魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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パターン:ヴィルヘルミナ

 国防軍方面は解決というかほぼ丸投げに近い形だが、これで決着を見た。将来悠元や達也が戦略級魔法師として名乗ることはするが、それはあくまでも日本政府の責任を以て行使する。そして、それが成された場合は五輪澪を国家公認戦略級魔法師[十三使徒]から解任し、一条将輝をその後任に充てる。

 この辺は達也にも話しているし、一条家現当主・一条剛毅にも事情を伝えている。とはいえ、これまで澪当人の行動範囲が狭められていた故の法的拘束力については、将輝がまだ十代かつ未婚ということも鑑みて幾分か緩む見込みだ。

 あと、吉祥寺真紅郎にもその旨を伝えている。理由は魔法の開発者としての説明責任が生じると考えたからだ。

 

 そうなると、五輪家が十師族から外される危機感が生じる訳だが、ここにもテコ入れをしている。澪は確かに[十三使徒]の任を降りるが、代わりに国家公認の魔法師としての名誉が与えられる。強制的な動員ではなく任意的な動員に切り替わるだけで、既に名を出している以上は[十三使徒]でなくなってもリスクは変わらない。

 なので、五輪家が十師族から外れる可能性は低いし、島国の日本にとって海の情報を得られるという利を捨てるわけにはいかない。残る問題は五輪家長男の嫁探しだが、これは当人の気概次第だろう。

 

 なお、メディアの取材が殺到することも考慮して、そう言った対応は現内閣に丸投げとしつつ、魔法科高校に対する取材は昨春の一高の一件を考慮した上で“原則禁止”の処置を通達するよう要請。

 “言論の自由”はあれども、それはあくまでも“公共の福祉”に基づくもので、全てを明るみに出せば国際的な取り決めまで全て公開せざるを得なくなる。秘密があるからこそ信頼が構築できるのであり、何もかも明かせというのは『約束を守らない』と公言している様なものだ。

 大体、国会議員とて国民の信任を受けてその地位にいるのであり、彼らとて日本国民の一人。それがメディアに忖度して政府機関に無理矢理立ち入る時点で、法的な常軌を逸しているのだから。

 

 そうして慌ただしい一日も既に夜となり、悠元と達也の乗せたエアカーはFLTツインタワーマンション南棟の地下駐車場に停車した。

 

「やっと一日が終わったな」

「そうだな……真一たちのことは気掛かりだが、上手くやるだろう」

 

 そうして互いに別れると、悠元は徒歩で北棟に移動し、直通のエレベーターで38階のフロアに降り立つ。事前にメールは入れていたわけだが、悠元が扉の前に立った時点で扉越しにいる存在を感じつつ扉を開けると、私服に着替えた深雪が立っていた。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「……まあ、ただいま。何か変わったことはあったか?」

「いえ、いつも通りですよ」

 

 隙を見ては容赦なく主人呼びを使う深雪に深く突っ込むことはせず、悠元は深雪についていく形でリビングに姿を見せた。すると、そこで[アリス]が悠元に話しかけた。

 

『マスター、自室に想子の活性反応があります』

「……?(え、どういうこと?)」

 

 自室にある自発的な代物となると、無論[時空の道標(エターナルポース)]しかない。だが、悠元の知己となると大分限定されるし、変なフラグが立たないように出来る限り配慮はしていた。

 ともかく、深雪に「着替えてくる」と伝え、そのまま自室に入った悠元が見た光景は……ベッドの上に眠っている私服姿の少女だった。だが、一度会った人間なら忘れない悠元でも、その女性と会った覚えがないことは確かだった。

 

「……誰? でも、見た目だけならアーシャに似ているが……マジで分からんぞ」

 

 その対象は眠っているが生きていることは確かで、特に病弱という雰囲気は認められない。ただ、長い金髪の質感がどうにもアリサと似通っているのは確か。すると、少女が声を漏らしながら上半身を起こした。

