将輝との会話を終え、達也と別れた悠元が廊下を歩いていると、廊下の向こうから風間の姿が目に入った。流石に国防軍の制服では要らぬ疑いを持たれるため、風間とここにいない響子は私服姿で巳焼島を訪れている。
互いに近寄って1メートルほどの距離になった後、風間は頭を下げた。
「色々済まなかった、悠元。これからは部下として君の指示に従うことになる」
「お気になさらず。こちらとしても理不尽な命令はしませんし、事を起こす際は相談しますので、その際は忌憚の無い意見を述べてくれると助かります」
「……はは、やはり勝てんな。剛三殿があれほど入れ込んだ理由も納得出来る」
独立魔装大隊―――後に連隊となる際、統合軍令部直属部隊へと再編される。悠元が三軍の大将職を賜り、統合軍令部・統合参謀本部長特務補佐へと昇進するに伴う措置。陸海空の垣根を越えて実働することとなり、神楽坂家が保有する戦力―――プリズム・マーセナリーは防衛省と契約する形で伊豆・小笠原諸島方面の海上護衛を担う。
個人で統括するには余りにも私的戦力の範疇を越えているのは道理だが、それを可能にしているのは上泉家先代当主の教えを受け、神楽坂家先代当主の信託を受けた神楽坂家現当主。
「変に気に入られた部分もありますが……立ち話もあれですし、食堂に行きませんか?」
「そうだな、そうさせてもらうか」
食堂へ出向き、各々飲み物を注文して互いに向き合う形で席に着いた。
国防軍絡みで色々対峙した二人だが、今後は悠元が上司として、風間は部下として向き合うことになる。風間自身、悠元が大いに関与しているからこそ自身の進退を速やかに決められた。
なお、北海道へ出向いた第101旅団はそのまま対新ソ連を想定した北方防衛部隊に組み込まれている。佐伯については統合軍令部の監視付きで職務に従事しているという報告は蘇我経由で聞いている。
「話は藤林から聞いた。君が新たな戦略級魔法を使うこともな。君はどこまで行きつくのか、正直師匠ですら『僕に予測できるわけないじゃないか』と完全に匙を投げていた」
「時折達也絡みの試しのネタにされてはいますが」
「悠元だからこそ出来るのであって、自分には到底無理だろう。寧ろ師匠に揶揄われることは多いが」
別に敵意とかを向けるというよりは忍びとしての“興味本位”が勝ると分かり切っている為、そこまで本気に捉えることはない。だが、それでも苦言を呈することは止めない。
「風間大佐に話しておきますが、響子さんに話したのは今度使う[ローエングリン]の半分にも満たないです」
「半分にも、だと?」
「ええ」
元々は単なる陽電子収束砲撃魔法だった。だが、環境を配慮しようと試行錯誤した結果、核関連技術や達也に提供した[ホーリー・トライデント]、ハード協力をした[トリリオン・ドライブ]―――原作では[バリオン・ランス]という呼称になった代物―――の技術を取り込んだ。
その結果として生じたのは、中性子・荷電粒子・陽電子を用いた直射型収束魔法。それが現在の戦略級魔法[ローエングリン]の正体だ。
「闇雲に使って犯罪者扱いされるのは困る為、これまで自分が関与してきた技術を用いて完成した魔法です。これによる放射能汚染のリスクは完全にゼロへ抑えられます。更に、この魔法によって核兵器の燃料となるウラン・プルトニウムなどといった放射性物質の組成変換が発生し、放射能の完全除去と核兵器を抹消できるようになりました」
「……疑うわけではないが、立証できるものはあるか?」
「そのテストは既に実施しました―――USNAで」
ここ数日、悠元はUSNAへ渡航していた。流石に飛行機だと時間が掛かる為、[
この魔法は無機物・有機物の範囲対象を選ぶことも可能で、既存の建物を破壊することなく放射性物質を除去できる特性も備わっている、というのは最終臨界実験や九重寺での訓練で確認済み。
早速マーシャル諸島で前世紀の水爆実験による被害を受けたビキニ環礁・エニウェトク環礁で[ローエングリン]の発動実験を敢行。直接海に撃ち込むため、結果として大量の海水が雨となって環礁周辺の島に降り注いだのだが……その後、まるで息を吹き返したかのように草花が生い茂り、数多の大きなヤシの木が島に乱立した。
流石に既存の家や施設を潰す様なことにはならなかったが、島の様子を視察したジョーリッジは笑みを零し、政府高官たちは唖然としていた。後日、北米魔法協会の調査によって『土壌および海洋の放射能汚染は認められない』という結果を得られている。
