九校戦は今年で最後となり、来年度からは新たに湘海高等学院・聖凛高等学院・城山高等学院の三校が加わって総校戦の名称となる。競技種目は一昨年と昨年の事情を考慮したものとなることは確定だが、これまで九校で戦ってきた魔法科高校側からしても、これまでのカリキュラム全てを見直さざるを得ない状況に追い込まれる。
普通ならば、魔法科高校側からすれば『新参者の学校に何ができる』と侮る人間は出てくるだろう。だが、実力が未知数の相手を侮ることがどれほど危険な事なのかも理解できないようならば、将来魔法師として大成することも極めて難しくなる。
寧ろ、高校生の魔法競技の段階で学べるのだから、却ってありがたい経験と言えるだろう。大人の段階でそういった事態に遭遇すると、良くて怪我は免れないのだから。
「力は示す。だが、必要以上の殺しはしない。仮に心を折られたとしても、敵のことを調べ切らずに手を打った側の責任だ」
「そうなると、[パラサイト]はどうする気なんだい? 封印が最優先になりそうだけど」
「そのための[天魔抜刀]―――[天刃霊装]だからな」
パラサイト事件の際は必要だったからこそ封印に止めた。今回は必要以上に拘る必要もないため、[パラサイト]を向こう側に送り返すこと自体は『問題なし』と判断している。
「にしても、大人たちの怠慢には呆れるほどだ」
これまで悠元は数多の魔法を生み出し、その
◇ ◇ ◇
7月24日。鍛錬以外に手持無沙汰となっていた悠元は、巳焼島飛行場(将来的には羽田・成田でカバーしきれない国内線のハブ空港の役割を持たせる予定)の格納庫を訪れていた。そこにはUSNAから乗って来た『ソニックラプター』が駐機しており、2機の戦闘機にいくつものケーブルが接続されているものの、機体調査の為の分解というよりはオーバーホールの様相を呈していた。
作業員が慌ただしく作業している所を邪魔しないように見つめていると、そこで指揮を執っていた新発田勝成が悠元に対して頭を下げた。
「これは神楽坂殿。どうされましたか?」
「流石に自分が乗って来た機体なので気に掛かりまして。御当主様のご命令ですか?」
「はい、データ収集の上で国防軍に売却するようでして。一応先代の神楽坂家当主に確認を取ったと伺っておりますが、不味かったでしょうか?」
「いえ、構いませんよ。自分が関わったものではありませんので」
自分が大きく関わった技術が入っているならばまだしも、その程度ならば別に目くじらを立てる必要もない。一部を除いて技術を独占する腹積もりなど無いのだから、四葉家が上手く活用してくれるならそれでいい、と結論付けた。
戦闘機の技術を民間機に応用し、国産の航空機メーカーを立ち上げることは決めていたが、その共同出資者にホクザングループを取り込むこととした。既に航空機製造に関するライセンス・特許関連の買収交渉は済んでおり、総計で5兆円ほどUSNA・欧州の航空機メーカーに支払った。
流石に向こうも現金一括で支払ってくるとは想定外だったためか、各社で設計していた次世代民間機の設計データの供与を受けた。その代わり、此方のメーカーで製造された際は優先購入権を得たいという目論見を感じ、契約書にサインしている。
この戦闘機には空力制御を魔法で補完する実験装置が付いており、悠元はそれを片手間で改良した。これまで軍事的に難しい代物を作ってきた人間からすれば、その装置など玩具を弄るぐらいのレベルに成り下がっていた。
国産の航空機メーカーは『フェネクス』―――“
操業自体は本年末を目途にしており、水素タービンエンジンを取り扱う関係で複数の工業系メーカーとの業務提携交渉も始めている。書面上の取締役は悠元が担うものの、工場の立地の関係で人選は四葉家に丸投げしている。
そうなった理由は単純明快で、水素ガス生成は[恒星炉]の主要事業でもあり、その意味で達也の占める役割は非常に大きい。その意味を四葉本家・分家が理解できない筈など無い。それに、今年正月の慶春会で深雪が嫁入りとなった罪を償う意味でも、四葉分家を扱き使うこととした。
これでもまだ達也に関して文句を述べるのならば、実母である真夜が黙っていないだろう。実際のところ、真夜は叔母である四葉夢女の協力を得て分家当主を“説教”したらしい……ということを忠成経由で聞いた。
悠元は格納庫を後にし、島西部のビルに戻ったところで一人の青年と出くわした。青年は悠元の姿を見つけると、深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「……母上の差し金かと思われますが、どちら様ですか?」
「申し遅れました。葉山忠成の長男、葉山
