魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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不可思議すぎる旗頭

 臨界前核実験―――核分裂爆発を起こす臨界直前でプロセスを停止させて、シミュレーションに必要なデータを収集目的の実験。なぜここでその話題を出したのかというと、将輝と真紅郎がこれからやろうとしているのはそれにほぼ近いプロセスを踏んで行われるためだ。

 

 戦略級魔法はその性質上、実験とはいえ戦略兵器に匹敵する威力となり、当然及ぼす範囲も桁外れとなる。民間人の居住地区―――分かりやすく言えば市町村の近くで実施するのは極めてリスクが伴う。

 そこで戦略級魔法を発動直前でキャンセルするテスト方法が用いられる。仮に魔法をキャンセルしても、魔法師本人の手応えと観測されたデータから80パーセントから90パーセントの精度で使用した魔法が設計通りに動いたかどうか分かる。この方法ならば民間人への被害は及ばないし、衛星による魔法観測の対象となることはない。

 10パーセントから20パーセントの誤差を許容できるのかという疑問は当然出てくるが、発動規模が大きくなればなるほど、当然要求される事象干渉力も増大するため、普通ならば一発目で成功すること自体難しくなる。それに、今回はあくまでも実験であるため、いきなり最終プロセスまでぶっつけ本番で成功させる必要性もない。

 

 将輝と真紅郎、そして茜は国防空軍小松基地から国防海軍金沢基地に移動していた。真紅郎が一条家から提供された魔法技術を用いて設計した海戦魔法を実験するには、その実験に適した場所として選んだ形だ。

 本当なら、将輝は茜を家に帰すべきだと力説したが、茜はそれを固辞した上で『今回は兄さんのお守り役をお父さんから言い付かっているから』と今まで開示されなかった理由が飛び出し、これには将輝が反論しそうになったが、真紅郎が宥めつつ三人で移動することとなった。

 

「将輝。分かっていることだろうけれど、事象干渉力のコントロールを間違えないで」

「勿論、分かっている」

 

 魔法は魔法式を対象のエイドスに投射し、事象干渉力を注入することで発動する。今回の実験は魔法の発動をさせない前提の為、魔法式の投射レベルにまで事象干渉力の注入を抑えることになる。

 茜は二人の邪魔をしないように、真紅郎の後ろで実験の様子を見守っている。そして、将輝は真紅郎から渡されたゴーグルを身に着け、拳銃によく似た照準器を海が見える窓の外へ向ける。その様子を見た上で真紅郎も実験の準備を進めていく。

 

 真紅郎は将輝に伝えていないことが“二つ”ある。一つは、一条家から提供された魔法技術の中に悠元が設計した[リンケージ・キャスト]―――[トゥマーン・ボンバ]に使用されている[チェイン・キャスト]の改良版―――があること。

 そして、もう一つは将輝が持つ照準器とゴーグルは[トーラス・シルバー]―――神楽坂悠元と司波達也によって共同開発されたもの。これについては、術式提供と時間を合わせるように真紅郎名義で送られている。

 

 本来、真紅郎が想定していたデバイス設計データでは、中型のコンピューターを介することで魔法師で補えない部分の変数演算を行う必要があった。

 だが、送られてきた拳銃形状の照準器―――全体的に深紅のフォルムを有し、銃身の側面には波をイメージするようなレリーフが刻まれている―――は、小型コンピューター程度の演算で全ての演算を賄えるという、これまでのCADの常識を覆しかねない魔法技術が含まれていることに気付く。

 更に、ゴーグル自体もCADと連動することで魔法に必要な最適の情報のみを魔法師に提示する仕組みとなっており、魔法の発動予測範囲を上空からの俯瞰図を見るように把握することが出来る。

 

 真紅郎も気付いていないことだが、悠元はこれらの技術を一昨年の九校戦の時点で明るみに出している。傍から見ても一切気付かれないレベルだったので、誰も気が付かなかったとしても無理はない。

 更に、そのデバイスの調整は開発元を除けば将輝本人か真紅郎にしか出来ないように設定されており、無理にデータを抜き出すと周囲100メートルに対して強制催眠の術式が発動するようになっている。このセキュリティーは真紅郎本人でも『術式が難解すぎて解読できない』と匙を投げたほどだった。

