レオニード・コントラチェンコの覚悟。それを聞いたハンスとナーディアは黙りこくってしまった。だが、それを聞いた悠元の反応はというと、逆に呆れていた。
「―――全く、どいつもこいつも優柔不断に程がある」
「悠元?」
「どうせ死ぬつもりならば……[十三使徒]レオニード・コントラチェンコにはここで退場してもらうか」
「ま、まさか殺す気なの!? それだけはやめて!」
悠元はハッキリと“退場”という言葉を使ったが、それに対してナーディアが“殺す”のだと過剰に反応した。だが、ハンスは悠元の言葉の真意を悟って、ナーディアの肩を掴んで抑えた。
「落ち着け、ディア。悠元は何も彼を殺すとは一言も言っていないぞ?」
「で、でも! そんな風に聞こえるような言い方をしたから……!」
「……誤解があるようだから言っておくが、俺はあくまでも新ソ連の軍人魔法師としてのコントラチェンコを退場させると言っただけで、コントラチェンコ当人を殺すとは言っていないぞ?」
「あ……お騒がせしました」
誤解を抱いたナーディアに対し、悠元が改めて説明をすると、早とちりしたことに対して顔を赤らめながら謝罪の言葉を口にする。その一方、一体何をする気なのかを悟れずにいたコントラチェンコが躊躇いがちに尋ねる。
「神楽坂悠元……貴殿は儂に何を望むのだ?」
「軍人としての最後の務めを果たした後、人間として余生を送って頂く。貴方の孫娘の身元をきちんと保証できる人がいれば、SSAのブレスティーロ大統領も納得して頂けるでしょうから……私の祖父に続いて、こんな形で助けることになるとは思いもしませんでしたが」
「祖父……名は?」
「上泉剛三―――自分の母方の祖父です。その祖父から伝言を預かっていましたが……『儂に助けられた命を無駄にして、孫娘を泣かすような真似をしたら、地獄から引き摺り戻す』とのことです」
コントラチェンコは悠元の素性を聞かされて、椅子に深く凭れ掛かった。よもや、数十年前に新ソ連艦隊を葬った上泉剛三の孫に命を救われるということに対して、最早勝つとか負けるとかの次元の話ではない……と察してしまった。
「……そうか、上泉剛三殿に……それで、いかにして儂をここから連れ出すのだ? 外には兵士の目もある。そう簡単には脱出できぬぞ?」
「いえ、その心配は要りません。
『???』
一体何を言っているのだ……と首を傾げるハンス、ナーディア、コントラチェンコの三人に対し、悠元は[
一通りの作業を終えて[ラグナロク]を仕舞い込むと、三人に話しかけた。
「さて、コントラチェンコ“さん”。後は残りの余生を緩やかにお過ごしください」
そう述べた直後に扉が開かれ、姿を見せたのはSSAのブレスティーロ大統領夫妻。そして、コントラチェンコの孫娘であるナターリヤであった。彼女は祖父の姿を見て、一目散に駆け寄って抱き着いた。
「おじいちゃあん!」
「おっと……これは、夢ではないのですな?」
「ええ、夢ではありませんよ、レオニード・コントラチェンコ殿。エルンスト大佐に悠元君、それに……君がセナード大統領から聞いていた大佐の妹君だね?」
「は、はい! え、ええっ!? 一体どうなってるの!?」
扉を開けたらSSAの大統領が姿を見せること自体不思議な話。何せ、この部屋はSSAの大統領官邸の空き部屋と入れ替えられたのだ。事情が呑み込めないナーディアは無論のこと、ハンスも何が起きたのかを理解できなかったため、悠元に尋ねた。
「その、悠元。一体どういうことなんだ?」
「遡るとしたら、今年3月の話になるかな」
西果新島での事件解決後、ブレスティーロ大統領から内密にナターリヤの祖父であるレオニード・コントラチェンコを政治的な取引で亡命させることは出来ないかと相談を受けた。ただ、相手が[十三使徒]である以上、何かしらの情勢の変化が無い以上はコントラチェンコが動く見込みは無いと踏んでいた。
