魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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リスクヘッジの極致

 九重八雲が住職を務める『九重寺(きゅうちょうじ)』は、旧東京都府中市の小高い丘の上にある。力仕事のボランティア活動に熱心な寺として―――寺に住み込んでいる門下生曰く「修行の一環」―――ご近所に親しまれ、街の風景を構成するパーツの一つとして社会に溶け込んでいる。

 だが、この寺が元々この場所にあったわけではない。ざっと100年前ぐらい昔の地図を見れば、誰しもが『なかった筈の寺が存在している』と驚くことだろう。

 

 これには様々な要因が重なった結果として生じた風景。

 

 世界群発戦争後期に遡るが、首都圏防衛の一環で調布、府中、三鷹の旧東京都中央部武蔵野地区に首都圏防衛部隊が配置された。その一帯にいた住民は平民分離の原則に基づいて疎開を余儀なくされた。九重寺の建っている丘は、そこに大規模防衛施設を建造する際に生じた残土が集まってできたものだ。

 

 この時は、上泉剛三と上泉奏姫が海外を飛び回り、神楽坂千姫が首都圏防衛の最終ラインとして箱根に陣取っており、首都圏の被害はほぼゼロに抑えられた。そして、『武蔵野対空要塞』によって旧都区内の被害も生じずに済んだ。

 結局、町の住民が戻ってこれたのは国費によって(この際、所在者不明の土地を神楽坂家で全て買い上げ、上泉家は土木業で貢献して白河グループを立ち上げた)町が再建した後だった。

 

 とはいえ、建造された要塞は出入り口の封鎖で済まされた(将来的に使わないという保証がないため)し、区画整理の関係で元いた住居に戻れない家庭もあった(ここについては神楽坂家が関与して十分な補償を行っている)。

 公共交通機関である『個別列車(キャビネット)』の敷設も含め、現代と近未来の風景が入り混じる中、「小さな丘の上に建てられた寺」―――それが九重寺である。

 

 この寺の初代住職、九重八雲にとって師である人物は、魔法技能師開発第九研究所に協力した代償に、弟子―――僧侶と言うよりは『忍び』の弟子―――を育成する拠点を手に入れた……というのが、原作における経緯だった。

 

 だが、この世界ではまるっきり事情が異なっていた。

 

 九重寺の初代住職である九重(ここのえ)早雲(そううん)は、元々伊勢家の人間だった。神楽坂本家の意向を受けて、『星見』の情報を伝達させるための『忍び』を育てるために九重寺を建造し、ひいては『九頭龍』の統括を任せられるまでに至っている。

 一応第九研に出入りしていた事実はあるが、魔法技術の提供は必要の範囲内のみに留めており、天神魔法に繋がらないよう細工を施されていたらしい。

 

 早雲自身に家族はいたものの、『九頭龍』の重要性を重く見た彼は弟子の一人である八雲に住職の座を渡して隠居した。なお、現在も生存はしているが、普段は諏訪方面の山奥で暮らしているとのこと。

 話を戻すが、九重寺自体が古風な伝統のある造りをしているのと対照的に、敷地の地下深くには最先端技術で固められた広い空間の訓練施設が備わっていた。

 

 悠元は、その地下訓練施設の最下層に来ている。壁は内側から厚さ10センチのコンクリート、厚さ30センチの鉛、厚さ60センチの中性子遮断コンクリートの三層構造となっている。そして、この部屋は達也が[トリリオン・ドライブ]の訓練に使っていた部屋だった。

 訓練施設の使用を申し出た際、八雲は「君ならそこまで頑丈にしなくとも大丈夫な気はするんだけどねえ」と漏らしたほどだったが、それ以上何かを言うこともなく使用を許可した。

 

 そこまでしなければならない理由は一つで、いくらデータでのシミュレーションで望んだ通りの結果が出たとしても、今回は実際の魔法行使でデータを取る目的でこの部屋を選択した。

