会談は夕方に終わり、イギリス海軍の空母『ジブラルタル』は横須賀港へ寄港後、イギリス本国に帰らず対新ソ連の戦力として滞在することが日本政府に通達された。なお、アーヴィングとマクロードは極超音速輸送機でイギリス本国へ帰国した。
彼らの親族であるアニエスは二人と面会したが、戦略級魔法師管理条約の話を聞いた際はマクロードに対して平手打ちで彼の頬を叩いた。曰く『貴方も魔法師なら、この条約がどんな影響を与えるのかも分かっていない筈がない』と言い放ち、イギリス本国へ帰る意思がないことを明言した。
そのままジェラルドの許に転がり込むつもりなのだろうと思うが、当のジェラルドは絶句に近い有様であった。そんな彼を気遣ってなのか、アーヴィングはジェラルドの肩に手を置き、「すまない」と声を掛けたのだった。
チャンドラセカールとアイラはチャーター便で帰路に就いた。国際機関の立ち上げについては時間を要するし、それに新ソ連や大亜連合方面が慌ただしくなるのは目に見えている為、あまり長居するのも危険だと思ったのだろう。
ただ、機関立ち上げの際には日本で調印式を執り行うことが決定している。どんな組織とするかは大まかな構想を有しているが、これから詰めるべき内容が多い。
そして、悠元は師族会議議長として臨時師族会議の呼びかけを行い、1時間後にはオンライン経由とはいえ全当主がそろい踏みとなった。なお、場所の都合もあって悠元と真夜が隣に座る形での参加となっている。
「急な呼び掛けに拘わらず、集まって頂いて感謝する。此度のことは全当主が情報共有せねばならない事態と考え、会議の体裁を取った」
『それは、神楽坂殿と四葉殿が同じ場所にいることも大いに関係しているのでしょうか?』
「当たらずも遠からず、とだけ述べさせてもらう」
そもそも、[トーラス・シルバー]の件で神楽坂家と四葉家が協力関係にあることは師族会議メンバーも周知の事実の為、ここについては繰り返すことなく八代雷蔵の問いかけに簡潔な答えを返した。
「今回、外国の要人と会談する機会を得たが、インド・ペルシア連邦のアーシャ・チャンドラセカール博士、そしてイギリスのウィリアム・マクロードの二人と会談した。前者は四葉殿の計らいによるものだが、後者は国防軍絡みでの来訪だったようで、其方については既に対処した」
『国防軍絡み、ですか?』
「より正確に言えば、国防陸軍の佐伯広海少将が外務省や国際魔法協会を通してウィリアム・マクロードに戦略級魔法師管理条約の締結を持ち込もうとした。だが、その企みは既に阻止した故、安心して頂きたい」
『……息子にとっても聞き逃せない案件だったみたいですな』
六塚温子が首を傾げ、それに対して答えた悠元の説明に剛毅が唸った。ましてや、先日戦略級魔法師となった一条将輝のことに関わるとなれば、父親としても看過できる案件ではなかった。
『ところで、チャンドラセカール博士とは何を話されたのですか?』
「主に魔法師の基本的人権に関する認識の話をさせて頂いた。その意味で、魔法協会が十全にその役目を担えているとは言い難いことも伝えている。無論、それは我々にも当て嵌まる話であることは認識して頂きたい」
決して他人事ではない、というのは師族会議にも当て嵌まることであり、これまで魔法師の取り合いを国防軍と繰り広げて来たのは言うまでもない。即戦力の魔法師を確保することで体制を安定させるのは理に適っているが、そもそも需要の受け皿が広すぎるのに、供給自体が全く追い付いていない現状を誰も触れなかったのが一番の問題だと思う。
「今後についてだが、根本の原因となるエドワード・クラークとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ―――この両名の対処が最優先事項となる。ただ、北陸の一条家と山陰の一色家、九州の八代家と奄美・沖縄の七草家については、新ソ連もしくは大亜連合方面の警戒に注力して頂きたい」
『つまるところ、神楽坂殿が対処に当たると理解しても?』
「無論、そのつもりだ。それと、彼らが標的にしている[恒星炉]プラントの立地上、神楽坂家と四葉家がその対処に当たる。何か進展があれば改めて会議を開催する方針で宜しいか?」
今回は別に腹の探り合いをする場ではないため、臨時師族会議は穏便な雰囲気で終了した。神楽坂家と四葉家の協力体制については、そもそも悠元と深雪が婚約関係にある為、異論が挟まれることはなかった。
会議を終え、悠元は真夜に視線を向けた。
「では、真夜さん。巳焼島の防衛体制については基本的にお任せしますが、こちらも『神将会』全員を動員することは御承知おきください」
「分かりました。にしても、九校戦の再開催で忙しいのに、エドワード・クラークには困ったものですね」
「忙しいのは一部の人間に限られますが」
