戦闘は終了した。いや、最早戦闘と呼ぶには余りにも惨すぎる結果がそこに描き出されていた。『グアム』の戦闘指揮所が空になり、悠元以外の人間が救命ボートに乗った事を確認すると、悠元はコンソールに手を触れて[万華鏡]を発動。
その瞬間、『グアム』が瞬く間に光り輝き、1秒にも満たない時間で光が収まると、戦闘指揮所の姿が“変わっていた”。
その変化を一番驚愕していたのは、救命ボートで海上に避難した『グアム』のクルーたちのみならず、アニー・マーキス艦長とエドワード・クラークも含まれていた。強襲揚陸艦だった『グアム』は瞬時に中型の軍艦へと変貌した。
軍人として魔法師と接触する機会があったとしても、これこそ『魔法』と呼ぶべきものだとマーキスは評価することしか出来なかった。
その一方、エドワード・クラークは悔しさを滲ませていた。日本の強さは最早エドワードの常識の範疇にすらなかった。だが、現政府は既に彼らの存在を許容している。先日の会談でもエドワードを必要にしてもらえるとは思えなかった。
こうなれば亡命も止むを得ないと思っていたエドワードだが、そこに近付いて来るのは戦闘スーツを身に着けて飛行してくる数名の人間。エドワードにはそれがUSNAの[スラスト・スーツ]だと直ぐに理解してしまった。
兵士の一人が速度を落とし、ボートを引っ繰り返さないよう近付く。その後ろに数名の兵士がアサルトライフルを構えている。
『エドワード・クラーク。USNA連邦法ならびに連邦軍法違反の容疑で連行する。既に日本政府の許可も取り付けているため、抵抗は無意味と知れ』
「……私は、最初から負けていたのか」
ボートに近付いたのは現『スターズ』のメンバーで、総隊長ジェラルド・メイトリクス・シリウス准将と総隊長補佐となったアニエス・ヴィンセント・“ミルザム”大佐(アニエスの階級はジェラルドに準ずる形となった)。そして、第一隊から派遣されたラルフ・アルゴル中尉とラルフ・ハーディ・ミルファク中尉(部隊再編の際に両名は昇進)の四名。
今回の後始末を悠元は事前に考案しており、エドワード・クラークを社会的に抹殺する意味で『スターズ』の派遣をUSNA政府に要請。米政府側も自らの不始末をつける意味で受諾し、現戦力で十全に動ける面子の派遣に踏み切った。
最早退路がないことを悟り、エドワードは敵対した時点で負けていたことを悟った。
◇ ◇ ◇
海岸に刺さった『クトゥーゾフ』は達也の[分解]で部品レベルに分解され、一先ず地下倉庫に保管することとなった。乗り込んでいた搭乗員は法的手続きが面倒になると判断し、悠元が[
今回の襲撃部隊は修司によって殺されたアレハンドロ・ミマス軍曹を除き、全員が生存。蘇らせることも選択肢にあったものの、これについてはジェラルドが固辞した。曰く『彼は他にも問題がある』とのことで深くは追及しなかった。
「お疲れ様、ジェラルド」
「それはこちらが言うべき台詞なんだがな……いや、これからが大変なのか」
悠元とジェラルドは宿舎の食堂で談笑していた。すると、モニターには日本政府の記者会見がリアルタイムで流れており、神楽坂悠元と司波達也を国家公認“魔法技能師”とする発表が成された。
「しかし、戦略級魔法師でも構わんとは思ったが、公的に認めた魔法技能師とすることで着地点を置いたか」
「そりゃあ、悠元は英雄の孫だし、達也はあの『四葉』の人間なのだろう? 変に恐怖を煽りたくなかったのだろうな」
「大亜連合が駄々をこねたら、今度は向こうの政府要人全員を地下労働送りにするけど」
「ウチの大統領なら鉄拳乱舞案件だな……」
既に将輝が国家公認戦略級魔法師[十三使徒]となっているため、同年代の人間が揃って戦略級魔法師としてしまえば、日本に対する負荷がかなり重荷になると判断してのものだろう。
「予定通り、エドワード・クラークはUSNAへ送還し、その後は法的処分を下す。そういえば、その息子のレイモンド・クラークは知ってるか?」
「まあな。まだ訳あって監視下に置いてるけど、そっちも治療して引き渡した方がいいか?」
「そうしてくれると助かる」
法的処分という割と優しい表現を使ったが、文字通りの『死刑宣告』に限りなく近い。そして、レイモンドについては政府の保護観察処分とすることが決まった。法的保証人はレイモンドの実母―――離婚したエドワード・クラークの元妻が彼を引き取るらしい。
悠元としても真一が離脱した後にレイモンドを野放しにするつもりもないため、ジェラルドの頼みを快諾した。
「そういや、セリア経由で聞いたが、複数の婚約を迫られてるんだって?」
「……もうその片鱗を受けているがな」
ジェラルド曰く、アニエスと既に関係を持っただけでなく、ティナ・フェールと言う政府要人にまで押し掛けられ、更には士官学校時代に告白された女性に押し倒された。