 

 話を戻して、将輝はデバイスを操作してゴーグルにテスト用のターゲットエリアを設定する。今回は実験も兼ねている為、照準器とケーブルによって接続されたコンピューターのモニターを真紅郎が見守る。

 

「テストを開始する」

 

 真紅郎の開始の合図を聞き、将輝がデバイスのトリガーを引く。デバイスに内蔵された起動式データと、ゴーグルによって最適化された座標データがグリップ部分に内蔵された感応石に送られる。

 変換された想子信号はグリップを握っている将輝の右手を介して魔法演算領域に送られる。本来ならば0.5秒以内で完了する魔法式だが、1秒の時間を要した上で魔法式を出力する。

 将輝が意識することなく、ターゲットエリアの中央に魔法式が投射され―――魔法が中止される。その直前、指定した1000メートル×500メートルのエリアを埋め尽くすほどの無数の魔法式が展開された。

 

「テスト、成功だ!」

 

 実験に協力していた基地の研究者がどよめく中、真紅郎は満面の笑みを浮かべながら、高らかに宣言した。ただ、真紅郎の心中には同時に懸念も僅かに生まれていた。

 

―――この魔法を使えば、将輝は間違いなく戦略級魔法師として認められることになる。

―――ただ、それで舞い上がるってことは……流石に、ないよね?

 

 いくら大人顔負けの実力を有していても、精神は年相応の将輝。それに対し、同等以上の実力を有する悠元はとても同年代の人間とは思えないほどに達観している。これでまた将輝が悠元に対して諍いを起こした時は、本気で親友の縁を切ることも考慮しなければならない。

 

「真紅郎君、大丈夫? 凄い汗だよ」

「え? あ、本当だ……理由は聞かないでくれると助かるよ」

「あ、うん。今ので大体察したから」

 

 茜に言われるまで、いつの間にかすごい汗を掻いていることに気が付かなかった真紅郎は、茜に対してこの汗の理由を聞かないでくれと頼みこみ、茜はその汗の原因を悟って深い溜息を漏らした。

 

「ジョージ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。興奮しすぎて汗が出ていたみたいだから」

「そ、そうか……」

 

 そして、将輝にも同じことを聞かれたが、実験の成功による興奮で汗が出ていたと誤魔化すことにし、将輝もそれを疑うことなく頷いたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月7日、午後3時。

 巳焼島の地下訓練場で魔法訓練を行っていたジェラルドだが、休憩を挟もうと端末を見やると、そこにはまたしも暗号メールが送られていた。安全保障局のエージェントとしては、別に頻繁な連絡を疑うような真似はしないが、流石に『第一賢人』のことも有るためにデコードをした上で内容を読み進めると、差出人は伯母のヴァージニア・バランス大佐からだった。

 

「……高速輸送艦『ミッドウェイ』が『スターダスト』の実働部隊の兵士20名を輸送。到着予定は今日の午後6時。輸送された兵士は[パラサイト]に侵食している可能性大か……何処まで愚かなんだ、連中は」

 

 ジェラルドは母のヴィルヘルミナを通して、ベーリング海での事件前後の『スターズ』を見てきた。過去から蘇った母から[パラサイト]の性質に関する情報を得た上で、スターズの制御がパラサイトの領域内に収まっているのは僥倖と言うべきなのかは不明だが。

 ともあれ、相手の素性が割れている以上は対応しないわけにもいかない。ジェラルドの呼びかけでここにいないリーナを除く面々―――ハンス・エルンスト、アニエス・ヴィンセント、ナーディア・エルンストの三名がジェラルドの自室に集う形となった。

 

「ジェイ、呼び出したということは[パラサイト]のことに関して?」

「ああ。USNAにいた『スターダスト』を呼び出して、『インディペンデンス』にいる[パラサイト]の指揮下に加わるようだ。この時点でひと騒動起こす先として濃厚なのはここだ」

 

 元々、ジェラルドたちを巳焼島に置いているのは[恒星炉]プラント防衛のこともあるため、彼らもそれに同意した上でここに滞在している。アニエスの問いかけにジェラルドが事情を説明した。

