巳焼島に押し寄せている勢力の中で、最も戦力が高いのはスターズ第六隊隊長、オルランド・リゲル大尉が率いている部隊だ。
今回の襲撃の際、襲撃側は戦力を均等に分けなかった。参加している兵士や傭兵の性質上、連携を模索する時間もないため、元々の連携が取れている人間同士を組み合わせることとなった。第六隊はリゲルの他にイアン・ベラトリックス少尉とサミュエル・アルニラム少尉も含まれており、元々三人での連携戦闘が得意という観点から、多少戦力バランスが突出しても『止むを得ない』という判断が下された。
結果的にこの三人がいる部隊の戦力が突出する結果となったが、海岸沿いの道路から先に進めずにいる。彼らの前に立ちはだかったのは、師族会議副議長にして護人・上泉家現当主こと上泉元継の姿があり、彼の手には天刃霊装[
◇ ◇ ◇
上泉元継―――三矢元継は十師族・三矢家の次男として生を受けた。
彼は元々家督や家業に興味を示さなかった。その最大の理由は自身の持つ先天的な[認識阻害]であった。自身でも制御に四苦八苦していたこの体質を改善できたのは、他ならぬ弟の存在だった。
『悠元、生きてるか?』
『あの爺さん、いつかしばき倒す』
『……』
元継自身、病弱から一転した悠元を訝しむことはあったが、それよりも自身の力を高めてくれた弟に恩義を感じていたし、同じく祖父に振り回されている身として理解者の仲間を得た心境だった。
そして、悠元の天刃霊装の研鑽に付き合うことで元継自身も天刃霊装を覚醒した。その力を得ることで、自ずと剛三が好き勝手にやっている理由を悟ってしまった。
「……本当に、感謝の言葉しかないな」
元継は巳焼島北側の道路に陣取っていた。西岸には深雪と雫、姫梨が控えており、東岸は修司と由夢、それにエリカたちが加わっている。そして、南側は遊撃状態の達也と“援軍”が張っていて、北側には元継に加えて悠元が陣取っていた。
「俺はやり方を教えただけで、会得したのは兄さんの努力の結果だよ」
「分かってはいるのだが、それで天狗になるわけにもいかんからな……来たな」
最重要拠点となる東西の接点。敵の最大戦力が狙うとすれば、見晴らしのいい北側の車道が最も適している。上陸艇をわざと接岸させ、上陸部隊の姿が見えた瞬間に、悠元は[天都御魂叢雲]を、元継は[大典太光龍宗世]を振り翳し、刃先から高密度の“刃”が唸りを上げる。
「喰らえ、月牙天衝!」
「穿て、氷狼牙突」
高密度に圧縮された霊気の刃の[月牙天衝]、同じく練り上げられた霊力の刃をほぼ一直線に放つ[氷狼牙突]が上陸部隊を容赦なく呑み込む。部隊の殆どが戦力を喪失し、残っているのはスターズ第六隊の三名と上陸艇に残っている最低限の人員のみ。
涼しげな表情を見せている両名に対し、リゲルの表情は驚愕と恐怖が入り混じったものだった。
(何なんだ、今のは……何故、『逃げたい』と思ってしまうのだ!?)
いきなり白銀と漆黒の刃が飛んできたのかと思えば、瞬く間に部隊の人間は地に伏せていた。シールドを咄嗟に張ったと思しき魔法師も、意識はあるが消耗によって砂浜に倒れ込んでいる。
それ以上に、目の前にいる刀剣を持つ二人の魔法師に対して、リゲルは逃亡したいという衝動を覚えた。リゲルが選んだ選択肢は、それを振り払うように魔法を放つことだった。
([
(了解)
(了解)
リゲルたちはパラサイトの意識共有でタイミングを合わせ、眼前にいる二人の魔法師―――悠元と元継に対して放出系魔法[降雷]を放つ。
これが別の魔法ならば、まだ余地はあったかもしれない。だが、よりにもよって
それを見た元継の判断は早かった。
「悠元、俺がやる。バックアップは頼む」
「了解、兄さん」
元継の言葉に悠元が5メートルほど後退すると、元継は[大典太光龍宗世]を高く掲げる。すると、刀身を基点として周囲の地形が次々と削られていく。
正確には地面の分子構成を全て陽子と電子に分解することで、常人では扱えない電力を生み出してしまった上泉剛三の戦略級魔法。その魔法を上泉家の戦略級魔法として受け継いだ元継は、敵の[サンダー]の電撃すら吸収した上で魔法を放つ。
「吹き飛べ―――
振り下ろした[大典太光龍宗世]の太刀筋を追いかける形で放たれた超高プラズマの奔流―――戦略級魔法[
そして、攻撃の余波は堤防と北側の海にまで及び、攻撃の余波に触れた海水は瞬時に蒸発し、巨大な水蒸気爆発を起こした。威力の射程は抑え気味だったが、それでも島の北岸から約10キロほどに掛けて水蒸気爆発による水柱が発生したほどだった。