『……君は現代に降りた預言者かね?』
『絶対に違います』
その上で、旧合衆国時代から存在するUSNA国内・周辺の高レベル核廃棄物についても[ローエングリン]で放射性物質を除去し、奏姫から教わった[放射錬金]でレアメタルに変換して引き取った。なお、ジョーリッジはUSNA政府として日本政府に50兆円を支払うことを明言。
曰く『タダ働きさせようと目論む輩に対するお灸だ』と述べ、悠元個人に対しては年間1兆円の支払いで決着した(最初は100兆円クラスになり掛けたが、悠元が固辞した)。なお、後代の大統領の申し送り事項にも『神楽坂家を蔑ろにすれば天罰が下る』が追加されるらしい。
「日本にもある高レベル廃棄物についても、USNAでの実験結果を同封した上で許可を取り、実施しました。ただ、この魔法を後世に伝えることはあっても、世に広める気はありません」
「それほど便利な戦略級魔法なのにか?」
「元は攻撃魔法の側面もありますし、それにこれの演算をまともにしようとしたら、並の魔法師だと確実に死にます。魔法師を鉄砲玉にさせるような真似など御免ですので」
この世界の魔法は不自由な部分が多い。神楽坂家や上泉家の書庫に収められた古今東西の魔法に関する知識を紐解いても、魔法を覚える最短の方法は魔法演算領域に“書き込む”ことだった。それは、エジプトのピラミッドに刻まれた壁画にも似たような文言が記載されていた。
ただ、この常識をこのまま現代社会へ流すわけにはいかない。これを悪用して魔法師を使い潰す可能性も生じてくる。それは政府や国防軍に限らず、十師族をはじめとした日本魔法界にも言える話。
その未来を改善するために『STEP』を提唱したのだから、魔法師の未来に逆行しかねない事実を広めるのは言語道断。
「大佐なら達也の事情をご存知でしょうが、ああいう状態の魔法師が『都合の良い戦力』として囲われる未来になりかねません。そんな未来は御免被ります」
「悠元は強いな。九島閣下が後継者として推した意味がよく分かる」
「大人たちがしっかりしていれば、俺や達也はもう少し余裕のある青春を送れていたんですがね」
「……耳が痛い話だな」
物語の創作物に“平穏”を求めるのは如何な事かと思われるだろうが、人生の刺激は程々が丁度良いのだ。前世で人間の欲望の闇を散々見てきた悠元からすれば、転生してもその柵が付き纏うことにうんざりした。
だからこそ、周囲を巻き込む形で日本を根本から改造することに決めた。既得権益を有する人間に真っ向から叛逆するようなものだが、血縁の後ろ盾を得たことで強硬な策を講じることが出来ている。
それでも、末端で働いている人間が不利益を被らないように手は尽くしている。いつの時代も上の被害によって下が理不尽な被害を受けているからこそ、生活に困らないような策を講じている。実験によって幽閉された強化調整体の更生もその一環だ。
◇ ◇ ◇
達也や友人たちとの夕食を終え、入浴を済ませた悠元は深雪と一緒に居た。雫と姫梨は敢えて別室で泊まることになり、水波も自室に戻っていた。なので、こうやって会話する機会は慶春会以来だろう。マンションでのことは……そちらは“事”があるので抜きにしておく。
深雪が淹れてくれたアイスハーブティーを供にする形でティータイムを楽しんでいたが、悠元は真剣な表情を深雪に向けた。それに気付いた深雪も視線を向けた。
「深雪。本来なら戦場に立たせたくないのが俺の本音だ。フィアンセを平気で送り出せるほど精神が太くないからな」
「ご主人様……」
深雪の悠元に対する呼び方で若干話の腰を折られかけたが、それを堪えて表情に出すことなく話を続ける。
「ただ、深雪の頑固さも良く知っている。『神将会』に入ることを受け入れたのも、覚悟の表れだと認識している。それを言ってしまうと、雫や姫梨に対しても同じだろうが」
「……そうですね。私はご主人様の陰に隠れたくないのです。何より、第一夫人としてご主人様の隣に立って戦いたい。それが私の紛れもない本心です」
悠元は深雪の強さを知っていたからこそ、直々に新陰流剣武術の稽古をつけていた。
剛三が悠元に総師範の座を渡したがっていたほどの実力は、深雪にも大きな影響を与えていた。同年代の女子で言えば、魔法のみならず武術にも精通している時点で国内はおろか世界でもトップクラスに位置している。
「私は、何をすれば宜しいのでしょうか?」
「深雪に渡した[
悠元の言葉の意図には、深雪が悠元の影響を受けて[
