魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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普通の概念の行方

 時は悠元らが日本へ帰還する少し前。モンドサード基地との通信を終え、スペンサーとクラウス、そしてキャスバルはそれぞれの宛がわれた執務室へ戻った。そして、キャスバルの執務室には一人の男性が静かに座っていたが、キャスバルが戻ってきたところで視線を向けた。

 

「キャスバル、終わったのか?」

「一通りの通信は、ですね。あとは大統領閣下の仕事でもありますので……お前も災難だったな、バルク」

「なに、それは養父に拾われた時から覚悟していたことよ」

 

 キャスバルの部屋にいたのはバルクホルン・バラッド―――ベンジャミン・カノープスの先代に当たる元『スターズ』第一隊隊長兼副長だった人間。そして、新たに“シリウス”となったジェラルドの魔法の師匠でもある。

 

「にしても、ジェイの奴が“シリウス”になるとはな……血は争えなかったか」

「複雑か?」

「当然だな。何せ、あんな無利益に等しい戦いでヴィルヘルミナやエレノアだけでなく、数多くの同胞を喪ったんだ。いくら全面戦争の回避とはいえ、そのとばっちりを受けた我々からすれば堪ったものではない」

 

 バルクホルンは昔を懐かしむように呟き、テーブルに置かれたコーヒーを啜る。そうして喉を潤してから、続きの言葉を発する。

 

「いくら忘れ形見の恰好となったとはいえ、彼に軍人の道など強要できん。そのとばっちりを九島将軍の孫娘たちが被ってしまった訳だが……その意味で、俺もこの事態を招いた加害者側の人間だ」

「バルク……」

 

 本来、大人の尻拭いに若者を巻き込むべきではなかった。だが、新ソ連の明らかになった戦略級魔法の恐怖を払拭するが余り、軍の序列や秩序を無視した人事案を敢行してしまった。その結果として生まれた歪みが[パラサイト]によって表面化したのは事実。

 バルクホルンも被害者の立場にあるが、危険性をきちんと周知できなかったのは自らの落ち度でもある、と自らを戒めるように呟く。

 

「今更裁けというのは無理だぞ? そうなると、色々掘り起こさなきゃいけないところまで行きつく羽目になる」

「分かっている。だから、俺が頼むのは連中の指導係に抜擢してほしいという頼みだ」

「……バルク、熱でもあるのか? もしくは悪いものでも食ったのか?」

「人を異常者扱いするでない。いや、言いたいことは分からんでもないが」

 

 キャスバルが驚くもの無理はない。これまで、軍を辞めても一線級の実力を有していたバルクホルンに度々打診はしていたものの、その悉くを門前払いという形で断られていた。それが一転して本人からの打診ということで、キャスバルの疑問にバルクホルンは溜息を吐きたそうな表情を見せた。

 

「だって、アンジー・シリウスが就任してからも打診は時折していたからな。それが一転して本人から希望を出されたんだ。誰だって心境の劇的な変化を疑いかねん」

「言うようになったな、キャスバル“元副隊長”」

「お前の教えがあったからこそだよ、バルクホルン元隊長」

 

 キャスバルは内部監察局入りする前、『スターズ』に在籍していたことがあった。最終軍歴は『スターズ』第一隊・副隊長―――次期隊長の呼び声もあったが、ベーリング海での一件を機に軍を除隊し、妻の誼で内部監察局に転職した経緯を持つ。

 二人は同期の親友かつライバルみたいな間柄で、互いの模擬戦の勝敗はほぼ五分だった。

 

「こちらとしては、寧ろお願いしたいところだ。大統領閣下だけに負担を負わせるわけにもいかないからな」

「まあ、あの人からすればストレスの捌け口が無くなることに不満を漏らしそうだが」

 

 キャスバルが軍を辞めた理由は、引き取った甥のジェラルドを守る為だった。それに、彼は自身の能力の限界を悟り、意固地になるのではなく別の形での国家に対する貢献の道を歩み始めることとした。

 尤も、キャスバルとバルクホルンからすればジョーリッジは教官でもあり、彼に勝てたことはなかった。

 

「それで、あのエドワード・クラークなる人物はどうする気だ? 放っておけば、こちらの軍人を買収してでも無茶をしでかしかねんが」

「……日本にいる戦略級魔法師、神楽坂悠元から提案を受けた。此方にいる[パラサイト]に侵食された兵士全てを治療する名目で、エドワード・クラークに『誰の目から見ても明確な罪を背負わせる』とな」

「傍から見れば結末が決まった茶番劇か……話は聞いてるが、ジェイよりも若いというのに彼も苦労しているようだな」

 

 魔法という存在が歴史の表舞台に顕在化して早一世紀。本来当時の世代で支払うべきだったツケを次代を担う人間が背負っている。バルクホルンから出た言葉は、悠元に対する恐怖よりも同情が勝る様な格好の台詞であった。

 

「その上で、人的資源にほぼ被害を出さない形で戦闘を終結させ、その際に使われた兵器群は全て接収すると通告を受けた。それと、空母『インディペンデンス』と『エンタープライズ』も彼に引き渡すこととなる」

