引っこ抜いてコピーしても使えるわけがない。極端な言い方をすれば『最新版のスマートフォンの設定データを引っこ抜いて、折り畳み型携帯電話の設定データに上書きするようなもの』なのだ。
最悪、設定の噛み合わせによる起動障害が起きて使用者に多大な精神ダメージを負わせるところだったというわけだ。それを回避できたのは偏に達也の功績と言うべきだろう。
「で、さっき“平凡”とか“一応の技術”とかほざいたのは多分今の2年だろうけど……グダグダ遠回りに言わずにハッキリ言えば? 『二科生如きが九校戦に出るなんて許せない』って。そんな温いこと言ってるなら九校戦に関わるな、って私は断言するね」
普段はここまで饒舌ではないが、怒った時の口調は美嘉の姉らしいともいうべきものといえる。
すると、それに反論するかのように先程その台詞を言った男性生徒の一人が声を発するが、それを断ち切って佳奈がすかさず反論を入れる。ここまで来ると彼女は完全に怒っていると悠元は素直に感じていた。
「ですが、二科生は実力が」
「“魔法実技”はね。でも“魔法理論”は別。CAD調整スキルに一科生レベルの魔法発動速度や魔法式の規模、干渉強度の項目が必須って一体誰が決めたの? 当然答えられるよね? 一科生という“
態々禁止用語を使ってまでも佳奈が言い放った言葉に、先程まで文句を言っていた者たちは完全に黙ってしまった。彼女の考え方は悠元にも通ずると達也は聞きながら思っていた。そして、佳奈はこう言い放った。
「九校戦は一高に在籍している全員で戦うようなもの。そこに一科生や二科生という括りは関係ない。確かにエンジニアはユーザーとの信頼関係が必要なのは理解してるけど、変な優越感や劣等感という下らないプライドで信頼関係を築く事ができないのなら、そんな人間に魔法師を目指して欲しいと思わない。九校戦だけでなく今すぐ学校を辞めてもらった方が自分の身の為」
それは過激な発言ともいえる。だが、三矢家はそうやって人との繋がりで十師族としての地位を固めてきたからこその発言。そして、彼女は在籍中に多大な功績を上げた人間だということも周知の事実。
そんな彼女が妹の退学を阻止するために祖父と校長室を訪れ、その際にも過激な発言をした。
『美嘉を退学させるのですか? 私はいいとしても、当主たる父や孫が可愛い隣の祖父が許してくれるか保障しませんよ? 三矢家…いいえ、引いては他の二十七家にも喧嘩を売りたいと考えていらっしゃるのなら、止めは致しませんが』
だが、彼女も新入生総代で入学した人間であり、十師族の三矢家の一人。三矢家だけでなく上泉家に喧嘩を売って無事に済むのか…最悪、上泉家の要請によって二十八家総出で校長の実家諸共叩き潰される可能性がある、という事実に校長は屈した形となった。
話は戻り、佳奈は言いたいことも言い終えたとでも言わんばかりに止めの言葉を放つ。
「私は、外部補助スタッフの代表並びに先々代の生徒会長として、1年司波達也君の九校戦技術スタッフ入りを支持します……修次は?」
「僕も外部補助スタッフとして、先々代の部活連会頭として司波達也君の技術スタッフ入りを支持する。彼のエンジニアとしての技量は間違いなく高校生の領域を…いや、大学生すらも超えたレベルにいる。三連覇を狙う一高の代表を担うに相応しいレベルだろう」
三連覇の原点を担ったリーダー格の二人が達也の支持に回った意味は非常に大きい。
反対していた人間の誰もが佳奈によって“叩き折られた”上、十師族の三矢家と百家本流の千葉家…どちらも個人的な実績を持つ二家の人間がエンジニアとして達也を推薦した訳だ。
そこに加わる形となるが、服部が声を上げた。
「会長。私も、司波の技術スタッフチーム入りを支持します」
「はんぞーくん?」
「桐原に『全く違和感がない』と言わせた司波の技量は高く評価されるべきです。それに、九校戦は当校の威信を賭けた戦いです。三矢先輩の仰ったとおり、一高に在籍している全員で戦わねばならない総力戦のようなもの。当然、代表選手やスタッフは能力的にベストメンバーで挑まなければならない。そこに1年だとか二科生だとかで拘っている場合ではありません」
達也のことに否定的だった服部が賛成したことに真由美は目を丸くしていた。
確かに魔法力主義の面は抜け切れていないが、彼とて2年ではトップクラスの実力者であり、伊達に副会長はやっていない。なんだかんだ言いつつも達也の実力は認めているわけだ……偶に真由美が達也に対して親しくしていることに嫉妬のような感情を向けるのはいつものことだが。
「―――服部の指摘は至極尤もだと俺も思う。司波は確かに、我が校の代表メンバーに相応しい技量を示した。俺も、司波のチーム入りを支持する」
そして、ダメ押しと言わんばかりに放たれた克人の言葉で、達也の九校戦代表メンバー入りが決まったのであった。
なお、この後風紀委員会本部で真由美、克人、摩利の三人が佳奈による説教を受ける羽目となり、それを扉越しに見た達也曰く『彼女の背中に筋骨隆々の神様の様な存在が見えた』とのことだった。
普通は起動式にも手を加えるのでしょうけど、時間が掛かるので省略したのかもしれません。