魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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建前と本音

―――西暦2095年7月11日。

 

 達也が九校戦の代表メンバーに選ばれ、校内の雰囲気も本格的に九校戦モードへと突入する。

 過去に九校戦代表を経験した外部補助スタッフの協力もあって、スケジュールの遅れは達也が着ることになる制服(懇親会などで着る一科生と同じもの)や代表ユニフォーム(技術スタッフのブルゾン)の発注と、エンジニアチームの打合せ関連。それと担当する選手の振り分けぐらいで済んだのは幸いだろう。

 達也の場合は深雪、雫、ほのか達1年女子組六名を担当することになる(出場競技の関係上担当できない場合もあるため、その場合は別の技術スタッフがフォローする)。人選としては問題ない。

 悠元はそれのサポートを新人戦統括役として行うことになる。『1年男子の面倒? ……正直投げたい。あんなのと向き合ってた姉さんたちは凄いわ』というのが悠元の弁だった。

 

 学校総出という意味合いはクラブ活動でも同様で、持ち回りという形で代表メンバーの練習サポートを行うほどで、学校としての気合の入れようも理解できなくはない。

 悠元と深雪の武術鍛錬も九校戦ということで一時中断し、生徒会役員として代表メンバーと各種スタッフの折衝役や調整役を担う形となる。そのため、他の代表選手と比べて練習時間は少なくなるが、文句はない。

 

 尤も、悠元の場合はそれ以外の仕事もあるので、モノリス・コードの作戦自体は戦術スタッフである鈴音に一任した。使える魔法とポジションは臨機応変に組める、という利点を生かした形だ。悪く言えば丸投げとも言うが。

 

 そして、一つ驚くことがあった。

 学校側が代表メンバー(選手・スタッフ)に対して授業を免除する措置を取ったのだ。これは先日のブランシュの一件に対する“罪滅ぼし”の一つみたいなものだろう。三連覇が掛かっている以上は学校の威信に関わることでもあり、その為にも選手やスタッフは九校戦に集中してほしいという思惑があるのは確かだった。

 

 話を戻すが、今日はその発足式となる。達也が着ることになる代表の制服が今日届くので、5限目に講堂で行われる流れとなった。“原作”からすれば1週間程度は稼げた形だろう。

 加えて明日から代表メンバーは授業に参加せず、各競技の練習を行うことになる。完璧に本番同様とは言えないが、それに近い練習設備が本校の敷地内に備わっている。これは美嘉の退学を取り消させた代わりに剛三の『詫び』ということで出資され、今年の初めに完成したばかり。

 他の魔法競技とフィールド面で代替できないスピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの練習場だけでなく、福利厚生の部分も充実している。それだけでもかなりの気合の入れようだと分かる。

 

 あと、ブランシュの拠点があった場所は、あの後速やかに民間企業の魔法による爆破実験という形で解体、第一高校の名義で土地が買収された。その2ヶ月後には一高専用のバトル・ボード練習場へと様変わりしていた。場所が離れているので練習場と本校敷地を結ぶコミューターまで敷設され、かなりの金額が掛かっているのは言うまでもない。

 それを聞いたときは思わず頭を抱えたくなった。多分三矢家と上泉家が関わっているのは間違いないだろう。

 

 また話が逸れた。

 1年E組の教室が登校してきた達也に対して声援を送る歓迎ムードで包まれている一方、工学系志望の1年一科生からしてみれば屈辱とも思える扱いに嫉妬していた。無論、そんな空気は1年A組でも生まれていたのは言うまでもなかった。

 

「面倒」

「雫、そんな直球に言わなくても……」

「俺は別の意味で面倒だ」

「悠元まで……」

 

 何かもう、色々言うことすら嫌という意味が籠った雫の発言にほのかが窘めるが、乗っかる形で放たれた悠元の言葉に燈也が溜息を吐いた。無論、二人が言いたい対象は異なるが、その彼らが複雑な感情を向ける相手が同じということだけは皮肉としか言いようがない。

 無論、雫も悠元もその原因である人物を信頼している側なので、彼に対する文句はない。

 

「朝一番にいきなりあんなこと言われた時は流石にカチンと来たからな。これで深雪があの場にいたら氷像が出来てたな」

 

 深雪は真由美に声を掛けられて(恐らく達也の制服の件で)生徒会室に向かったので、A組の教室には悠元一人で入った。

 すると、工学系志望のクラスメイトから「三矢、なんで二科生が九校戦のエンジニアに選ばれるんだ!? おかしいじゃないか!?」と挨拶ではなく暴言ともいえる文句が飛んできた。

 真由美、克人、服部にあずさ、そしてその技量を確かめた桐原が彼のエンジニア入りを認めたことを話しても納得せず、終いには「三矢家の力で彼を辞退させろ」なんて言い出したから、殺気を飛ばして気絶させた。

