魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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奪還・未来編
卵が先か、鶏が先か


 巳焼島のCAD開発研究棟にて、ハンスはテスターをこなしていた。研究者からすれば、世界最高峰レベルの魔法師によるテストデータなど滅多に取れるものではないため、ハンスの申し出を快く引き受けていた。

 そんなハンスが彼らのテストに付き合っているのには、理由があった。

 

 元々ルーデルによって魔法力や魔法知覚力をかなり引き上げられた形だが、それに伴ってローゼン・マギクラフト製のCADでは、最早足枷になりつつあった。それに代わるCADの試作品を悠元から渡されたが、それのテストデータを基にハンス専用のCADを製作してくれる手筈となった。

 ハンスとしても、十全に戦える状況でなければ守り切れない。小休止を入れていたところで突然想子波動が襲ってきた。

 

『ほう、想子波動か。しかし戦略級魔法にしては荒っぽいな』

(今のを戦略級魔法だと判断できるお前も大概だがな……ん? 北東から妙な気配?)

 

 ルーデルの価値観など今更驚くことではないにせよ、ハンスはその波動の直後に島の北東部から気配を察した。そして、それは無論のことルーデルも察していた。

 

『どうやら、目的の相手のようだが……どうする?』

(増援は来てくれるみたいだが、俺らで片を付ければ御の字だ。しかし、()()()()で本当に行けるのか?)

 

 対パラサイトの魔法―――ハンスはルーデルに言われるがまま覚えた形だが、ほぼぶっつけ本番で通用するかどうかも未知数。別にルーデルを疑うわけではないが、魔法師ですらなかった人間……いや、魔王じみた存在に今更常識を問うのも馬鹿らしいと結論付ける。

 

(……まあいい。ルーデルに慣性抜きで飛ばされるよかマシだ)

『それでいいのだよ、エルンスト』

 

 常識をあまりにも逸脱したからこそ、常識に縛られることを諦めたハンス。言い換えるとするならば、現実逃避にも近い有様なのは言うまでもないが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 本来ならば島の守備隊が防衛に出る形だが、そのさらに前方には装甲服を身に纏ったジェラルド・バランスが立っていた。輸送艦とそこから発進する二隻のボート。それらから[パラサイト]の気配を感じていた。

 その傍には、同じく装甲服を身に纏ったアニエス・ヴィンセントがCADを構えていた。

 

「……いいの、ジェイ?」

 

 アニエスが心配したのは、同じUSNAの人間同士が戦うということ。だが、ジェラルドの表情はより一層真剣なものとなった。

 

「俺は大統領閣下からリーナの護衛を任されている。連中がリーナの殺害を目論むというのならば、たとえ相手が同胞であっても討つ」

 

 ジェラルドは飛行デバイスを起動し、拳銃形状のCADを構えて飛び上がる。ジェラルドは[分子ディバイダー]で二隻のボートを瞬く間に破壊し、各々のボートからパラサイト化した兵士が上陸する。

 スターズが四名にスターダストが20名。だが、それを見てジェラルドの引き金が鈍ることはない。

 

「……余りにも愚かだな。母が見れば『軟弱者』と吐き捨てるだろうよ」

「その声……ジェラルド・バランス!?」

「シャルロット・ベガ、レイラ・デネブ、ゾーイ・スピカ、ジェイコブ・レグルス……揃いも揃って悪魔に魂を売ったか」

 

 少なくともジェラルドが見た記憶の中では、『スターズ』がこれまでパラサイトに屈することはなかった。だが、現代魔法の性ゆえに古くからの知識が捨て去られ、結果として己の首を絞める有様となっていた。

 

「そこをどきなさい! 私たちには裏切り者のシリウスを粛清する任務がある!」

「俺は大統領閣下から直々にリーナの護衛を任されている。お前らがいくら軍としての任務で来ていても、よもや閣下の言葉を嘘だと吐き捨てるような真似をするのか?」

「黙れ!」

 

 デネブが移動系魔法で距離を詰めるが、ジェラルドはそれを意に介することなく彼女の首を締め上げるように掴み、そのまま地面に叩きつける。

 

「ガハッ!?」

「てめえらはもう人間じゃないんだろ? なら、多少荒っぽくとも回復ぐらいするだろう」

「貴様!」

 

 レグルスが自己加速魔法でジェラルドに突っ込むが、その合間に入ったアニエスが対物理シールドで侵攻を阻む。ベガとスピカも攻撃に加わろうとするが、そこへ隕石のように飛来する気配を感じて飛びのく。