 念のために訓練室は水が注水されており、半袖のトレーニングウェアに着替えた上で[セラフィム]を構え、引き金を引いた。[セラフィム]から複数の起動式が展開され、悠元の左腕に吸い込まれていく。

 魔法が展開した瞬間、有った筈の水が()()()()()。それに合わせて、悠元はもう一度引き金を引く。すると、悠元の頭上から大量の水が降ってくる。

 普通ならば人体に負荷が掛かるほどの量だが、無意識的に展開されている[相転移装甲(フェイズシフト)]で全ての負荷を無効化する。

 

 それをひたすら1時間ほど繰り返した頃に八雲の魔法による声が聞こえ、水が引いていく。完全に水が引いたところで発散系魔法で水を乾かし、加重系魔法で部屋の外にあるボタンを押して扉を開く。

 そして悠元は梯子を掴むと、反動をつけて一気に地上方面へ“飛び上がった”。

 

 なお、地上に上がって来た悠元を見た八雲は、『そんなことを出来る時点で僕には白旗を揚げる事しか出来ない』と呟き、悠元に睨まれたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その日の夕食後、悠元が食後のお茶を啜っていると、隣に座る深雪が話しかけてきた。

 

「悠元さん、少しお聞きしたいのですが」

 

 家事のローテーションは基本愛人組に一任されている為、これまで司波家の家事を担っていた深雪からすれば、どうにも慣れないところはあったりする。ただ、それでもいざという時に動けないのはダメだということで婚約者組も持ち回りで家事をすることはある。そのせいで悠元が割を食っているのは言うまでもないことだが。

 

「別に構わないけど、何だ?」

「はい。最近九重先生のところに通っているとお兄様経由で聞きまして。ただ、お兄様も詳しいことは教えられなかったみたいですので」

「成程ね。心配しなくても、達也を負かすためのものじゃないから……何故その表情を向ける」

 

 八雲としては、悠元がやっていることについて把握している。だが、それは悠元個人に関わるものであり、聞きたいのならば本人に聞いた方が早い……というのが、八雲が達也の問いかけに対しての答えであった。

 

「この魔法自体は、俺が小学生の頃に謎の高熱から快復した時から取り組んでいるものだ」

「そんなに前からなのですか?」

 

 深雪は悠元が転生者の側面を有することについて知っているし、彼の魔法技術は達也ですらも一線を画するほどの高さを有する。そんな彼でも長いこと取り組んでいるテーマがあるというのは初耳だった。

 

「俺が二つの固有魔法を有することは知っていることだろうが、この魔法はそれとほぼ同時期に生み出してしまった魔法だ。その魔法は純然な攻撃魔法なんだが、超高圧縮した陽電子を相手にぶつける砲撃魔法だ」

 

 言うなれば“三つ目の固有魔法”。だが、悠元がそれを表で使ったことは一切ないし、これまで使う素振りも見せなかった。

 何故ならば、この魔法の本質が超高圧縮された()()()()()()()()()―――国際魔法協会に真っ向から反旗を翻しかねない禁断の魔法だからだ。

 

 何の対策もなしに使用すれば間違いなく地球を汚染しかねない魔法の為、暫く使用するということはしないと心に決めていた。当時、父親の元から新陰流剣武術へ通うことを薦められたときに快諾したのは、この魔法に頼るということを考えないためでもあった。

 

「周りに深刻かつ甚大な被害を出してまで勝つというのは俺の本意じゃない。とはいえ、いざという時に使えないようでは話にならない。なので、実戦での使用こそしなかったが、臨界前実験のレベルで練習は積み重ねていた」

「九重先生のところに通っているのは、それが必要だと考えられているのですね?」

「ああ」

 

 ハード面において[バリオン・ランス]もとい[トリリオン・ドライブ]の完全制御を達成したことから、戦略級魔法[ローエングリン]の使用に際しての環境問題も解決した。これから起こるであろう脅威―――巳焼島の襲撃の際、悠元はこの魔法を行使する腹積もりであった。