 

「人数的にはどれぐらいの規模だ?」

「『スターズ』を含めた[パラサイト]は想定の範囲で25人。一人頭六人ないし七人を相手にすれば事足りる。もしもの時は『スターズ』級の連中を俺一人で相手をする」

「もしも? 何か厄介な魔法でもあるの?」

「それは[分子ディバイダー]ね?」

 

 ジェラルドからすれば実母が開発した魔法である[分子ディバイダー]。現在の『スターズ』ではその派生形も含めると隊長・副隊長クラスが多用する術式。だが、その術式には“決定的欠陥”が存在すると母から聞かされるまで知らなかった。

 そして、その欠陥を突くことで術式を無力化出来る。

 

「ああ。尤も、ここにいる面子なら心配は要らないだろうとみている。あの魔法は、一定の条件をクリアしないと人体への直接干渉は極めて難しい」

「その、話してもいいの?」

「母曰く『あんな使い方を許容させるために[分子ディバイダー]を生み出したんじゃない』と憤っていたが、あの様子だと連中がぐうの音も出なくなるまで扱かれるのは確定のようだ」

 

 当然、ジェラルドは母に付き添って基地の中に入ったことも有り、士官の厚意で訓練の様子を見せてもらったことがあった。その時の様子を当時の記憶に基づいて述べるとするなら、あれは正しく『死屍累々』であった……無論、誰も死んではいないが。

 

「話を戻すぞ。連中が攻めてくるのは確定事項で、早くとも明日なのは間違いない。こちらには増援としてリーナとセリア、それに司波達也も来るそうだ」

「……例の戦略級魔法師が、ですか?」

「ああ。悠元は『別件があるので日本海側に行かなきゃいけない』とは言っていたが……彼が来たらほぼ“勝ち確定”の状況だろうな」

 

 ここにいる四人でも対処は可能だし、各々のCADについては取り上げられずに携帯を許されている。それは、各々が戦略級魔法師クラスの実力を有しているからこその証左であり、ここで大人しくして外敵の排除に力を貸す対価として認められている権利。

 

「悠元がそちらに行くということは、早くても明日には新ソ連の艦隊が動く。その結果如何を問わず、連中が動く。特に主導しているのが第四隊の人間ならば、時を置くことは許容しないだろう」

「夜間に仕掛ける可能性は?」

「無くはないだろうが、それをやったら本来夜間にいてはいけない海域に高速輸送艦がいるという状況になってしまう」

 

 仮にこれが露呈すれば、USNA政府(ホワイトハウス)はUSNA軍統合参謀本部に対して説明責任を要求することになる。政府高官ですら許容していない司波達也の排除を実行した理由と、仮に失敗した場合の責任問題へと発展する。こうなると、『スターズ』を制御できなった責任は基地司令のウォーカー大佐が全面的に被ることとなる。

 

「というかな……俺の見立てが正しければ、悠元は二大国に対してとんでもない代償を要求することになるぞ」

「とんでもないって……第一次大戦後のヴェルサイユ条約みたいな?」

「有り得なくもないだろう」

 

 ジェラルドの見立てからすれば、司波達也以上に実力の全容が見えない神楽坂悠元。かつて第三次大戦で敵対したものを全て闇に葬った『神楽坂』の名を継いだ者。昨年の事件でも所在すらまともに掴めなかった相手を敵に回す時点で、もう既に何もかもが“遅い”と感じざるを得なかった。

 

「表立って交渉するのは政府同士だろうが、間違いなくイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフとエドワード・クラークの身柄引き渡しか……あるいは、両者の公的な抹殺理由の担保を両政府が認めるか」

「それは……新ソ連側は認めんだろうな」

「だからこそ、悠元は新ソ連を旧連邦のように解体させるかもしれん。仮にそれが現実となれば、大亜連合も日本に感けていられる余裕がなくなる」

 

 ジェラルドは内密に聞いたが、悠元は剛三との旅行中に計四個師団の新ソ連軍を壊滅へ追い込み、連邦政府首相に不干渉の覚書をサインさせたものの、特殊部隊まで動員した結果として悠元がキレた。その結果、クレムリン宮殿が半壊したという有様。

