7月23日火曜日。東欧方面を除いて世界が一旦の小康状態となった。
とはいえ、完全に事が片付いた訳ではない。ウィリアム・マクロードを切り離すことは成功したが、エドワード・クラークとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの二人は未だ健在。だが、悠元は原作の達也が取った“排除”の手段を安易に取ることはしなかった。
そして、魔法科高校も事態の経過を重く見たのか、少し早い夏休みとなった。なお、1学期末の定期考査の結果は言うまでもなく学年主席の座を死守した……死守と呼ぶには点数の開きがあったのは事実だが。
その日の午後、話し合うということでFLTツインタワーマンション北棟の共同スペースに集まり、悠元と達也、深雪とリーナの四人がその場に集った。
「……ねえ、悠元。エドワード・クラークはいいとしても、ベゾブラゾフはどうする気なの? 達也から聞かされた方法は悠元なら実行できそうだけれど」
「リーナが聞きたいのは、ベゾブラゾフそのものよりも新ソ連に対する行動の問いかけか?」
「まあ、そうね。帰化したとはいえ、ステイツのこともあるし」
魔法師個人―――それも[十三使徒]を排除したところで、新ソ連が事実を誤魔化すために軍事的行動を起こすことは目に見えている。リーナはUSNAと新ソ連の諍いが遠因で軍人となった経緯がある為、そこに不安を覚えるのは無理もない。
「まだ話していない部分はいくつかあるが、新ソ連については革命を起こさせて現政権および国家体制を解体し、新国家の樹立にまで漕ぎ着ける算段を整える」
「……ちなみに、何をする気なのか聞いてもいい?」
「ああ。これまでにしてきたことを火種にして、現政府首相を大亜連合に送り付ける」
「うわぁ……」
新ソ連のトップを大亜連合に送り付け、新ソ連と大亜連合での諍いを拗らせる。それを実行するのは巳焼島での戦闘が済んだ後となるが、下手に合従されるのを防ぐためにはこれぐらいしなければ割に合わない。
「言っとくが、直接的な関与を徹底的に避けていることは理解してくれ」
「それはいいんだが、代わりの旗頭に宛てはあるのか?」
「宛てがあるというか、既に用意はしておいた」
「は、早いわね……」
『灼熱と極光のハロウィン』後、どうせUSNAが本格的に動き出すまで2か月ほどあることを見越し、世界各国の情報を探っていた。すると、新ソ連で粛清の動きが見られた。
「実を言うと、一昨年秋に俺が行使した[
「誰なのですか?」
「新ソ連の[十三使徒]レオニード・コントラチェンコの親族。俺も流石に驚いたけどな」
正確にはコントラチェンコの娘夫婦とその子息。家族関係で娘がいることまで掴んでいたが、救出時には近くにいなかった。三人を救ったのは新ソ連領内の村郊外の森で、村の近くに反体制主義の集団がいたため、村に近寄らなかったのだ。
「それで、彼らには娘もいるようで、何の因果かSSAにいるハンス・エルンスト准将の婚約者だそうだ。なので、親族も纏めてSSAに一度亡命してもらった」
「そうやって救っていくあたりは流石だな。俺だと脅威を排除するので精一杯だ」
「別に無償奉仕は御免被るが」
ベゾブラゾフを排除した後、コントラチェンコの孫には新ソ連崩壊後の旗頭として新国家樹立までの支援をする。新国家の国家元首は別の人間になってもらうこととなるが、国家樹立後最初の仕事が大亜連合との交渉になるのは不可避。
「その辺の目途も付けているし、日本も無関係ではいられない。何せ、二度の佐渡侵攻及び佐渡沖での小規模戦闘についての説明責任、宗谷海峡や能登沖での衝突や終いにはベゾブラゾフによる日本本土への魔法攻撃に対する賠償が発生するからな」
「確かに……何か提案はされているのですか?」
「旧体制時代に強奪した樺太・千島列島の領土返還交渉。それを呑むというのならば、神坂グループによる無利子での融資を検討すると申し出ている」
このまま放置しても腐るだけならば、投資をして支配力を高める方向に持っていく。無論、表立った支配はしないものの、神坂グループによって新国家の経済を完全に掌握する。
「ただし、魔法技術に関するものは一切提供しない。恨むのならば、人様の信頼をぶち壊した新ソ連とベゾブラゾフを恨んでくれ、とも言い含めておいた」
「……私が言うのもなんだけど、十代でやっていい仕事の領域を超えてるわね」
「否定はしない。というか、俺らのような若者に仕事を任せている時点で大人たちの怠慢と無能が明るみになっているという始末だ」
あと数年で成人になるとはいえ、本来年齢や学歴など―――ましてや魔法師という特殊な事情を差し引くとしても、大人たちがやるべき領分に踏み込んでいるのは色々複雑な気分である。
