魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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新ソ連艦隊侵攻

 西暦2097年7月8日の月曜日、日本時間午前0時。

 新ソ連極東艦隊はウラジオストク軍港を出港した。

 

 この報せを受けた時点で、日本側の対応は早かった。

 日本海側に面する東北・北陸・山陰・山陽地方では、多くの企業が臨時休業または臨時休校の措置が取られた。また、シェルターへの避難準備が勧告され、三地域に隣接する北海道・九州・近畿、そして太平洋側の関東・東海・四国地域に対しても厳重注意が呼び掛けられている。

 

 横浜事変の際は事前の避難勧告もあって一部地域を除けば民間人への被害は最小限で済んでいる。だが、今回は目に見える形での侵攻。しかも、一昨年の時のように佐渡島への直線航路ではなく、能登半島沖の北西側に艦隊を進め、そこで停止した。

 新ソ連艦隊の構成はフレミングランチャーを有する対地攻撃艦二隻。対空・対艦ミサイル艦四隻。対潜・対艦ミサイル艦四隻。小型戦闘艇12隻に加えて、後方10海里に空母と護衛艦二隻が控えている。

 

 新ソ連側の要求は、戦争犯罪人・劉麗雷の引き渡し。

 これに対する日本側の要求は、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの早急な引き渡しとこれまでの戦闘行為に対する謝罪と説明責任。

 この事項だけ見れば、二国間で“戦争状態”に入ったとみるのが一番妥当な認識となるだろう。だが、互いに公的な宣戦布告を出していない以上、あくまでも小規模な武力衝突に留まってしまう。

 新ソ連側がここまでの規模の艦隊を出していることに加え、先に戦略級魔法を使っておきながら“小規模”という解釈をするのは、些か過小気味な気がするのは否めないが。

 

 劉麗雷を匿っていることに対する非難の声も当然存在するが、そもそもそれ以前に日本政府の要求を呑まずにいた新ソ連政府に対する非難の声が大きかったし、ニュースで劉麗雷の映像が流れると、非難の声よりも同情の声が大きくなっていた。彼女がまだ14歳という年齢と、美少女という点が同情を買った形だ。

 その当人は小松基地から動いていない。そして、彼女の許を一条茜と、彼女の父親である一条家当主・一条剛毅が訪れていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 国防海軍金沢基地。そこに到着する一台の軍用二輪。そして、彼はライディングスーツ姿のまま士官の案内で基地司令室に通された。その人物の登場に、基地司令とあれども立ち上がって敬礼をせねばならない人物は上条(かみじょう)達三(たつみ)海軍特務大将―――悠元であった。

 

「これは上条大将閣下! このような時期にお越しいただいたということは、もしや新ソ連が本気で武力を行使するとお考えなのでしょうか?」

「いえ、彼らとて真正面から我が軍と刃を交えれば、少なくない損害を被ることぐらい承知だろう。だが、彼らにはこちらに刃を向けた意味を知ってもらう必要があると考えている」

「……では、戦略級魔法をお使いになると?」

「無論、我が軍に対する被害は一切出ないと明言させてもらおう」

 

 金沢基地の司令は事前に統合軍令部から悠元の派遣を通知されていた。

 国防海軍でも異例の特務大将で、陸空軍でも同階級を持つ戦略級魔法師。だが、それ故に派閥を持つことはおろか、国防軍に対して強権を揮わずに関与しないことを貫く。そんなことをまだ十代の少年が成している事実など、聞いただけでは「信じられない」と思ってしまうだろう。

 だが、統合軍令部はおろか防衛省、ひいては政府の信を勝ち得ていることを聞かされては、信じるよりほかにない。しかも、彼は軍人でありながら軍の指揮系統に加わっていない。だが、既存の指揮系統に干渉しないどころか、国防軍に対する貢献の度合いは群を抜く。

 