 地面に衝突して衝撃波が響き渡り、二人の人物―――ハンスとナーディアが姿を見せた。

 

「悪い、遅刻した。この分の埋め合わせはする」

「おー、化物が雁首揃えてるねえ。あの『スターダスト』は私がやっちゃうね」

 

 そういってナーディアは『スターダスト』の一人に切迫すると、首筋に噛み付いて血を吸い上げる。ほんの1秒程度だが、血を吸われた『スターダスト』の兵士は、まるで糸が切れたように地面へ倒れ込んだ。

 

「うへー、まっず……やっぱり不純物が混じってると美味しくないよ」

「……人の血を吸って美味しいと言い始めたら、それはそれで人間を辞めてますよ」

「そうだね、それもそっか」

「暢気に話している場合か!!」

 

 ナーディアとアニエスの言葉に対し、何故か敵であるレグルスがツッコミを入れるという始末。だが、彼の攻撃はアニエスのシールドで完全に防がれている。

 

「貴様ら……っ!?」

「―――遅い」

 

 スピカが[分子ディバイダー・ジャベリン]を行使しようとしたところで、ハンスが彼女の胸元に強烈な拳を撃ち込み、触れた先から強烈な衝撃波を放たれて、スピカも意識を飛ばされる。

 いくらパラサイトと言えども、憑依している人間抜きでは行動が制限される。いくら再生が早かったとしても、意識の有無は憑りついたものに依存してしまう。それが例え周囲に同じパラサイトがいたとしても。

 

「ジェラルド・バランス、貴様分かっているのか!!」

「そうだな……分かっていることがあるとすれば、てめえらがやっていることは同盟国で堂々とテロ行為を働いていることだな……じゃあ、どこまで回復し切れるのか勝負だ」

「っ!?」

 

 ジェラルドがそう呟いた直後、デネブが叩きつけられた地面の周囲が()()()()()。そして、地面が砂となってデネブが呑み込まれていく。

 

「貴様、道連れに……!?」

「安心しろ、殺しはない。だが、その悪魔は排除させてもらう―――[スピリット・ディバイダー]、発動」

 

 デネブの下半身が呑み込まれたところで、ジェラルドが新たな魔法を発動。その魔法を放った直後、何かがデネブの背後から抜け出し、その背後には拳ほどの大きさの透明な石が転がった。

 その行為によってデネブの意識が途絶えたことを確認した後、ジェラルドは素早くその石を拾って懐に仕舞い、ベガに照準を向けた。

 

「デネブ!? ジェラルドォッ!!」

「哀れ過ぎて目も当てられん。貴様も沈め」

 

 ベガの攻撃など悠長に待つことなく、ジェラルドは[スピリット・ディバイダー]でベガの意識を飛ばし、生成された石を拾った。

 

「……すまんが、後は任せていいか?」

「別に構わん。まあ、休んでおけ」

「ああ、助かる」

 

 残った敵をハンスとナーディアが蹴散らしに行く光景を見つつ、ジェラルドは砂地となった地面に座り込んだ。その様子を見たアニエスがメットを外して駆け寄った。

 

「ジェイ、大丈夫?」

「ああ、問題ない。慣れない魔法を使って少し疲れただけだ」

 

 [スピリット・ディバイダー]―――対人戦闘特化型戦略級魔法で、[分子ディバイダー]の雛型とも言うべき魔法。母のヴィルヘルミナがベーリング海での戦闘直前に完成させ、ジェラルドの手に渡されたUSNAの第四の戦略級魔法。

 この魔法は想子構造体を破壊し、精神と肉体の接続を完全に切り離すことが可能で、今回は憑依したパラサイトの接続構造体を破壊することで行動不能に至らしめた。

 

 しかも、この魔法は母が独自で設計をしていたらしく、『こんな魔法を持たせたところで、スターズがただの殺し屋集団に成り下がるだけ』と述べていたことからして、スターズに対して技術提供するつもりはなかった。

 その代わり、数段ダウングレードさせた[分子ディバイダー]を提供することで、[スピリット・ディバイダー]への追求を避けた。ジェラルドは今回使用して、改めてこの魔法の恐ろしさを肌で感じた。

 

「それで、彼女たちは本当に死んでないの?」

「ああ。この魔法で[パラサイト]に侵食された精神は封じれたが、この先の処置は悠元に任せようと思う。正直、こんな代物だなんて教えてくれたらよかったのに……」

 

