原作ではミッドウェー基地(監獄兼補給基地)とパールアンドハーミーズ基地の陥落という事象自体、知らせを受けるまで
だが、この世界においては大統領自身がゴーサインを出した上、ワイアット・カーティス上院議員によって厳しい箝口令が敷かれ、おまけにペンタゴン・内部監察局・連邦軍統合参謀本部のトップが“事件性無し”という決着を既に見ていた。
もしもの時の追及を避けるべく、書面上は“国外からのテロリストの炙り出し”としており、同盟国である日本から応援の魔法師を招いて事態の収拾に当たった―――というのがホワイトハウスとペンタゴンの共通認識として完成しきっていた。
[パラサイト]を国外からのテロリストとするには多少乱暴な部分もあるが、元々国民でない存在がUSNA本国を脅かした以上は言い分として成立しており、口を挟める人間などほぼ皆無に近かった。
USNA内部でほぼ完結した事案として基地の襲撃を棚上げにする流れが形成されていくその一方、危機感を募らせた人物もいた。今更言うまでもなく、エドワード・クラークその人だった。
彼はミッドウェーとパールアンドハーミーズを襲ったのは司波達也と神楽坂悠元の二人が強く関係していると推測していた。[フリズスキャルヴ]で詳しい情報は手に入らなかったものの、二人が戦略級魔法の無害化を目的とした策謀や実力行使に対する、警告を含めたデモンストレーションの側面があると強く感じていた。
達也はもとより、悠元の場合はその功績全てがとても十代の人間が成せるような領域を逸脱していた。だが、エドワードが信頼している情報源ですら曖昧になるとなれば、最早彼の関与を疑わないわけにはいかなかった。
そして、『ディオーネー計画』においてベゾブラゾフと一定の関係を有していた以上、ベゾブラゾフが起こした騒動の責任を負わされるリスクまで生じてしまった。
―――こうなってしまっては、もはや後戻りは出来ない。
―――ステイツにとって明確な脅威となった司波達也と神楽坂悠元を斃す。
―――こうなってしまっては、殺るか殺られるかだ。
エドワード・クラークは、そこまで追い詰められていた。自分で自分を追い込む様な格好となっていた。
◇ ◇ ◇
現地時間7月18日。エドワードは今後の方針を協議すべく、イギリスのウィリアム・マクロードに電話を掛けた。マクロードは『ディオーネー計画』を仕掛けた当初からの同志で、ベゾブラゾフが袂を分かってからも協力関係を維持してきた相手だ。
謂わば戦略級魔法師・司波達也および神楽坂悠元を排除する陰謀の、最も信頼のおけるパートナー。少なくともエドワードはそう考えていた。そして、モニターにはマクロードの姿が表示された。
「こんばんは、サー・ウィリアム。急な連絡をしてしまい、申し訳ありません」
『時差については以前も申しましたが、致し方のないことでしょう。それでクラーク博士、此度はどのような用件なのかお伺いしても?』
「ええ。先日、我が国の北西ハワイ諸島基地が襲撃されました」
本来、国の失点になる事案は隠すべきだが、エドワードがここまで追い詰められているためか、ある程度の情報を公表しないと協力は得られないと踏んでのものだった。
『その情報を明かしても宜しかったので?』
「必要なことだと判断したからです。その基地を襲撃したのは日本の戦略級魔法師・司波達也と神楽坂悠元の仕業と見ています」
『……失礼ですが、明確な証拠はあるのですか?』
「いえ。ですが、得られた情報や状況が両名の関与を否定できなかったのです」
エドワードの言葉にマクロードは考え込むような素振りを見せる。表向きいち政府機関の要人でしかないエドワードと異なり、マクロードは国家公認戦略級魔法師[十三使徒]の一人。彼を動かせれば、少なからず彼の影響下にあるイギリス軍やイギリス連邦の構成国家の軍隊を動かせると睨んだ。
だが、考えた後にマクロードが放った一言は、エドワードの望んだものとはあまりにもかけ離れてしまった。
『……クラーク博士。申し訳ないが、最早私には貴方を弁護できる余地が無くなりました』
「それは、どういうことですか?」
『クラーク博士もご存知のこととは思いますが、新欧州連合が立ち上がり、我がイギリスも連合に加盟する運びとなりました。ただ、その条件として提示されたのは「ディオーネー計画からの完全撤退」―――その中には、クラーク博士やベゾブラゾフ博士の引き渡し要求も含まれております』
「な、何ですと!?」
これは、悠元が仕掛けたもう一つの策。新欧州連合発足時、イギリスを意図的に省いたのはディオーネー計画からの完全撤退宣言とその関係者を社会的に裁く段取りを組むためだった。
無論、首謀者に近しい立場のマクロードも無関係ではなく、次の国家公認戦略級魔法師指名後に強制引退となり、責任を全うするという意味でオーストラリアへ送られ、二度とイギリス本国の地を踏めなくなる。