「そうか。普通なら、警戒してもおかしくはないレベルの話だとは思うが」

「普通なら……確かに、その通りだと思う」

 

 キャスバルは悠元が成した功績やUSNAに対する策謀を本人からの証言も含めて聞き及んでいる。単に魔法のみならば力押しを考えることも有るだろうが、彼にとって戦略級魔法はあくまでも“最後の抑止力”でしかなく、多方面・多分野のルートを駆使してUSNAの動きを封じた。

 しかも、別に強制したわけではなく“努力義務”の体裁を取っている点において、取引先からすれば『却って放置することで不利益を被りたくない』という心理が働き、結果として彼が描いた通りの筋書きとなっている。

 彼に敵対した場合の前例は、日本のメディア関連企業で起こった神坂グループの大規模買収劇が如実に示しており、USNA最大手のメディアもその余波を受けている。ならば、同様のことが多方面で起きないとは必ずしも言えない。

 

「あの若さで多方面の力学を熟知している―――しかも、彼はあの上泉剛三の孫だ。彼直々に教わったことも否定しなかった辺り、彼と四葉家を怒らせた場合、我々の首が瞬時に飛ぶだろう」

「国家が滅ぶ程度で済めばマシ、か」

 

 世界の全面核戦争という最悪の事態を回避した超法規的な魔法師部隊。その先頭に立っていたのは上泉剛三と神楽坂千姫、そして四葉元造と九島烈。そのうちの一人が二人の英雄に連なる血筋と家督を得た。

 四葉の復讐劇の陰に隠れているが、剛三の成した莫大な被害は各国の諜報機関でも大まかに把握しているが、情報源が限られるためにまるでかのルーデルのような有様で、とても一人の魔法師で成したような非常識さがどうにも拭えなかった。

 

「非常識さは魔法で散々学んできたというのに、いざ目の当たりで遭遇すると信じられんことばかりだ」

「それは否定しない。俺は直に会ったことがあるが、それでもあの強さは異次元レベルだ」

 

 軍が彼らのような存在を恐れるのも無理はない。だが、彼らのような創作物に出てきかねない存在を無視は出来ない。だからと言って、彼らを害するような行動は論外。キャスバルとバルクホルンはどちらかと言えば当事者側に近しいが、そんな彼らでも悠元や達也の存在は“異質”としか評価せざるを得なかった。

 

「いずれにせよ、事が済めば忙しくなる。頼みましたよ、バルクホルン・“カノープス”()()

「……ちょっと待て。カノープスのコードもそうだが、何だその階級は」

「貴方を復帰させる際に大統領閣下および国防長官殿との申し合わせで決定したことです。諦めてください」

「はぁ、俺は一度軍を辞めた軟弱者だというのに……バルクホルン・カノープス、改めてよろしくお願い致します。内部監察局長閣下」

 

 先々代“シリウス”のサポートとして名を馳せた敏腕の魔法師。既に根回しされていた事実を已む無く呑みこむようにして、バルクホルンは立ち上がって敬礼をした。それを見たキャスバルも立ち上がって敬礼で返した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 日本の東京。その路地裏を一人の少年が走っていた。まるで、何かに追われて振り切るかのような足取りと、その表情には焦りが見えていた。

 

「有り得ないでしょうに……! 僕の術すらも効かないなんて、化物じゃないか……!」

 

 そう呟いたのは誘酔(いざよい)早馬(そうま)―――本当の名は十六夜(いざよい)早馬(そうま)。百家の中でも最強格に位置する古式魔法の流れを汲む家。彼は兄よりも優れた術者だが、その素質を“とある人物”に見いだされ、十六夜家から切り離された。

 

 彼自身、魔法に自信はあっても過信などしていなかった。だが、そんな魔法すら効かない相手に追われるのは想定外だった。そして、そんな彼の眼前に降り立ったのは……アッシュブロンドの髪を持つ少女だった。

 

「もう鬼ごっこは終わりかな? かな?」

「いやあああああっ!?」

 

 その夜、少年の絶叫が木霊するも……その声を聞き取れた人は誰もいなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日、悠元はナーディアから相談事を受けて喫茶店『アイネブリーゼ』で面談することとなったが、そんな彼女の隣には顔を俯かせる少年の姿があったことに悠元はジト目を向けていた。一方、喜んでいるナーディアの姿を見て何があったのかを悟った。

 

「相談事があると聞いたんだが……何があった、誘酔早馬」

「その……隣の人に僕の童貞を……」

「あー、うん。それで察した」

 

 本来なら神楽坂家と十六夜家は悠元の件で因縁や諍いを持つため、こうやって面を突き合わせること自体しない。だが、ナーディアに対して最大限の便宜を計らうと約束したため、この場は仕方が無いと妥協することにした。

 

「それで、ナーディアはどうしたいのか聞いてもいいか?」

「うん。この人をフランスに連れ帰って私の夫にしたいんだけど、いいかな?」

「俺としては別の家の人間だから、そこは十六夜家やそいつの“雇用元”との話し合いで折り合いをつけてくれ」

 