この時点で三人だというのに、エレノア・ポラリス(セリアの前任者)に好意を抱かれた挙句、[パラサイト]となって敵対したシャルロット・ベガ、レイラ・デネブ、ゾーイ・スピカまで娶ることになっていた。
「しかも、『スターライト』からも数人嫁を取れとか言われるし……ポラリス中将からは『頑張ってくれ』と単調に言われた挙句『娘を嫁がせる』とか言われたし」
「まだいい方だと思うがな。俺なんて親友の母親を愛人として囲う羽目になったんだから」
「……力があるのも考え物だな」
「全くだ」
ジェラルドが今回の任務を受けたのは、そんな日々から現実逃避するためでもあった。尤も、帰ったら帰ったで徹底的に囲われるオチしか見えない。無論、ジェラルド本人もそれを理解しているだけに、深いため息が漏れたのだった。
「世の中の魔法師を志す男子連中は、まず己の内面を磨けと苦言を呈したい。そのせいで俺らがとばっちりを受けているのだから」
「悠元……それは、確かにな」
なお、この会談の後にジェラルドの嫁が増えることとなり、彼が絶叫したのは別のお話。
◇ ◇ ◇
所変わって北アメリカ合衆国首都ワシントンD.C.の
「そうか……了解した。先達に失礼を働かぬようにな」
連絡先は
「失礼します。先程リーナから連絡を受けました。そちらも事情は把握されているでしょうが」
「その通りだよ、バランス大佐」
ジョーリッジとバランスの見立て通り、襲撃部隊は数分も掛からずに全滅。いくら傭兵や非正規の部隊が混じっているとはいえ、『スターズ』込みの部隊でも難なく退けたことに驚嘆しか出てこなかった。
「こちらも本気でないとはいえ、これまでの魔法師がまるで“児戯”にも等しいようなもの。そして、SSAのミゲル・ディアスの[シンクロライナー・フュージョン]すら防いだ。この分だと、ベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]も難なく無力化せしめてるのだろうな」
ジョーリッジは剛三の実力を肌で感じていたし、悠元の実力も目にしている。使っていた魔法がこれまでの常識の範疇にないとしても、彼らを敵に回すこと自体が『自殺行為』でしかない。
そして、その見解はバランスも同じであった。
「後で日本政府から公式の発表があるようですが、新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフは『独立国家を脅かす危険分子』として抹殺したようです。それを成したのは神楽坂殿のようですが」
「そうか……不幸中の幸いは、エドワード・クラークを我が国で処罰できるという“汚名返上”の機会をくれたことだな」
その機会を貰えるとならば、ジョーリッジは『スターズ』の日本派遣を躊躇わなかった。今回は『連邦軍法の軍規違反者の取り締まり』という名目で派遣されているが、これについては決して嘘を言っていない。
「……正直、今回の件に片が付いたら任期途中でも退任したい気分だよ」
「それは……心中をお察しいたします」
現状、政府内部のゴタゴタが片付いていないところで退任すれば国内情勢が荒れるのは必至で、それはジョーリッジが一番よく理解していた。ここ数か月だけでも数年分の気苦労を重ねたような気分に苛まれるほどで、ジョーリッジの言葉をバランスは肯定も否定もせず、ただ同情に近い言葉を掛けるに止めたのだった。
◇ ◇ ◇
7月30日正午。日本政府が緊急の記者会見を実施。メディアたちの前に姿を見せたのは内閣総理大臣だけでなく、在日北アメリカ大使のジェフリー・ジェームズとの共同記者会見であった。
今回の一件―――巳焼島を襲撃した“USNA出身者を含むテロリスト”が新ソビエト連邦のエージェントと共謀して日本を侵略しようとした―――について、日本政府と北アメリカ合衆国政府が公式の見解を発表。
さらに、今回の襲撃を阻止した二人の魔法師―――神楽坂悠元と司波達也の名を挙げ、日本政府は『特例』の形で、彼らを公的に魔法師として認める旨を発表。北アメリカ合衆国政府としても彼らを『我が国を救った英雄に足る働きを見せた』とジェフリー大使が代理でジョーリッジ・D・トランプ大統領の声明を公表。
実際には非正規部隊や『スターダスト』、果ては『スターズ』まで含んでいる形だが、その事実を公にすればUSNAの国際的評価は確実に“底を突き抜ける”ことになる。
それで引き起こされる国内情勢の混乱や国際情勢への波及を考えた時、USNA政府は悠元の提案した事項を全て引き受けることで、軍事的損失の代わりに特別な需要の創生を得ることとなる。
新ソ連に対する追及をそこまでしなかったのは、新ソ連政府が意固地になって軍事行動に踏み切るのを恐れてのものではなく、単に新ソ連方面がそんなことも言っていられない状態になってしまっていた。
