魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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勝負事に手は抜かない

「―――で、風間少佐から頼まれたってわけか」

 

 達也が風間と会話している間、悠元は姿を見せなかった。

 入学式の時にあれだけ色々悩んでいたものを無理矢理先送りにされたこちらの気分になれ、と軍としての正式な依頼は真田大尉か響子を経由する形にして、それ以外のプライベートな連絡は全部切っていた。

 そして、今に至るというわけだ。

 

「まあ、あまり意地を張っても仕方ないって解ってる。どうせ九校戦で会うんだし、その時にでも話すよ」

「助かる。風間少佐には『最悪一発ぐらいは貰う覚悟はしてください』と言ったが」

「多分、その一発は俺よりも先に爺さんあたりから飛ぶだろうがな」

 

 その意味で自分もまだまだ子どもだな、と深雪の淹れてくれた紅茶を口にしつつ、悠元の零したことに達也と深雪はそろって苦笑した。すると、達也が気になることを尋ねた。

 

「にしても、お前の姉が現3年にあそこまで怒るとは……何かあったのか?」

「あの3人がまともな感性を持っていることは2人も知っているだろうが、それ以上に入学当初から1年の中で実力が『飛び抜けすぎていた』ことが問題だった」

「飛び抜けすぎていた、ですか?」

 

 真由美、克人、それに摩利の3人は入学の時点でその片鱗を既に見せていた。同学年の中ではトップクラス……まあ、そこまでは普通だろう。だが、一番の問題はその3人と他の同級生の差が目に見えるほど開いていたことに起因する。

 

「とりわけ会長と会頭は同年代の十師族でもトップクラスの実力。1年の時点でまともに戦える同級生の相手がいない状況になったんだ……何が起こるかは想像がつくよな?」

「成程。切磋琢磨できる相手がいなかった、というわけか」

「そういうこと。多少乱暴でも実力を腐らせるわけにはいかない……佳奈姉さんが叩きのめしたのは、せめて切磋琢磨できる相手を務めてたってわけ」

 

 人格面ではある程度問題はないと判断していたが、魔法実技ではそうもいかない。なので、あらゆる手段を講じて彼ら3人の実力向上を狙っての行動だと悠元は説明した。その方法が乱暴になってしまったのは三矢家での訓練方法が原因だと付け加える。

 

三矢家(ウチ)は屋敷の地下だけでなく、稼働している第三研で本格的な戦闘訓練を積む。その名残が3人への対応に繋がったことは否定しない。一応フォローのメールは送ったから、大丈夫だと思う」

「…何故会長たちのプライベートアドレスをお知りになってるのですか?」

「落ち着け、深雪。会長と会頭は以前名乗ってた名前の時に知り合って、もしもの時ということで連絡先を交換した。渡辺委員長とはうちの兄絡みで挨拶に行った時にだよ。委員長の彼氏とは面識もあったし」

 

 後は、強いて言うなら九校戦への思い入れもあるだろう。

 姉の詩鶴、佳奈、美嘉の三矢三姉妹で挑んだ九校戦で総合優勝を三高に取られた悔しさがある。長女に有終の美を飾らせてやりたかったという思いもそこにはあった……総合優勝三連覇という偉業をなし遂げられなかったからこそ、今年の九校戦でそれを達成してほしいという意味も含めて厳しく当たっているのだろう。

 その過程でやらかしたことについては……流石に擁護できないと思っているのも事実だが。

 

「勝負事に手を抜いたら死ぬぐらいの気持ちでやらないとダメ……爺さんの教えの影響もあるな」

「かなり強めの口調で言っていたからな。あれで心を折られない方が逞しいだろう」

「ま、現3年組には練習面でフォローすると言ってるし、そっちはお任せだな」

 

 これで折れる様なら文字通りの“名折れ”になるだろう。

 佳奈も『あの程度で折れるならあの“七草家当主”の娘じゃない。狸の娘が狐というのは滑稽だけど』と評しているが、実力は認めている訳だ。他の二人もしっかりとフォローはすると言っているので、本戦組は外部の方々にお任せしよう。

 

 それで今年の新人戦組だが、主力で言うなら現状はこうなっている。

 

 スピード・シューティング

 男子 六塚燈也 森崎駿

 女子 明智英美 北山雫 滝川和実

 

 クラウド・ボール

 男子 六塚燈也

 女子 里美スバル 春日菜々美

 