歳は20歳で、学年で言えば克人や真由美、摩利たちと同級生になる。魔法師ではあるが、最近までUSNAに留学していたらしい。達也も花菱兵庫を宛がわれた以上、そうなったとしても別に不思議とは思わなかった。
近しい年齢という意味で支倉佐武郎はいるものの、支倉は主に諜報分野で悠元の指示を受けて働くこととなる。なお、十文字家の娘と婚約することとなり、当の本人は深い溜息を漏らしていた。
「して、こうして姿を見せたということは、何かしら預かっていると解釈しても?」
「はい。こちらが奥様よりお預かりした書状でございます」
成政が差し出したのは一通の手紙。悠元は封を開けて中身を確認すると、その場で[分解]を発動させて手紙を消した。その理由は手紙に書かれていた内容に関係してくる。
「成政さんは、手紙の内容については何か?」
「いえ、私は何も伺っておりません」
手紙に書かれていた内容は神楽坂家当主のみに開示することを許されたもの。なので、成政が知らなくても無理はない。
「にしても、自分の姉と近しい歳の使用人というのは……成政さんは自分のことをどう思っていますか? 別に取り繕う必要はないですよ」
「そうですね……最初は懐疑的な部分があったのは否定できません」
成政が悠元の執事となるよう言われたのは、それこそ悠元が神楽坂家の人間となった一昨年の時点で、最初は訝しんだと明言した。
「ですが、既に先代様へ仕えていた父だけでなく、四葉家に仕えている祖父からも厳しく言われたほどです。あの祖父が手放しに誉める人間など数えた方が早いぐらいでしたので」
「成程。まあ、自分としてはここまで婚約者や愛人が増えたことには苦笑しか出て来ませんが。これからは成政さんに対して言葉遣いを崩しますが、構いませんか?」
「ええ。尤も、自分の性分故にこの言葉遣いは許してください」
ちなみに、成政も悠元ほどではないが妻と愛人を囲うことになるらしく、二人の女性を娶るらしい。そのうちの一人は上泉剛三の末っ子にあたる。更には元同級生の子を愛人として娶ると聞いた際には卒倒したらしいが。
「自分としては、そこまで囲っても先代様に『あの子の精力だと女性陣がもたないのよね』と言わしめた旦那様に尊敬の念を抱いております」
「……精力云々の前に精神が尽きかねない気しかしないんだが」
優秀な魔法師の血筋を残すという古式魔法の大家らしい一面ではあるものの、物事には程度という部分を考えてほしいという意見について、悠元と成政は互いに同意したのであった。
◇ ◇ ◇
7月27日、土曜日。
現時点で差し迫った脅威というものは存在しない。『グアム』を含めた襲撃の線はあるわけだが、この辺については昨日の時点でUSNA大使館からの手紙を千姫経由で受け取っている。
USNA政府としての言い分は、『最高指揮官の事前・事後承認に基づかない、極めて悪質な軍規違反』という位置付けは取るものの、罪を背負うのはあくまでも首謀者のエドワード・クラーク、そして無断釈放されたイリーガルMAPのみであり、[パラサイト]に侵食された『スターダスト』ならびに軍関係者・協力者に罪を問う余地はないとしていた。
この辺は悠元も承知していることだし、取引の時点で確定していることを今更蒸し返すつもりもない。
「突然だが、鍛えに来てやったぞ」
「兄さんが来るのは既定路線でしょうに。それに、千里さんもすみません」
「いいんですよ。お祖父様ほどではないにせよ、放っておくと無茶をさせかねませんから」
「フォローはなしか……まあ、事実だが」
「否定しないとか惚気かよ」
VTOL機でやってきたのは上泉元継・千里夫妻。千里についても将来を鑑みて[天刃霊装]を含めた天神魔法の修得に励んでおり、悠元も義弟の立場で協力している。そして、同じ機体には宮本修司と高槻由夢も同乗していた。
「達也に悠元、世話になる」
「寧ろ、お前たちに世話を掛けるようなものだが」
「いいのいいの、私たちはいざこざから逃げれたし」
修司と達也の会話に対して投げかけられた由夢の意味深な言葉。それを聞いた悠元は事情を一番知っていそうな表情をしている元継を見やった。
「……兄さん、また何かあったの?」
「ここへ来る前、神楽坂本邸に立ち寄ったんだが……」
元継が言うには、宮本家・高槻家の現当主が相次いで『出家したい』と言い出した。元継は丁度千姫と会談していた時に立ち会うこととなり、神楽坂分家のいざこざに巻き込まれた形となった。
とはいえ、同じ護人として看過できないと判断した元継は、三家の言い分と千姫の言い分を聞き、互いの妥協点を探る裁定案を提示した。
「本来、神楽坂家のことに首を突っ込むのはご法度だし、そういうのは悠元の領分だからな。とはいえ、先代様から意見を求められては無碍にも出来ん」
