リアム・スペンサー国防長官との会談を終えたエドワードは、その足で南アメリカ連邦共和国(SSA)に飛んだ。
機中で一泊し、現地時間7月21日朝、旧ブラジル領のブレスティーロ国際空港―――プレジデント・ジュセリノ・クビシェッキ国際空港が南アメリカ連邦共和国建国時に改称され、正式名称はプレジデント・ディアッカ・ブレスティーロ国際空港―――から首都のブラジリアにあるUSNA大使館へ。その後、大使館員の案内で連邦大統領府の置かれた大統領官邸に出向いた。
「……そうか、分かった。出迎えは丁重にしておくようにな」
その情報をディアッカ・ブレスティーロ大統領はUSNA経由で聞かされていた。普通ならば足蹴にしてでも追い返すのが筋だが、そうしなかった理由は先日神楽坂悠元がレオニード・コントラチェンコを連れて来たときに渡されたものが起因している。
その上で、ディアッカは目線の先にいる[十三使徒]ことミゲル・ディアス、そして南米連邦陸軍参謀総長のフィーリョ中将に視線を向けると、フィーリョが先に口を開く。
「大統領閣下、例の人物が来たのですな?」
「ああ。エドワード・クラークがUSNAの大使館に入ったと連絡を受けた」
「まさか、ここまで読んでいるとなれば……末恐ろしくありますな」
フィーリョが『恐ろしい』と評したのは、エドワード・クラークの行動を全て読み切った上でここまでの筋書きを考え出した人物。だが、彼は同時に頼もしい気持ちを抱いた。その表情を見てしまったディアッカは溜息混じりに言葉を呟く。
「中将、その表情で恐ろしいなどと言っても説得力が皆無なのですが?」
「これは失礼しました。そう仰る閣下も言葉遣いが昔に戻っておりますぞ?」
「仕方がないでしょうに」
元々、ディアッカはフィーリョの部下で参謀としての勉学を積んでいた。だが、南米統一にあたって政治家の才能が否応にも開花してしまい、周囲からの支援を受けて政治家への転身を余儀なくされた。上泉剛三は無論のこと、かの少年―――神楽坂悠元との出会いは非常に大きいものだった。
その思い出に浸る間もなく、ディアッカはコホンと咳払いをした上で話を戻す。
「この国は幸いにも魔法師に対する非難の様子は小さい。だが、求められた以上は対価を支払わねばならん。とはいえ、エルンスト准将を出すわけにもいくまい。そこでディアス中佐、もしエドワード・クラークが助力を求めた場合、君には道化を演じてもらわねばならんが……いけるか?」
これは、悠元から提示された[恒星炉]技術提供に関わる交渉も大きく影響している。悠元は交渉時、人的被害をほぼ出さない“茶番劇”を起こすつもりでいた。そして、エドワード・クラークが万が一戦力提供を求めてきた場合、快く引き受けてくれれば助命の請負をすると明言した。
「構いません。寧ろ、自分のような人間がどこまで通用するかを見ることと、彼があれからどこまで成長したのかを見てみたい。私自身や
「すまないな。神楽坂殿には内密に話を通しておく故、余程のことにはならんと思うが……無事を祈る」
「ハッ」
話を終えて出ていったディアスとフィーリョ。そして、入れ替わりになる形で執務室へ入ってきたのはハンス・エルンストだった。彼はディアッカの前に立つと、敬礼をした。
「ハンス・エルンスト准将、参りました。先程ディアス中佐やフィーリョ中将閣下とお会いしましたが……昨日連絡のあった例の人物が?」
「その通りだ。全く、ここには君と私しかいないのだから、言葉を崩しても咎めないのだがね」
「自分の中にいる御仁のような振る舞いをしたら、自分が人間でなくなりそうなので」
ディアッカはハンスの中にルーデルがいることを知っている為か、別に丁寧さなどは求めなかった。しかし、ハンスとしてはそうやって振舞うことで人間らしさを喪うのが怖かった……魔法師としてやっていることが既に人間離れしているという事実は置いといて。