 

「ん、んぅ……えっと……ここはあの世ですか?」

「残念ながら現実です。というか、日本語がお上手ですね」

「あ、えっと、ありがとうございます?」

 

 話がやや脱線しかかっているが、悠元はとりあえず話を聞くことにした。

 

「自分は神楽坂悠元と言います。貴女はどちら様ですか?」

「私は伊庭ダリヤと言います。元々ロシア人なので、この身なり……って、若返ってる!?」

「……またこのパターンか」

 

 伊庭ダリヤ―――元の名はダリヤ・アンドレエヴナ・イヴァノヴァ。亡命した新ソ連の人間で、悠元からすれば婚約者の一人であるアリサの実母。それが肉体年齢で十代へ若返ったということにダリヤは部屋の姿身を見て驚き、悠元はヴィルヘルミナのパターンの再来ということに深い溜息を漏らした。

 

「伊庭さん、こちらから幾つか質問をしますので、それにお答えください。その上で貴方が現状置かれた状況を説明しますので」

「あ、はい。分かりました」

 

 まず、ダリヤは自身が“死んだ”という認識を有していること。それは一言目の台詞で想像がついていたが、間違いなかった。そして、その時点で一人娘を遺してしまったこと。これはアリサのことで間違いないだろう。

 次に、歴史関連で言えば間違いなく“この世界”だと分かった。その根拠は剛三と千姫の存在。流石に両方がいる並行世界など……あったとしても、ロクでもないだろうと思う。そして、上泉詩歩が三矢家に嫁いでいて、彼女と知己である点も加味すれば、ほぼ十中八九間違いないとみている。

 

「ありがとうございます。それで、現状置かれた説明をしますと……西暦2097年の日本で、貴女が亡くなってから8年以上が経過した形です」

「そんなに……あの、娘は何処にいるか分かりますか? 名前はアリサと言いまして」

「知ってます。というか、望めばすぐに会えますが……お会いになりますか?」

「ええ、お願いします」

 

 ダリヤとしては8年以上も経ったからこそ、母親として娘の安否が気になるのは仕方がないことだろう。悠元が案内しようと思ったところで、端末の呼び出し音が鳴る。悠元のプライベートフロアは本人の許可が無いと入れないため、呼び出すための端末が備え付けられているためだ。

 悠元がダリヤに断ってから端末のスイッチを押すと、モニターには茉莉花の姿が映った。

 

『悠兄、夕食の準備が出来たよ……って、その後ろにいる人は新しい愛人?』

「何でもかんでもそういう勘繰りは止めてくれるか? つーか、ミーナ。お前も知っている人だぞ?」

『え、ええ? ……アーシャに似ている気はするんだけど、マジで誰?』

 

 ダリヤと一応面識がある茉莉花ですらもこんな反応となっていることはさておき、悠元はモニターに映る茉莉花の後ろにアリサの姿があるのを確認した。

 

「ともかく、彼女を連れてそっちに行く。色々話さなきゃいかんことは多いが」

『分かったよ』

 

 通信を終えてダリヤの方を見つめると、感極まったのか泣いていた。茉莉花というよりアリサの姿を見てのものだろうと思うが。

 

「……ハンカチ、使います?」

「あ、ありがと……ちーん」

 

 ダリヤを慰めてからリビングに降り、夕食を冷めないうちに頂いた後、改めて事情の説明をすることとなった。

 

「―――以上が経緯なんだが」

「ア、アーシャのお母さんって……見た目だけで言ったらアーシャのお姉さんにしか見えないよ?」

「う、うん……凄く吃驚してる」

 

 悠元や茉莉花ですら驚いたのだ。当然、近しい人物であるアリサも目を丸くするほどだった。

 

「ミーナもアーシャも大きくなって、それに貴方が詩歩さんの息子さんだなんてね」

「こうなった要因は貴女の遺言も関係していますが」

 