ただ、彼の親族の名誉を重んじて表向きは“イギリス本国で培ってきた魔法技術を連邦構成国のオーストラリアに教導する”形で決着を見ており、移住するのはマクロード一人だけ。彼の子孫たちは『マクロードの罪は彼らに掛かるべきものではない』とイギリス女王が明言したため、そのままイギリス本国で暮らすことが認められている。
エドワードやベゾブラゾフの引き渡し要求はあくまでも“努力義務”に近いものの、[恒星炉]をはじめとした技術提供を受ける側として看過できる事案ではない。そのため、USNAや新ソ連に対して身柄の引き渡し要求の圧力を掛け始めている。
これが以前の東西EUならば歯牙にも掛けなかったが、大国に匹敵する勢力として再結集した以上は無視できる筈も無い。
『クラーク博士、これは私からの最後の警告です。大人しく彼らの排除を諦めることです。尤も、博士が狙っている片割の神楽坂悠元殿は貴方を敵として認識しております……最早、この先会うこともありませんでしょうな。博士が利口な選択を取ることを切に祈っております』
エドワードが何かを返す暇もなく、通信が切れた。慌ててエドワードが再び通信を繋げようとするも、相手との連絡が繋がる気配は微塵も感じられなかった。ここにきて、マクロードという協力者を喪ったことに、彼はますます追い詰められていく。
そうして彼が思考の算盤を弾いた結果として、USNAにとっての競合国―――無論、日本のこと―――における戦略級魔法師をアメリカの覇権の脅威という観点からみれば排除の方向に舵を切れるのでは……と睨んでいた。
(その為には[フリズスキャルヴ]の存在も明るみに出さなければならないが……それはもう、仕方がない)
エドワード・クラークは連邦軍のシギント(盗聴・傍受・暗号解析などによる諜報活動)システムである[エシェロンⅢ]の開発者の一人で、[フリズスキャルヴ]はそれにバックドアを仕込んで利用したハッキングシステム。このシステムが明るみになれば、エドワードは国家反逆罪で終身刑に処される可能性が高い。無裁判で脳をスキャンされて
しかし、このままではどのみち彼に未来はない。
全てを打ち明けた上で、一か八かの賭けに打って出る
ただ、エドワード・クラークは何も知らない。
ここまでの全ての流れを筋書きとして描き出したものの存在を。
エドワード・クラークが全てを知った時、彼に未来という文字は最初から無かったのだと知るのは……そう遠くない未来の話である。
◇ ◇ ◇
現地時間7月20日午後。USNA―――ペンタゴンの長であるリアム・スペンサー国防長官はこれ以上ない程に不機嫌だった。
何せ、ここ数日のスキャンダルによる上院・下院からの書類提出要求や議会での公開質疑。更にはメディアを前にしてほぼ連日の記者会見。加えてスキャンダルの当事者・関係者の処遇などで忙殺された結果、1週間をペンタゴン内で過ごす羽目となった。
その余波によって長官自らが出向いて制裁を行ったという騒ぎまで起きたわけだが、当の本人に対しての世論の評価は『武闘派とも謳われた国防長官に対する同情が勝っている』という始末。
過去に暴力を振るう政治家がいなかったわけではないが、彼の矛先となった者たちは過去に重大なスキャンダル容疑が掛かった者たちが炙り出された格好で、それを裁いた長官への好評に感情が寄っており、次期大統領候補の呼び名も高い。
それが漸く落ち着いたころに、エドワード・クラークがアポイントメントを求めてきた。これが別の人ならば快く会談に臨んでいただろうが、よりにもよってペンタゴンを忙殺にしてきた当事者ともなれば、流石のスペンサーでも顔を見た瞬間、殴りたい衝動に駆られるほどだった。
とはいえ、流石に公の場所で表向き『何も起こしていない』エドワードを邪険にするわけにもいかず、スペンサーは面会を受諾して適当な会議室を会談場所に指定した。
エドワードは挨拶もそこそこに、本題に入った。
「閣下。ミッドウェーをパールアンドハーミーズの二つの基地を襲撃したのは、日本の戦略級魔法師・司波達也と神楽坂悠元の仕業に違いありません」
「(……神楽坂殿が仰っていた通りになったな)その根拠は存在するのかね?」
「物証はありません。ですが、状況があの者たちの仕業だと物語っております」
スペンサーからすれば『関与した当事者』として把握している為、神楽坂悠元との対話を[フリズスキャルヴ]で読み取っている可能性について考慮したが、幸か不幸かエドワードはその辺を滲ませるような言葉を出さなかった。
既にUSNA政府として決着させたことを穿り返す意味があるのか……と、スペンサーは逆に訝しむほどだった。そうまでして日本の四葉家と神楽坂家を怒らせた代償がまだ大きくないことに目の前の人物は気付いていない。
「君の御自慢の[フリズスキャルヴ]でも分からないのか?」
「……[フリズスキャルヴ]をご存知でしたか」
