原作世界では、巳焼島に関する事と同時に九島光宣と桜井水波の件が存在していた。だが、この世界では既に解決した事案であるため、下手にUSNAを動かしたりする必要も無くなった。それを理解しつつも、巳焼島の援軍として戦闘を見つめた宮藤真一(並行世界の九島光宣)は自室に戻ると、シャワーを浴びてから備え付けのベッドに腰かけた。
「ふう……こんな風に落ち着いたのは、何時ぶりだろう」
考えて見れば、真一は水波の件で介入を決めてからというものの、周公瑾の知識による隠れ家を転々としたり、あるいはUSNA軍(正確には[パラサイト]に侵食された兵士)や九島家を利用して追跡を逃れたりしていた。明らかに平穏な生活ではなかったことに、真一は苦笑を漏らした。
「僕が選んだ道なのは事実だけど、些か性急だったのは確かだろうね……」
水波を救おうとするが余り、九島光宣はどんどん意固地となってしまい、達也や同年代の人間と対立するだけでなく、祖父までも敵に回した。自らを犠牲にするやり方を実践しようとして、結局は愛する人に同じ道を歩ませてしまった。
そうして、愛する人と一緒に眠ることを選択して、それで納得していた……いや、そうすることで九島光宣の
(……確かに、僕は九島の魔法全てを会得した。周公瑾の亡霊を取り込んだことで大陸の魔法も覚えることが出来た)
偶発的な産物も含んでいるとはいえ、真一は確かに九島の魔法師として完成しきった。だが、それはあくまでも九島家と周公瑾の有する魔法知識の範疇でしかない。[パラサイト]の
(でも、悠元さんは言った。達也さんが僕を必要とする時が来ると)
その理由は分からなくもない。
司波達也は
無論、達也が遅れを取るとは考えづらい。ただ、歴史の表舞台に立った達也を誰が裏から支えるとなると、四葉家だけで事足りるとは思えない。ただでさえ達也は政府や国防軍と距離を置いているのだから、実効的な力がどうしても必要となる。
確実に近づくタイムリミット。それまでに出来ることを……と考えた真一は、静かに立ち上がって部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
巳焼島での戦闘―――四葉家・神楽坂家の合同部隊によってUSNAの兵士・傭兵の混成部隊を撃破したという一報を真っ先に聞いたのは統合軍令部だった。今回の一件は国防軍の監督下において魔法師が本土防衛を行ったということで既に決着しており、日本政府および現政権もその認識で閣議決定されている。
襲撃の翌日である2097年7月31日。風間玄信大佐は防衛省本庁舎・国防陸軍最高司令部に呼び出された。風間と相対したのは陸軍最高司令官の蘇我だった。
「風間玄信大佐、召喚に応じて参上しました」
「ご苦労だった、風間大佐。疲れたのではないかね?」
「肉体的には疲れておりませんが、精神的に驚き過ぎて疲労はしました……それで、疑問があるのですが」
悠元や達也の実力を身近で把握しているだけに、彼らに追随する実力者たちの存在を見て頭を抱えたくなっていた風間だが、この部屋にいる“三人目の人物”に視線を向けた。国防陸軍に関する部屋なので蘇我と風間は当然軍服だが、その人物は動きやすい道着姿で、頭は綺麗に剃髪されていた。
見る人が見れば“住職”としか言えない人物の名は九重八雲―――風間にとっては師とも呼べる存在だった。
「色々言いたいことは山積みですが……何故師匠がここにいるのですか?」
「流石だね、風間君。僕も引退が近いかな?」
「試しているようにしか思えない気配の偽り方はやめてください」
どう見ても、この場にいること自体が似つかわしくない八雲もそうだが、世捨て人の彼が防衛省にいること自体“異常”としか言いようがない。風間の疑問に対して八雲が答える前に蘇我が口を開く。
「風間大佐。九重殿は今回上条大将の代理として出向いてきたそうだ。その証拠に彼の書状を持参してきた以上、追い返すわけにはいかないと判断した」
「悠元の……了解しました」
色々驚くことはあるものの、あまり驚いてばかりだと近くにいる師匠が調子に乗って揶揄うのが目に見えている為、風間は納得して話の続きを蘇我に促した。その意を汲みとった蘇我は風間と八雲を応接のソファーへ座るよう勧めたわけだが、八雲はソファーの上に胡坐を掻いて座った。
普通ならば窘める行為だが、風間でも師匠の八雲を破るのは容易ではない。下手すれば命のやり取りに発展しかねないため、風間はおろか蘇我も八雲の行いを嗜めなかった。それを示すかのように蘇我は書類閲覧用の端末をテーブルに置いて、風間の前に差し出した。
「本官に目を通せと?」
「ああ。確認してもらえるか?」
「了解しました」
蘇我の許可を得る形で風間は端末を手に取る。そこに表示された文字列に目を通し、内容を理解したところで端末をテーブルに置いた。
「……政府も悠元の恐ろしさを痛感したようですな」
