兵庫にお願いをして十数秒後、達也の姿がモニターに映った。流石に実家で四葉の人間として認められなかった時期を乗り越えた人間からすれば、魔法協会の人間相手では逆に可哀想としか言いようがない訳だが、それを押し退ける形で悠元が切り出した。
「すまないな、達也。いきなり割り込む様な形で連絡をして」
『いや、特に気にしてはいない。大方俺に対して釘差しをしたかったのかもしれんが』
「達也がそうなるなら、俺も対象になりそうなものだが」
なお、兵庫から聞いた事象をそのまま京都にいる十三束翡翠にメールで伝えている。『伝統派』の和解によって京都・奈良方面で多大な影響力を有した神楽坂家―――その現当主が態々メールで伝えたという時点で、翡翠の治った胃にまたダメージが入りそうな案件だ。
百目鬼については、十三束翡翠に加えて日本政府からの圧力を掛けてもらう。特に後者は政治的な“仕分け”によって、悠元から多大な恩恵を受けてしまった。なので、彼からのお願いを断ること自体が無礼ということで積極的に動いてくれている。
予め言っておくが、悠元がお願いをしたのは日本魔法協会への“お願い”であって、決してそれを実施しなかった時のペナルティは口に出していない。責任を負ってもらう翡翠に対しては暑中見舞いということで何かしら見繕っておくことも念頭に置きつつ、意識を達也の方へと向ける。
『各方面で多大な影響力を有してしまった悠元に口を出せば、百目鬼支部長の首が物理的に飛ぶだろうな』
「俺は何でもかんでもスプラッターな光景を作る気なんてないぞ。精々百目鬼を沖ノ鳥島に突き立ててやるぐらいだが」
『……そんなことを思いついて実行できるのは、お前を含めても数人しかいないんだが』
百目鬼がどうなるかなど知った事ではない。
そんな話は置いておいて、悠元は本題を切り出した。
「事前に暗号メールで送っておいたが、問題はなかったか?」
『ああ。正直、俺の方が悠元に聞かなければならない事ばかりだが』
「得意分野の差は仕方が無いと思うけどな」
魔法工学の分野はまだしも、一般的な工業・工学分野の技術はほぼ悠元が担っている。軍艦や輸送機を設計・製造できる能力まで有しているわけだが、流石にどれも[太陽炉]の複製に比べれば些事になってしまう。
「それに、会社自体は俺が前面に出なくとも回るようにしてあるからな。俺が必ずやる仕事は最終決裁の認可ぐらいだよ。達也も婚約者たちとの時間が取れるように配慮はするから」
『……一番歓喜しそうなのは母上だろうが』
感情を記憶化させられても、そこから感情を取り戻せないというわけではない。ただ、長い事誰しも真夜・深夜の姉妹をフォローしようと積極的に動こうとする者は殆どいなかった。その可能性があった剛三でさえも、復讐劇の心の傷で動ける状態に無かった。
長い時間を経ての反動で漸く得た最愛の息子の為なら何でも平気でやりそうだからこそ、達也はその光景を想像した上で深い溜息を漏らした。
「自分からしたら、親友の母親を娶るも同然なことに溜息の一つでも出そうだが……まあ、もう諦めたから気にするな」
『そうか……真一から聞いた“向こうの俺”と別の意味で苦労する羽目になるとは思わなかったが』
「予想なんて出来たら、それはもう神の領域だよ」
その真一だが、愛波と共に予定通り[夢想天成]でゲートを開き、元の世界に送り返す。問題は正確な時間を伝える触媒だったが、それは奇しくも[
これを併用することで二人を異なる時間軸に送り返すことが出来る算段が整った。尤も、あくまでも計算上の範疇を抜け切れていないため、博打の要素があるのは否定できないが。
「それで九校戦の話だけど、8月10日から実施の目途が付いた」
『思ったよりも早いな。新ソ連方面は大丈夫なのか?』
「ベゾブラゾフを喪い、コントラチェンコも亡命した状況でどうにかするようなら、今度は自分が戦略級魔法で吹き飛ばす」
『吹き飛ぶ前に攻めた痕跡すら残さないような気がするのだが』
USNAとは話が付き、大亜連合とは講和状態、そして新ソ連は国内が混乱の極み。日本にちょっかいを掛けられる大国が不在となった今、九校戦を再開催する算段が整ったことになる。
そして、会場となる旧富士演習場南東エリア―――神坂グループ所有の『メイジアン・アクティブフィールドセンター』へと名称を変え、神坂グループが全面的にスポンサーとなり、魔法産業や財界からのスポンサーも募る形で魔法競技の研修センター兼競技会場の性質に特化させた。
設備もエリア買取に合わせて一新し、最新鋭の魔法技術を用いることでFLTの価値を高める形に繋げている。尤も、基本的なサポートはトライローズ・エレクトロニクス傘下の子会社が担うこととなるが。