確かにエドワードは[エシェロンⅢ]の開発・設計を担当したが、全て彼一人が担っているわけではない。そして、[フリズスキャルヴ]の存在はその開発者の一人であるティナ・フェールからの密告によるもので、顧傑(ジード・ヘイグ)が逃亡の際に使用したツールはそのシステムを利用したものだという事実も聞かされている。
「エドワード・クラーク、見くびっては困るというものだ。国家科学局を含め、国防総省にいる情報のエキスパートは君だけの専門分野ではない」
「私は、見逃されていたということですか」
「元々、君
その出来事を境として、USNAは明確に苦境の立場へ追いやられた。別に日本が意図的にUSNAを嵌めたわけではなく、協力する立場となった新ソ連の暴走を抑えるどころか、それに乗じて日本の[恒星炉]プラントを破壊しようとせしめた。
そして、日本がそんな状況なのに競合相手としての面子で助けることを渋った。横浜の件で嫌疑をかけられ、パラサイト事件と南盾島での介入行動で痛手を負い、とどめは顧傑の件での拘束妨害。
当然、政権側は荒れに荒れた。スペンサーもその余波を間違いなく受けたわけだが、追い打ちの恰好でディオーネー計画やそれの反撃として放たれたスキャンダルの嵐となれば、ブチ切れて直接制裁する方向に思考が向いても何ら不思議ではない話だ。
「その話は一先ず置いておくが、仮に君の話が本当だとして、どうせよと提案するつもりなのかを聞きたい」
スペンサーからすれば、遅かれ早かれ処罰せねばならない相手。その相手がこの状況で提案するとなれば、それは日本への攻撃に他ならないと踏んでいた。
そしてエドワードが提案したのは、スペンサーというか悠元が予見した通りのものだった。
「最早、軍事行動を躊躇うべきではありません。司波達也は高い確率で、恒星炉プラントを建設している島に滞在しています」
「神楽坂悠元の名が無いが、それは何故かね?」
「彼については、司波達也が危機に瀕すれば必ず出てきます。そこを狙えば勝機は必ず生まれます」
(……この男は馬鹿なのか? いや、こればかりは神楽坂殿が上手すぎるというのもあるか)
スペンサーがそう思ったのは単純明快で、数年前に起こった自由の女神像倒壊未遂事件(メディアでは首都でのテロ未遂事件として称されることも有る)の際、偶然現場の近くをお忍びで視察していたところでテロに遭遇し、悠元と剛三に会ったことがあった。
その時点でテロリストを大西洋の向こうへ吹き飛ばした実力ならば、数年後の現在時点でそれ以上になっていてもおかしくはない。
その逸話だけでも現実離れしているというのに、USNAにおける最新鋭の軍事衛星ですら姿を捉えられない戦略級魔法師・神楽坂悠元。当該人物を敵に回した時の末路など、現在甚大な被害を受けて動けなくなった新ソ連がいい例すぎる。
スペンサーの本音としては『この話題を切り上げて、とっとと帰ってくれ』と言いたげだが、それを表情に出すことなくエドワードとの会談を進めていく。
「ミスター・クラーク。君は既に存じていると思うが、我が政府は従来のスタンスを変更した。日本と対等のパートナーとして見做した上で、新ソ連の脅威に備えることで決着している」
「それは存じております。ならば尚のこと、将来のリスクを減らすためにも日本の戦略級魔法師を排除すべきです」
エドワードは声高に達也と悠元の排除を主張しているが、それを仮に実行した場合、日本へ行ったアンジェリーナ・シールズ(アンジー・シリウス)とエクセリア・シールズ(セリア・ポラリス)の逆鱗に触れるというリスクを考慮しているとは思えない。
「……どうにも、君の言葉は国の事情というよりも君自身の進退に重きを置いているようにも聞こえるな」
「そんなことは……」
「無いと言えるのかね?」
それに、一番の問題は達也の戦略級魔法[マテリアル・バースト]と悠元の戦略級魔法[スターライトブレイカー]の発動限界点が“分からない”という点に尽きる。
これまで数回使用されたことは掴んでいるものの、発動規模の限界点が見えない以上は上限の予測が出来ない。つまるところ、仮に師団規模の部隊を送り込んでも無駄死にさせる公算しか弾き出せない。
それに、魔法を使用した状況はこれまで対面の構図で放たれたものでしかなく、多方向に向けて放たれた事案は現時点で存在しない。それを成すことが出来たとすれば、最早戦略級魔法師という枠組みを超越している存在としか思えない。
「しかし、ステイツにテロを働いたものを放置することは出来ません」
「……君の主張はご尤もだ。だが、
そして、スペンサーはエドワードの会談を終えて執務室に座った後、深い溜息を吐いた。どうにかエドワードにイリーガルMAPを“押し付ける”ことは出来たものの、気になるのは彼の行く先だった。
「世界の大半が日本を……いや、彼の味方に回っている状況で、あの者が何を成そうとも無理な話だな」
そう吐き捨てた後、スペンサーは何処かに電話を掛け始めたのだった。