「そうか……話を戻そう。本日朝、エドワード・クラークがUSNA大使館入りした。目的は我が国を引き込むつもりなのだろうが、この辺は既に決定している。ディアス中佐には、彼を騙す意味も含めて協力させる」
「もしや、それは日本とも既に話が付いていると?」
「ああ。全てはエドワード・クラークの罪を世界中に知らしめ、彼を合法的に抹殺する算段だ。それを考えたのは神楽坂殿だがな」
現時点でエドワード・クラークに協力する[十三使徒]はいないに等しい。ベゾブラゾフにしても、どうせ達也とクラークの戦闘に乗じて二人諸共殺す腹積もりということも想定している。
だが、それでは日本の強さを示したことにはならない。そこで、悠元は[恒星炉]関連技術提供の対価として、万が一エドワード・クラークがSSAへ協力を求めた際、ミゲル・ディアスを敵側の戦力として提供するよう計らってほしい、と願い出た。
「私も最初は耳を疑った。だが、既に[恒星炉]を実用レベルにまで持っていっている彼からすれば、恐らく[シンクロライナー・フュージョン]の対抗策も持ち合わせているとみるべきだな」
「[シンクロライナー・フュージョン]や[トゥマーン・ボンバ]を封じる強さ。『盾』としての強さは証明されますが……『矛』は如何する気なのでしょう?」
「それは分からんが、彼はその戦いでこれまで出すことのなかった“何か”を世界に見せるつもりなのだろうと思う」
ディアッカは交渉時に欧州への戦略級魔法提供に関する話も聞いていた。彼は最早、戦略級魔法師という枠組みで語るにはあまりにも埒外の領域にいる。
ただ、彼は自分や大切な人に対して害が及ばなければ積極的に関与しない性格であり、それはこれまでの行動で証明されているし、ディアッカもそれを目撃していた。
「それに、その戦闘で日本が強さを証明すれば、SEPAやSOPAの“盟主”に足り得ることを世界に示すことにも繋がる。神楽坂殿は自身の名誉ではなく、国家や政府の名誉に重きを置いて策を講じているようだ」
「自身に対する評価や名誉、栄光を一切求めない……そんなのは、後にも先にも滅多に出て来ませんよ」
「そうだな。だからこそ彼は強い。もうじき迎える22世紀において、世界最強の戦略級魔法師は間違いなく彼以外にいないだろう」
悠元自身は上泉剛三に振り回されての恰好だっただろう。だが、それでも彼は結果を示した。だからこそ、次代の日本を担う立場へと成り上がった。彼の機嫌を損ねるというだけでも大国が転覆しかかっている現状を踏まえれば、国家の興亡は彼のさじ加減に掛かっている様なものだ。
「そうそう、エルンスト准将にディアス中佐から伝言だ。『うちの長女を側室扱いでも構わないから娶ってくれ』とな」
「……ディアス中佐ぁ!?」
ディアッカの爆弾発言投下により、ハンスは周辺国家で起こっている“戦略級魔法師の重婚化”の余波を自分が受けることになるとは思わず、盛大に叫んだのであった。
◇ ◇ ◇
新ソ連国内は軍事力の明確な低下だけでなく、連邦政府体制にも陰りが見え始めた。政府側は積極的な情報発信や国内統制で一貫した姿勢を見せ続けているが、その影響で人間主義による支援を受けた反政府主義者による無差別攻撃が後を絶たない。
そんな中、新ソ連に唯一残った国家公認戦略級魔法師のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフがハバロフスクの病院で目を覚ましたのは、現地時間7月23日のことだった。
ベゾブラゾフはモスクワへの召喚命令を固辞し、ハバロフスクに留まることを決めた。黒海基地が謎の爆撃によって破壊され、欧州方面を守る筈のレオニード・コントラチェンコが“行方不明”となったことは聞き及んだが、そんな事情を聞き流してしまうほどに……ベゾブラゾフは雪辱に燃えていた。
伊豆高原の別荘では発動こそしたものの無力化され、第一高校を直接狙った攻撃によって貴重なクローン体と大型CADを喪い、自身も深刻なダメージを負った。更に、7月上旬に行使した魔法は敵を葬れず、更には未知の魔法攻撃によってベゾブラゾフは再び地に伏した。
