達也の九校戦メンバー入りに深雪は喜んでいた。久々の姉のお怒りモードは見ててハラハラした。あれ、怒りだすと数時間は止まらないからな……ご愁傷様。三人で帰宅の途についたわけだが、達也が話しかけてきた。
「それにしても、中条先輩があそこまで見抜いていたとはな……どれぐらいの技量なのか知ってるか?」
「流石に達也レベルとはいかないけど、それに近い芸当はできている。俺は必死に頑張って達也に追いつくレベルだからな」
「そうか……なら、今度深雪の調整でも頼んでみるか」
司波家の調整機は九校戦よりも更に高度な調整機を使用している。実を言うと、三矢家の地下にあるやつも司波家と同クラスの調整機を使っている。なので、調整時は下着姿がデフォなのだが……止めておこう。あんな記憶は思い出したくもない。
「達也、お前は俺をどうしたいんだ? 調整を頼まれる度に寿命が縮むわ」
「悠元さん? それはいったいどういう意味でしょうか?」
「深雪のあの姿に耐えられる自信がない」
「……私は、その、別に構いませんけど」
今は魔法とかを考えるので精一杯だ。なので、深雪の下着姿を見た日には……抑えられる自信がない。これはあくまでも性欲と言う意味であって、それがイコール恋愛感情と言うわけでもない……やっぱりよく解らないな。まだ浴室に突撃されたり、添い寝してきたりしていないだけマシだな。あのことはこの先も封印指定だ。
雫からはそれとなくアピールされているのは気付いているけど、自分の恋愛感情がハッキリしないまま中途半端に受け入れて寿命が縮むのは勘弁したい。なので、現状は気付かない振りのままだ。問題を先送りにしているだけともいうが。
あとはあの会長なんだよな……なんか聞いた話だと、五輪家の長男と上手くいっていないようだ。だからと言ってこっちにスキンシップのウェイト増やすのやめてくれませんかねえ? その度に服部刑部少丞範蔵副会長の視線が飛んでくるんですよ……カッコいいと思うんだけどね、その名前。本人はかなり恥ずかしがってるみたいだけど。
「でも、お兄様も私がおふざけした時に動揺されていましたけど」
「良かった……達也も普通の感性は持ってたんだな」
「待て、それはどういう意味だ?」
ともあれ、九校戦には三人とも出場することになった。達也は選手ではなく技術スタッフという形だが、メンバーの一人に選ばれたことに変わりない。
そして、悠元は新人戦の統括役を任される形となった。統括役と言っても新人戦全体の戦略を考える立場なわけなんだが……正直何もしたくない、と考えている。
別に手を抜きたいわけではなく、自分や燈也、あとは五十嵐を除いて達也のことを陰ながら謂れのない言葉で非難している面々だ(森崎も含む)。自分自身で努力することも忘れて陰口を叩いていることに力を割く連中の面倒を見る、という苦労をせねばならない。
正直言って見たくもないし見きれない、というのが本音である。
深雪への武術鍛錬の一件で森崎とはある程度打ち解けられた。だからと言って達也への連絡に俺を使うな。今度学校制度を利用して森崎を模擬戦でフルボッコにしても問題ない……でも、今度は俺自身が面倒なことになりそうだ。いったん保留だな。
「達也があらぬ方向の性癖を持っていないか、二人で心配してたんだよ」
「……そんなことはないから安心してくれ。寧ろお前は自分の朴念仁をどうにかしろ」
「それをお兄様がご自分で仰いますか?」
隠しきるのもそろそろ限界かと思った悠元は、二人だけに聞かせるように話し始める。
「達也に深雪。ぶっちゃけるけど……俺は他人への恋愛感情が分からない。いや、欠落しているといってもいいだろうな。といっても人為的なものじゃなく、遺伝的なものと言っていい」
「……本当か?」
「嘘言ってどうするよ。前に3人で行動した時、俺に特異体質があるのは話したよな?」
異常な聴覚能力。それが三矢悠元と言う存在に根付いていた力。
前世でまともに恋愛していなかったというのもあるが、この体に転生してから彼の心の闇は思ったよりも深かった。何せ、異常聴覚のせいで小声で放たれる悪口や陰口も全部聞こえてしまうのだ……7歳という年齢でありながら、ある意味人という存在に絶望を感じていたのだろう。
絶望しきらなかったのは家族のお蔭とも言える。妹が割と……うん、それなりにまともだったのは、そんな感情を己の中に押し殺していたと思う。その前の魂は耐えきれずに消え去ったのかもしれない。今更聞くわけにもいかないし、聞けないけど。
「相手が小声で喋っていても全部聞こえる。この聴覚を制御するまでに色んな人間の発言を聞いてしまっている……酷い時なんて、テレビ番組の観客が小声で呟いたことまで聞こえたぐらいだし」