原作の場合は司波龍郎だったが、この世界では伊勢家当主・伊勢佑作が本当の父親だった。家系的には叔父・姪の関係だが、孫世代の血縁である以上は特に問題はない。千姫が真夜や深夜を可愛がっていたことからして、別にそうなっても不思議ではなかった。
出生自体が古式魔法師に近しかったからこそ、達也しか持ち得ていなかった[
「新ソ連に対する行動は自分と達也が受け持つ。雫と姫梨には深雪のフォローを頼んでいるから、存分に力を揮ってくれ……必ず生きて帰る事。それだけは約束してほしい」
「畏まりました、ご主人様。事が済んだら、沢山愛してください」
「分かりやすいのは助かるが、それでいいのか?」
「はい。寧ろ、身も心も捧げている私が払える対価が無くて困るほどです」
「……別に対価を求めてなどいないんだがな」
正直、司波家での居候生活もそうだったが、魔法や武術の教導に関して対価を口にしたことはない。深雪を含めた友人たちが強くなれば、相対的に悠元自身へ降り掛かるリスクも減る。恐怖に感じた輩の数が増えるデメリットも存在するが、弱点を的確に突けば魔法抜きで対処できるところは積極的に講じてきた。
その反面、比例的に増えていく夜の生活の営みについて、悠元は最終的に匙を投げたわけだが。
「それは私だけでなく、お兄様も感じていることです。だからこそ、ご主人様の力になりたいと足掻いているのですよ」
「まあ、自己努力の気概は評価するけどさ」
そもそも、自分は達也の気質を知っていたからこそ、達也の望む道に立ち塞がる障害を全て取り除こうと動いていたに過ぎない。そして、それは自身の未来を叶える上でも邪魔になると分かっていたからであり、自己の利が達也の利と重なったからこそ、この道を選んだ。
「俺が人間であることを捨てずにいられるのは、達也や深雪をはじめとした人たちのお陰だ。一つだけ文句があるとするならば、[パラサイト]のような存在に逃げられること自体が納得いかないことぐらいだが」
「それは……ご主人様がそれだけ凄いという事かと」
「そんなものなのかねえ……」
この辺は前世の価値観を引き摺っているせいかもしれないが、そこまでの才覚を有していたとしても、結局は当人の努力の積み重ねが大事だと思っている。とはいえ、その結果として生じたものだとしても、認識されただけで逃げられるのは釈然としなかった。
「ご主人様は、宜しいのですか? 戦略級魔法師として表舞台に立つことについては」
「そうなったからと言っても、政府による公的な肩書きを手にしただけであって、俺に義務は生じない。それについては達也も同様の措置となるように働きかける」
公人としての肩書きはあくまでも政府や軍との交渉事においての“立場”を示すものであり、魔法を利用するというのであれば相応の対価を要求する。ボランティア感覚で迫る奴がいれば、容赦なく追い詰めて心を折る。
「三軍の階級についても同じだ。あくまでも日本魔法界―――師族会議議長としてのスタンスに加え、トライローズ・エレクトロニクス理事長としての立場を最優先する。まあ、一番優先するのはプライベートの部分になるから、支障が出ないためなら手段は選ばん」
得られた肩書き全てを許容したら、それこそ私人としての行動範囲が極めて狭くなってしまう。なので、あくまでも神楽坂家当主として許容できる範疇の中で行動していく。その中でどうしても必要ならば軍の肩書きを使えばいい、と悠元はそう思っている。
「爺さんや母上も言っていたことだが、戦略級魔法を他人に管理させること自体が危険だ。どんな魔法であれ、技能の制御は当人の意思が最も優先される。誰かにトリガーを預けるということは、私的濫用の危険が孕んでくることにも繋がる……達也にはそう言ったんだがな」
「あー……何故かお兄様が述べた言葉の想像がついてしまいます」
達也の戦略級魔法[
悠元の溜息交じりの言葉に対し、深雪が苦笑を浮かべながら答えたのだった。
「まあ、『ブランシュ』での一件やレリック絡みでの有様を鑑みると妥当かもしれんが、それで加速度的に増える気苦労を抱える身にもなってくれ……とか言ってると、別の意味で苦労が増えるんだよな」
「?」
達也絡みの気苦労が増えると、深雪からの関わりが増える。それによって達也の気苦労が増え、回りまわって気苦労のサイクルが完成している。原作にはなかった筈の苦労のループ……関わった以上は諦める他ないが、それでも口に出した悠元の言葉に深雪は首を傾げたのだった。