「正確には野党の連中だな。それと親大亜連合派の与党議員や役人もそこに名を連ねる。それと国防軍内の親大亜連合派も軒並み影響を受けることになる」
悠元が行使した戦略級魔法の威力をモニター越しながら目撃した風間でも、外から感じた力の波動を受けて冷や汗が流れたほどだった。かつて大越戦争でゲリラ戦による命掛けの実戦をしてきた人間と言えども、彼の実力は最早“異次元”としか評することが出来なかった。
端末に表示されていたのは、今回の一件を受けて国防軍ひいては政府内部の“人事異動”だった。特に親大亜連合派の軍人は予備役送りか北海道行きを余儀なくされていた。その背景にあるのは、5年前の戦闘で起きた[レフト・ブラッド]の叛逆行為によって民間人を襲ったという事実からくるものだった。
「上条大将が戦略級魔法を行使したことで、シベリア方面も一気に慌ただしくなるだろう。彼らが軍人である以上、軍人の職務である軍務に励んでもらうのは道理が通る話だ。元上司がそちらに居るのが気に掛かるかね?」
「いえ、小官の今の上司は上条大将ですし、彼は殆ど無茶を言ってきません。その代わり、鍛錬はこれまで以上に厳しくなりましたが」
理不尽な命令や法的に問題のある行為を頼み込むことはない。ただ、魔法師部隊として『スターズ』に伍する力を有するべく、厳しい訓練を科せられることが多くなった。上泉家から武術指導が頻繁に来るようになり、風間も参加してはいるものの、上段者相手では[天狗術]を使っても苦戦することが多い。
別に風間とて油断や慢心はしていない。なまじ相手にしてきた面子が面子なだけに、実戦経験が豊富な彼でも勝てない相手はいる。
「ですが、彼の言い分も納得しております。他でもない彼がそれを沖縄や佐渡に能登沖、そして巳焼島で成したのですから」
「確かにな……」
味方の損害を最小限に抑え、敵の損失を最大化させる。戦闘における理想論であるのは間違いないが、悠元はそれを実現してみせた。不幸中の幸いとしては、彼が護人として日本から出ていくつもりが全く無いという点であった。
蘇我とて国防軍を使って意図的に悠元を縛る気など無かった。だが、第101旅団から切り離した独立魔装大隊の引き取り先を考慮した時、彼らを御し切れる人間が悠元しかいなかったのも事実。
なので、国防軍ひいては日本政府の基本方針として、悠元に対して最大限の便宜を図ることで決着している。
「彼とてイエスマンで固めたいという訳ではないでしょう。ですが、敵意や悪意を見せたものを野放しにする道理もない―――これは彼の決意表明なのかもしれません」
「決意表明、とは?」
「これは小官の憶測にすぎませんが、彼はこの世界に投げかけたのでしょう。魔法師を“人類とは異なる存在”と見做す様な反魔法主義の在り方に。そして、ひいては人類全体に対して魔法師の存在意義に関する問いかけをした……そう思えてなりません」
国防軍とのトラブル(主に情報部や佐伯)に関しても、悠元は一貫して魔法師の扱いが“人ならざるもの”となっていることについて疑問を呈してきた。
確かに見えない力というものは強大だが、それは政治家や役人などと言った公権力を有する者たち、財力によって強権を揮う者たちの存在、そして裏世界から表の世界を握ろうとする者共にも該当する。
「大将閣下は御存知でしょうが、小官は軍人魔法師でありながら九島退役少将の唱えた師族会議体制について批判的な立場にありました。彼らに兵器であることを強要するなど、我々に出来なかった役目を押し付ける時点で大人として失格に等しい所業です」
「……」
「ですが、国難を前にして小官も命令とはいえ彼らを送り出し、大黒特尉と上条大将閣下に戦略級魔法を使わせてしまった。いくら上官の命令とは言え、小官は退役少将のことを悪しく言えない立場になりました」
出来ることならば、風間が出来る範疇で事を収めたかった。だが、いくらゲリラ戦においての経験が豊富でも、見晴らしの利いたフィールドという条件下で大軍を相手に切り抜けるような力量を持ち合わせていなかった。
蘇我は何も言わず、風間の言葉に耳を傾ける。
「彼らを何度も利用してしまったこと。そして、それを平然と実行した元上官に対して何も気づかず、咎めなかったことは小官の落ち度でもあります」
「そうか。ならばこちらから提示する案件に対し、断ることはしないと?」
「無論であります」
彼自身が悪い、とは言い難い。仮に軍人としては欠陥があろうとも、これまで数多くの軍人魔法師を育て上げてきた実績は無視できるものでもない。それでも風間の生真面目さを鑑みた蘇我は真剣な表情を浮かべて風間を見やり、風間は踵を正した。
「風間玄信大佐に通達する。明日付けを以て独立魔装大隊を第十三首都防衛旅団の中核部隊とする。それに伴って貴官を副旅団長兼大隊長に任命し、階級を少将に昇進するものとする」
