魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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問題の帰結

 2097年7月29日、月曜日。

 ハワイから出航した三隻の艦船の行き先は、対象の予定航行データを基に算出。セリアから聞いた“原作の配置”通りとなることに、悠元は端末を見ながら一つ溜息を吐いた。別にそうなってくれるのならば「話が早い」し、掛ける労力も必要最小限で済む。ただ、本来創作物にありがちな“修正力”がここまで出てきていないのが不思議でならなかった。

 

 その反動形成が全て『レリックで飛ばされた存在』という形で跳ね返ってきているという意味では、悠元の行動に対する反動として成立しうるわけだが、それはそれで釈然としなかった。

 流石に婚約者や愛人たちの殆どはマンションに置いてこざるを得なかったため、護衛については神楽坂家と上泉家にもお願いをしているが、FLTの敷地内ということで黒羽家と新発田家に出張ってもらっている。

 説得自体は真夜が率先して行ったらしいが、どういう文言で説得したかについては深く追及しなかった。通信をしてきた文弥と亜夜子が揃って苦笑したあたり、大方の想像はつくが……触らぬ神には祟りなし、である。

 

 前日の28日には、統合軍令部特使という形で風間玄信大佐と藤林響子大尉の二人が派遣され、島の宿舎で寝泊まりすることとなった。どうせ暇を持て余すのも癪なので、風間には四葉家の魔法師を鍛える臨時指導教官として働いてもらうこととなったわけだが。

 

 今回、民間への避難指示は巳焼島周辺海域および伊豆・小笠原諸島方面に留めている。というのも、幸か不幸か大型の台風が巳焼島に接近している。太平洋上を東進する形の進路予想となる為、日本本土への上陸の可能性は低いが、巳焼島は間違いなく暴風雨に見舞われる予測となっている。

 なので、表向きは『高波・高潮による一次・二次被害を避ける』ということで該当地方の住民は箱根の神坂グループのリゾートホテルに避難して貰っている。体裁はあくまでも“宿泊”ではあるが。

 

 台風と聞いて真っ先に思い浮かべるのはイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]。彼にとって格好の燃料だと思われがちだが、単なる雨ならばまだしも、強い風が伴うと話は大分変わってくる。

 [トゥマーン・ボンバ]もそうだが、戦略級魔法において肝となってくるのは、一定の空間内における情報量の変化許容量に他ならないからだ。

 

 例えば、風が余りない小雨程度ならば、多少雨量の変化はあっても爆発に支障のない許容範囲で済む。だが、暴風雨の場合は固定された地点の水分子を酸水素ガスに変換しても風に流されてしまう現象が生じる。いくら魔法式を構成する想子が流されなかったとしても、魔法によって生じた化学変化をその場に留めておくには、魔法式で生成したガスを留める空間を保持する分の魔法力を消費せねばならない。

 魔法式が展開して魔法が発動するまでのタイムラグは1秒未満だが、情報量の変化に伴う魔法力の消費は大きく変化する。ましてや、[チェイン・キャスト]の特性において遅延・同時爆発ともなれば、暴風雨下での発動は情報量の急激な変化による魔法力の消費増大は避けられない。原作で二度にも亘る攻撃を6月に限定していたのは日本の“梅雨”を利用したもので、巳焼島の場合は太平洋上の湿った真夏の気候を利用した形だ。

 

「ねえ、悠元君。襲撃を阻止しないの?」

「それも考えましたが、内輪で片を付けて諸外国が有耶無耶にするのも困るので、明確な力の誇示をしようと思いまして。仮に国際魔法協会が出張っても、何も言わせません」

「そこで国際魔法協会の名を? 今度は何の魔法を使う気なのかしら?」

「陽電子を用いた戦略級魔法です」

「……とうとう完成させてしまったのね」

 

 以前、響子は悠元から『対小惑星を想定した魔法を練習している』と聞かされていただけに、陽電子を用いた魔法にこそ驚きはしたものの、達也に魔法を提供している事実を聞かされた時点で『問題は何も生じない』と判断せざるを得なかった。

 

「達也君もそうだけど、悠元君がその魔法を使う時点で問題をクリアしたに等しいもの。別に強権を揮っても許されると思うのに」

「要らぬ諍いの種を生み出すのは御免なので」

 

 自分に力があろうとも、それを他人がどう思うかは別の問題となる。それに、未だ十代の人間がしゃしゃり出れば、既に社会の第一線で活動している大人たちが快く思わない場面も出てくる。その一端はリーナが“アンジー・シリウス”として活動することになった際の『スターズ』が顕著に出ている。

 

「悠元君らしいわね。そういえば、父が『来月に悠元君を訪ねたい』って相談されたんだけど」

「藤林家当主がですか? 珍しいですね」

 

 原作と異なり、九島家の活動を烈の引退と佐伯の異動によって押さえ込んだことで、藤林家が必要以上の関与や疑いを持つことは無くなった。それが却って九島真言の妻の実家である藤林家との関係構築にも繋がった。