「差し支えなければ、具体的に何をなさるのか教えて頂いても宜しいですか?」

「本官の予測では、同伴している小型艦が佐渡方面へ動く可能性が高いと睨んでいる。新潟から小型艦が緊急発進(スクランブル)を掛けたとしても、間に合うかどうかは五分五分。なので、心ある友人にそちらの対処を任せている」

 

 念のため、新潟基地の司令にはその話をしている。[トゥマーン・ボンバ]の標的にされる可能性が高い訳だが、悠元は彼らを犠牲にする気など無かった。寧ろ、ベゾブラゾフの攻撃を“積極的自衛権の行使”の口実として利用する気でいた。

 

「ただ、人々の不安を取り除くという意味で新潟にも対処はしてもらうが、その際に敵から魔法攻撃を受けることが想定される。その対処はこちらで受け持つ故、安心してほしい」

「分かりました。統合軍令部から最大限の配慮をするよう言い付かりましたので、何かご要望があれば遠慮なく仰ってください」

「そうですな……その攻撃の後、新ソ連をこちらに引き付けるため、能登にいる敵を全て拿捕する。敵から攻撃したとなれば、積極的自衛権の行使という面目は立つし、政府の交渉材料として使うこともできるだろう。司令にはその辺の差配をお願いしたい」

 

 佐渡での攻防を自衛権の行使根拠として名分を得て、能登半島沖にいる新ソ連極東艦隊(潜水艦含む)を全て拿捕し、更にもう一つ“あること”を実行する。今まで実行可能だった策だが、敢えて使わずにいたもの。

 新ソ連が大人しく理知的になれば、この方法を取る気はなかった。だが、ベゾブラゾフがこちらを明確に敵だと認定した以上は、こちらも加減をする気など無い。

 

 とはいっても、ベゾブラゾフを直接殺すわけではない。では一体何をするのかというと、現代の軍事行動において最早なくてはならない存在を制御下に置く。その対象は―――宇宙に存在する新ソ連の軍事衛星全て。

 この方法を模索していた当初は、地球に飛来する小惑星の破壊をいち早くキャッチする目的で考えていた。ただ、その過程で衛星軌道上にある人工衛星全てにアクセスする方法を確立してしまった。[万華鏡(カレイドスコープ)]による情報収集には、各国の人工衛星全てから得られる軍事情報を集約・整理する役割も備わっている。

 

 この方法を実行すれば、新ソ連は軍事分野の“目”をすべて喪う。国民生活に影響を及ぼさないよう民生分野の機能ぐらいは慈悲として使えるようにしておくが、そこまで強奪して使おうとした場合は、容赦なく通信機能を麻痺させることも辞さない。

 そして、軍事分野において情報を使えなくなるということは、ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]がベゾブラゾフの目視ができる範囲に限定されてしまうということ。仮にコンピューターをオフラインで行使して狙い撃つとしても、現地の工作員がいなければまともに使用する事など出来ない。

 範囲を最大にまで広げて超広域爆撃する手段もなくはないが、それをやったらベゾブラゾフが魔法師としての価値が戦術級に格下げとなるのは避けられない。

 

 更に、新ソ連の情報収集能力を奪うということは、ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派による大規模蜂起も容易になる。その旗頭が新ソ連の[十三使徒]であるレオニード・コントラチェンコとなると、黒海基地は“既に陥落した”とみるのが妥当だろう。

 原作の彼ならば、そんなことに手を貸すとは思えない。だが、現実として彼は新ソ連を裏切る選択肢を取った。どこか思うところがあったのだろう。こうなると、トルコも対岸の火事ではなくなるため、何かしらの手を打つ可能性はある。東欧・北欧もその一帯が再分離独立を果たせば、これまで新ソ連に依存していた食糧事情が改善する見込みも立つ。

 ただ、新ソ連としても外貨の収入源ともなっている穀倉地帯を安易に手放すことは出来ないため、ベゾブラゾフを西側に呼び戻す可能性も出てきた。政府の要請ともなれば、ベゾブラゾフとて無視は出来ない。

 