司波達也と神楽坂悠元―――日本にいる二人の戦略級魔法師。この二人を殺さないことには、ベゾブラゾフは安心して眠ることすら許されない。
しかも、ベゾブラゾフを更に燃え上がらせたのは、再び意識を飛ばされた佐渡沖・能登沖での一件の後、日本に新しく誕生した戦略級魔法師の一条将輝。5年前の佐渡侵攻で[クリムゾン・プリンス]と謳われるほどの活躍を見せた彼が使う魔法を解析した結果、[チェイン・キャスト]に非常に酷似した魔法技術が使用されているという結果が得られた。
魔法に特許という概念はある程度存在するが、軍事的に開発された魔法―――それも戦略級魔法となれば声高に主張する事など出来ない。
ベゾブラゾフがハバロフスクに留まることを選んだのは、達也と悠元に対する雪辱を強く望んでいる部分もあるが、それ以外にも情報収集のメリットがあるからこそだ。
地理的な距離を考えればハバロフスクよりもウラジオストクの方が近い。一時期ウラジオストクが東部の要として機能していたが、ハバロフスクは帝政ロシア時代から新ソ連とその前身となる国家において東の首都的な役割を果たしている。
日本と大亜連合に限ればウラジオストクの方が早いかもしれないが、日本にいた工作員は全て国外追放を受けてしまった。なので、世界中からの情報を得やすいハバロフスクにいるほうがまだ情報を得られると考えた。
だが、その中の情報でベゾブラゾフは首を傾げた。
(エドワード・クラークがミゲル・ディアスを引っ張り出した……? これはどういうことだ?)
USNAとSSAはエドワード・クラークの提唱した『ディオーネー計画』の観点で対立軸にある。とはいえ、エドワード・クラークの提案に乗っかるというほど追い詰められてもいない。ベゾブラゾフの知らない情報で“脅した”という線も無くはない。
(まあ、向こうの事情などどうでもいいことだ)
彼からすれば、最早USNA内部の事情や諸外国の不可解な動きなど“些事”でしかない。主たる目的は司波達也と神楽坂悠元の抹殺。彼の心に刻まれた屈辱を克服するためには、その目的を達することがどうしても必須だった。
(エドワード・クラークの軍事的才能は不明瞭だが、あっさりと撃退される可能性は低い。その二人とて、襲撃の最中に意識を割くことは不可能だろう)
ベゾブラゾフの目論見は、達也と悠元がエドワード・クラークと対峙している最中に[トゥマーン・ボンバ]を撃ち込み、三人諸共抹殺することだった。
そんな思案するベゾブラゾフの様子を、漆黒に染まった蝶が部屋の片隅から見ているなど、知る由もない。
◇ ◇ ◇
時間は遡って、日本時間7月22日。防衛省庁舎内の国防陸軍最高司令部―――その司令官室にて、蘇我は同じ階級を有することとなった悠元と向かい合わせにソファーで対談をしていた。
常任職とはいえ、大将の階級は本来18歳未満でなるべき職ではない。だが、総理大臣と防衛大臣を含めた現内閣、今上天皇を含めた皇族、そして国防三軍の長が揃って意見の一致をみたため、已む無く任命した経緯がある。
そして、現在空白となった霞ヶ浦基地の書面上の統括は悠元だが、彼自身が特殊過ぎるために陸軍最高司令部直轄の管理基地となり、現在は約1300名にまで膨れ上がった独立魔装大隊のみが運用している。
「―――報告は以上です」
「ご苦労だった、上条大将。それで、まだ終わりとはならないのだろう?」
「ええ、まあ。エドワード・クラークなる人物が自棄を起こす可能性がまだ残っていますが。ただ、ここではかなり策を講じることになりますので、国防軍の皆様方には一つお願いを」
「君相手なら大半の我儘も通るだろうが、話を聞こう」
何せ、魔法師部隊の装備関連もそうだが、ここ最近の国防軍の不祥事絡みも彼によって解決している。蘇我もとい陸軍のみならず、海軍や空軍においても彼の要請となれば聞かないわけにもいかない。
なので、蘇我は悠元の言葉の続きを待った。