 リビングへ降りる前に身の振り方をどうするかは尋ねたのだが、彼女の回答は『味わえなかった青春を謳歌したいのと……貴方の傍に居させてほしい』と言われて、思わずジト目を向けてしまった。

 元恋人―――十文字(じゅうもんじ)和樹(かずき)のことも合わせて尋ねたが、彼女曰く『色々思うところはあるけれど、14年間も放置するような人にアリサを預けたくない』と返した。

 

「アーシャ、密着しているんだが?」

「当ててるもん」

「あらあら、もうそんなに仲良くなってるのね」

「悠兄は凄いよ。それに引き換え、うちの兄貴は……」

 

 結局、ダリヤのことは千姫に報告したのだが、千姫からの回答は『もう20人ですか。少ない様な気がしますけど』と返ってきたことに対し、遺憾の意を示すことになった。そして、その日の夜がどうなったのかというのは……敢えて触れる必要性も無くなっただろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日―――7月9日。

 世界の情勢は一気に変化した。

 

 新ソ連の西部にあったウクライナ・ベラルーシ地方の各都市で一斉に蜂起。約120万にも及ぶ大軍勢が瞬く間に占拠し、ウクライナとベラルーシは東EUへの加入承認を経て再独立を宣言。一方、新ソ連はこれを“西側諸国の卑劣な懐柔工作”と国営放送を通じて大々的に放映し、大規模な軍事作戦の行使を示唆。

 そして、西EUは東EUの支持に回る形で再統合の根拠となるラインラント条約を締結。これによって、東西EUは新欧州連合として再出発することとなり、共同提唱はフランス・ドイツを主体として実施された。

 

 これによって実質的に欧州と新ソ連の戦争へと発展することになるが、新ソ連の動きはかなり鈍くなっていた。新ソ連の軍事施設はおろか、軍事衛星が軒並み使用不可の状態という前代未聞の有様。

 悠元の戦略級魔法による攻撃で軍事行動すらも大幅な制限を受けることとなり、大敗に近い状況となった極東方面へも動員を掛けることになった結果、民衆が度重なる徴兵や軍事行動による物価上昇へ反発を見せるようになり、警察や軍隊まで動員して鎮圧する事態にまで発展する。

 

 これが新ソ連にどのような未来を齎すかは、まだ見えてこない。

 

「……二方面に攻めるとか正気の沙汰じゃないと思うんだがな」

 

 昨日の艦隊を拿捕して交渉は日本政府に任せたわけだが、新ソ連政府は“無条件の解放”と“劉麗雷の引き渡し”を要求。あそこ迄痛めつけても懲りる様子が無いとなると、追加の攻撃も含めて対応せねばならない。

 悠元はそうぼやきながら、学校ではなく都内にある百家・森崎(もりさき)家を訪れていた。何故森崎家なのかというと、“とある人物”に関わりがある為だった。

 

 悠元が名乗ると、使用人らしき人が応対して応接室に通される。そして、姿を見せた男性―――森崎家当主・森崎(もりさき)駿斗(はやと)が応対した。

 

「朝早くに突然の訪問となり、お許しください」

「いえ、これまでうちの愚息が幾度も迷惑を掛けた側として、この程度は許容しております。して、此度の訪問は如何なる御用でしょう?」

「実は、大亜連合の劉麗雷に関わる話になりまして……」

 

 劉麗雷の護衛部隊はほぼ全て国外追放処分としたのだが、悠元が唯一例外にしたのは(スン)美鈴(メイリン)―――『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の首領だったリチャード・(スン)の養女。大亜連合に渡航していたことは把握していたが、まさか劉麗雷の護衛部隊に配属されていたとは思わなかった。

 ちなみに、劉麗雷の日本語による会話を教えていたという事実も判明した。

 