 

「これまで表に出さなかったから、達也の魔法の二番煎じは否めないが。前以て達也に話したが、当人は苦笑していたけど」

「お兄様もそこまでの火力と出すとなれば限定されてしまいますので」

 

 本来、原子核を分離して陽子・電子・中性子に分離するのは膨大なエネルギーの発生を伴う。無論、悠元の持つ[ローエングリン]も無関係ではない。多大なエネルギーの放出先を考慮しないと、徒にメルトダウン規模の被害を齎すことに繋がりかねない。

 

「だが、達也を介する形で技術提供をし続けた結果、漸くこの魔法を表に出すことが出来る。その意味で達也には感謝しかない。尤も、本人曰く『その程度では今までの恩を返すまでには至らんな』とのことだが。親しき仲に礼儀ありとは言うが、友人関係に貸借の勘定を持ち込まんでくれと思う」

「あはは……それはそれでお兄様らしいですが」

 

 それを解決したのは、達也に提供した[瞬速極散(ソニック・アクセラレーション)]に使われた技術や[トリリオン・ドライブ]に用いられた原子核復元プロセス。一応達也に確認は取ったものの、本人曰く『俺が使う魔法を使えるのだから、是非使ってくれ』と言われた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月25日、木曜日。

 事態が進んでいるということは既に把握していた。エドワード・クラークはSSAの[十三使徒]ミゲル・ディアスを引っ張り出した(正確には悠元とSSAの政治的取引によるもの)挙句、USNA軍兵士の一部を買収して強襲揚陸艦『グアム』を含む三隻の艦船がハワイ州オアフ島より出港した。現地時間7月24日正午、日本時間25日午前7時のことだ。

 到着予測は日本時間7月29日、戦闘は恐らく30日以降となるのが濃厚。

 

 ベゾブラゾフは23日の時点で意識を回復したが、モスクワに戻らずハバロフスクに留まっている。十中八九こちらへの復讐を考えているのだろう。

 要であったレオニード・コントラチェンコが抜け、東欧方面が慌ただしくなっている上に新欧州連合・ベラルーシ・ウクライナの連合軍が旧バルト三国方面を奪取、南方面からトルコの圧力を受けて黒海沿岸を喪失。ただ、奇しくも悠元が以前戦闘で生成してしまったモスクワ郊外のクレーター群が天然の土堀となって侵攻を抑えているようだ。

 そんな事情もあって、連邦政府もベゾブラゾフのモスクワ召喚を強く言えないのが本音であった。

 

 話をUSNA方面に戻すが、『グアム』を含めた三隻の艦船が出港後、最新鋭空母『エンタープライズ』がパナマ運河経由で太平洋に回航され、複数の護衛艦と共にそのまま日本へ向かう段取りとなる。表向きは対新ソ連および大亜連合に備えた日米合同軍事演習の体裁だが、巳焼島の襲撃後に支払う対価としてジョーリッジ・D・トランプ大統領とリアム・スペンサー国防長官がサインをしたもの。

 とはいえ、一個人に支払うというのは体裁が悪いため、表向きは日本政府へ新ソ連の脅威に対応する海上戦力提供となり、いくつかのクッションを挟んで悠元へ無償提供される。そして、巳焼島に現在整備されている港湾施設を拠点とする為、巳焼島は首都防衛網の要になり得る。

 

 更に今後の協力体制を維持するため、新たにスターズ司令官となったベンジャミン・ポラリスの意向により、スターズの隊長・副隊長を含めた隊員を定期的に日本へ派遣する方針を固めた。潜在的な脅威ではなく、太平洋を挟む形で協力関係を構築する。その意味でも『スターズ』の鼻っ柱を折ることは必要だと司令官自身が判断したためだ。

 派遣内容には魔法師の合同訓練も含まれており、USNAだけでなく日本の魔法師のレベルも合わせて高めることが出来る。門戸自体は特に制限を設けないが、風間には合同訓練の教官として頼むつもりでいる。