 バトル・ボード

 男子 五十嵐鷹輔

 女子 光井ほのか

 

 アイス・ピラーズ・ブレイク

 男子 三矢悠元

 女子 司波深雪 北山雫 明智英美

 

 モノリス・コード

 男子 三矢悠元 森崎駿 五十嵐鷹輔

 

 ミラージ・バット

 女子 司波深雪 光井ほのか 里美スバル

 

「……主だった男子がいねえ、マジで……フォローする気ないけど」

「いや、それでいいのか?」

「九校戦を前に凍傷(たいちょうふりょう)なんて笑えなくなるからな」

「?」

 

 だってさ、同じチームメンバーなのに二科生どうこう言う奴をフォローしろだなんて……無理な話だ。一科生という無駄なプライドが巣食っている以上、根っこから取り除かなきゃまた繰り返すだけだ。いっそのこと二科生でまともな奴を鍛え上げて、一科生に捩じ込むか? 寧ろそれぐらいしか思いつく手段がない。

 でも、それは九校戦後の話だ。今はこれからの九校戦のことを考えるのが大事……そう思いながらスクリーン型端末をしまった。

 

「先程の話ですけど、その意味だと悠元さんも当てはまるかと」

「腐ってるぐらいなら魔法の訓練に時間を費やすけどな、俺は、今は九校戦絡みの起動式書き起こしで忙しいし」

「そういえば、何の術式なんだ?」

「あれは燈也に頼まれた術式だよ。先日のテスト勉強の時に俺が見せた術式で閃いたらしくてさ」

 

 あの術式は、少ない想子量で特定の系統効果を最大限発揮させるために効率化させた術式の一つ。それを自分の射撃魔法に組み込めないかと相談されたのだ。どうせ「カーディナル・ジョージ」のこともあるので、4つほど術式を提供する予定だ。

 そのうち『数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)』を燈也用にアレンジさせた術式を既に渡している。残る3つのうち一つは燈也本人から聞いた魔法特性なら楽に出来るであろう七草家の秘術である『魔弾の射手』、「カーディナル・ジョージ」が得意とする『インビジブル・ブリット』の改良版、そして……燈也の処理能力なら可能だろうと書き起こしているのは「カーディナル・ジョージ」対戦用の射撃魔法。

 まあ、『魔弾の射手』に関しては自分で組んだ魔法式からの書き起こしをしただけなので、後は燈也が実際に使って調整を加える必要はあるが。

 

 理論立てて起動式を組む達也とは違い、悠元の場合は想像から魔法を構築させた上で起動式に変換して書き起こすタイプ。それを可能としているのは『万華鏡(カレイドスコープ)』の魔法特性にある。

 転生特典の『思考した概念を魔法式に変換する能力』は確かに強力だが、この能力だけではいつか脳の容量が埋まってしまうという欠点を持っていた。だが、運よくこの問題を解決することに成功していた。

 

 この世界に転生したと意識がハッキリした時、最初に想像した魔法は『領域強化』と『万華鏡』……後者の魔法は『そこに在る事象全てを認識し、必要に応じて無限に展開する』という常識外れた特性を持っている。そして、この魔法と『領域強化』が自分の固有魔法として記録された。

 それはイメージ記憶の領域だけでなく、本来無意識領域化にある魔法演算領域にも大きな影響を与えた。

 その結果、魔法演算領域と魔法式記憶(インデックス)の無限領域化だけでなく、魔法演算領域を意識化することが可能になったことで、一度想像した魔法式を起動式に逆処理することまで可能となった。しかも、その逆処理した起動式も記憶されるというおまけ付。

 これによって、本来の魔法演算領域を一切圧迫することなく『再成』や『分解』まで使えるようになったという訳だ。正直、偶然生み出した魔法がトンデモな特性を持っていたことに少しショックで一時期自室に籠っていたことは……内緒である。

 

「ま、燈也と相談した上で色々驚かせる算段は既に立てた。いくら『カーディナル』でも知覚系魔法がなければただのショタ野郎だ」

「悠元さん……凄いですね。もう起動式の準備を始めてるなんて」

「あの『カーディナル』をそこまで言える奴はお前ぐらいだろうな。だが、恐らく出てくる『クリムゾン・プリンス』―――あの一条家の『爆裂』はどうするんだ?」

「それも防ぐ術はある。ま、速攻で氷柱12本同時破壊をやってもいいんだけどな」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクについては、防御面も含めて10個の術式を既に準備済みだ。モノリス・コードについても起動式の準備は既に終えている。実際の調整は自分でできるので問題はないが。ないのだが……