 

「睨んだだけで気絶させるって……誰にでも出来ることじゃない気がしますよ」

「出来たら人間辞めてる」

「……俺は人間です」

 

 そんな奴だから殴る気も起きなかった。動揺する他のクラスメイトを無視して、やや乱暴に自分の席へと座った。その光景を既に登校していた三人も見ていたので事情説明はしなかった。

 そして、今に至るというわけだ。

 

「けど、十師族の力を自分たちの手柄のように軽々しく思われてるのは問題だな……こうなったら予定を変更して、九校戦は派手にやるか」

「それ、僕に提供してくれた術式で“地味”って言ってるようなものですけど……」

 

 『数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)』、『燈也版魔弾の射手』、『インビジブル・ブリット改』でも十分派手だし、対カーディナル・ジョージ用の『氷結連鎖光柱(フローズン・アリスマティック・ピラー)』もかなり驚くことになると思う。

 達也が雫用に組み始めた例の術式に負けないインパクトは出せるだろう。何で知ってるのかといえば、それのテスト役を任されたからだ。達也の魔法力では『使い物にならない』とのレベルなので、ちゃんと機能するかの実験を頼まれたわけだ。あのライフル型CADのこともあるけど。

 

「あれでも観衆の度胆は抜けると思うんだが……大丈夫、派手に構築(まかいぞう)するから」

「悠元さん、今サラッと凄いこと言いませんでした!?」

 

 こうなったら、先日思いついた術式を燈也に渡す『氷結連鎖光柱(フローズン・アリスマティック・ピラー)』に組み込む。そして、自分が出る新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクでは今まで実戦で使おうとしてこなかった“空間収束系魔法”の新術式を使用する。

 魔法大学もとい『魔法大全(インデックス)』の申請は断るけどね。登録したらしたで面倒だし、そういうのは三矢の家柄的に相応しくないので。泣き落とししようものなら、暫く病院食を食べて大人しくさせるのも辞さないつもりだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 魔法科高校は午前3時限、午後2時限で構成されていて、これは全学年共通の時間割である。

 4時限目終了後、講堂の裏に呼ばれた達也は技術スタッフのユニフォームとなるブルゾンに袖を通していた。左胸には第一高校の校章である八枚の花弁があり、深雪からすればとても嬉しそうな表情だ。

 

「中々様になってるな。いかにもエンジニアって感じがする」

「それは褒め言葉と受け取っていいのか?」

「いいと思いますよ、お兄様」

 

 そんな風に達也と会話する悠元と深雪はテーラード型スポーツジャケットに袖を通している。それが代表選手のユニフォームということだ。そこまではいいのだが、達也は深雪とその傍にいる真由美を窘める。

 

「それはそうとして……深雪に会長。その手に持ってるカメラは?」

「え? 勿論お兄様のお姿を収めるだけですよ?」

「そうそう! 達也君のこんな姿はいつも拝められるわけじゃないし!」

 

 達也の質問にそう言い繕った深雪と真由美は、明らかに誤魔化す材料として達也を対象にしていると察していた。というか、達也はこの場所に来る直前でとある会話を聞いていた。

 

『悠君、今度はお姉さんとツーショットで、ね?』

『どうして腕を組む必要があるのですか、会長?』 『悠元さん、その、私と一緒に撮っていただけませんか?』

『……まあ、いいけど』

 

 流石にそのまま舞台裏の中へと入っていこうか躊躇うほどの応酬で、その渦中にいる悠元は大変なのだろうと達也は思った。というか、かたや婚約者持ちで、かたや恋愛の自覚なし……色々複雑怪奇だな、と内心で呟いた。

 助け舟を出す意味合いも含めて達也が中に入ると、深雪と真由美はお互いに笑顔を浮かべて取り繕ったような様子を見せていた。その近くには頭を抱えそうになっている悠元の姿があったのは言うまでもない。

 

 発足式は選手40名、作戦スタッフ四名、技術スタッフ八名の52名だが、プレゼンターを務める真由美と深雪の二名を引いた50名の紹介となる。悠元の立つ位置は新人戦メンバーの一番最初―――学期末考査で総合一位だったことからすれば順当で、そこに燈也、雫、ほのか、森崎と続く。並び順でいえば中央に近いので、否応でも目立つ形だ。

 すると、本戦メンバーの2年の女子―――花音が目線を動かさずに小声で話しかけてきた。

 

「君が美嘉先輩の弟よね。アイス・ピラーズ・ブレイク、楽しみにしてるから」

「こちらこそ、千代田先輩」

「名前知ってたんだ……悠元君って呼ばせてもらうわね」

「ええ、お構いなく」

 

 花音は悠元に名前を知られていたことに少し驚きつつも、表情に出さないようにしてそう返した。目線を舞台の下に移すと、一科生が前、二科生が後ろ……という流れの中に1年E組の面々が固まって陣取っていることに気付いた。