「彼女―――ナターリヤ・コントラチェンコの身元保証をする意味でもコントラチェンコ閣下の生存は必須。最悪はベゾブラゾフを拘束して政治取引で引き渡しを要求しようかと思ったんだけど、まさか閣下がこんな行動に出るとは思ってなかったからな」
「成程。ここまで来た魔法のことは……聞かないことにしていいか?」
「そうしてくれると助かる。説明するのが面倒だし」
ハンスは悠元の非常識さを改めて実感した。相手に姿を掴ませず、世界各地に神出鬼没の如く姿を見せることが出来る。そんな魔法師など、上泉剛三以上に脅威としか言いようがない。そんなのを敵に回すぐらいならば、互いの妥協点を探って干渉しないことが一番だと感じた。
「へー、君がナターリヤちゃんなんだね。私はナーディア・エルンスト。ハンスは私のお兄ちゃんだよ」
「えっと……お姉ちゃん?」
「……お兄ちゃん、絶対に結婚しないと私が許さないよ」
「お前まで堀を埋めに来るなぁ!!」
そして、ナターリヤとナーディアの邂逅によって、ハンス・エルンストの堀がまた一つ埋められる羽目となり、絶叫に近い叫びが部屋中に木魂したのだった。
◇ ◇ ◇
ハンスはSSAに残る形となったが、ナーディアは悠元に同行する形で日本へ帰ることとなった。彼女曰く『日本でお目当ての彼氏を見つける』とのことらしいが、その当ては適当に見繕うとのこと。なお、悠元や達也はその対象外のようで、本人の言い分としては「フランスに連れていくこともできないし、逆に破滅しそうで怖い」らしい。誠に遺憾である。
ただ、逆に増えないという保険が出来た以上、それはそれで良かったのかもしれない。すると、着信音が鳴ったので端末を取り出して操作する。
「……メール? 真一からか」
真一からのメールでは、輸送艦『ミッドウェイ』によってパラサイト化した兵士の引き取りが完了し、このまま『ミッドウェイ』でパールアンドハーミーズ環礁の海軍基地に移動するとのこと。
輸送機で封印したアークトゥルスについては『そのまま治療しても構わない』との文言が書かれていた。原作とは違ってベガやデネブ、レグルスが生存している為、これ以上抱えて余計な騒ぎになることを懸念してのものだった。
「それで、悠元さん。この先は本当に手伝わなくてもいいの?」
「こっから先は日本とUSNA、新ソ連の問題だ。まあ、ベゾブラゾフが手を出す前に全ての片を付けるつもりだが」
ベゾブラゾフを再び動けない状態にしたし、[アルガン]クラスのCADを準備していたとしても、今度は列車どころか線路諸共消し去る。それに、新ソ連軍の主要施設に対して同時爆撃を実施したため、魔法の観測データからしても『[トゥマーン・ボンバ]が行使された』と誤認されるように仕向けている。
「予算は潤沢にあるから、多少の要望ぐらいは聞けるが」
「それだったら、東京に行けるようにしてほしいかな。折角日本に来たから観光したいもの」
「その程度なら別にいいが……今回の報酬代わりとして買い物の請求はこちらに回してくれ」
「え、いいの?」
ナーディアが首を傾げているのは無理からぬことだが、今回の目安の予算の殆どが使用されていない以上、別にショッピング程度ならば変なものを買わない限りは高が知れている。
「こちらの都合で振り回した以上は当然の対価だと思うが?」
「……そうやって普通に支払えるって時点で異常だと思うんだけど」
「これまでの魔法師に対する扱い方が雑過ぎただけだと思うがな」
ともあれ、ナーディアを巳焼島に送り届けた後、そのまま達也らと合流。東京への帰りは四葉家で開発したエアカーを悠元が運転する形となった。悠元も軍事的な関係で船舶免許は持っている為、運転自体は問題なかった。