その九校戦だが、会議前に一条剛毅から九校戦・個人戦の開催提案を持ち掛けられた。提案の主は三高の前田千鶴校長らしく、彼女曰く『悠元の本気を一条将輝に見せつける』とのことらしいが……今回はテスト要素があるため、団体戦に出れないデメリットは出てくるが、個人戦でのエントリー枠が増えることになる。
個人戦は各校の各学年男女一名ずつの計六名。第一高校で想定している出場メンバーは、男子が1年矢車侍郎、2年壬生光宣、3年神楽坂悠元。女子は1年三矢詩奈、2年十文字理璃、3年司波深雪。各々の魔法特性を鑑みた場合、これが安定した布陣となるだろう。
個人戦の種目はスピード・シューティング、ロアー・アンド・ガンナー、アイス・ピラーズ・ブレイク、男子:シールド・ダウン、女子:ミラージ・バットの4種目による総合成績で競う方式で話は固めた。団体戦の戦力ダウンは免れないが、こればかりは仕方がないことだろうし、他校も同じ条件で戦うことになる。一高や三高以外の魔法科高校からすれば躍進のチャンスにも繋がってくる。
「まずはミッドウェー刑務所やパールアンドハーミーズ環礁米軍基地の対処が最優先です。その上でエドワード・クラークを嵌めて合法的に抹殺します」
「ベゾブラゾフはどうされるのかしら?」
「無論、ベゾブラゾフも排除するのは確定ですが、彼にはとっておきの役目を与えてあげます。戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]の強さを誇示するという意味でも」
国防軍の妨害を排除したことで、原作のように達也を偽装入院させる必要も無くなった。合法的に国外へ出ていける手筈は整えたため、こればかりは『元老院』もとやかく言える立場ではなくなった。
「そう仰るということは、何か大きな花火でも打ち上げるのかしら?」
「余り見た目の良い花火ではありませんが……それで、何故抱き着いているのですか?」
「悠君成分を補充したくて」
なお、その光景を見た深雪が、空いている客室に悠元を連れ込んでいく光景を達也は目撃した。その光景はリーナも目撃しており、冷や汗を流していた。
「……達也、いいの?」
「俺に出来るのは、悠元を労ってやることだけだ」
「そこは深雪じゃないのね……」
そして、“記載することが出来ない行為”によって深雪の腰が抜けたため、悠元のお姫様抱っこで帰路に就いたのだった。
◇ ◇ ◇
7月12日深夜。横須賀港から一隻の艦船が出港した。事前に許可を得て動いている船の名は日本の最新鋭空母『ずいかく』。横須賀港を出発後、房総半島沖を経由して旧千葉県房総半島の東に針路を進める。
そして、房総半島東約50キロのところで停止し、甲板から大型エアカーが発進して更に東を目指す。ただ、エアカーを操縦しているのは達也だが、悠元はエアカーの上に乗っていた。理由は達也以外の同乗者がいて、リーナとセリア、それにジェラルドの三人だった。
なので、誰かが爪弾きに遭う形となる為、単独でも迎えを把握して乗り込める悠元が外にいて、[
こうなった経緯は5時間前に遡る。
「え? ワタシも行くの?」
元々、救助だけだと思っていたリーナは首を傾げていた。だが、その提案をした達也の言葉に理解を示したのはセリアだった。
「あー、成程。
「その通りだが……流石に同い年から兄呼ばわりは止めてほしいんだが」
「だって、お姉ちゃんが達也と結婚したら、私からしたら義理の兄だよ。だからお兄様」
「……達也、すまない」
USNA政府があれだけの誠意を見せたことに加え、大統領の性分ならば直々に出向くことが想定される。なので、単に助けて御終いという流れになるとは思えない。最悪、USNA本国に足を運ぶことにもなるため、一応パスポートだけは携帯していく必要があった。
「だとしたら、ジェラルドも同行させた方がいいな。リーナの護衛になるし」
「そうなると、エアカーの定員がオーバーするんだが……どうする?」
「俺は外でいいよ。最悪飛んでいくし」
「飛ぶというより、むしろ瞬間移動」
「少し黙れ」
悠元の関節技でセリアが沈められ、これには周囲から苦笑が漏れていた。事実なのは間違いないが、もう少し言葉の節度を弁えてほしいと思わなくもない。そんな彼女を婚約者として受け入れた側が言えた台詞ではないのかもしれないが。
閑話休題。
悠元が乗る関係で低空を走行しているわけだが、悠元がエアカーの上に乗っているのは、彼の目線の先に見えてきた物体―――USNA海軍の原子力潜水空母『バージニア』にいる人物との折衝役の為だった。
エアカーは展開されたフライトデッキに着陸し、艦外殻のスライド式ハッチが閉じたところで悠元はデッキに降り立った。すると、その到着を待っていたかのように、一人の男性が近付いてきた。その男性は悠元も知っている人物であった。
「これはカーティス大佐殿。お久しぶりでございます」
「こちらこそ、神楽坂殿。いつぞやのテロ騒ぎでは剛三殿共々感謝しております」