 ならば、彼にはもう一度『人事不省』の痛みを味わってもらう。それで懲りなかった場合は、彼に“人を殺す意味”を味わってもらう。それが、悠元がベゾブラゾフに対する報復であった。

 

 閑話休題。

 

「それは責任重大ですな。分かりました、直ぐに手配を致します。後は何か必要でしょうか?」

「でしたら、基地の屋上をお借りしたい。作戦行動中は人が近寄らないように手配をお願いしいたいが、宜しいか?」

「その程度でしたら、快くお引き受けいたします」

 

 基地司令に許可を貰った後、悠元はそのまま一人で基地の屋上に上がった。周囲に人の存在がいないことを確認した上で、悠元はライディングスーツの内側から[オーディン]と[ラグナロク]を取り出すと、[ラグナロク]のスイッチを操作する。すると、[ラグナロク]のコンソールが付いている部分が上に開き、その空いた穴に[オーディン]を接続する。

 [セラフィム]と[ラグナロク]はこれまで使ってきた[ワルキューレ]や[オーディン]の代わりではなく、それらの二機の対応範囲を拡張させるために開発・設計された。この機能を応用したものが達也に渡した[ブリューナク]にあたる。

 同じように[セラフィム]も[ワルキューレ]に接続して、準備を整えた。

 

 本来ならば[サード・アイ・エクリプス]のようなものや[布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)]を持ち込むべきなのだろうが、今回は場所が場所故に持ち込めないと判断した。それに、今回は悠元でも初めてとなる複数個所への同時魔法攻撃を実施するため、安全のマージンを確保するべく万全を期す形を取った。

 悠元は接続した[ワルキューレ]と[オーディン]を両手に構えた。元々拳銃のようにそこまで重量を必要としないため、片手で構えるぐらいは問題ない。そして、悠元は[天神の眼(オシリス・サイト)]を発動させ、能登半島沖を見やる。そのタイミングで、艦隊に随伴していた小型戦闘艇12隻が佐渡島方面へ移動を始めた。

 

(……イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。一昨年の時は偶発的なものだったが、今回は態々こちらから出張ったんだ。てめえの立てた策で、てめえ自身の首を縛ってやるよ)

 

 こちらが現時点で打てる手は整った。巳焼島方面も達也を派遣する以上はヘマを打つ可能性が極めて低い。それでも何かしらのトラブルが起きてしまった時は、その時に考えることしか出来ない。

 ただ、これによって[パラサイト]が日本を出ていく算段が整ったことになる。尤も、[パラサイト]は治療するものの、真一に関しては治さずにそのまま返し、その治療法だけは教えておくことにする。

 並行世界の未来ならば、こちらに影響が及ぶ可能性は極めて低い。ただ、ひとつ懸念が残っているとすれば、稼働中の[エターナルポース]ぐらいだろう。不幸中の幸いは、敵となる人物を呼び込んでいないことに尽きるが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月8日の正午過ぎ。将輝と真紅郎は佐渡島にいた。

 将輝は当初、能登半島沖の新ソ連艦隊を対処するものと考えていた。だが、それを一蹴したのは朝の一条家で剛毅と将輝、真紅郎の三人で行われた話し合いが大きく関係している。まだ夜が明けない時間帯に叩き起こされる格好となった将輝と、偶々一条家に泊まっていた真紅郎だったが、剛毅の新ソ連極東艦隊南下の話を聞いて、表情が真剣なものへと変わった。

 

「―――将輝。小松基地には俺が詰めて茜の補助をする。お前は吉祥寺君と共に佐渡へ向かえ」

「親父? この場合は俺が能登半島沖にいる新ソ連艦隊を対処すべきだと思うが」

「確かに、それも一理あるだろう。だが、この状況で佐渡を再び狙い撃たないとは限らん」

 

 将輝の気持ちがやや浮ついていたのは、先日完成したばかりの[海嶺爆裂(オーシャン・ブラスト)]で撃退するつもりだったからに他ならない。だが、剛毅の意見に賛成したのは将輝の隣に座る親友だった。