◇ ◇ ◇
当初の予定では、『神将会』をここまで大々的に投入するつもりはなかった。だが、本気で痛い目を見せる必要があると考慮したことに加え、エリカたちが大分仕上がったとはいえども、万全を期すために全員投入を決めた。
別に不安要素があったというわけではないが、ここまで起きたことからすればマイナス面における反動が少ないようにも感じた。悠元にしてみれば、物理的な反動というよりは精神的な反動を受けている形だが、どうにも『これで終わるとは思えない』という感覚がどうにも抜けきらなかった。
それと、もう一つの理由が達也の魔法を隠す為でもあった。
原作の時点では深雪によって明るみにされていた[分解]と[再成]だが、この世界では桐原たちが前線に出なかったことで殆どが隠された状態のまま。
戦略級魔法[
投入された部隊と兵器は確かに強い。一線級でも非魔法師の兵士ならば苦戦を余儀なくされるだろう。だが、迎撃に当たっているのは『神将会』とその協力員。悠元によって人並と言う領域を外れた者たちが遠慮なく力を揮えばどうなるか……その答えは、モニター越しに見ていたリーナ達の反応に集約された。
「達也も強いけど、これはこれでエグイわね」
「お姉ちゃんもいずれああなるんだよ?」
「……部屋に籠っていい?」
各所に設置された監視カメラで戦闘の光景が映っているわけだが、これまで『スターズ』で様々な任務を請け負っていたリーナですら引き気味になっていた。将来的にその領域へ引き込まれることはセリアの言葉が無くとも理解はしているが、せめて今だけは常識に縋りたいという心境が垣間見えていた。
「まあ、リーナの気持ちは分からなくもないですね。僕もかつて前線を張ったことはありましたが、これを見せられると今まで学んできた魔法そのものが“陳腐”としか言えなくなります」
「……それは確かに」
燈也の言葉を聞きつつリーナが視線の向きを変えると、あまりの光景に気絶しているほのかが佐那の看病を受けている一方、美月は持ち込んだスケッチブックに何かを書き込んでいたことに幹比古が気付いて覗き込んだ。
「柴田さん、何を書いて……風景画?」
「はい。夏休みの課題で『幻想的な風景』のテーマが出てまして」
「幻想……うん、そうだね」
線画の時点で『最早この現世のものとは思えない光景』が描き出されており、流石の幹比古もツッコミを入れることを諦めた。いくら魔法という現実には見えづらいものを扱っていたとしても、どうしても受け入れられない“常識”というものは存在する。
「幹比古は、古式の術士としてどう見ています?」
「そうだね……もうじき東道家に入る僕としては、悠元の領域に踏み込める人間なんて数えるほどになると思う。その人数は増えるかもしれないけれど、悠元ほど個人の栄光や名誉を求めない人間なんて、この先数百年レベルで出てこないだろうね」
幼馴染だからこそ、初めて会った時から自分を偉ぶったりすることはなく、それでいて自身の力を過大評価することのない悠元の姿に幹比古は感嘆すら覚えた。彼の根底にある性根を十代にしてもつ人間など、出てきたとしても世紀単位の話になるだろう……というのが、幹比古の正直な感想だった。
「『恒星炉』に関しては達也と共同してのものだと思うけれど、基幹技術の交渉事となると悠元が表立つことになる。明確な対価を示さなければ彼は決して動かない。僕も最初に出会った時は『変な奴だな』と思ったほどだけど」
当時は吉田家の神童と持て囃されていただけに、悠元の存在は異質に見えた。転機となった[竜神]の喚起についても、幹比古が父親に相談した時は『彼みたいなことをしても自滅するだけだ』と釘を刺されたわけだが、強行した挙句失敗してしまった。
だからこそ、悠元という存在を改めて受け入れることが出来た。
「無暗に力を揮わないからこそ、彼の勘気に触れた時の反動が凄まじいものになる。尤も、その力のせいであれだけの婚約者に囲まれているわけだけど……正直、僕や燈也、ここにはいないレオなんかはまだマシだと思う」
「それは同感ですね」
優れた魔法師の血筋を残す意味は幹比古や燈也も理解している。とはいえ、それが行き過ぎた末路を同年代の友人で見ることになるとは思わず、互いに苦笑を漏らした。
「そのレオですが、対峙した相手が海の向こうまで吹き飛んでいますね」
「エリカもカメラに残像すら映っていないね……いや、他人事にしちゃいけないんだろうけれど」