 

 なお、元継も教官として立つことが決まっている為、死屍累々の光景が広がることになるのは確定事項。寧ろ、剛三が表立って出てこないだけまだマシだと思ってほしい。

 

 達也らは巳焼島に向かい、エリカやレオ、幹比古らも巳焼島に向かった。だが、悠元はまだ都内にいた。理由は防衛省庁舎にある国防陸軍最高司令部に呼ばれたからだ。蘇我は悠元から粗方の事情を聞かされているが、『グアム』を含めた艦船に関する知見を悠元に尋ねようと呼び出した。

 

「すまないな、上条大将。折角青春を謳歌したいところなのだろうが」

「魔法師を志した時点でまともな青春など期待はしていませんが」

「そうか……USNAからの問い合わせの結果も含め、君に伝えておく」

 

 原作では有耶無耶だった回答結果だが、今回の場合はUSNA政府から『全ての事情は神楽坂悠元殿に尋ねる方が早い』という簡潔な有様だった。それを聞いた時点で日本政府は強引に聞き出せる雰囲気でもないと判断し、軍務的な管轄も含めて蘇我が矢面に立たされる格好となった。

 

「まあ、その方が簡潔に済みますからね。USNA政府と交渉した中には、エドワード・クラークなる人物の引き渡しも含まれますから」

「つまり、三隻の行き先は巳焼島という認識で間違いないということかね?」

「そう仕向けましたし、何故か軍事衛星でもまともに認識されない自分よりも明確に捉えられる達也に照準が向くのは想像がつきます……正直、認識を歪めているつもりなど皆無なんですが」

 

 無意識的に他人の意識を逸らすこと自体は否定しないが、GPSそのものに干渉した覚えも無ければ、軍事衛星に捉えられないよう動くことは必要な時だけしかしていない。

 

「船にはSSAの[十三使徒]ミゲル・ディアスの姿もありますが、魔法の発動痕跡が残ったとしても、SSAとは既に話を付けております」

「そちらも分かった。君を前面に立たせてしまうのは不徳の致すところであるが……その戦いの後、手筈通りに事を進めても良いのかね?」

「構いません。名に頼るのは好ましくありませんが、今回ばかりは四葉家の為にも必要なことと認識しております」

 

 巳焼島での戦闘後、悠元が考えているプランには日本政府と国防軍に協力を仰いでいる。それは、悠元と達也を国家公認戦略級魔法師として公表すること。

 これまで、四葉家の悪名によって日本の秩序は保たれてきた。だが、既に亡くなった者たちに縋り続けるのは停滞しか生まない。だからこそ、悠元と達也を公的に認める算段を立てることとした。

 

 当初―――『灼熱と極光のハロウィン』直後に遡るが、悠元だけで事を進めようとしたものの、達也に気付かれた挙句深雪にも泣き落としを食らった。そのため、“司波達也”という名を残す形で戦略級魔法師とすることにした。

 どうせ四葉直系かつ四葉家次期当主という事実が表に知れ渡るのは時間の問題でもある為、明確に力を見せつけることで日本の力を世界に証明することとした。

 

「そして、もう一つお知らせしておきたいことがあります。今回、自分は二つの戦略級魔法を使用します。先日申し上げた[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]、そして陽電子収束砲撃戦略級魔法[ローエングリン]」

「陽電子砲……いや、君なら出来るであろうが、放射能関連は問題ないと認識して構わないかね?」

「でなければ、巳焼島で使用する事すら選択肢に入れませんでした」

「そうだな。君の性格ならそう判断するであろうな……武運を祈っている」

 

 何せ、[恒星炉]―――核融合炉を実用・事業レベルにまで完成させた手腕を持つ人間である以上、それに対する対策についても疑うことはなかった。悠元の言葉を聞いた蘇我は、静かに頭を下げたのだった。

 




 今日は連続投稿です。理由は本来投稿する話を飛ばしてしまったため、その帳尻合わせです。
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