「まあ、それは否定しないが……にしても、ようやくまともな九校戦になりそうで安心できるよ。大概周公瑾絡みのせいでもあるわけだが」
『……言われてみれば、そうだな』
一昨年の九校戦は『
『ただ、お前と一条の因縁は三年連続のようだが』
「こっちとしてはいい加減にしてほしいんだがな。将輝も間違いなく個人戦に出て来るだろうから、ピラーズ・ブレイクとシールド・ダウンで叩き潰す」
『殺傷事にはするなよ?』
「流石にルールの範疇で収めるわ」
婚約者がいる手前、負ける気はない。ただ、勝ったら勝ったで押し掛けられる未来しか見えないというのは……男としては冥利に尽きるのだが、何とも言えない気分だった。
◇ ◇ ◇
西暦2097年8月1日、USNAのジョーリッジ・D・トランプ大統領が来日。傍にはジェラルドとアニエスの姿に加えて、彼の親友であるエルドレッド・バラッド・“フォーマルハウト”中佐の姿がいた。
彼は父親であるバルクホルン・バラッドが軍に復帰したことを受けて、彼の推薦という形でダラスの研究所から引き抜かれて『スターズ』入りした。そんな彼もジェラルドと同じ目に遭っているのは……今更な話かもしれないが。
話をジョーリッジ方面に戻すが、彼は日本の現総理大臣に加えて上皇・天皇陛下との面会を許され、USNAの長として日本に対する非礼を謝罪した。横浜事変における有事対応の遅延行為のみならず、日本の戦略級魔法を排除しようとして軍事的な行為に踏み切っていた事実を明るみにし、改めて謝意と賠償の意思を示した。
だが、そんな彼の本題はこの国を真の意味で支配し得る立場にいる人間―――悠元との会談にあった。
会談の場所は赤坂離宮の一室を借りての会談。悠元としては別にジョーリッジが泊まるホテルに出向くのでも良かったわけだが、ジョーリッジが謙った結果としての折衝案だった。悠元のほうはセリアと深雪に水波、達也とリーナを同行者として伴った。
ボディチェック自体は銃刀法に抵触するレベルのものが無いかぐらいのもので、CADについては確認程度でしかなかった。相手に直接干渉する魔法を無力化してしまう大統領だからこその対応と思いつつ、部屋に入るとジョーリッジが立って出迎えてくれた。
「ロズウェル以来になりますな、ミスター神楽坂。今回の会談を快諾して頂き、感謝しております」
「お久しぶりです、大統領閣下。こちらとしても心中をお察しいたします」
「心遣いまで頂き、感謝に堪えませんな」
ジョーリッジは普通に日本語で喋っている為、悠元も無論日本語で応対する。互いに握手を交わした後で同行者の自己紹介を行い、ジョーリッジは丁重にした上でそれぞれ握手を交わしていた。
達也は握手をした時点で大統領の特異体質を把握し、魔法が効かないからこその警備なのだと思った。現に、USNA側はジョーリッジを除くとジェラルドにアニエス、そしてエルドレッドの三人しか連れていない。
自己紹介を終えたところで、テーブルを挟む形で席に着いた。そして切り出したのは悠元のほうだった。
「此度の訪問の意図は重々把握しています。既に軍艦や各種装備の引き渡しについては了承を得て進めております。今回の一件が済み次第、個人で保有している国債の半分を政府にお売りいたします」
「何と……いえ、其方の要求を呑むのは既に決定している為、異存はありません」
国債の保有を減らすのは単純明快で、変に頼られ過ぎて日本国内にいる時間を減らしたくないのが本音だった。原作よりも強化された人員が居るとはいえ、何かしらのトラブルが起きないとも言えない。
それに、経済的な手綱によってUSNA国内で反乱分子を生み出す効果を逓減させる意味合いも含まれている。ただでさえ莫大な金を貰う以上、いくら大統領の申し送りがあろうともよからぬ感情を持ちうる人間が生じる可能性は決してゼロではない。
自身の特異魔法であちこち飛べるからと言っても、変に煽ったり敵を作るのは御免被る……という悠元の意思を感じ取り、ジョーリッジは苦笑を滲ませていた。
「いやはや、ミスター剛三やミズ千姫の規格外さは若い頃に何度も味わったが、ミスターはその薫陶を受けていらっしゃるようだ」
「大体爺さんや母上の無茶ぶりに付き合わされての結果ではございますが」
「それに付いていけただけでも十分凄いとしか言えぬのだがね」
ジョーリッジの話し方について一切言及するつもりはなかった。何せ、公的に見ればトライローズ・エレクトロニクスの理事長とはいえ、まだ十代の高校生の身分であることも事実。年齢で軽んじて若僧と呼ばれても、それは事実なので何も言えない。