 九島家の凋落を見ての動きだとは思うが、この時期に藤林家が神楽坂家を訪ねたいという意向は少し気になった。

 

「私もほとぼりが冷めてからでもいいとは思ったのだけれど、昨年の事について改めて謝罪したいそうよ。それに……」

「それに?」

「光宣君の進退についても話し合いたいって」

 

 状況的に、神楽坂家が光宣の動向に関与した事実を隠しきるのは難しい。九島烈が主体となって動いたにせよ、彼が難しい所業となれば疑いの矛先が向くのは想像に難くない。

 悠元としては、壬生家や烈に予め新しく興す九島家のことを相談している。壬生家については紗耶香が桐原と婚約関係にあるし、二人の仲を考えればそこまで大きな問題とはならない。

 残るは今の九島家に対する処遇についてだが、それは烈に全て一任している。ここから先は九島家の家内の問題で完結するからだ。既にそう決まったものを一々蒸し返す必要は無いと思っている。

 

「……まあ、九島の縁戚となった以上は思うところがあるのかもしれませんからね。来月下旬あたりを目途に会談を設けますので、都合の良い日程をお教えください」

「それに関しては『其方の都合でいい』って投げられたんだけど」

「はぁ……分かりました。後始末の目途が付き次第、連絡をします。響子さんにはその連絡役をお願いしたいのですが」

「それぐらいは構わないわ。寧ろ達也君のことを考えれば、ね」

 

 原作の達也は自身の立場を利用して交渉を持ち掛けた。傍から見れば『子供の我儘』に見えるかも知れないが、セリアから聞いた話を総合した結果、これでも達也としてはまだ譲歩している様なものだ。

 その気になれば[分解]で消し飛ばしてしまうのも可能という“最悪の手段”を持ち得ていても、達也はその手段自体を口に出さなかった。彼にとって一番狙われたくない大切なものさえ守れれば、それ以上の価値を求めようとはしないだろう。

 

「と言いますか、こんな風に話していたら普通は要らぬ疑いを持たれそうなものですが……達也には感謝しかないですね」

「本当にそうよね。逆に悠元君の婚約者たちには色々勘繰られそうだけれど」

「人様の婚約者を奪う気なんてないです」

 

 響子には当事者ということで真一と邂逅させたが、響子の感想は『悠元君の手に掛かると、非常識も常識に変わってしまうのね』と言われたことには遺憾の意を示した。

 

 真一と愛波は予定通り8月末に送還させる予定だが、そうなると問題となるのは未だに[パラサイト]を除去していないレイモンド・クラークの扱いとなる。その辺の打診はUSNA側に提示したが、まずはエドワード・クラークの社会的抹殺が最優先となるのは避けられない。

 

「自分の身上や能力を過小評価する気はありませんが、精々片手で収まるものだと想定していたところに、結果として魔法科高校の一クラス弱の人数の女性を囲う羽目になった訳で。国防軍のことだって、基本的に強権を揮う気はありませんし」

「まあ、そうよね。大佐も『悠元に逆らえる人間がいるのならばお目にかかりたい』と漏らしていたぐらいだし」

 

 原作だとUSNAに引き取られて宇宙に飛ばされるわけだが、この世界では離婚したエドワード・クラークの元妻が引き取りの意向を示した。神楽坂家の関係者ということで話がスムーズに進んでいたためで、今回の襲撃後にレイモンドの治療を行う。

 

「大人たちの中には自分や達也を含めた『頭一つ抜けた若手』を早々に社会へ出すべきだという意見も出るでしょうが、全部無視します」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「魔法大学に進学するからです。公的にトライローズ・エレクトロニクスの理事職を名乗っているのに、これ以上を求めるようならば全員地面に埋めます」

「……出来ない、とは言わないのね」

 

 大体、現時点で悠元と達也は[トーラス・シルバー]を通す形で魔法界の技術貢献に寄与している。「進学して何を学ぶことがあるのか」と疑問を呈する輩が出るだろうが、その価値の如何を決めるのは各々の価値観に基づくものであり、大人たちの価値観による判断を当てにする気など無い。

 

「自分の場合、理由の一つに魔法大学在籍者がいるからです。婚約者が大卒なのに、自分が高卒と言う状態を社会的に見た時、甘く見られることだって無きにしも非ずです。家名の威光に頼るのではなく、確固たる社会的な肩書きは魔法師が人として生きるには立派な武器になりますので」

「それは……確かに納得出来る理由ね」

 

 魔法界や軍事的に見ればそこまで重く見られない部分も出てくるだろうが、政財界をはじめとした一般社会ではそうもいかない。魔法科高校卒業の時点で十分箔になるかも知れないが、国立魔法大学を卒業することで『日本政府が公的に認めた高等教育機関のカリキュラムを全て終えた』という実績を作ることが出来る。