「……は、はい? 部隊編成は理解いたしましたが、小官の昇進は如何なる理由でしょうか?」
蘇我から言い放たれた言葉に風間であってもすぐに呑み込めず、躊躇いながらも蘇我に問いかける。なお、二人の会話を聞いている八雲は面白そうな笑顔で風間を見ていた。
「まず、独立魔装大隊を管轄する霞ヶ浦基地の最高責任者である旅団長は上条大将だが、彼をその為だけに霞ヶ浦へ留め置くわけにはいかない。そして、各旅団の階級に準じる形とするならば、次に位が高くならなければならないのは風間大佐となる」
「彼を基地に留め置いたら、婚約者たちに袋叩きにされてもおかしくありませんからな」
「袋叩きで済めばいいがね。最悪我々の身体が粉微塵になりかねん」
悠元の婚約者たちに対する危険視と言うよりは、彼を軍務に拘束することで要らぬ争いを生まないため―――それを念頭に置いた蘇我の説明に、風間は頷いて肯定の意を示す。
「彼はそんな未来を一切望まないと思うが、将来に繋がる懸念を払拭するためにも貴官には奮闘してもらいたい。これが私なりに考えた貴官への“罰”だ」
「……了解いたしました」
ちなみに、八雲は二人のやり取りに対して言葉を発することはなく、会談が終わったところでそのまま立ち去っていった。風間も自分の師に揶揄われることが無かったためか、安堵に近いため息が漏れたのは……ここだけの話。
◇ ◇ ◇
悠元が仕込んだ国家魔法技能師の国家資格。無論、日本で制定したために日本国内の公的な資格としての機能でしかない。いや、先日までは“そうでしかなかった”というべきなのだろう。
その切っ掛けは襲撃の二日後、南アメリカ連邦共和国のディアッカ・ブレスティーロ大統領が電撃来日したことから始まった。表向きは今回の襲撃に対しての支援表明だが、裏向きではエドワード・クラークに協力したミゲル・ディアスの引き渡し。
無論、この件は悠元が仕組んでいた策に協力しただけであり、ミゲル・ディアスは表向き『ブレスティーロ大統領の護衛』としてメディアの前に姿を見せていた。[十三使徒]の国外派遣は類を見ず、日本とSSAの友好に一役買う格好となっていた。
[恒星炉]の技術提供も既に調印が済んでおり、SSAにいる魔法技術者が日本へ派遣される形で技術移転を実施する。なお、人造レリックに関する製造技術は軍事転用を危惧して移転させず、[マジストア]の現物とメンテナンス技術を輸出することで合意に至っている。
その後、日本とSSAの共同記者会見でブレスティーロ大統領は日本の国家魔法技能師に関する事柄に触れ、現状の魔法協会では魔法師に対する実効力が乏しいため、日本の法律を参考に国家魔法技能師の法整備を明言した。
この法整備の動きはSEPA加盟国で急激に加速し、インド・ペルシア連邦も連邦首相自ら日本を訪問する運びとなり、各加盟国の首相クラスがこぞって日本を来訪する事態となる。
これに危機感を持つのは当然国際魔法協会。特にイギリスの国際魔法協会本部は日本に対する危機感を抱いていた。だが、過去の戦争で多大な功績を有する英雄を擁する日本に対し、有効な手段などなかった。
何せ、ディオーネー計画を推進した挙句、エドワード・クラークの策謀があったとはいえ達也に参加を強要するような働きをしてしまったことは事実。無論、達也としては必要以上の敵意や害意が無く、更にそれが大切な人に及ばなければ彼とて気にする素振りはない。
『これは神楽坂様』
「どうも、兵庫さん。達也は不在ですか?」
『達也様は只今別の方と連絡をしておりまして』
悠元は[恒星炉]に関する技術移転の取りまとめを話し合う関係で達也に連絡を取ったところ、モニターに映ったのは兵庫だった。流石に間が悪かったのかと思えば、兵庫の表情からして達也が婚約者の誰かや四葉家の関係者と連絡を取っていないことがそれとなく察してしまった。
「その口ぶりですと、婚約者や四葉家関連では無さそうですね。どちら様です?」
『流石の御賢察です。お相手は日本魔法協会の
「ふむ……(何で日本魔法協会? しかも十三束会長じゃない?)」
セリアから聞いた話や、真一が話してくれた原作世界の流れからするに、達也が世界へ向けたメッセージが大人たちに大きな波紋を与えたのだろう。それに納得できないと腹を立てる輩が一定数生じるのは無理からぬことだ。
だが、この世界ではそのメッセージ自体出していないどころか、日本政府が全面的に表立って世界を牽制した。政府の庇護を受けている日本魔法協会の一支部長に過ぎない彼が出張る意味がよく分からなかった。
「そのまま繋いでくれますか? 相手に対する釘差しも引き受けますので」
『宜しいのでしょうか?』
「貸し借りの勘定は勘弁してください」
よもや、当事者どころかその従者にまで損得の貸借勘定を持ち出される羽目になると思わず、悠元は深い溜息を漏らしながら達也へ連絡を繋げる様に頼んだのだった。