「ははは……」
戦闘が開始して僅か一分弱。USNAの上陸部隊約1400名は瞬きしたかのごとく蹂躙された。
◇ ◇ ◇
各員が戦闘を完了した頃、悠元は巳焼島の上空に
既に地上に残っていた[パラサイト]は全て殲滅されたが、それでも解放した[
島を挟んで等間隔に配置された船から放たれた物体。そして、悠元はその意味と正体を既に把握していた。
(魔法発動兆候を確認―――[シンクロライナー・フュージョン]に相違ない)
それを判断した直後、雲が直径5メートル程に圧縮され、各々東西から音速の十倍以上の速度で巳焼島へ向けて放たれる。到達速度は約六秒と普通ならば少ない。
だが、悠元からすれば……一秒もあれば“十分すぎた”。
悠元は[天都御魂叢雲]を構え、息を吐く。その刹那、[天都御魂叢雲]から膨大な量の光が発せられる。本来ならば見ることすら出来ない非魔法師も、その眩い光を波動を受けたように感じていた。
そして、悠元は技を放つ。
「月牙天衝・極南の段―――
膨大な剣圧と霊気を圧縮した刃で森羅万象を斬り伏せる悠元の剣技により、[シンクロライナー・フュージョン]を瞬く間に無力化。だが、悠元は攻撃元に対する追撃はしなかった。何故ならば、それを指し示すかのように巨大な氷柱が『ハル』と『ロス』を閉じ込めてしまった。
それを見つめていると、戦闘スーツ―――悠元が一から設計した
「悠元、助かる」
「気にしなくていい。にしても、アレはやり過ぎだと思うんだが……」
「ああ、それは俺も思ったほどだ」
魔法は深雪の[
「……済まない」
「別に謝らなくていいんだがな。一目惚れして受け入れたのは俺自身の意思だし……そして、ベゾブラゾフがとうとうキレたか」
制限を解除した悠元は、固有魔法[
そして、当人は巳焼島上空に向けて[トゥマーン・ボンバ]を放つ腹積もりのようだ。それは達也も瞬時に把握したようだった。
「達也、[トゥマーン・ボンバ]の無力化を頼む。俺は極超音速ミサイルを破壊する」
「分かった。足場は大丈夫か?」
「その程度なら寝ずに一ヶ月ぐらいは持続展開できるから」
「……埒外だな」
「お前が言うな」
互いに軽口を叩き合いつつも、悠元はビロビジャン基地へ向けて右手で[ラグナロク]を構える。悠元がトリガーを引くと起動式が読み込まれ、銃口に相当する部分で魔法式が展開される。そして、光が収束するにつれて、周りの彩られた景色が剥がれるように光が収束され、周囲はまるで夜空のように変化する。
月の代わりに太陽が光っているが、その光景は巳焼島のみならず世界各地に『夜』が訪れた。そして、悠元は[天都御魂叢雲]を口に咥え、左手に[セラフィム]を構えて起動式を読込、もう一つ魔法を発動させる。
巳焼島に出現した巨大な光の玉が二つ。それはまるで、地上に姿を見せた太陽の如き輝きだった。
「[スターライトブレイカー]、発動」
悠元の言葉によって放たれた光の玉は、光の奔流となって島の南北へ向けて放たれる。南へ向けて放たれた奔流は海中へ吸い込まれ、その直後に巨大な水柱と共に一隻の潜水艦が舞い上がり、島南西部の砂浜に突き刺さる形で座礁した。
そして、北側へ放たれた奔流はミサイル六発を呑み込んだだけにとどまらず、ビロビジャン基地のミサイルサイロへ直撃し、内蔵されていたミサイルや兵器類全てが連鎖爆破。盛大な爆発によってキノコ雲が形成されたのが衛星でハッキリと確認できるほどだった。
「達也、この場は任せた」
悠元はそう告げると、CADを懐に仕舞って咥えていた[天都御魂叢雲]を手に取り、[
◇ ◇ ◇
悠元が飛んだ先はハバロフスクの新ソ連科学アカデミー支部の屋上。悠元は躊躇うことなく屋上の床を斬り飛ばし、そのままベゾブラゾフのいるフロアへ突入。ベゾブラゾフがその姿を視認した時には、ベゾブラゾフは四肢が穿たれて意識を飛ばしていた。
流石に戦略級魔法を使用する関係で周囲に人影はいないため、悠元は気絶したベゾブラゾフを引っ張る形で屋上へと一気に飛び上がる。そして、ベゾブラゾフを力任せに空中へ放り投げ、悠元は[天都御魂叢雲]を構える。
「イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ……アンタが問われる罪があるとするならば、俺の大事な人を傷つけて怒らせた。受けろ、俺の怒りを」