 トライローズ・エレクトロニクス関連については、基本的に現場で全て完結できるように体制を組んでおり、自分の役目はあくまでも最終許可の可否を決済するだけにしてある。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 昼食後、のんびり寛いでいたところに水波が近付いてきた。

 

「悠元兄様、お電話です」

「電話? 相手は?」

「三高の一条様からです」

 

 悠元がトライローズ・エレクトロニクスの理事だと公表して以降、色んな電話やメールが来るわけだが、非通知番号やアドレスの場合は容赦なく着信拒否にして対応している。神楽坂家の重要な連絡は『九頭龍』や『星見』があるし、悠元の持つ通信端末に入っている友人の連絡先で事足りるからだ。

 将輝に連絡先は教えているし、別に着信拒否の設定もしていない。にも拘らず巳焼島へ直接かけて来たということは、通話の相手は達也になるはずだ。

 

「将輝が? アイツに連絡先は教えてるんだが……応接室か?」

「はい、第一応接室です」

 

 悠元は残っていた麦茶を飲み干し、空になったグラスを水波へ渡すと、そのまま立ち上がって応接室に向かった。中にはモニターを見つめる達也とモニター越しに映る将輝の姿があった。

 

「達也、来たぞ」

「すまないな、悠元。こればかりは俺だけで判断できないと思い、水波に頼んだ」

「ふむ……久しぶりだな、将輝。早速だが、戦力提供と見たが……どうだ?」

『あ、ああ……話が早くて助かる』

 

 この場は別に深雪や魔法のことが絡む事項でないため、そこまで険悪な雰囲気は見られなかった。将輝の姿はやや日に焼けたような肌の色が見えており、一条家で厳しく扱かれている様子が見られた。

 

『司波に話したのは、援軍が必要かどうかということだ。場合によっては俺が出向くことも覚悟している』

「一条殿は何と?」

『その辺の采配は「四葉殿と神楽坂殿の意向を聞いてからにしろ」としか言われていないが、肯定的な意見は貰えてる』

 

 能登沖で悠元が艦隊を拿捕した件に加え、[十三使徒]レオニード・コントラチェンコの亡命や東欧方面の混乱。いくら新ソ連と言えども自棄気味で二正面作戦の愚を犯すことはしていない。

 だが、将輝の申し出に対する悠元の答えは決まっていた。

 

「申し出自体は感謝する。だが、一条家にはそれ以上に重要な役目を担ってほしい」

『重要な役目?』

「新ソ連に対する抑えと、帰化した劉麗雷もとい一条レイラの護衛。茜ちゃんに魔法提供はしたものの、余計な気を起こす輩がいないとも言えない」

 

 原作では色々有耶無耶にしていたが、この世界での劉麗雷の帰化は明文化しておいた。日本政府を通して大亜連合政府に通達したが、連中が特殊部隊を送り込まないとも限らない。なので、風間を通す形で独立魔装大隊のメンバーが金沢基地に派遣され、更には『抜刀隊』も合わせて派遣した。

 単に『人喰い虎』レベルならばまだしも、大亜連合には切り札とも言える『八仙(はっせん)』と呼ばれる連中がいる。八仙は、東亜大陸に伝わる伝説の仙人たちの名前。その名を冠した道教系古式魔法師の集団で、主に大亜連合国内か中央アジア方面での活動が目立つ。

 尤も、彼らの動向全てを把握しているので、距離的な観点から彼らが関与してくる可能性は極めて低い。

 

『……それは、新ソ連だけでなく大亜連合が攻めてくる可能性もあるということか?』

「兆候の一端は先日の西果新島での件だ。可能性は低いだろうが、5年前の件がある以上は無視できることでもない。一条殿の技量は疑うべくもないが、今や戦略級魔法師となったお前が日本海側にいるだけでも意味がある」

 

 能登沖・佐渡沖での一件後、将輝は国家公認の戦略級魔法師となった。五輪澪に代わる表舞台の抑止力を担うという意味を将輝とて理解していない訳が無い。将輝もそれを聞いて、自ら戦場に立った経験から危惧しているような素振りを見せた。

 

『……分かった、俺は北に備える。神楽坂、生き残らないと許さないからな』

「言われんでも生き残ってやるさ。次の九校戦で泣いても笑っても最後だ」

 

 そう互いに声を発したところで将輝の通信が切れた。

 画面が消えて応接室が明るくなったところで、悠元は一つ溜息を吐いた。

 

「やれやれ、やっぱり最後は直に殴り合う必要があるか……どうした、達也?」

「……殺すなよ?」

「身内が絡むと過激になりがちなお前が言うな」

 

 なりがち、と言葉を濁したものの、原作であった『無頭竜』の壊滅劇を思えば、過激という言葉で片が付けば“まだマシ”と思わざるを得なかった悠元であった。

 

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