 レオ、エリカ、美月、そして若干目を逸らした幹比古の姿があった。

 

 悠元は深雪の付き添い、あるいは達也を呼びに行く関係で普通にE組の教室の中へと入ることが多い。そんな光景が数ヶ月も続けば、1年E組のクラスメイトも悠元のことを覚えてしまう。一科生なのに我が物顔もせず教室に入ってきて二科生と普通に会話する人間、それも十師族の一人という魔法師社会のトップカーストの存在。

 そんな彼の等身大の姿を見ているからか、自分たちが劣等感に苛まれるべきではない、という雰囲気が1年E組で確かに生まれていたのだ。その行動力には間違いなく達也という存在が大きいのだと思う、と悠元は自分の想定外の功績を知らずにそう思っていた。

 

 そして、真由美の紹介の後、深雪に競技エリアへ入るためのIDチップを組み込んだ徽章をユニフォームの襟元に着けてもらう。ただ、その表情が他の人に対応している時と違って蕩けそうな笑顔だった。

 達也というよりも彼らの母親の情操教育は一体どうなっているのか問い詰めたかったが、彼女の笑顔に水を差すのもおかしな話なので、何も言わないことにした。触らぬ神に何とやらである。

 燈也以降の面々には先輩たちと同様の対応を見せるあたり、淑女教育はしっかりしているのだが……なお、後で達也に尋ねたら同じような表情を向けられたと言っていた。

 その上で『ただ、お前に対する表情は俺以上で、流石に不安を覚えた』と付け加えられた。しかし、どうにもならないと呟く達也に悠元は最早苦笑しか出てこなかったのだった。

 

 九校戦発足式は1-Eの達也に対する想定外の大きな拍手はあったが、それをメンバー全体の拍手にすり替えてその場を切り抜ける形となった。

 余談だが、姉である美嘉は総合優勝二連覇が掛かった発足式の際『最後に……総合優勝出来なかったら連帯責任で全員坊主、無論私も坊主にする』と全校生徒の前で言い放ち、それが結果的に各選手のモチベーションとなって二連覇を達成したらしい。

 当時1年だった服部や沢木曰く『ほぼ全員がガチで鬼気迫る様な雰囲気だった。二度とあんな心境で競技はしたくない』と言っていた。それもその通りだと思う……それに近い発破は掛けられるかもしれないが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「―――えっと、技術スタッフの中条です。宜しくお願いします!」

「同じく、技術スタッフの司波です。CAD調整の他に、作戦立案や訓練メニュー作成を担当します」

 

 発足式終了後、早速エンジニアと選手の顔合わせが行われた。本戦または新人戦の男子・女子という分け方となり、この教室には1年女子組10名が揃う形となった。

 本来なら達也は1年男子組を担当するべきなのだが、1年男子メンバーの大半が多少なりとも達也に対しての反感を持っていたためと、深雪達のことも考えれば妥当な人選だった。

 あずさと達也も最初は1年男子のほうに説明をしに行ったわけなのだが、達也に反感を持っている1年男子の代弁者という形で森崎がこう言い放った。

 

―――僕たちは、二科生のサポートなど必要ない!

 

 それが決定打となり、結局達也は予定通り1年女子のサポート役に回されることとなった。その分の皺寄せが他のエンジニアにまで波及したのは言うまでもなく、更に言えば達也の横にいる人物の存在もその煽りを受けていた。

 

「……悠元、お前はあっちに行かなくていいのか?」

「男子に自己紹介は済ませた。お前の言う通り、CAD調整・作戦立案や訓練メニュー作成は技術スタッフの仕事だ。俺はあくまでも新人戦全体の戦略面を考えるだけ……自分のこともあるから、余計な思考は割けない」

「よ、容赦ないね。悠元」

 

 そう、新人戦統括役の悠元もここにいた。男子組には自己紹介した上で『それじゃ、女子がうまくやれてるか見てくるわ。二科生のこともあるし』と言い残してこちら側に来ていた。

 向こうからすれば体のいい扱いなんだろうが、悠元からすればこちらの方がまだ楽だった。燈也には申し訳ないことをしたものの、その辺のフォローは追々考えているのでそれでチャラにしようと考えている。

 そんな彼の容赦ない一言に英美が冷や汗を流しつつ呟いた。それに対する追及が来る前に悠元は話し始める。

 

「新人戦の女子はそれなりに揃っていると言ってもいい。だから新人戦男子はおまけ程度のつもりだ。幸いエンジニアは中条先輩と達也がいる。女子全種目上位入賞―――それが今回の新人戦の目標だ」

 

 目標としてはハードルが高いだろう。だが、それぐらいの目標でなければ戦えるはずもない。

 いくらスポーツ色があると言っても、これは学校の威信を賭けた真剣勝負なのだから。

 


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