「そういえば、言い忘れていた。達也、意図的にビロビジャン基地のミサイルサイロを破壊しないで残している。その意図は読めるな?」
「大体はな。ベゾブラゾフを封じるための策だというのは薄々感じているが、俺はどう動けばいい?」
達也が尋ねたのは、巳焼島襲撃の際の行動についてだった。いくら四葉家次期当主といえども、真夜からは『悠元君から指示があれば、それに従っておきなさい』と昨年末の時点で言い含められている。
それを感じ取りつつも、悠元は説明を始める。
「達也は基本的に遊軍での動きを想定して策を組んでいる。なので、主だった対処は四葉家側の戦力の補助と[パラサイト]の殲滅になるが、任せてもいいか?」
「その程度ならお安い御用だ。ただ、その場合だと悠元はどうする気だ?」
「今回の防衛には目的がある。俺自身が“本気で戦う”という意味を世界に見せるためにも」
悠元が持つ戦略級魔法[
「別に達也との手合わせで手抜きはしていないが、今回は魔法を使う相手が相手だ。人を何だと思っているのか理解していないやつには、相応の報いを受けさせてもらう。どうせ、ベゾブラゾフは達也とエドワード・クラーク諸共[トゥマーン・ボンバ]で葬る可能性が高いしな。ならば、彼には新ソ連解体の“英雄”になってもらう」
散々プライドを傷つけられたベゾブラゾフにとっておきの“栄光”を渡す。軍人ならば名誉の戦死に報いる意味で二階級特進があるが、それに近しい所業で彼を利用する。悠元は戦闘終了後に声明を発表するが、ベゾブラゾフに対しては『ベゾブラゾフの行動責任は彼と国家に帰属する』と明言する。
「彼の死をどう利用するかは新ソ連の勝手だ。尤も、彼の死をトリガーとして新ソ連内にある全ての核ミサイルが全て灰燼に帰すのは確定事項だが」
「それって、やっぱり戦略級魔法?」
「別口の魔法だ。詳細はリーナでも教えられんが」
「いや、遠慮しておくわ。魔法のことを聞かされただけで思考がパンクしそうだから」
いずれにせよ、事態が動くまで時間は出来た。悠元に手ほどきを受けた主要メンバーは[天刃霊装]および[天魔抜刀]の修得に力を入れることとなった。
悠元は既に[
『何時休んでいるのか分からない』と言われたことはあったりする。それが司波家での居候生活やマンション生活では尚更だった。悠元の側からすれば、情動の吐き出す先として婚約者や愛人たちに頼っている部分が大きい。
それでも、彼女らを女性として見ることはあっても、奴隷や道具のような扱いなど決してしない。それが却って夜の生活が激しさを増しているわけだが。
そうして1時間ほど経った頃、端末の呼び出し音に気付いた。悠元は床に降りて、端末の通話ボタンを押す。そうして姿を見せたのは雫だった。
『あ、悠元。邪魔したかな?』
「別に構わないが。それで何かあったか?」
『うん、流石に悠元の意見を仰ぎたいって思って』
別に鍛錬自体は早朝にもしているし、時折九重寺に出向いて八雲の[天刃霊装]の進捗を見る目的で手合わせをすることも有る。ただ、八雲曰く『君は達也君以上に隙が無いし、幻術も効かない。一体どうやったら勝てるのか見えてこない相手は久々だよ』と言われたことには苦言を呈したかったが。
それはともかく、雫が意見を求めるとなると相当だろう……と思い、通信を終えると自室を出て共同生活スペースの一室に出向いた。
そこには雫だけではなく深雪や姫梨、愛梨や沓子をはじめとした魔法科高校メンバーがいて、端末を操作する水波は半袖のシャツとハーフパンツの上にエプロンを着て端末を操作しているわけだが、それ以外の女性陣が白い水着を着ている。
その様子を見て大方の様子を察した悠元は、一つ息を吐いた。
「服装とかの新調か。それで、直接オンラインで繋いでいるのか?」
「ううん、最初はそうしようかって話もあったんだけど、私が止めた」
「フォローしてくれて助かる」
そうして悠元は近くにあったARグラスを掛ける。この部屋は仮想試着室としての使用も想定した造りとなっており、部屋の四方にはARディスプレイを兼ねた姿見が備えられている。この部屋の設計は言うまでもなく千姫の差し金だろう。
鮮やかなグラデーションを目の当たりにするかのようなファッションショーを間近で見ている気分だったが、特におかしなところは見られず、感想を求められたときは言葉が被らないように気を付けた。
ただ、それに気付いた沓子が『お主からなら似合うと言ってくれるというだけでも嬉しいのじゃが』とこっそり伝えてきた。
雫は一体何を懸念していたのかと思い、悠元は水波に声を掛けた。
「水波、端末を見せてもらえるか?」
「あ、はい。どうぞ」