悠元が[天都御魂叢雲]を背面に向けて構えると、刃先から膨大な量の光が迸る。ベゾブラゾフを放り投げた先はハバロフスクから見て西側―――ベゾブラゾフの“着弾地点”目掛けて、悠元が魔法を行使する。
「月牙天衝・極東の段―――
この剣技は悠元が持ち得る最大出力の戦略級魔法を行使するために編み出した技。そして、この剣技に込めた戦略級魔法は[ローエングリン]―――超高密度に圧縮した荷電粒子の奔流がハバロフスクからほぼ一直線にモスクワ方面へ向けて放たれた。
意識を失ったベゾブラゾフは最早成す術もなく、光の奔流に巻き込まれる。だが、この時点でベゾブラゾフは
「新ソビエト連邦……お前らの武器全てを灰燼に帰す。人様の恩を仇で返した罪を受け取れ」
その直後、新ソビエト連邦内に存在する核兵器群全てが融解し、最初から何もなかったかのように消え去った。そして、新ソ連内に存在するウラン鉱床も全て消失し、これで新ソビエト連邦から核兵器を自前で調達できる手段を喪った。
そして、ベゾブラゾフが着弾した先はクレムリン宮殿で、魔法が着弾した瞬間に激しい光が宮殿を中心に発せられた直後、修復中だった宮殿は元の姿を完全に取り戻していた。
ベゾブラゾフは一体どうなったのかと言えば、彼の膨大な魔法力がクレムリン宮殿を修復したのと同時に、現政権の首脳陣を一人残らず強制発動させられた[トゥマーン・ボンバ]で吹き飛ばしていた。そして、彼はその意識を取り戻すことなく分子レベルで分解され、宮殿の中に分子レベルで分解されて“組み込まれた”。
その顛末を知っているのは魔法を行使した悠元本人以外に存在せず、事が済んだのを判断した悠元は[
◇ ◇ ◇
彼が飛んだ先は強襲揚陸艦『グアム』の甲板。突如現れた悠元の出現に驚くが、悠元が視線を向けただけで兵士たちは完全に委縮して、武器を床に放り捨てて投降の意思を示していた。悠元が通り過ぎても、武器を拾って狙い撃つ者はいない。兵士の勘なのか、人間の生存本能による警鐘なのかは分からないが、中には自らうつ伏せになる兵士の姿を見つつ、戦闘指揮所に足を運んだ。
そこには『グアム』の艦長であるアニー・マーキスと、エドワード・クラークがいた。悠元とエドワード・クラークに直接の面識がなくとも、ディオーネー計画を巡って対立した者同士。
悠元は油断することなく二人の前に立った。
「師族会議議長並びに日本政府軍・統合軍令部特使、神楽坂悠元だ。同盟国に対する重大な傷害案件として両名を拘束させてもらう。余計な抵抗さえしなければ、手荒な真似はしないと約束しよう」
「……分かりました、武装解除に応じます。ドクターも異存はありませんね?」
「……ええ」
武装解除という点では、悠元も問題は無いと判断していた。何かを言いたそうにしているエドワードに対し、悠元が話しかけた。
「何か言いたそうだな、エドワード・クラーク」
「……君は、何故そこまでの力を有しながらも、広大な世界を見ようとしないのですか?」
それは、単に宇宙へ目を向ける以前の問いかけ。ここまで常識外れた力を有しながらも、自分勝手で力を揮わない姿に疑問を抱いたのだろう。
その問いかけに対する悠元の答えは、この世界に転生した時から既に決まっていたことだった。
「そんなのは出来る人間がやればいい。いくら力があろうとも、人間はどうしても己の思考の範疇から脱することなど出来ない。それがどんな独りよがりの独裁者であっても、結局は己の思考に縛られ続けて破滅する。そんなのは古今東西の歴史が散々証明していることだ」
誰よりも人の醜さを理解してきたからこそ、自身の欲の範疇が理性を越えることにならないよう律してきた。いくら日本魔法界の重鎮になったとしても、国防軍の重要な職に就いたとしても、そしてこの国を陰から支える立場になったとしても……その性根を今更変えることはしない。
「お宅の国の大統領に伝えるがいい。俺は誰であろうとも屈しないと。国家が破滅を望むというのならば、情け容赦なくその道を歩ませてやると……まあ、伝えるまでもなく既に話は付いている。エドワード・クラーク、お前とはこの先出会う事など無いだろう」
―――西暦2097年7月30日・日本時間午前9時。
戦闘開始から僅か10分の出来事により、USNAの部隊は完全に壊滅。非正規部隊による攻撃とはいえ、大国の軍隊を難なく退けただけでなく、使用された戦略級魔法を無力化した手腕は世界各国に震撼を与えた。
だが、これはまだ日本の強さを示した序章でしかなかったということに、世界はまだ気づいていなかった。