 

「会長から技術スタッフの補助をやれって言われた時は『何を言っているんだ』と思ったが……ま、いいけどね。新人戦は日程上女子のスピード・シューティングあたりしかまともに関われないし」

「成程、それで事前に燈也へいくつか起動式を渡したということか」

「ま、術式提供のメインはクラウド・ボールだ。 念のため会長と燈也にルールを聞いたけど、問題なかった」

 

 原作を見ていたところで色々疑問に思うことはあった。なので、昨年の九校戦でちょっと入れ知恵を美嘉にしたところ、延長の末に圧勝した。それをベースにした魔法式の効率展開で行き着いたのが、テスト勉強の暇潰しで弄っていた魔法式というわけだ。今となっては三高に進学した彼らに含むところなどないが、勝負事である以上手を抜くつもりなどない。

 すると、話を聞いていた達也が意地の悪そうな笑みを浮かべていた。それを見て悠元も思わず意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「お前も人が悪いな、悠元」

「そんな表情のお前が言うかな、達也」

「ふふっ……」

 

 お互いに理解しているからこそ軽口を叩き合う二人。そして、そんな二人を見て笑みを零した深雪であった。

 この二人を中心として、あらゆる人間を驚愕させるような展開が待っているということは……この時は、当人達にも分からなかった。

 

 原作からいくつかの事象(『サード・アイ』のオーバーホール、飛行魔法の発表など)を先取りにしたお蔭で達也や深雪にも余裕が出来ていた。更には外部補助スタッフということで魔法大学と防衛大学校からも数名来る手筈となっている。

 代表メンバー面の道具類や諸々の手続きは既に終えていて問題はない。こればかりは本気を出して片付けたら、鈴音に「助かりました。会長の愚痴が飛ぶ前に何とかなりましたね」と労われた。

 それを聞いた真由美が「ありがとう、悠君!」と言いながら悠元に抱き付いて、深雪が凍り付くような笑顔で「何やっているんですか、会長? 会長の決裁書類は山のように残っていますよ?」と言いつつ真由美を引きはがそうとした。

 そんな様子を見て「うらや……イカンイカン」と葛藤する服部刑部少丞範蔵副会長であった。

 

 技術スタッフチームが実際に使う機器のチェックや動作確認は、過去九校戦に出場していてエンジニア経験のある佳奈と美嘉、そして元継の付き添いという形で顔を見せた千里が協力してくれたお蔭で、当初の遅れをきっちり取り戻して予定スケジュールに合わせた。佳奈曰く『選定会議であそこまで言い出した手前、フォローぐらいはちゃんとする』との弁。

 ただ、チーム入りをした達也の九校戦に合わせた制服の発注による遅れだけはどうにもならなかったが。

 

 尤も、更に驚いたのは一高OB・大学OBで上泉家へ婿養子に行った三矢家次男、元継もその外部補助スタッフで来ることになったことだ……大方、妻である千里が影響しているのだろう。

 まあ、現3年で最強格である克人の『ファランクス』から真正面で当たれる人間など当校の生徒相手なら全くいないだろう。モノリス・コードでその相手ができる人間となれば、元継はこれ以上ないほどの適任者でもある。

 何せ「防御魔法なんて掴めればいける」という訳のわからない持論で自分を含めたうちの兄弟姉妹全員をドン引きさせた人物。実際にそれを実行して本当に勝った人物でもある。そして、克人が一高に入学してから度々彼の所属しているクロス・フィールド部に顔を出しているらしい。その辺は佳奈からお願いされたようだ。

 克人曰く「『ファランクス』に真正面からぶつかり合おうとする人間はあの人ぐらいだろう」とのこと。すみません、うちの兄が明らかにおかしいだけです。そして、お互いに意気投合して喫茶店で語らう仲だそうだ。なお、お互いにスイーツ好きの甘党だった……必要かな、この情報。

 自分でもファランクスに真正面からやりあおうなんて思ってないし……模擬戦の時は状況的に仕方なかったので『円卓の剣』を使用しただけだ。

 本格的にやるとしても、『ファランクス』に『ファランクス』をぶつけるぐらいだ。

 




アフターケアは欠かせません。

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