 まさかの国際結婚の許可という有様。ただ、悠元としては直接被害が及ぶ話でもなければ、十六夜家と樫和家にダメージが飛ぶ話なのでスルーするつもりでいた。だが、ここで声を上げたのは早馬だった。

 

「ま、待ってくれ! 助けてくれないのか!?」

「はあ? お前の実家である十六夜家が三矢家を含む十師族・師補十八家に対して散々詰ってきたことは事実だろうに。そんな因縁に対してお前の実家が誠意を見せない以上、俺が関与できる余地などない」

 

 いくら百家の最強と名高くても、政府によって作られた最強の魔法師集団に対する心証を心の中に留めておくならばまだしも、実際に散々詰ったことは覆しようもない事実。だからこそ、早馬の懇願に対して突き放す様に言い放った。

 

「ちなみになんだけど、彼の実家や雇用元からは了解を貰ってるから、安心していいよ」

 

 ナーディアはそう言ってポケットから古めかしい書状を取り出し、悠元に手渡す。悠元が中身に目を通すと、そのままナーディアに返した。

 

(樫和も良く許可したな……せめてもの逃げ道の構築のつもりなんだろうが)

 

 彼の雇用元―――樫和主鷹直筆の書状には()()()早馬の国外への連れ出しを認める趣が記されており、国籍に関する手続きも『十六夜家側に事情を伝える』と記されていた。フランスの戦略級魔法師の夫となれば、ひいては十六夜家の箔にも繋がると踏んでのものなのだろう。

 

「まあ、話し合いが済んでいるのならば、俺が別に出る幕はないんだが……何かしでかしたのか?」

「いやー、その際に樫和家だっけ? そこの連中が襲い掛かってきて返り討ちにしちゃって。取り成しをお願いしたいの」

「あー、そういうことね」

 

 本来ならば既に話が済んでいる段階で悠元が呼ばれた理由―――穏便な解決手段ではなかったので、悠元に取り成しを頼みたいということだった。

 

「お、お願いだ、神楽坂悠元! どうにか出来ないの!?」

「……どうにかしたいのなら、自分で十六夜家と樫和家を説得しろ。俺に頼るのはお門違いだ」

 

 冷たく突き放す形だが、そもそも自分たちで蒔いた火種で火傷している様なもの。そこに同情こそすれども、こちらがやけどを負う理由も無ければ道理もない。

 ガックリと肩を落とした早馬を引き摺るようにナーディアが出ていったところで、マスターがケーキセットを持って近寄って来た。

 

「お疲れ様、悠元君。これは差し入れだよ」

「ありがとうございます、マスター。別にコーヒー一杯でも私は構いませんが」

「なに、ここのケーキメニューの考案は殆ど君のものだからね。その礼みたいなものだよ」

 

 しかし、事が済めば一度肘鉄を撃ち込もうかと思っていた矢先にナーディアの騒動があった。この先はフランスのセナード家と十六夜家の“話し合い”になるため、完全に蚊帳の外の話となる。元老院四大老として首を突っ込むことは出来なくもないが、それを態々する必要も無い、と判断した。

 人の恋路に邪魔をして蹴っ飛ばされる未来など御免なのだから。

 

「売り上げも大分伸びたし、君には色々感謝しているよ。けど、こうやって学生の君と顔を合わせるのもあと7か月ぐらいかな」

「……気が付いたら、もうそんなになりますか。一昨年のことが昨日のように思えます」

 

 物語の宿命とはいえ、季節代わりごとにトラブルが舞い込んできていた。大体周公瑾とエドワード・クラークのせいで片が付いてしまうのも複雑な気分だが。

 

「卒業式の日の夜に予約しておいていいですか? 親しい人を招いて卒業パーティーでもしたいので」

「構わないよ。というか、君なら直前でも構わないけれど」

「流石にマスターをドタバタさせたくありませんから」

 

 達也と対立せず、上手く折り合わせる。そのついでに深雪や達也の友人たちと友好的な関係を築いて、平穏な生活を送る……これが、転生した当初の目標だった。それが何の因果か、深雪はおろか四葉の複数の関係者と親しい関係を有し、気が付けば複数の婚約者と愛人を囲う羽目になった。

 変な色目を使わないことで却って興味を持たれたのは自分の落ち度だろうが、それが紆余曲折あって婚約・愛人関係に発展したのは色々複雑だった。前世の自分が嫌ったことを相手にしないだけでここまでのことになってしまったのは……同年代の魔法資質保有者に対して『その人の為人を見てやれ』と吐き捨てたくなったほどだ。

 

「話は聞いてるけど、後でお土産を渡すから君の同居者たちに渡してくれないか?」

「それぐらいはお安い御用ですし、寧ろすみません」

「いいさ。これぐらいしか出来ないからね」

 

 まずは巳焼島での戦闘を切り抜ける。そして最後の九校戦を戦い抜く。正直なところ、前者よりも後者の負担が大きいと思ってしまうのは……自分の気のせいではない、と思いたい。

 

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