ただ、逆に歳を食っていると言われると、転生者という立場では地味に効くのも確かだが。
「話を戻しますが。[恒星炉]の技術提供についても、そちらの要求通りで段取りを進めます。流石に魔法技術そのものを教えることは出来ませんが」
「そこまで厚かましいことは言えません。何分、宇宙の上にあった遺産を片付けてくれた身としては、国を丸ごと差し上げても足りぬでしょうからな」
それは紛れもなく[セブンスプレイグ]や[アルカトラズ]のことだろう。確かに、その二つが地上へ落下して放射能汚染が起これば、最早国家予算が吹き飛ぶほどの損害と遺恨が残る。
人造レリック[マジストア]の製造方法は既に確立しているが、おいそれと広める気はない。軍事転用される可能性は残ったままだが、それが明るみになった時点で潰すことも厭わない。
「実は、こちらで選りすぐりの技術者を同行させております。ミスターが宜しければ直ぐにでも滞在させることは叶いますが、いかがでしょう?」
すると、ジョーリッジから出した提案に少し驚きを見せた。達也に視線を送ると、達也は『悠元に任せる』と言いたげな視線を送りつつも頷き、それを見た悠元はジョーリッジに視線を戻す。
「大丈夫です。既に滞在準備は整っておりますので。つきましては閣下にもご同行願いたいのですが」
「それは是非。何でしたら戦闘機でも構いません」
「……相変わらずですね、お祖父様は」
普通の国家元首なら絶対言わないであろう言葉を聞き、それに対して思わずリーナが呟いたことに、周囲の人からは笑みを漏らした人も少なくなかった。
◇ ◇ ◇
普通ならば、目立ってしまった側となる達也と悠元。とはいえ、九校戦の再開催が決まるとなれば、エンジニアと選手の要とも言える二人でも外を出歩く必要が出てくる。ただ、政府の釘差しによって興味本位で取材を敢行しようとする輩はいなかったし、そもそも無意識で認識阻害を駆使する悠元を相手に取材できる方が極めて難しい。
ジョーリッジの巳焼島訪問は決まったものの、政府高官の会合などや外遊日程もある為、会談の二日後に訪問することで調整した。
「正直、国外の人間を相手にするより疲れる案件が待っているというのは……分かっていてもかったるい」
「悠元……」
悠元が達也や深雪、水波と一緒に登校しているのは九校戦の最終打ち合わせのため。普段なら学校も夏休みで最低限の人員しかいないが、九校戦の再開催が決まってからは教職員たちも余程の事情が無い限りは出勤している。
その背後に百山校長の職務命令があったという噂もあるが、真実のほどはあまり気にしていない。
「いや、達也たちに愚痴を言っても解決しないのは分かってるけどな。気を悪くしたのならすまない」
「気にしていない。日頃俺の方が散々世話になってるんだ。これぐらいは聞かないと貸しが死ぬまでに返し切れない」
「寧ろ、お前がどうやったら死ぬのかが一番気になる疑問なんだが」
達也からすれば、本来悠元がいなかった場合に背負うであろう気苦労を鑑みた時、自分の苦労を肩代わりしてくれた親友に感謝しかなかった。真一から聞いた“達也と深雪が婚約した後の話”を聞かされた時、自ずと将輝の間に何が起きるのかを想像できてしまった。
殆どの情動を消されても、深雪に対する情動だけは消されなかった。深雪を巡る問題となれば、いくら達也と言えども冷静に対処できるとは思えなかったからだ。流石に魔法を使って対処することにはならないと思うが。
「新ソ連方面が小康状態になったから、九校戦が出来るという訳で。連中からしたら憤慨ものだろうが、向こうの都合に付き合っている余裕なんてない」
「悠元さんからしたら、一条さんとの問題が最優先ですか」
「間違ってはないかな」
いずれにせよ、一度は中止した九校戦の開催ということで、生徒たちのやる気が復活している。それに伴って達也の問題―――元とはいえ[トーラス・シルバー]の参加―――も再浮上しかけたが、そこについては部活連会頭として他校の部活連に一喝した。
『誰かのせいで勝てないと泣き言を抜かすのならば、まともな魔法師になどなれる筈などない。死に物狂いで努力を積み重ねてから意見を述べて頂きたい』
別に物申す気など無かったが、将輝や真紅郎が許されて達也が許されない道理が不明すぎる。それこそ『四葉』の名を理由にするようならば、そのまま再中止にする算段もあった。ただ、ここまで進んでおいて社会的損失を考慮した場合、中止せずにそのまま進めることとした。
そんな四人の会話は、友人たちが合流したことによってお開きとなったのだった。
百目鬼は犠牲になったのだ。ハイライトの犠牲にな……