 しかも、分離された精神を実体的に封じ込めるというのは、さしものジェラルドですら予想していなかったことだった。ただ、この先の処置は悠元に任せることとなるが。

 

「……って、いつの間にか元『スターズ』の人たちが加勢してるんだけど」

「……本当だな」

 

 二人が見つめる先では、ハンスとナーディアに加え、生き返った形となった元『スターズ』の隊長・副隊長クラスがこぞって『スターダスト』に攻撃していた。これまでの鬱憤をぶつける様にも見えてしまい、正直パラサイトに侵食されているとはいえ、余りにも不憫に思えてならなかった。

 そして、二人の許に装甲服を着た一人の女性―――エレノア・ポラリスが近付く。

 

「ジェイ君、無事?」

「ノアさん……ええ、少し疲れただけです。でも、良かったのですか?」

 

 彼らとて、元はUSNAの人間。かつての同胞に対して力を振るうことに抵抗が無いとは言えない。そんな疑問に対して、エレノアが微笑んだ。

 

「皆とも話したけど、私たちは既にこの世から一度去ったようなもの。家族や友人が生きていたとしても、彼らが折角立ち直りつつあるときに野暮なことはしたくないもの」

「ノアさん……」

「これからはジェイ君たちが時代を作る番。次の“シリウス”を背負うということは、大変だよ?」

「そんなもの、散々見て来ましたから」

 

 先代の“シリウス”を間近に見てきた。今代の“シリウス”も陰ながら見守っていた。エドワード・クラークが残した爪痕は深いが、それでもやらなければならないことは多い。それが、母から戦略級魔法を託された責任だと感じていた。

 

「そっか……それで、ジェイ君の一番は誰になるのかな? そこにいるアニエスちゃん?」

「ノアさん!?」

「……それはもう少し考えさせてください」

 

 結果、巳焼島に上陸した24名のパラサイトは全員無力化された。その後、巳焼島に来た達也らがその功績を聞いたとき、ジェラルドに対して『色々大変だろうが、頑張ってくれ』とエールを送ったのだった。

 ただ、その身柄についてどうしようか思案していたところ、彼らを輸送していた高速輸送艦『ミッドウェイ』が巳焼島に接近してきた。また敵襲かと思ったが、その船の甲板には戦闘服を身に包んだ修司と由夢が立っていた。

 そして、悠元が立てた計画に必要な人員として無力化したパラサイトを連れていく―――という修司の提案に対して、代表する形で達也がそれを受け入れた。

 

「―――というわけだが、連れて行ってもいいか?」

「そうしてくれるとありがたい。下手に拘留すると母上が余計な興味を持ちかねないからな」

「……達也君も家族には苦労してるんだね」

「この歳になってからするとは思わなかったがな」

 

 元々、戸籍上の父親の件で面倒だったことに加えて、妹同然の深雪のことで悠元に対する詫びの気持ちもあった。そこに加えて実母である真夜の我儘となれば、いくら情動があまり動かない達也でも疲れていた。

 すると、ジェラルドが懐に仕舞っていた石を修司に差し出した。

 

「こいつがレイラ・デネブとシャルロット・ベガの精神を封じた石だ。処置は任せていいか?」

「ああ、受け取っておく……話は悠元から聞いているよ、ジェラルド・バランス。いや、未来の“シリウス”と呼んだ方が良かったか?」

「ジェラルドかジェイで呼んでくれ。俺の方が年上だが、実力で言えばお前たちの方が強いだろうからな」

 

 このまま持ち帰ることもできたわけだが、ジェラルドとしてはパラサイトの面倒事を処理してくれるならば、その専門家に引き渡した方がいいと判断した。それに、悠元の知り合いならば悪いようにはしないと確信めいた思いを持っていた。

 

「何にせよ、一段落した訳だが……」

 

 そうハンスが呟いた直後、背後に突如何かが落下した。気配も音も感じずにいきなり衝撃波と巻き上がった大量の砂が飛んできたため、ジェラルドらは警戒した。だが、達也はその気配の消し方で誰が来たのかを一瞬で悟ってしまった。

 そうして晴れる土煙の先には、悠元が立っていた。

 

「すまん、日頃の癖で音を遮断していた」

「お前なら今更だが……新ソ連の方は大丈夫か?」

「ああ、ケリをつけてきた。修司に由夢、『ミッドウェイ』のほうは任せた」

「了解、悠元。さてさて、人様に喧嘩を売ったあぶちっ!?」

「お前が喧嘩を売りに行くな……」

 