流石に戦闘はしないが、動きに支障のない程度の私服姿となっていた。
「色々暴れたようだな、悠元」
「片手間にコントラチェンコを亡命させて新ソ連を混乱させてきただけだよ。そのついでにベゾブラゾフの意識を飛ばしてきた。最短で約2週間、最長で3週間は動けないだろう」
「随分と念入りな事をしたな。言ってくれれば消すことも吝かではなかったが」
「今はまだ“その時”じゃなかったからな」
今の状態でベゾブラゾフを消したとしても、新ソ連政府が素直に負けを認めるとは到底思えなかった。ならば、ディオーネー計画を根拠として、新ソ連を国家解体に追い込む。今はその状況を作る段階の話。
「ウクライナ・ベラルーシのラインが新ソ連と完全に切り離されたら、新ソ連とて日本や大亜連合に構っていられる余裕がなくなる。全兵力を注ぎ込んででも奪還に動くだろう」
「……ちなみにだが、約100万の兵をどうやって集めた?」
「それについては少し関与した。上泉家も間接的に関わっている」
それだけの大量の動員を可能としたのは、飛龍海運による部分もあった。具体的には、大陸間の港の移動の護衛として傭兵を雇い、到着地で契約満了となった傭兵に報酬を支払い、そのまま別れる形。創作物で言うところの道中護衛に冒険者を雇う様なものだ。
傭兵の利点としては、労働力を提供することで渡航に掛かる費用を抑えることが出来る。雇う側としては、その労働力によって船を護衛してもらうことで従業員の負担を減らすことが出来る。そんな対応が出来るのは、水素ガス燃料の運搬というハイリターンが見込まれる事業だからこそ出来る芸当だ。
そして、悠元は少し資金提供をして食糧や消耗品などを揃えられるように計らわせた。資金提供とは言うが、厳密には[アンティナイト]の購入代金を少し上乗せしたぐらいで、購入した代物についてはFLTの新しい研究棟で厳重に管理している。
「こちらとしては[アンティナイト]の購入代金を支払っただけで、物自体はちゃんと防衛省を通して所持の認可を貰っている。その金をどう使うかは連中の好きにすればいいだけの話だ。金や物自体に罪はないのだから」
「傍から聞けば、まるで闇の商人みたいなムーブだな」
「別に好き好んでやっているつもりはないんだが」
無論だが、ちゃんと国内・国際法に照らし合わせて、必要な手続きを行使した上で実施している。その点については誰かに非難される謂れはない。このことを仮に佐伯が指摘しようものならば、いっそのこと千島方面を切り取った際の方面軍指揮官として駐在してもらうことも視野に入れる。
「何にせよ、向こうから迎えが来るまで5日も余裕が出来た。攻め込んでいた艦隊や乗員の引き渡し交渉は政府に全て丸投げした。尤も、直ぐに学校が再開したところで俺や達也には縁のない話だろうが」
「それは確かに……」
悠元と達也は[トーラス・シルバー]の件で授業免除を言い渡されていた。当然試験も免除されていたが、二人とも律儀に試験を受けていた。曰く『いくら免除を言い渡されているとはいえ、高校生としての領分を無視出来ない』と意見が一致したことに関して、それを聞いていた深雪が笑みを零したほどだった。
とはいえ、5日も魔法の訓練に費やすだけでは意味がない。そう思案していた悠元は達也に向けて問いかける。
「……達也。もしかしたら荒っぽいことになることも想定されるが、少し付き合ってくれるか?」
「何を今更、という感じだな。別に構わないが……行き先は?」
「―――国防陸軍・霞ヶ浦基地」
悠元の発した目的地の時点で、目的が独立魔装大隊―――第101旅団にあると悟った達也は、彼が一体何をするのかという興味半分の意味も込めて、拒否はしなかったのだった。
◇ ◇ ◇
