九重寺における元老院四大老同士の会談。東道家当主・東道青波と神楽坂家当主・神楽坂悠元。話は呼び出した側の青波から語られ始める。
「他でもない新ソ連・大亜連合方面の仕置きについてだ。大亜連合にとって重要な周公瑾が消えたことはこちらとしても利である。無論、その黒幕とされる顧傑についてもだ。一番聞きたいのは、大亜連合の戦略級魔法師である劉麗雷の処遇」
「それについては、暗示の類が無いかを専門家にお願いした上で、一条家に引き取ってもらう。大陸の暗示となると多少骨は折れたが、こちらで処置はしておいた」
実は、劉麗雷に事情聴取している最中に暗示の類となる要素はすべて取り除いた。周公瑾の知識を取り込んでいたからこそ、容易に対処できた側面がある。
「新ソ連の艦隊群については、殆どを神楽坂家で引き取ることとした。一部は国防軍の演習用として引き取って頂いた形だ」
「演習用……“見せしめ”か」
「別に人的被害は出ないのだから、問題は無いと判断させてもらった」
艦艇については装備の互換性が無いため、一度材料ごとに分別した上で再構築する。民間軍事会社で取り扱う戦力が増えることに文句を漏らす人間は出るだろうが、それだったらこちらの力を借りることなく成し遂げるのが筋合いではないだろうか、と思う。
捕らえた新ソ連軍の兵士についてだが、新ソ連と正式な国交がないので直接交渉することもできないし、そもそも向こうの一方的な言いがかりで攻めてきた側に挙げた拳を振り下ろすタイミングがあるのかも不透明。
そのため、悠元は新ソ連と関係を有する国に兵士たちを国外追放することとした。無論、ただで新ソ連に返すほどお人よしではない。
「捕らえた兵士については、要求を呑まずに一方的な言いがかりで追加派遣することも視野に入れて、全員大亜連合政府に引き渡した。彼らをどうするのかは向こうの裁量に全て委ねた」
「……今回の侵攻に対する報復も兼ねて、か?」
「そもそも、劉麗雷の自発的な意思とは言え、二国間の争いに日本を巻き込んだのは事実。ならば、その責任を大亜連合政府に果たしていただく。これで拗れても私は知らん」
そもそも、こんな事を仕組んだのはベゾブラゾフの仕業で、エドワード・クラークもそれに便乗して巳焼島に攻撃を仕掛けた。その報復として新ソ連の軍事力を完全に麻痺させた。軍事衛星全てが悠元の支配下に置かれ、[
「もしや、新ソ連国内における[トゥマーン・ボンバ]と思しき爆発も其方の仕業か?」
「正解だ。戦略級魔法[
「……敢えて方法は訊ねないが、義父以上の傑物とも言うべき所業であるな」
ウクライナ・ベラルーシは新ソ連からの脅威に備える形で連合国家として独立。その初代大統領は元コメディアンという経歴を持つポーランド系ウクライナ人が就任。そして、国家公認戦略級魔法師として公表されたのはジョン・シュヴァルツ。
この男性だが、実は原作におけるジョー・
悠元がレオニード・コントラチェンコをSSAにそのまま送ることが出来たのは、代わりの戦略級魔法師がいるという状態を確約していたことから
なお、その彼が最初にメディアの前で発した言葉は、『私は日本によって人生を救われた。この国の独立は、新ソ連相手に奮闘している東洋の島国を救う恩返しになると考え、話を受けた』と公言。
本人からの手紙では、かつて『ジョン・ドゥ』として飼い殺しにされていた時から成長したとはいえ、力を持つことで現“シリウス”の気苦労も察してしまった……と書かれていた。
「それで、国外に出した[パラサイト]はどうするつもりだ?」
「貴方方からすれば、国にいないことが一番の利ではないのか? そもそも、積極的に力を貸そうともせず、ピーチクパーチク騒ぎ立てるしか能がないなら、元老たちの頭脳は最早動物以下だ」
「……手厳しいな」
真一(九島光宣)を除く[パラサイト]の連中は、予定通り『ミッドウェイ』でパールアンドハーミーズ環礁の基地に送られた。愛波に術式提供や魔法力の訓練を課すことで強化したが、USNA軍が余計な手出しをさせないようにホワイトハウスやペンタゴン経由で要請した。
「では、準備が整い次第ミッドウェー監獄に出向くと?」
「ここから身柄を保護することは可能だが、彼らには怒らせた人間が誰なのかを認識してもらわなければならない。ミッドウェー監獄に侵入はするが、救出対象を含めた痕跡全てを抹消する。そして、救い出した彼らにはUSNAの軍人としての責務を果たしてもらう」
どうせミッドウェーに出向くのだから、そのままワシントンD.C.まで飛ぶことも考慮に入れている。ただ、あの大統領のことだから、事態を知ってハワイかミッドウェーに直接飛んでくる可能性もある。
「それにも関わる話だが、イリーガルMAPの情報を近隣国に提供したところ、台湾の空港で身柄を拘束したという情報が入った」
「……罪状は?」
「ミッドウェー監獄からの無断釈放―――“脱獄”という体裁で国際指名手配をしておいた。事態を聞いた大統領が大使館を通して日本政府に許可をくれたのでな」
