―――戦略級魔法師の管理。
このワードだけを切り取っても、魔法師を人間ではなく『兵器』と見做す様なやり方にしか聞こえない。悠元が自分の知らない原作知識―――一条将輝が戦略級魔法[
「戦略級魔法師の管理ねえ……それをしたがるのは確かに国家や政府の領分だが、佐伯少将がやりたがる仕事でもないだろうに……普通なら」
「普通じゃない、ってこと?」
「おかしな話だろう。第二次大戦前・戦中の軍事政権でもない限り、軍人が政治家の真似事をしている時点で異常でしかない」
軍人が政府の要職に就くという事例は存在していても、現役の軍人が政治家(詳しく言えば、国民の信任を得た議員)に就くことは認められていない。それは余程の国家でない限り原則として通用すること。
昨秋で九島烈と会談した際に、佐伯のことも改めて尋ねた。その際に『君ならばよく知っているのにか?』と疑問を呈されたが、自分の目から見た彼女と烈から見た彼女の存在が異なることも有り、その理由を聞かされた烈は納得した上で話してくれたが。
「多分だが、九島烈を引退に追い込んだことで要らぬ欲を抱いたんじゃないかって思う」
「……彼の教え子に七草弘一や四葉真夜がいるから、九島烈を利用して押さえ込めると?」
「その可能性もあるがな」
日本魔法界で多大な影響力を有する九島烈の引退。当然、90歳間近まで働かせ続けた側の責任も生じてくる。強大な力を取り除けたとなれば、次に狙うのは戦略級魔法[
だが、長いこと[
「ただな、達也がそんな境遇に陥った場合、深雪をどう説得するつもりだったのかが疑問に残る。いくら公権力による管理とはいえ、下手すれば政治家や軍人を筆頭に暗殺のオンパレードを起こしかねん」
「……それをしたら、漏れなくお兄様が[
「地獄絵図の方が遥かに生易しく思えて来るな」
新発田勝成が黒羽貢に対して達也の在り方を説いたのは、正しくこの部分を危惧してのことだと思う。最悪、一族纏めて日本を出ることになりかねず、そうなったら東道青波が本気で憤慨して古式魔法師で粛清する構図も出来上がっていたことだろう。
この世界で言えば、上泉剛三と神楽坂千姫の二人による粛清(という名の蹂躙)劇が幕を開けていたことだろうと推察できる。
「話を戻すが、佐伯は誰かの後ろ盾を得る形で提案していた可能性が高い。外務省にUSNA政府・イギリス政府やイギリス軍の対日強硬派、ディオーネー計画に賛同していた国際魔法協会、それと元老院クラス……ここまで繋がれば、納得できる部分が多い」
「そこまで繋がるの?」
「でなければ、原作のオーストラリア軍人の引き渡しにマクロードが出張るという事態にならん」
そもそも、風間は無論のこと、佐伯が表立って軍人としての功績を示したのは大越戦争によるもの。この戦争にイギリスは関与していないため、どこでパイプを繋げたのか不透明過ぎる部分が多かった。
だが、ディオーネー計画に国際魔法協会が協力を表明したことと、佐伯と外務省の繋がり。それに、USNA政府だけでなくイギリス政府の内部にも当然対日強硬派の派閥が存在する可能性も鑑みた場合、後は元老院が最後の接点を担えば、全て説明がつく。
「そもそも、西果新島での一件の時点で独立魔装大隊はイギリス軍の関与を把握していた。当然旅団長である佐伯も把握しているであろう事項だ」
「ディオーネー計画に賛同するような意思を見せたイギリスとの交渉……もしかしたら、脅しの材料にお兄様を使ったって可能性はある?」
「十分考えられる」
ウィリアム・マクロードは日本に新たな戦略級魔法が生まれたことで、アジア地域におけるパワーバランスの変化を警戒していた。
大体、日本とイギリスでは最短の直線距離で約9000キロ以上も離れているし、ユーラシア方面でも大亜連合・新ソ連という二大国が存在する。逆に太平洋・大西洋方面でもUSNAを間に挟む形となる為、本来ならば大国への抑止力として期待するのが筋。