7月8日午後5時、二人を乗せたエアカーは霞ヶ浦基地に到着。そのまま基地内にある第101旅団司令部を訪れていた。
ここに来る前、達也が響子を通す形で連絡を入れ、すぐに返信がきた。どうやら四葉家がアンジー・シリウスを匿っているのではないかという嫌疑を問い質すつもりのようだが、そもそもリーナ当人の軍人雇用は日本に来た時点で“半分切れている”。
それ以上に、これまで独立魔装大隊本部に顔を見せることはあっても、第101旅団司令部に足すら踏み入れようとしてこなかった悠元が同伴するとなれば、話は別だ。今回、悠元が達也と一緒に訪れることを決めたのは、これまでの全ての決着をするため。
「両名とも、よく来てくれました」
形ばかりの笑みを浮かべている佐伯に対し、悠元と達也は会釈をした。正直、達也からすればこの場にいる最高位の将校は悠元であるにも拘らず、佐伯は“閣下”の敬称を付けなかったことに疑問を抱いた。
それは佐伯の隣に控えている風間も僅かに表情を顰めたし、佐伯も悠元や達也の態度に疑問を抱いたかもしれない。だが、彼女は訊問をそのまま進めようとした。
「―――佐伯広海少将。貴女が何を聞きたいのかなどとうに分かっている。だからこそ師族会議議長・神楽坂悠元として、上条達三特務大将として敢えて言わせてもらう。これ以上十師族ひいては師族会議に迷惑を掛けるような行為は止めろ。これは
滅多に存在感を露わにしない悠元。彼が怒りの感情を載せて放った言葉は、その部屋全体の空気を凍り付かせるような感覚を漂わせていた。そして、怒りの矛先が向いていない筈の達也でさえ、悠元の感情を肌で感じ取れるほどだった。
「……どういう意味ですか?」
何とか堪えて振り絞るように放った佐伯の言葉を聞き、悠元は冷淡な表情を彼女に向ける。
「貴女は昨年の九校戦において、九島烈退役少将を含めた『九』の家と取引した際、『国防軍は魔法師を兵器に強要することはしない』と公言されていたそうだな。このことは九島閣下から直接確認している」
「それが、何だというのですか?」
「―――ふざけるな。だったら、俺や達也のような人間には『何をしてもいい』ことにはならん。そんな公約を唱える貴女の正気を疑いかねんほどにな」
確かに、悠元は自らの意思で国防軍に在籍することを選んだ。達也の場合は戦略級魔法[
だが、二人の領分を逸脱するような命令を下したことはおろか、特殊な立場にある人間を平気で犠牲にするような軍人など、味方を犠牲にしてでも助かりたい下劣な将官と一体何が違うのか、と疑問を呈したい気分に苛まれる。
「俺や達也はあくまでも人間であって、本来己が修得している魔法も己の技術の一端に過ぎない。それが偶々極まって戦略級魔法を有しているだけであり、貴方方の利益の為に技術を使っているわけではない。何だったら、これから防衛省に赴いて退役手続きを取っても一向に構わんが?」
戦略級魔法が濫用されるのを防ぐべく、悠元は契約時にかなりの制限を設けた上で国防軍に入隊している。それは当然、一時期は直接の上司にいた佐伯とて理解している筈なのだ。
「貴方たちは戦略級魔法師なのですよ。そんな身勝手が通用するとお思いですか?」
「自分から言わせれば、その戦略級魔法師を管理しようとしているあなたの性根が信用できん」
佐伯の言葉に対して悠元がそう吐き捨てるのと同時に、悠元は懐から紙の束を取り出してデスクの上に放り投げた。その中の一枚に大きく書かれた『戦略級魔法師管理条約』という名に、佐伯の目が大きく見開かれた。それは、隣に控えた風間ですら驚愕を禁じえなかった。
旗頭にしたコントラチェンコをそのまま引き離していいのか? という疑問は当然出てきますが、ここに対する解決方法は既に確立しております。この辺は本作にて触れますのでご了承ください。