巳焼島の襲撃当日、クレムリン宮殿にいたはずの新ソ連の現政権メンバーが軒並み『神隠し』にでも遭ったかのように行方知らずとなり、更に新ソ連内部の反体制派がウクライナ・ベラルーシ方面と共同戦線を張ることで、この一か月後にはモスクワを含む新ソ連西側が連合軍に占拠される事態となる。
更に、ウラル山脈を挟んで東側が旧ロシア帝国の皇帝家の末裔を旗頭に独立を宣言。名称は『ロシア共和国』。USNAとの経済協力を取り付けることで、ベゾブラゾフの喪失を世界に知らしめていた。
日本へは旧ソ連時代に奪った千島列島全島および樺太全域の返還を提案することで、日本から独立国家としての承認を取り付けるだけでなく、経済的な支援を求めた。日本としても北からの脅威を減らすという意味で承認し、北海道に駐留していた防衛軍を千島列島・樺太に派遣することも閣議決定された。
ただ、最前線への魔法師の派遣は最小限の人員に留める形とし、タタール海峡(日本名は間宮海峡)によって国境が一番近くなるロシア共和国側への配慮を示した。
新ソビエト連邦が旧連邦時代の二の舞を演じる様な形で解体されることになるのは……巳焼島襲撃からちょうど一か月後。これによって大亜連合が存在感を増すこととなるが、それはまた別のお話。
話を戻すが、当初は悠元が直接声明を発表するつもりでいた。だが、日本政府の長たる内閣総理大臣が『君だけに泥を被らせるわけにはいかない』という理由で、一条将輝と一線を画しつつも国家公認の魔法師として認めるという世界でも類を見ない発表がされた。
日本政府が行動の責任を取るというのであれば、既に肩書きを有している身としてお任せすることとした。
改めて名を明かしたことで近付いてくる輩は少なくない。だが、同年代の中で誰よりも経験値が高い悠元相手に騙し切れる人間などほぼいない。セリア曰く『お兄ちゃんを騙すぐらいなら一国の国家元首になる方がまだ簡単だよ』とのことだが、それだけは解せなかった。
戦闘を終えた一行の殆どは巳焼島に滞在することとなったが、その中に含まれなかった悠元に加え、ジェラルドが同行していた。水面下で開発が進められている水素ジェットエンジン搭載のプライベートジェットで巳焼島から東京湾海上国際空港へ移動、迎えのリムジンに乗って赤坂離宮へと出向いた。
「すまないな、ジェラルド」
「いや、此方としても変な誤解は持たれたくないからな」
二人がこの場所へ出向いたのは臨時師族会議を開催するため。今回の『巳焼島事変』に関する最終報告と、USNA側の意向を十師族各当主に伝えることでリーナとセリアの軍事的価値を極めて低くするのが狙い。
提起人は師族会議議長・神楽坂悠元が主体となり、副議長・上泉元継に加えて三矢元と四葉真夜の三名が賛同する形で共同提起した形となった。
こういった行為が師族会議の規則に抵触する可能性もあるが、そもそもこれまでの師族会議において水面下でやってこなかったというわけではない。最たる例は七草家が該当するし、師補十八家となった九島家にも波及する。
「しかし、十代で魔法界のトップに立つか……成り上がりの極致だな」
「ジェイ、俺はあくまでも日本魔法界としてトップに立ったとしても、世界を牛耳る気なんてないんだが」
「悠元の言い分は分かってるが、悠元の功績が世界を変えた以上、世界はお前の言動を無視できんだろうに」
「それで怖がられて暗殺を目論まれても困るだけだ」
いろいろ手を貸したり策を講じても、最終的な判断は現地の当事者に委ねている。それで敵対するようならば社会的な手段を以て潰すだけだ。尤も、現地の人々が平穏な生活を送れるように手を貸したりはするが。
離宮の広間の一室には人数分のイスとテーブルが置かれていて、最初に来た形となった悠元とジェラルドが席に着く。少ししてから元継が到着したのを皮切りに、十師族の各当主達が席に着いた。
今回は全員オンラインでなく実際に顔を合わせる形での会議。全員が席に着いたのを確認した上で悠元が切り出した。
「今回は情勢が多忙の中、集まって頂いて感謝する。今回は巳焼島事変に関する報告とUSNA側の意向をお伝えするべく現“シリウス”であるメイトリクス准将に同席頂いている」
「お初にお目にかかります。スターズ総隊長のジェラルド・メイトリクス・シリウスと申します。此度はジョーリッジ・D・トランプ大統領閣下のメッセンジャーとして参加させていただきます」
「……見たところお若いですが、歳はいくつですか?」
「22になります。まあ、先代のシリウスほど若くはございませんが」
悠元の紹介でジェラルドが自己紹介を述べると五輪勇海が率直に尋ねてきたので、ジェラルドは“アンジー・シリウス”―――リーナのことも含めつつ返したのだった。