「巳焼島への襲撃を想定し、皇宮警察『神将会』を島に派遣します。自分がその長でもあるので、三軍大将の権限で彼らに国防の任を与えます。その際、蘇我大将には権限付与の根拠となって頂きたいのです」
「……その程度など、お安い御用だ。寧ろ、部隊派遣を要請しても罰は当たらんと思うのだが。君が管理している独立魔装大隊は動かさないのか?」
蘇我の問いかけに対し、悠元は首を横に振った。
「今回ばかりは“本気”で見せつける必要があります。なので、戦場に出ている人間の数は少ない方が被害を抑えられます。一応、風間大佐と藤林中尉に来てもらって証人となってもらう腹積もりです」
「上泉殿に鍛えられた君の本気の実力か……クレーターが出来るだけで済めば御の字だな」
「クレーターの一件は新ソ連郊外でやらかしたことはありましたが」
「それを聞かされると、大黒特尉の戦略級魔法がまだ有情に聞こえてしまうよ」
大黒竜也特尉―――達也の戦略級魔法[
その時点で完成していなかったことも理由の一つだが、この魔法が真の完成を達成した段階で、本来対抗策として思いついた[
とはいえ、折角出来た以上は無下にする必要もないため、民生産業へのダウングレードも含めた技術開発に生かされる格好となった。その技術の一部は稼働している[恒星炉]にも活用されているため、全く無駄にならなかったのは幸いだった。
「やっと完成した戦略級魔法[スターライトブレイカー]ですが、これを本気で発動させると自分が行使している魔法以外の全ての魔法をキャンセルしてしまいまして。実験に協力してくれた大黒特尉は完全に面食らっていました」
「君以外の魔法を無差別に無効化する凶悪な戦略級魔法か……制御は出来るのかね?」
「対象外となる相手を選択することは出来ます。ただ、それをやると一万分の一秒ほどロスすることになりますが」
「……ほぼ誤差なしとは恐れ入るよ」
計算上では間違いなく達也の[再成]による自己修復が発動する前に殺し切れる……これまで倒せないと考えられていた無敵超人の牙城を崩す魔法。その結果を弾き出した時には達也と深雪もいて、達也は苦笑していた。
なお、その時は三人しかその場にいなかったため、『こんなんで達也を殺せたとしても、その後の負担で俺が過労死するから、絶対達也相手に使えない』と零した際、達也は『確かに』と納得するような素振りを見せた。
四葉分家の懸念も理解できなくはないが、ここまで力を見せた以上は達也を日本から切り離すこと自体『国益に直結し得る重大な案件』と捉えるべきだったはずだ。
「ただ、こんなんで最強になったとしても、後始末が雪だるま式に積み上がっていく未来しか見えないんですが……」
「世界広しと言えども、そんな風に冷静な事を言える君が末恐ろしいと思うがね」
「現在進行形で色々受けている身でもありますので」
なお、一応千姫に戦略級魔法のこととその懸念点を伝えると、千姫は納得していた。曰く「強さを抱えるって大変ね」とのこと。
力を示すというのは簡単なようで難しい。それが魔法となれば尚更だ。だからこそ、悠元は力の在り方を次の戦いで示す。
―――その時は、確実に近づいていた。
普通ならミゲル・ディアスよりもハンス・エルンストのほうがいいのかもしれませんが、ハンスは表沙汰に出来ない戦力の為、表舞台にいるディアスに白羽の矢が立った形です。
ハンスの階級の方が高いのは、ある意味“ルーデル”に対する礼儀みたいなもので、ディアスもハンスの事情を把握しているからこそ異を唱えていません。
その代わりとして娘を嫁がせることで意趣返しみたいな恰好になっていますが。
とうとう完成した悠元の[スターライトブレイカー]。『防御しようが諸共潰す』のが[スターライトブレイカー]のコンセプトなので、こんな凶悪な性能に仕上がりました。なお、達也相手に使ったところで悠元が過労死する未来しか見えないため、本人に対してそう発言しています。
そこに居合わせた深雪が二人のやり取りを聞いてどうしたのかって? ……察してください。