悠元と『バージニア』のマイケル・カーティス艦長は知己で、数年前のワシントンで起きたテロ騒動と自由の女神像倒壊阻止の際に知り合った。当時、カーティス艦長は非番で家族と共に来訪しており、已む無く応援として駆り出された時に知り合った。
「伯父より事情は伺っている。君らに仕事を頼むのは思うところもあるが……どうか、我が国の災厄を祓っていただきたい」
「無論、そのつもりで来ましたので、お引き受けいたしましょう」
「助かります。そして……君も一緒とはな、メイトリクス大佐」
「カーティス大佐もご無沙汰しております」
年齢が違うのに、同じ大佐の階級を有する二人。だが、カーティス艦長はジェラルドの実力をその目で見たことがある者の一人。故に、彼を若造扱いすることはせず、頼もしい同僚として見ていた。
「今回のことは自分としても看過できませんし、閣下より命令を受けてのものです。必要とあらば我が国を脅かす[パラサイト]の排除を敢行いたします」
「……君も、変わったな」
「覚悟を決めただけであります。無駄な殺生など自分の望むところではありませんが」
「それでいい。君はそれでいいのだよ」
カーティス艦長はジェラルドの内に秘めた何かを感じ、それ以上のことは話さずに艦内へと案内した。リーナとセリアについて触れなかったのは、彼女たちの素性も聞き及んでいたためであった。
潜航モードとなった『バージニア』は、一路ミッドウェー諸島およびハワイ諸島方面を目指して針路を向けた。
◇ ◇ ◇
神楽坂本家の離れにて、千姫は支倉佐武郎より報告を受けていた。
「御当主様は司波殿らも含めて無事に『バージニア』へ到着しました」
「そうですか。全く、佐伯少将も軍人としての心構えがあれば、北海道へ飛ばされることも無かったでしょうに」
そう漏らしたのには理由があり、佐伯は一時期千姫の教導を受けていたことがあった。軍人としての資質は優秀だったが、その裏には九島烈への対抗心が見え隠れしていた。そんな部分を感じ取ったのか、支倉が問いかけた。
「畏れながら、それは九島退役少将が大いに関係なさっているのでしょうか?」
「そうね。より正確に言えば、烈と佐伯少将の父親―――
佐伯の父親である広治も陸軍将校であり、九島烈とは同期の誼であった。そんな彼は、烈が魔法師強化措置に成功したという話を聞き、彼も志願した。
「佐伯退役少将は烈が羨ましかったのでしょうね。でも、天使は微笑んでくれなかった。彼は強化措置に失敗して、長いこと病院での生活を強いられてしまった。亡くなったのは措置を受けてから20年後の話になるけど」
「……力を欲するが故の末路、ですな」
「そうね。だからこそ、佐伯は烈をライバル視した。寧ろ、憎んだのかもしれないわね。烈が成功してしまったから父は死んだのだ、と」
当時、魔法師の実力を上げる方法は確立されていなかった。その道を今代の神楽坂が見出す以前は、人体実験を通して得られた理論に基づくもので育成されていた。そして、烈が勝ち得た未来は広治を敗北に追いやった……と、佐伯がそう思って烈を見ていても、何ら不思議ではなかった。
「でもね、いくら魔法師を守るためとはいえ、人の道を外れるのは大概にすべきなのよ。悠君はその典型例かも知れないけど、あの子ほど権力や権威に頼ることの危険性を理解している若い世代はいない。だからこそ、私は彼に次の神楽坂を託したの」
「どこまで行っても実力と論理に基づく行動を見せておりますから。あれだけ女性に好かれるのも納得できる話です」
悠元が“転生者”という事実はさて置くとしても、彼はあくまでも実績と実力で道を切り開いている。だからこそ、彼を慕おうとする女性の数が多くなったのかもしれない。この分だと、曾孫の数は両手で間違いなく足りないのだろう、と千姫は笑みを零した。
「そんなサブちゃんも、和美ちゃんに対して律儀に手紙を出しているそうね。この前は一緒に出掛けたことも聞いているわよ?」
「あれはデートと言うよりも相談事に付き合ったようなものですが……」
「いっそのこと、手を出しても私は一向に構いませんよ?」
「相手は小学生なので、流石に倫理の面でアウトですよ」
破天荒な先代当主とハーレムに巻き込まれてしまった現当主。その一端を食らったような形の支倉としては、せめて相手が婚姻可能な年齢になってから考えるべきだと窘めるように呟いた。
後半で出した人物はオリジナル設定です。ただ、こういった背景が無いと30歳差もある烈と佐伯の因縁がどうにも成立しがたいため、こうなりました。
魔法の師弟関係ならば割と成立していたかも知れませんが、そういった記述も見られませんし、割と歳が近ければ別の線も考えられたかもしれませんが、そうなると今度は公務員の就業年齢に引っ掛かるという問題が生じます。
この辺はもしかしたら原作で補完されるかもしれませんので、本作の独自設定ということでお願いします。