「森崎殿の息子さんである森崎駿が、その彼女と面識を有しているようでして」

「話は伺っていましたが…もしやとは思いますが、息子の婚約者に彼女を?」

「それは当人同士次第として構いませんよ。こちらとしても森崎家の将来に口を出すことはしたくありませんので」

「……そうですな」

 

 孫美鈴が森崎に対してどのような感情を有しているのかは彼女次第だし、ここから先は森崎がどう対応するかに委ねる。尚、この話を持つ前に孫美鈴と会談したが、彼女は日本に帰化することを躊躇わなかった。一昨年夏のことがあったにせよ、元々何も知らない立場だった彼女も日本に対して恨みを持つような様子は見られなかった。

 

「森崎殿にお願いをするのは、孫美鈴の身元保証人になって頂きたいのです。無論、タダでとは申しません」

 

 引き受けてくれるとなれば、当分困らない養育費として2000万円を支払うことと、神楽坂・上泉系列の企業グループの護衛業の斡旋を明言。元々卓越した護衛はいるにせよ、ただでさえ魔法師の数が限られている以上は専門職を扱う家にも斡旋するのは当然の流れ。

 それを聞かされた駿斗は深く頭を下げた。

 

「そこまでしていただけるとは……正直、四葉家の勘気を被ったに等しい我が家に対し、そこまでの温情をいただけることは感謝以外の何物でもありません。その話、快く引き受けさせていただきます」

「分かりました。法的手続きについては神楽坂家で全面的に請け負いますので、彼女の引き渡しは明日の午後辺りで問題ないでしょうか?」

「ええ、其方にお任せいたします」

 

 そうして孫美鈴の行き先は決まり、悠元は帰宅した。流石に平日なので学校や仕事がある婚約者の大半が家にいないが、その代わりに出迎えたのは五輪澪だった……何故か車椅子に乗った状態で。

 

「おかえりなさい、悠元君」

「ただいま帰りましたが……何故に車椅子なので?」

「流石に誰がどこから見ているか分からないからね。偶に乗っておかないと感覚を忘れちゃうし」

 

 表向き澪が健康な人間でないことはいまだ健在の為、下手にボロを出さないよう車椅子に乗って感覚を鈍らせないようにしているとのこと。流石に電動なのでボロが出るとは考えにくいが、彼女がそう思っているのならばそうさせてやることにした。

 リビングに入ると、丁度深夜がお茶の準備をしてくれていたので、そのままご馳走に与りつつ話をすることにした。

 

「それで、どこか出かけていたの?」

「森崎家。ちょっと訳アリの人間を引き取ってもらう相談をしに行ってた」

「訳アリねえ……詳しくは聞かないけど」

 

 モニターに映るニュースは、新欧州連合―――ヨーロッパ大陸連合(European Continent Union:ECUN)と新ソ連の戦争状態に関してコメンテーターが意見を述べていた。

 知らない側からすれば、戦略級魔法師が健在な状態の新ソ連と形成されたばかりの新連合。だが、新ソ連のレオニード・コントラチェンコは既に亡命しており、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフも現在意識不明の状態。非公認の戦略級魔法師がいるにしても、湯水のごとく投入する愚は置かせない。

 

「何にせよ、日本は一時の平穏を手にした形だな。ただ、決着の時はそう遠くないが」

「私も手伝った方がいい?」

「そこは依頼という形でお願いしようと思っている……何故抓る」

 

 いくら婚約者と言えど、大掛かりの危険な仕事を頼むのだから、当然対価は支払って然るべきだ。だが、それを聞いた澪は悠元の脇腹を抓った。

 

「私は別に無償でもいいんだよ?」

「……表向きは国家にとって重要な戦略級魔法師という自覚を持とうな?」

 

 澪としては、悠元にこれまで多大な恩を受けている以上、その対価として無償奉仕でも構わないと思っていた。こういったことに関しては悠元の正論も道理だが、それでも納得できないという意思を見せた形だ。

 

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