だが、日本の戦略級魔法の台頭によってそんな言い分を生じさせたとなると、当然イギリスの政府や軍に対日強硬派が居るのは間違いないだろう。
普通に考えれば、日本に新たな戦略級魔法が誕生したとなれば、欧米からすれば新ソ連の抑止力として機能させたいと考えるのが普通。だが、なまじ[
約一世紀半の過去に遡及して“仇討ち”という概念を持ち出すなど、明らかに現実が見えていなさすぎる。正直、そんな謂れのない恐怖を押し付けられる方が迷惑極まりない。
「今後の動向を見なければいけないことに変わりはないが、何にせよ情報提供は助かる」
「お、お礼はわたしいいっ!?」
「昼間から色に溺れるほど堕落するつもりはない」
「つまり落ちる」
「沈め」
その後、悠元のキャメルクラッチによってセリアが撃退された……無論、死んではいないが。なお、意識を取り戻した後に『お兄ちゃんの愛が激しい』と宣った直後、悠元によるジャーマンスープレックスが炸裂したのだった。
婚約者兼前世の近親者に対して酷い仕打ちだろうと思われるかもしれないが、向こうも期待してやっている節を隠そうともしていないため、結局はこうなるのだった。
閑話休題。
霞ヶ浦基地の旅団長室にて、悠元が佐伯のデスクの上に放り投げた戦略級魔法師管理条約に関する交渉資料。佐伯と外務省の交渉内容、日本外務省とイギリス大使館との通信記録に、イギリス大使館からイギリス政府・イギリス軍との通信記録。そして、イギリス軍空母『ジブラルタル』がこの時期にインド洋経由で日本へ向かっている情報。
驚愕に包まれている佐伯や風間を横目に、悠元は冷淡な表情を隠そうともしなかった。
「調べはとうについていた。尤も、この調査を請け負っていたのは風間大佐ならよく御存知の人だ」
「……師匠か」
悠元が度々八雲を訪れていたのは、自身の軍事的な調査結果と八雲が独自に調べていた調査結果の擦り合わせで、それを基に八雲が詳細を調べていく方式を採っていたため。なので、傍から見れば神楽坂家当主が[今果心]と内密に会っているとしか思われない。
通信を多用しないのは傍受を警戒してのものであり、いくら[フリズスキャルヴ]でも破れないセキュリティを有していても、どこから漏れるかも分からない以上はやり方を下手に変えないことで信憑性を持たせる方向に舵を切っていた。
「自分から言わせれば……佐伯少将、貴女は立派な独善者としか言いようがない。確かに軍人としての論理に基づけば、貴女の言い分や道理も通ることになる。だが、師族二十八家を人間扱いしないということは、師族会議に加わっている護人二家―――元十師族出身の当主である俺や元継兄さんにも同じことを宣うつもりか?」
いくら戸籍が変わろうとも、血縁そのものを消すことは出来ない。ましてや、護人二家の現当主は二人とも元十師族の人間。達也を人間扱いしないということは、同じ十師族や師補十八家の人間も漏れなくその対象に含むことを意味する。
佐伯のやっていることは、最早師族会議に喧嘩を売っている行為。それも、国防軍から売ってきた喧嘩であり、今までその被害を受けた悠元や達也は買わずにいた。
「……ならば、貴方方は国家の為に戦略級魔法を使うと確約できるのですか? 特に上条特尉。貴方は既に新ソ連へ向けて数々の戦略級魔法を放っている。その責任を貴方自身が負えるのですか?」
ここ最近、新ソ連国内で起きている数々の不審な破壊・消滅。佐伯はそれが悠元の戦略級魔法によるものだと推察していた。だが、それを統合軍令部に具申しても、蘇我大将曰く『我が国としては、隣の大国の国力が下がることは我が国の利益に適うという方針だ。よって、貴官の申し出は参考程度に留め置く』と返されてしまった。
「お言葉だが、佐伯少将。これまでの行為に関して、統合軍令部ひいては防衛省の事後承諾を得て実施しているし、事前に戦略級魔法の使用を視野に入れることも相談・通達している。今の自分は統合軍令部に属する人間であり、旅団長である貴女の指揮下に存在していない人間であることも承知の筈。立場を弁えるべきは貴女の方だ、佐伯広海」