「そこまでの力だったんですか……」
『万華鏡』や『領域強化』を自身の体に試した際、自分の中に家族愛や兄弟(姉妹)愛という感情はあっても『他人への衝動的な愛情』というものが見つからなかったのだ。これは経験してないからだと思ったのだが、そうでもなかった。
試しにいろんな女性の写真を見てみた。可愛いとか綺麗とか、果ては性的な愛まではいくのだが……誰かを心から愛おしいと言うには遠すぎる気がした。
小学校や中学校でも同様だった。アイドルのようにチヤホヤされていた相手から告白された時、そこから嬉しいと感じても、心のときめきみたいなものが感じられなかった。何というか、分からないのなら試しに付き合おうとか思えなかった……一歩も奥に踏み込めなかったのだ。
3年前、深雪と出会ったときに緊張していたのは、前世での知識から彼女の素性を知っていることが相手にとって知らなかったからであり、その枷が外れたときに『友愛』としてのカテゴリに収まったのだろうと思われる。異性として認識することはできても、性欲が発生しても、そこから恋愛という結びつきがどうにも見えてこなかった。
「お前でもその欠落を治せなかったのか?」
「元から無いものは流石に治せないからな。それはもう魔法じゃなくて神の領域だろう」
前世での恋愛経験不足が皮肉にも噛み合った結果、恋愛感情の発生を起こさせないというものになっていた。深雪に抱き付かれても変に達観できていたのはそれが原因だった。
まあ、元々なかったものが突然生まれる現象は自分が散々引き起こしているので、感情の発露はきっとあるはずだろう。なので、そこまで悲観はしていない。転生特典で感情を生み出す魔法式を作るというのも何かおかしい気がする。
「雫がアプローチをしてるのは当然気付いてた。でも、俺がこんな状態で中途半端に答えてやる訳にもいかない。最悪、関わった人間全員が傷つきかねない……だから、暫くは気付かない振りかな。雫に問い詰められたら言うつもりではあるけど」
「……」
「それが、現状で出せるお前の次善策と言うわけか」
「ま、何かしらの切っ掛けで掴めるかもしれないし、悲観はしてない。その辺は気楽にやっていくさ……折角達也がエンジニア入りしたのに気を悪くさせて済まない。お詫びに、今晩は俺が何か料理でも作るか」
流石に重い話となってしまったので、これは自分の責任だろうと思って悠元はお詫びの方法を呟く。すると、それを聞いた深雪が必死になって叫ぶような口調で悠元に迫りつつ言い放つ。
「そ、それはダメです! 悠元さんは何もしないでください! 悠元さんはある意味私の代わりとして会議に出てくれたのですから、お兄様のお祝いは私にやらせてください! それに、悠元さんの料理を作るのは私だけでいいんです!」
(深雪……自分で何を言ってるのか、分かってるのか?)
それを聞いた達也は、悠元も大概だが深雪も人のことは言えないだろうと思った。仮にこの二人が恋人としてくっついたら一体どんな反応が起きるのか……それはそれで何故か“面白そう”と思ってしまった達也だった。
◇ ◇ ◇
ささやかなお祝いということで司波家での夕食を楽しんだ後、その片付けは悠元と深雪が担当していた(料理と菓子作り以外なら問題はないと深雪が判断していた)。そのため、何もすることがなくなった達也はリビングに一人となったところで電話が鳴った。
まるで図ったかのように鳴った電話に出ると、画面に映ったのは軍服を身に纏った軍人―――国防陸軍第
「お久しぶりです。狙ったんですか?」
『いや、そういうつもりでもないが……そうなってしまったようだな、特尉』
何とも曖昧な言葉だが、達也を特尉と呼んだということは、その通信が一般回線ではないと判断しつつ、達也は会話を続ける。
「リアルタイムで話をするのは、『サード・アイ』のオーバーホールの件から約1ヶ月ぶりですね。そして……その呼び名を使うということは秘匿回線からですか。よくもまあ、毎回一般回線のラインに割り込めるものです」
『簡単ではないがな。特尉、一般家庭の君の家は特にセキュリティが厳しすぎないか? 特に彼のお蔭でセキュリティの段階が一気に跳ね上がったとオペレーターが悲鳴を上げていたよ。まるで
「最近のハッカーは見境がないですから。余程深い階層にまで踏み込まなければカウンタープログラムは発動しませんので」
司波家のシステムサーバーは厳重なセキュリティ―――深い階層に到達した瞬間、幾重のカウンタープログラムを仕込むレベルのものまである。尤も、かなり大事なデータは悠元の提案を受けてオフライン化させた端末で管理させているため、万が一破られてもいいようにはなっているのが救いだと達也は内心で呟きつつ、風間に問いかけた。