「で、今度の原因は?」
「先日の先代様の勘気が原因とのことだ。当の本人は笑っていたが、あれは喜びの笑顔と言うよりは敵意をむき出しにした猛獣のような笑みだった」
[天魔抜刀]を含めた[天刃霊装]の扱い。最終的に『九頭龍』の意見は纏まった訳だが、一朝一夕で変わればそこまで苦労はしない。なので、各々の家の跡継ぎは宮本家が四男、高槻家は三男が継ぐことで決まった。
ただ、そうなると問題は後を継げない面々の扱い。下手に殺すのも不味ければ、放逐して犯罪者に成り下がるのも宜しくない。悩んだ末に宮本・高槻の分家当主が考えたのは、寺を建立して押し込んでしまうという手法だった。
「俺の提示した案は、九重八雲和尚に協力してもらう形で叡山に送り込み、修行の後に仏僧として九州・中国地方に差し戻す。叡山に協力してもらう意味で悠元にも手間を掛けさせることになるが」
「別に書状を書くぐらいなら労力にも入らないけど……利口と言う言葉は無かったのかね」
「
宮本家の当主は長男・次男が前妻の子で、修司以下の子は後妻の子とのこと。前妻が亡くなった原因については、魔法の体質的な問題によるものとだけ答えた。
「じゃあ、高槻家は?」
「あー、うちの場合はねえ……」
高槻家は出雲大社の神職にも関係してくる問題もあり、加えて由夢の扱いの問題も燻ぶったままだった。こうなると、神楽坂本家・現当主である悠元も無関係とは言えなくなってきている。
「この騒動が終結次第、自分の名で本家に全員出向かせるか。目の前で四霊を喚起すれば口を噤むだろう」
「それを平気で言っちゃう辺り、やっぱりチート主人公だよね」
「チートは否定しねえけど、創作物の主人公たちのメンタルには勝てねえよ」
「……悠元のお陰で、俺や元継さんが平穏でいれているわけだしな」
いくら自分が神楽坂家の血筋を引いているとはいえ、尾を引いてしまうのはやはり仕方がないことだろう。元とはいえ十師族直系ともなれば、当然現代魔法と古式魔法の軋轢にも影響してくる。それを気にすることなく意見を通し切った剛三と千姫の影響が大きすぎた。
「当主となってから言うのはお門違いかもしれんが、俺だってこんな早急に当主となることは想定の範疇を超えてた。もう少しほとぼりを冷ましてからでも遅くは無いと思ったんだが……やっぱり、懸念事項は年齢という点だったのかもな」
現時点の容姿からして、長生きする可能性は高い。けれども、実年齢という観点から見れば当主として君臨するには余りにも引っ張り過ぎている。その一例は数年前に師族会議議長を退いた九島烈が該当する。
「それはあるかもしれませんね。旦那には漏らしていませんでしたが、時折『早く大成して楽をさせてほしい』とぼやいておりましたから」
「あの爺さんは……まあ、俺は二十代だからまだしも、悠元はまだ十代だ。一昨年に話を聞いたときは溜息しか出てこなかったぞ」
「大丈夫、兄さん。俺が一番困惑したから」
人として長生きをすることと、家の主として影響力を有することは違う。それを誰よりも弁えていたからこそ、剛三は元継に、千姫は悠元に家督を継がせた。孫(曾孫)をせがむのは、自分達の二の舞を避ける意味合いも含まれているのだろう。
「自分の勝手なイメージだと、古式の家ってもう少し厳格なイメージが付き纏っていたんだが……ものの見事に粉砕されて跡形も無くなったよ」
「悠元、その気持ちはよく分かる。俺もお祖母様の愛弟子になる際、散々振り回されたことか」
「寧ろ、分家の方が割と古式の仕来りが多い位だよ。上泉家はどうなんですか?」
「あの爺さんが当主をやってた時点で察してくれ」
「あ、あはは……」
別に『こうあるべき』と指図するつもりはない。けれども、割と厳格だと思っていた家風や仕来りなどのイメージが悉く粉砕され、最早見る影すら無くなった。
元々陰陽師の家系である神楽坂家は裏方だったが故に口煩く言える相手が皇族しかいなかった。上泉家の場合は後ろ盾に神楽坂家がいたことに加え、剛三の打ち立てた功績によって物を申せる相手が居なくなってしまった。
そして、それは同じ四大老といえども東道家や樫和家に御することが出来ない存在へと変貌を遂げたことに繋がる。
「一番凄いのは、いつ亡くなるか不透明過ぎることかな。その内仙人にでもなるつもりなのかと思ってしまうよ」
「寧ろ、仙人ですらポックリ逝きそうなことをしでかすかもしれんな」
「……」
「反論できないね」
「全くです」
魔法師の容姿詐欺は今に始まった事ではないにせよ、あの二人(プラス奏姫)に関しては最早人間というカテゴリそのものに当て嵌めてはいけない部類なのだ、と統一した見解を見出すこととなったのはここだけの話。