水波から渡された端末を受け取り、試着の履歴を操作する。そして全てを察した悠元が視線を女性陣に向けると、恥じらうような素振りを見せていた。履歴の中には、明らかに露出度が高すぎるものが並んでいたからだ。
「……選ぶこと自体は別に咎めなどしないが、どういうTPOを想定してのものなのか聞いてもいいか?」
「えっと、それは……悠元さんはイケズです」
「意味が分からんのだが」
服装とかファッションの類で言えば、どうしても異性のものとなると疎くなってしまう。将来のことを考えれば、女性陣がその分野に強くなってもらえるとありがたい部分もある。かと言って、自分を誘惑する目的で服装に気合を入れすぎるのはどうかと思わなくもない。
「まあ、余程変なものでもない限りは着飾っても似合うだろうし、いいと思う訳だが……雫は何故そこで抓る」
「だからこそ悠元はジゴロ」
「やめて」
結局、履歴にあったものは全て買うようで、その辺は千姫も『悠君は優しいからこそ、皆がこぞって押し掛けるのですよ』と言われた。だからと言って、この生活を受け入れることはあっても、それに慣れ切ってしまうということはないだろう……多分。
◇ ◇ ◇
原作なら誰しもが気付かなかった脅威。だが、悠元の存在によって全て明るみに晒された上、悠元はそれを利用して世界に力を示す。他でもない“神楽坂”の名を継いだ者として。
とはいえ、いくら当主でも先代当主の意見は無視できない……とはいうものの、その当人曰く『別に悠君なら全てを破壊しても構わないんだけどね』と言いのけたことには、流石に苦笑を禁じえなかった。
7月23日午後、悠元は神楽坂家本邸を訪れた。目的はこれまで組み立てた段取りの報告と、それに対する意見を千姫に貰うため。本邸の離れに足を踏み入れると襖が開いたままとなっており、静かに覗き込むと……うつ伏せの状態で書状らしきものを見て唸っている千姫の姿があった。
「母上、どうかなさいましたか?」
「あ、悠君。ちょっと見てほしいの」
千姫は視線を動かすことなく手招きをしたので、そのまま踏み入れて千姫の横に座り、書状に目を見やる。それが『星見』による天文占術による報告だというのは直ぐに読み取れた。
「珍しいですね、『星見』の長期的な予報とは」
「そうなんだよね。多分、こんな時期だからこそだと思うけれど……で、ここの解釈をどう読み取れる?」
そう言って千姫が指差した先には、とある一文が書かれていた。
―――『初夏に梅の花が舞い降り、大樹は枯れる』
普通に考えれば、季節外れの梅の花が咲いて、その木が枯れる……という風にも読み取れる。ただ、悠元は昨年京都へ出向いたときに聴いた“あの声”がどうにも空耳とは思えなかった。
「母上はどうお考えなのですか?」
「うーん、何かを揶揄しているのは間違いないけれど、私が知っている情報だと限界があるんだよね。だから、悠君なら何か知っているんじゃないかって」
「……心当たりはあります」
昨秋に京都を訪れた際、天神様と思しき声を聴いたことを千姫に伝える。すると、彼女は少し考え込んだ後、悠元に視線を向ける。
「悠君は、天神様が動くと思っているのかな?」
「魔法という存在がある以上、無いと否定することも出来ないでしょう。ただ、この文を読み取って起こりうる展開を想像するとなると……現実味がない、というのが正直な感想です」
“呪い”や“祟り”の類みたいなものはある為、別に神様の存在を否定する理由もない。ただ、肯定しても盲信などする気はない。
「確かにそうだねえ。ただ、天神様を嵌めた藤原氏の人間をピンポイントで狙い撃ったって伝承で残っているし、もしかしたら元々天然の超能力者だったのかもね」
「力と想いが強すぎて現世に残ってしまった存在……前例はありますから、別におかしくはないでしょうね」
その最たる例は周公瑾だった。いや、正確には“周公瑾の身体を借りていた亡霊”と称すべきなのだろう。大陸系古式魔法に通じつつも、彼はかつての栄光を求めていた。結局は悠元が滅ぼしたので、その夢が叶うことは未来永劫無くなった訳だが。
「何にせよ、こうなっているからには必要以上に触れる必要もないでしょう。それはそれで、此方にも優位に働くわけですし」
「触らぬ神に祟りなし、ね。悠君なら、神様が逆に頭を下げそうな気もするけど」
「そんな事態になったら、タイキックで追い返してやるだけです。生きている人間如きに頭を下げるなと言い含めた上で」
前世から転生したという事実があったとしても、自分があくまでも人間の領域を超えることは出来ない。それが例えこの世界の根幹にアクセスできる魔法があったとしてもだ。いくらチートを貰ったとしても、世界のルールに抵触するような行動は慎むべきなのだ。
尤も、レリック―――[