日本に入国させた上でフルボッコにしてから追放する手も考えたが、彼らとて非正規でもUSNA軍の統制下に置かれているのは事実。なので、USNA大統領が日本にある大使館を通す形で国際指名手配の手続きを日本政府に要請した。
そして、SEPA及びSOPA批准国に通達された翌日、見事に捕まった。なお、彼らはUSNA行きの便で強制国外退去となり、ワシントン行きの臨時便へ帰路に就いた。いくら非正規の人間と言えども、下手に表で暴れてUSNAの心証を下げるような行為は御法度と思ったのかもしれないが、真相は闇の中である。
なお、この手続きをしたであろう首謀者を捕まえるべく、全ての段取りをカーティス経由で伝えている。これでエドワード・クラークが暴走して日本に攻め込んできた場合、容赦なく殺せるお膳立てが整うことと成る。
◇ ◇ ◇
会談を終えた悠元は、そのままの足取りで東京湾海上国際空港に出向いた。悠元はそのままチャーター便専用のラウンジに通されると、先に来ていた達也らと合流した。
「おはよう、達也にリーナ」
「ああ、おはよう。朝早くから忙しかったようだな」
「単なる事実確認程度のものだけどな」
そして、そのままの足取りで向かった先には極超音速輸送機が停まっていた。この機体はイギリスが保有しているものをベースとして、動力源には水素燃料を用いたジェットエンジン、そして姿勢制御・空力制御に魔法を併用することで、最高マッハ10という最高巡航速度と約3万キロの航続距離を達成した神楽坂家保有というか悠元のプライベートジェット。
なお、この機体のベースは西果新島の件で迷惑を掛けたとしてイギリス政府から無償で払い下げられたものであった。正確にはイギリス王室から同政府に働きかけた結果の産物らしいが、それ以上のことを考えるのは疲れる気がしたので何も言わずに受け取った。
悠元と達也の他には、深雪と水波、そしてセリアがついていくこととなった。操縦は先日免許を取得した支倉が担当する形で、一路巳焼島に向けて飛翔する。
巳焼島に新設された4000メートルの滑走路に着陸して、ジェットから降りてきたところで悠元は別のジェットエンジン音に気付いて西側の空を見上げる。すると、ビジネスジェット―――国内線のチャーター便で使用される機材が巳焼島に向けて降下する。
それを見届ける前に、悠元らは出迎えの車に乗って飛行場を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
車の行き先は研究所やプラントのある東部ではなく、西部にあった魔法師用監獄の管理スタッフが駐在していたビルに案内された。そして、その理由は立派な装飾が施された旧所長室にて待っていた女性―――四葉家現当主・四葉真夜であった。
「これは真夜さん。この場は四葉殿とお呼びすべきでしょうか?」
「どちらでも構いませんよ。この場においてもっとも立場が高いのは悠元さんなのですから」
「では、真夜さんとさせていただきます……深雪、抓らないで」
「……はぁ」
悠元と真夜のやり取りに対して、悠元の脇腹を抓る深雪、それをキョトンとした表情で見ているリーナ、からかおうとして悠元に拳骨を落とされるセリア、そして疲れたような表情を見せる達也に、その状況を微笑ましく見つめている葉山の構図が出来上がっていた。
「今日は島の様子を視察に来たのです。余り本家で引き籠ると、分家の当主達が煩いんですもの。なので、
四葉夢女―――四葉元造の妹にして黒羽貢の母親。四葉直系の祖父母世代で唯一の生存者、そして年齢は神楽坂千姫と同い年に当たり、学生時代は同級生だったらしい。
「それと、悠元さんに確認しておきたいことがありまして」
「自分にですか? 答えられる範囲内なら構いませんが」
「では……今後、カーティス上院議員の要請に応えるとして、ただ救い出して終わりとされるわけではないと思いまして」
真夜の疑問は、悠元ならベンジャミン・カノープスを含めた冤罪の兵士の救出だけで終わらせるとは到底思えなかったからこその疑問。達也や深雪の視線が向けられる中、悠元が一息吐いてから言葉を発する。
「ええ、その為の手筈も全て打とうと思います。なので、USNA大統領との会談の際は師族会議議長として、そして日本政府特使として出向きます。達也は表向きの肩書きとして自分の護衛ということでお願いしようと思います」
「護衛……心配はしていないけれど、たっくんに務まるかしら?」
「それはどういう意味なのかをお聞かせ願いたいのですが?」
悠元が放った言葉に真夜が首を傾げ、呆れつつも達也が辛辣な言葉を吐き捨てた。確かにガーディアンとしての経験から達也は適任だが、真夜の冗談に対して深雪とリーナが揃って笑みを漏らした。