 

「剛毅さん。僭越ながら僕も同じ意見です。五年前の侵攻と一昨年の艦隊侵攻がそれを物語っている、と結論付けています」

「ジョージ!?」

「その二回とも助けが無かったら、僕の両親は死んでいたかも知れなかったんだ」

「それは……」

 

 将輝と真紅郎の佐渡行きの理由は、佐渡島の軍事的な価値に基づくものからくる根拠だった。本州との直線距離は30数キロしかなく、ウラジオストクからみればほぼ直線距離で日本の首都である東京を狙い撃てるラインが構築できる。仮に佐渡を橋頭保として確保出来てしまえば、本州の一部や北海道、九州に上陸するよりも軍事的なリソースをつぎ込む度合いは遥かに減ることとなるだろう。

 5年前の侵攻や一昨年の艦隊侵攻があっても、佐渡には軍事的に耐えられる設備が存在せず、小規模の防衛部隊が置かれている程度。新潟基地に配慮した結果なのかもしれないが、それならば対馬要塞のように大規模改修して新ソ連の備えに置く方策もあってしかるべきだった。

 

 そして、佐渡が“島”という点でも新ソ連にとっては有利に働くものが存在する。それはイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが行使する新ソ連の戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]。その魔法の性質上、水があるところであれば威力を発揮する。

 佐渡はその意味において[トゥマーン・ボンバ]を防衛に生かすことが出来るため、大規模の人員輸送だけでなく海上戦力を実質的に封じられることとなる。

 

「新ソ連とて愚かではない。特に一昨年は十数隻の艦隊を一瞬にして失った。その意味で艦隊そのものが国防軍へ刃を向けるとは考えにくいだろう。将輝、吉祥寺君。佐渡で新ソ連の襲撃を防げ」

「―――分かった。やってやるさ、俺のこの魔法で」

 

 そう張り切って先に出ていった将輝の姿を見て、部屋に残った剛毅と真紅郎は互いに目線が合い、互いに思ったことを悟ったのか……ほぼ同時に深い溜息を吐いた。

 

「はぁ……神楽坂殿に対抗心を抱くのは分からんでもないが、魔法抜きでも一撃で沈められた将輝(あのバカ)に勝つ見込みなどないだろうに。いっそのこと、神楽坂殿と司波深雪嬢が結婚してくれれば、アイツとて諦めるだろうに……吉祥寺君も苦労を掛けるな」

「いえ。悠元の苦労は僕も聞いてはいますが……将輝にあんな甲斐性など無理でしょう」

 

 真紅郎は悠元と交友関係を持つからこそでもあるが、茜を通して悠元の婚約者事情も聞き及んでいた。複数の婚約者だけでもお腹一杯になりそうなのに、複数の使用人兼愛人まで囲うことになったと聞いた際、『悠元が早死にするんじゃないの?』と問い質したほどに驚愕していた。

 

「そこまでハッキリと言うか……いや、それぐらいは是非言ってくれると助かる。瑠璃のことをどうかよろしく頼むよ」

「剛毅さん……ドサクサに紛れて衝撃発言を放たないでください」

 

 剛毅としては、立場故にこうやって腹を割って話せる相手がいない。だからこそ、将輝の親友である真紅郎には“義理の息子”となることを期待していた。一方、瑠璃との婚約を認めるような発言が出たことに対して、もう少し節度を持ってほしいと願った真紅郎であった。

 

「へっくし!! うーん……一体何なんだ? って、茜はどうしてそんな表情をしてるんだ?」

「……兄さんは一度心を折られて屈服させられるべきだと思う」

「いや、一体何の話だ!?」

 

 そして、廊下で盛大にくしゃみをした将輝とばったり出くわした茜は、将輝に対して辛辣な言葉を吐き捨てた。その言葉の真意を将輝が聞き出す前に真紅郎と剛毅が合流したため、その続きが語られることはなかった。

 




 補足説明は次の話で。
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