 ジェラルドの率直な感想は『馬鹿にも程がある』と吐き捨てたくなったほど。

 

「ただ、大亜連合の増長も許されない。少なからずペナルティを科せられるだろう。例えばそうだな……劉麗雷を帰化させて、[十三使徒]から外してしまうという手だな」

「本人を生かしたら、新ソ連が逆上するんじゃ?」

「仮に極超音速ミサイルであっても、現在残っているとされているミサイルサイロの有効射程範囲に日本は一切入っていない。艦隊や潜水艦であっても、発射した時点で新ソ連は“負ける”」

 

 いくら独裁政権に近い在り方であっても、国家の基盤を支えるのは国民に他ならない。もし、国家の体裁を保てないほどに国民が激減した場合、政府が暴走するか周囲の国家に食われるかの実質的な二択となる。

 

「それに関係がある話だが、ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派が欧州の支援を受ける形で反旗を翻す、と関係先からのメールで把握した。現地の義勇兵や外国人傭兵も含めると、想定兵力は100万を超えるらしい」

「100万!? そんなに良く集まったね」

「どうやら、大亜連合との取引で得た金を元手に兵力と装備を揃えたようだ。しかも仕掛ける日は明日で、旧ウクライナ並びに旧ベラルーシ地域の各都市で一斉に蜂起する手筈らしい」

 

 ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派は以前、大亜連合と[アンティナイト]の取引を行って資金を稼いでいた。それが滞ると、今度はUSNAから逃げ込んで来た人間主義者を丸め込んで資金を調達し、結果として兵力だけならば新ソ連軍に匹敵するほどの戦力を得た。

 こうなると、問題は戦略級魔法―――新ソ連にいる[十三使徒]の二人をこの対処に当たらせるためには、極東方面の問題を解決しなければならない。

 

「だが、新ソ連には二人の国家公認戦略級魔法師がいる。そこはどうする気なんだ?」

「俺も懸念しているのはそこなんだ。誰かが旗頭になったのかが分かれば……は?」

 

 ハンスの懸念にはジェラルドも同じ意見を述べつつ、改めてメールを吟味する。そして、とある人名を見つけたところでジェラルドは唖然にも近い言葉を発してしまった。

 

「どうしたの、ジェイ?」

「……彼らの旗頭となったのは、新ソ連の[十三使徒]レオニード・コントラチェンコ……とメールにそう書いてある」

「はあっ!? あの爺さんが!?」

「ええっ!? なんであの人が!?」

 

 アニエスの問いかけにジェラルドが答えた内容を聞き、一番驚きを見せたのはエルンスト兄妹の二人。その驚きが気に掛かったジェラルドは二人を見やる。

 

「二人とも、知ってるのか?」

「……俺の婚約者がそのレオニード・コントラチェンコの孫娘なんだ。当人から孫娘を頼むと預けられてしまってな」

「私の場合は、[ドラキュラ]として侵入した際に出会って、もし孫娘に会えたら『不義理な祖父で済まない』と伝えてくれって言われて……」

「それって……死ぬことも覚悟でってことじゃないの」

 

 各々会った時期は違うが、ハンスとナーディアがレオニード・コントラチェンコと面識を有していることに驚きを隠せなかった。それを聞いたアニエスの言葉は、正しくコントラチェンコの未来を映し出すようなものだった。

 

「まずは、明日の襲撃を乗り切る。考えるのはそれからだ」

「そうだな。あの爺さんには何だかんだ借りがあるからな……下手に死なれたら、ナターリヤが悲しむことになる」

「にしても、10歳年下の婚約者なんて……お兄ちゃんって実はロリコんべっ!?」

「もう、訳が分からない事ばかりよ」

 

 何故、コントラチェンコは新ソ連の[十三使徒]という安泰な立場を捨てたのか。彼は如何なる理由で祖国に刃を向けると決めたのか……分からない事ばかりの彼らは、まず明日の襲撃を撃退することに意識を向けるのであった。

 




 原作で一時期拾われたものの、多分殆どの人が忘れているであろう部分を引用してこんな展開にしました。レオニード・コントラチェンコが何を思って行動したのかについては、本作中で明かしますのでご了承ください。
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