それに、悠元は直接戦闘に発展するような破壊行動は行っておらず、間接的な軍事力の逓減および敵国の戦略級魔法による攻撃の無力化を実施しているに過ぎない。それによって周辺国家の動向が慌ただしくなるわけだが、仮に新ソ連が揺らげば、大亜連合は日本に注視している余裕がなくなる。
「これまでの5年間、お世話になりました」
そして、悠元が止めと言わんばかりに言い放った時点で、この論戦に決着がついた形となったのは言うに及ばず、隣にいた達也も『悠元の完勝だな』と内心でそう呟いた。だが、言葉で決着が付かなかった時点での予測は、奇しくも的中することとなった。
「―――風間大佐、
「隊長」
「―――柳、やれ」
佐伯の言葉に対し、風間は命令を下そうか躊躇っていた。だが、彼の部下の声掛けで已む無く命令を下した。それを耳にした悠元は、一息吐いた後で呟く。
「―――身の程を知れ」
そう呟いた直後、柳を含めた四人の士官が
「悪いな、達也」
「いや、こちらこそ助かった。俺だけだと力業になるからな」
互いに言葉を交わした後、二人の目前には風間が立っていた。恐らく[天狗術]によるものだが、悠元は全て把握した上で達也に目線を送り、達也が後ろに下がる。風間の動きを見た悠元は、瞬時に[天狗術]で風間の意識を逸らした。
風間ほどの相手かつごく短時間の発動。わずか1秒にも満たない意識の誘導。だが、悠元からすればそれで十分であり、風間の脇腹に拳を撃ち込む。悠元は風間からゆっくりと離れると、佐伯によってロックされた扉の前に立つ。
そして、悠元は[叢雲]を顕現させると、扉に向かって振るう。すると、扉がまるで豆腐でも切るかのように、賽の目状に崩れ落ちていく。[叢雲]を解除すると、悠元は視線を風間やその後ろにいる佐伯に向ける。
「言いたいことは既に言ったが、改めて口にさせてもらう。これ以上余計な干渉をするな、佐伯広海。これが守れなかった時、いくら知己でも容赦はしない。さて、後はお願いいたしますね、
そう述べて斬られた扉の向こうに目を見やると、そこには数人の部下を連れて姿を見せた蘇我の姿があった。悠元はここに来る前、蘇我に連絡を入れていた。内容は『第101旅団への出向の契約満了のため、話し合いに出向きます。その際に諍いごとになることも考慮されますが、そうなった場合は国防陸軍内で処理してください』と伝えていた。
悠元が敬礼をすると達也もそれにつられて敬礼をし、蘇我も二人に対して敬礼をした。
「上条大将、それに君が大黒特尉か。陸軍最高司令の蘇我だ。後のことは我々に任せて、君たちはこの場を去ると良い」
「では、お言葉に甘えまして……あとは、宜しくお願い致します」
蘇我の厚意によって部屋を去っていく悠元と達也。蘇我は護衛の兵士に倒れている士官の介抱を指示した後、部屋に入って辛うじて立っている風間とデスクに座ったままの佐伯に近寄る。
「風間大佐、座るといい。悠元君に手加減されたとはいえ、立つのも辛いであろう?」
「……お気遣い、感謝いたします」
蘇我の言葉で片膝をつく風間。彼が歴戦の猛者であっても、上泉剛三の手解きを直に受けていた人間相手では分が悪かった。そして、動揺していた佐伯はようやく事態を把握したのか、立ち上がって敬礼をした。
「こ、これは蘇我大将閣下! 本日はどのようなご用件で参られたのでしょうか?」
「……佐伯少将。本日は多忙である当旅団に命令を直接伝えるために直接来た。これは統合軍令部発令の命令である故、心して聞くように。第101旅団は新ソ連軍の抑えとして、明後日
「……命令は理解いたしましたが、何故この時期になったのかを説明願いたく存じます」
この命令は上泉家および神楽坂家の要請に基づく部分もあるが、佐伯の卓越した謀略を期待してのものだということも考慮しての命令。
これを聞いた佐伯は、蘇我に対して説明を要求する。それを聞いた蘇我の表情は、一層険しくなっていた。言葉で言い表すならば、それは“怒り”も含んでいたのだった。