何せ、互いに戦いたくない相手として認めている以上、特に諍いが生じることはない。とはいえ、達也と同等以上の護衛対象という意味で、真夜の述べた疑問が決して間違った反応ではないとも言える。
「ふふ、冗談ですよ。そういえば、悠元さんにはもう一つお尋ねしたいことがありまして。この島にイギリス海軍の空母が迫っていると報告を受けましたが、特に攻撃する意思は無いという返答を頂きました。この船も悠元さんの差し金ですか?」
「そちらに関しては、佐伯少将が勝手に色々進めていた一端です。とはいえ、何もせずに帰らせるのも国の面子が立たないでしょうから、この島に寄港して代表者との会談を設けます。あの船には[十三使徒]ウィリアム・マクロードが乗っていることは確認済みです」
巳焼島はヘキサライン・マーセナリーの拠点を置くことが神楽坂家と四葉家の交渉で決定し、島の西部はそれに向けての改修工事が急ピッチで進められている。この管理ビルが残っているのは、拠点で駐在する幹部クラスの生活空間の確保が目的でもあった。
話を戻すが、港は複数の大型艦クラスの停泊を可能としている為、海軍空母クラスは余裕で入ってしまう。それを利用して悠元はマクロードと会談を持つつもりであった。
「イギリス連邦の構成国にも含まれるであろうインドを有するIPUの方にも同席して頂くようお願いはしますが、議論の主導は自分が音頭を取ります」
「宜しいのですか?」
「連中には“対価”を支払ってもらう必要がありますので」
そうして会談を終えると、リーナとセリアは真夜が引き留めたので部屋に残し、悠元と達也、深雪と水波が迎えに来た堤琴鳴の案内に従う形で部屋を出た。応接室の前に来た琴鳴がノックをした上で「神楽坂様と達也さん、深雪さんをお連れしました」と伝え、応えが返ってきたのを確認した上で中に入る。
部屋の中には四葉分家の一つ、新発田家次期当主・新発田勝成の姿と二人の女性の姿があった。肌の色が濃い推定四十代半ばの女性と、その後ろにはココア色の肌を持つ背が高いスレンダーな二十代の美女が立っていた。
そして、前者の女性―――インド・ペルシア連邦の魔法研究の中心、旧インドの中南部のハイダラーバード大学教授で、戦略級魔法[アグニ・ダウンバースト]の開発者であるアーシャ・チャンドラセカールは悠元の姿を見て、微笑みながら近寄って来た。
「お久しぶりです、ミスター長野。いえ、今はミスター神楽坂でしたか」
「こちらこそお久しぶりです、チャンドラセカール博士。いつぞやの時は大変お世話になりました」
「いえ、我が国の[アグニ・ダウンバースト]の完成度を高めてくれた功績と、[恒星炉]による恩恵を多大に受けている身として、我が国の首相より感謝の言葉を伝える様に仰せつかりました」
インド・ペルシア連邦では、剛三と訪れた時に戦略級魔法[アグニ・ダウンバースト]に対する意見を求められた際、欠陥点を全て書き出した上でその対策案まで提示し、そのメモはチャンドラセカールに渡していた。
インド・ペルシア連邦の戦略級魔法の完成度が高まれば、隣接する大亜連合への牽制にも繋がるし、その北方にある新ソ連への対抗策にも繋がる。その意図を込めて悠元が意見を出したわけだが、その影響で[アグニ・ダウンバースト]を修得したのだった。
悠元とチャンドラセカールが互いに握手を交わすと、これには勝成があっけにとられていた。さしもの勝成であっても世界のVIPの一角と面識を持っているとは思わなくても無理はないだろう。
とはいえ、ここに招き入れたのは勝成であるため、悠元は勝成に目線を送ると、勝成はその意図に気付いて声を発する。
「教授。こちらが司波達也、そして司波深雪です。達也君、深雪さん。こちらはハイダラーバード大学教授のアーシャ・チャンドラセカール教授でいらっしゃる」
「司波達也です。ご高名はかねてより伺っております」
「こちらこそ、かの四葉の次期当主にお会いできて光栄です」
最初に達也とチャンドラセカールが自己紹介と共に握手を交わす。
「司波深雪です。よろしくお見知りおきください」
「こちらこそよろしく、神楽坂殿の未来の奥方様」
深雪とチャンドラセカールが握手を交わしたのを見届けて、勝成は三人に席へ座るよう勧めたので、そのままソファーに腰かけようとしたところで、チャンドラセカールが隣にいる護衛と思しき女性に視線を向ける。
なので、座る動作を中断してチャンドラセカールの言葉の続きを待った。
「彼女はアイラ・クリシュナ・シャーストリー。私の護衛で、今年の3月に[アグニ・ダウンバースト]を修得した国家非公認戦略級魔法師です」
紹介されたアイラは言葉を発することなく、それでいて丁寧にお辞儀をした。その仕草だけで護衛としての厳しい教育を施されてきたのだと分かるほどだった。
チャンドラセカールがソファーに座ったのを見て、悠元と達也、深雪が座り、水波は深雪の後ろに立つ。勝成はサイドに置かれたスツールに腰を下ろし、琴鳴がその背後に立った。
そうして、悠元らとチャンドラセカールの会談が始まった。