「それで少佐、本日はどのようなご用件で?」
『ああ。聞けば、特尉も九校戦に出場すると聞いてな。会場は富士演習場南東エリア……これは、例年のことだな』
決まったのは3時間前だというのに相変わらず耳が早いな、と達也は思う。いや、そういう傍受システムでも国防軍が所持していてもおかしくはないと思いつつ、表情には出さなかった。すると、風間は気を引き締めつつ喋る。
『だが、気を付けろよ達也。該当エリアで不審者の痕跡があった。加えて国際犯罪シンジケートの構成員らしき人影が目撃されている。時期的に見て九校戦が狙いだろう』
「国際犯罪シンジケート、と仰いましたが?」
4月の『ブランシュ』の一件に続いて、今度は国際犯罪シンジケートとは……とそう内心で呟いた達也。狙いは間違いなく九校戦の可能性が高いだろう。これは風間が発しなくとも達也には推測がついた。
『壬生に調べさせた』
「壬生といいますと、第一高校2年生、壬生紗耶香のお父君ですか」
『ああ。君とも少し話していたと聞いた。おっと、話が逸れたな。壬生は退役後、内情(内閣府情報管理局)に転籍して、現在は外事課長として外国犯罪組織を担当している』
「―――驚きました」
これは別に相槌を打つための言葉ではなく、達也が本心から驚いたものだった。紗耶香の父親とは彼女の退院時に話したが、彼が言っていたことからして“自らの不徳の致すところ”だと感じていたのかもしれない。
それ以上に、軍の不始末を武官・文官という意味で友好的とは言えない内閣府の情報機関にリークして協力を仰いだこともそうだが、対外諜報・防諜を担当する一責任者の娘が下請けとはいえテロ組織に関与していたという事実も驚く。
その辺を感じ取りつつ風間が話を続ける。
『犯罪シンジケートとテロ工作組織は似たようなものでも異なる……セクショナリズムは国家の業だ。幸い、剛三殿が間を取り持ってくれたお蔭で協力や情報交換もスムーズにできている訳だ。話を戻すが、壬生の調べでは香港系の犯罪シンジケート―――『
「お願いします」
ここまでは必要な連絡だと達也は認識していた。だが、ここから話すべきか少し悩んだ相手の素振りに達也は少し疑問を感じたが、その予感は風間の言葉で的中する形となった。
『それで、これが重要な課題なのだが……達也。君の方から悠元に何とか私からの連絡に出るよう掛け合ってほしいのだ』
「……彼に何をしたのですか? まさか、4月の入学式の一件ですか?」
聞いていたのか、という風間の項垂れた表情に達也は内心呆れ返ってしまった。
悠元から防衛大のデモンストレーションに無理矢理参加させられていたことは聞き及んでいた。そのせいで入学式後の段取りも全部御釈迦になったと言っていて、彼からしたら『さあ、やるぞ』と言った瞬間に掛けていた梯子を外された形となったのだ。
それは怒っても無理ないと思うし、そのせいで代理を務めることとなった深雪に詰め寄られた自分も被害者の立場だ。その辺のことは口に出しても仕方ないので、そのことは自身の心に留め置くこととしたが。
『「サード・アイ」のハードウェア更新に関してもそうだが、真田や藤林経由で依頼した軍関係の仕事は全てこなしているので素行上問題はない。だが、それ以外となると一向に聞く耳を持ってくれなくてな……『こればかりは大隊長が悪い』と真田や柳、藤林に釘を刺された』
「お言葉ですが少佐。彼にとって大事な高校の入学式を奪われたのですから、当然の報いかと思われます。寧ろ家のことを慮って関係を断ち切らなかっただけまだマシ、と自分は考えますが」
自分にしてはかなり棘の入った言い方をしたな、と達也は思う。
彼がいくら独立魔装大隊の特別技術顧問とはいえ、自分と同学年の学生だ。その辺を失念していた風間の責任だろうとバッサリ切り捨てる選択をしたのは、気が付かないうちに自分も怒っていたのか、と少し思ったのは言うまでもない。
「解りました。確証はできませんが、自分が掛け合いましょう。無論、彼から一発貰う位は覚悟していただきますが」
『……分かった、感謝する特尉。それでは失礼するよ。君の方から悠元に「申し訳ない」と伝えておいてくれ。それと、師匠にも宜しく言っておいてくれ』
そう言って画面は暗転した。
彼への伝言や説得に加えて共通の師匠への伝言とは、つくづく自分も損な役回りをしているものだ、と思った達也であった。
上手く書けたかどうかは分かりませんが、主人公のちょっとした事情。
悠元の存在で『サード・アイ』のオーバーホールが前倒しに実施されています。