「佐伯少将。君は軍人ならば非常に優秀な人材だ。ただ、我々軍人にはいくら影を担う部分があったとしても、人としての一線を超えてはならない。この命令を拒否するというのであれば、君には旅団内の軍規遵守や
「っ……」
蘇我の言葉に首を傾げる士官が多い中、佐伯はその言葉に冷や汗を流した。蘇我がそれを示唆したということは、佐伯の指示によって執行された“表向き用途不明金”の支払先も把握されているも同然と言えた。
「それに、新ソ連の脅威が完全に消え去ったとは言い難い。東欧方面の動きがあるとはいえ、戦略級魔法の脅威も完全に消え去ってはいない。君には、大越戦争で発揮した戦略・戦術眼を我が国の国防に生かしてもらいたい。それで、貴官の返答は如何に?」
最早、佐伯が取るべき道は二つ。これまでの違法行為を咎められて犯罪人に成り下がるか、軍の命令に従って北海道に飛ばされるか。そして、これまで手駒であった独立魔装大隊を手放せという命令。それを陸軍のトップが通達した以上、最早退路は無かった。
「……了解いたしました。第101旅団は明後日、北海道に向けて出立します」
「確かに聞き届けた。風間大佐は明日、霞ヶ関に出向いてくれ。そこで改めて話をする」
「……はっ、畏まりました」
佐伯を含む第101旅団は、この二日後に北海道へ向けて出立。そして、その後起きる新ソ連の国家解体騒動によって得た千島方面軍の総括を任されることとなり、彼女は中央への舞い戻りを夢見ることなく定年退役まで北方離島での生活を送る。
一方、陸軍総司令部直轄部隊となった独立魔装大隊は、その後上条達三特務大将を“総隊長”とした連隊体制に再編成され、連隊長として風間玄信が少将に昇格することとなった。本拠地は第101旅団の本拠だった霞ヶ浦基地をそのまま流用する形となり、日本版『スターズ』を目標として部隊編成が進められることとなったのだった。
なお、風間には妻と子供がおり、彼の子たちが色々巻き込まれることになるのは……未来の話。
補足説明の巻。ここまで大掛かりにしたのは原作を自分なりに解釈した結果ですが、説明していきます。
まず、間接的にイギリスが関与できそうな部分は九校戦編です。何故かと言うと、『無頭竜』が香港系シンジケートであり、原作・本作における香港はイギリス系の資本がまだ生きているためです。
でなければ、南海騒擾編でマッチポンプみたいなことは出来ませんし、脱走した兵もオーストラリアを頼る算段がその時点で出来ていなければ、無謀なことをしでかす必要がありません。
そして、横浜事変編。ここで何故か出てくる“オーストラリア船籍の貨物船に偽装した大亜連合の武装船”。顧傑繋がりででUSNA船籍を出せなかったのは分からなくもないですが、大亜連合とイギリスに何らかの取引が成立していなければ、何故オーストラリアでなければならなかったのかという理由に繋がります。
原作中で自分が憶えている範囲において、オーストラリア政府が何かしらの声明を出したことは明言されていないため、恐らくイギリス政府の
“要請”があったとみるべきでしょう。軍事的な部分はマクロード経由とはいえ、イギリスに実質的な依存をしているも同義でしょうし。
そして、南海騒擾編、孤立編、エスケイプ編と台頭するイギリス。ここでヒステリックに反応した理由として考えられるのは、横浜事変編終了直後~来訪者編序盤(原作小説8巻)であった“国際魔法協会が達也の魔法を核兵器に準ずる放射能汚染兵器ではない”という議決と“懲罰動議の却下”に関する部分。
国際魔法協会の本部はイギリスにあるので、マクロードがその情報を一番早く入手できる立場にいたのは明白です。問題は誰が懲罰動議を出したのかという部分についてですが……多かれ少なかれマクロードが一枚噛んでいる可能性が高いとみています。
でなければ、エドワード・クラークの企みに乗っかったり、オーストラリア軍を唆して工作活動を起こさせることにはならないかと思われます。