 修司と由夢が収容されたパラサイトたちを『ミッドウェイ』に乗せ、そのまま巳焼島から離れていくのを見送ると、悠元はハンスとナーディアの二人に視線を向けた。

 

「さて、ハンス・エルンストにナーディア・エルンスト。何か頼みたいことがあるんじゃないのか?」

「あ、ああ……恥を忍んでお願いしたい。レオニード・コントラチェンコをどうにかして助けられないか?」

「私からも、その、お願いします!」

 

 二人がレオニード・コントラチェンコと何かしらの繋がりを持っていることは調べがついていた。そして、この二人が危惧しているのは……コントラチェンコが戦略級魔法で特攻紛いの行動に出る可能性を考えてしまったということ。

 

「ふむ……なら、()()()()()か」

「へ?」

「えっ?」

 

 そう思案した直後、悠元は二人を掴むと[鏡の扉(ミラーゲート)]を発動させ、黒海沿岸の新ソ連基地―――レオニード・コントラチェンコの私室に直接飛んだ。そこには銃をデスクの上に置いて思案するコントラチェンコの姿があり、彼の目前が突然白く輝き、そこから三人の若者が突然姿を見せたことに目を丸くしていた。

 

「お、お主は……FLTの会見に出ていた少年で、神楽坂悠元と名乗っていたな」

「初めまして、レオニード・コントラチェンコ閣下。今回は知己となった二人の要望で話し合いをしに来ました」

「知己……ハンス・エルンストにナーディア君までとは」

 

 互いにロシア語で会話をしているわけだが、コントラチェンコはハンスとナーディアの姿を見て、悠元の述べたことが真実である、と信じざるを得なかった。

 

「いきなり引っ張るとか……って、コントラチェンコの爺さん!」

「コントラチェンコのお爺ちゃん! よかった、まだ生きてたんだね……」

「いや……お主たちが来なければ、戦略級魔法を放った直後に命を絶つつもりだったが……生き永らえてしまったか」

「やはり……」

 

 悠元はハンスとナーディアの表情からして“時間は余りない”と判断し、バレるのも覚悟の上で[鏡の扉(ミラーゲート)]を使用した。それが結果的にコントラチェンコの自殺を食い止めた形だった。

 

「閣下、一つお聞かせください。何故ウクライナ・ベラルーシ再分離独立の旗頭となったのですか?」

「……いろんな理由はある。だが、そう決めた最大の理由は、娘と義理の息子、孫を無実の罪で葬った現政権に対する復讐だ」

 

 コントラチェンコの説明では、元々義理の息子は政府の役人として要職に就いていた。娘とは恋愛結婚だったが、ナターリヤだけでなく、彼女と歳の離れた孫もいた。孫は既に成人しており、新ソ連軍の士官として勤勉だった。

 だが、それを妬んだ軍の上司が無実の罪を被せて殺し、それが露見しないように村ごと焼いたのだ。結果として、コントラチェンコは娘夫婦と孫を同時に失った。

 

「わしは軍人だ。それに異論を唱えることも出来なかった。そんな中、辛うじて生きていてくれたナターリヤの存在は嬉しかった。だが、その生存が知られればわしであっても殺すだろう。そのためにベゾブラゾフ博士を差し向けることも想定できた」

 

 だからこそ、生存が知られないようにハンスへ預け、そのまま国外に逃亡させた。南アメリカ連邦共和国まで逃げ込んでしまえば、いくらベゾブラゾフと言えども[トゥマーン・ボンバ]で抹殺を目論んだ場合、漏れなく[シンクロライナー・フュージョン]が新ソ連の領土を焼き払うのが目に見えている。

 そんなリスクを新ソ連政府とて許容できる筈がない。

 

博士(ドクタル)の興味が日本に向けられていることも幸いして、儂は今日まで生き延びられた。だが、こんな状態の儂が戦略級魔法を使えなくなれば、奴らは喜んで粛清するだろう。ならば、せめて一矢は報いたい……これが、儂の決めた道だ」

 

 レオニード・コントラチェンコ……新ソ連の軍人でありながらも、家族を政府に殺された。唯一生き残った孫娘を守るために、せめてもの復讐を成し遂げようとする。それはまるで、かつての四葉元造を思い起こさせるような在り方であった。

 




 悠元が何故訪れたことも無い筈の場所に飛べたのかは、今後明かしていきますのでご了承ください。
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