この国には、『
19世紀、大日本帝国議会開設前に『元老院』と同名の立法機関が存在したが、現代の元老院はその後継機関ではない。憲法外機関だった『元老』とも無関係だ。ただ、法の内外から国を操っている面で言えば“似ている”と評されるかもしれないが。
元老院では『四大老』と呼ばれる四人が特に強い権力を有している。政治勢力の裏側に詳しい人間からすれば、元老院と四大老をイコールで考える人間は決して少なくない。だが四大老だけでなく、元老員―――元老院の構成員―――たちも「政界の黒幕」と呼ばれるに足る、隠然たる権力を有する者達だった。
元老院は『院』という名前こそついているが、定期的に開催される会議は一切存在しない。そもそも何かを決議することが無かった(問題があれば剛三や千姫が解決していた)ため、会議が無くても別に不思議ではない。
政界の重鎮や彼らに近い権力を有する人間にのみ知らされた組織の為、制度化された組織ではない。労働組合や政党などのように意思を一本化して何かに取り組む意義も無い。似たような立場にある者たちの懇親会、もしくは意見交換会の意味合いが強い。
8月6日の夜、某所で持たれた会合も元老院の全員に通知されて開催されたものではなかった。それどころか半数も参加していない。元老院の中でも親しい者達の小規模な宴会―――ただし、酒も肴も超高級品―――だった。
「……さて、そろそろ本題に入りましょう」
「今朝方亡くなられた樫和殿のことですな?」
この会合の中で最年長者が切り出し、対面に座る老人が応じた。
「しかも、樫和家は四大老の座を退くとも聞きました」
「空いた椅子を他の四大老の方々が座視するとは思えませぬが、これはこれで好機ではないかと」
元老員は過半数が五十代後半以上の老人で占めている。中年の男性や熟年の女性もいるが、青年や少女は二十代で四大老の座を継いだ神楽坂千姫以外存在していなかった……今年の冬までは。
四大老は大幅に代替わりが起き、今年の春に神楽坂・上泉の二家が現当主に四大老の座を譲渡。東道家は直系の子女はいるものの、婿養子入りする娘婿との折り合いの為、高校卒業後を目途に四大老の座を譲渡する。
一気に四大老の年齢構成が刷新されるため、樫和家が降りた椅子を狙おうとする輩が居ても何ら不思議ではない……ただ、その席が『
参会者が次々と発言する中、無礼とも取れる発言が一人の老人から飛び出した。
「―――よくもまあ、べらべらと都合の良い事を言えるものだ。権力以外何も持たぬ先の短い老人たちが」
「言い方を慎みたまえ。今なら謝罪で済ませるが」
「これは失礼した。この姿で喋っても意味が無かったな」
最年長者の窘めに一応謝辞を述べつつも、老人は顔の前に自らの右手を翳した。すると、老人の姿は少年の姿へと早変わりし、参会者一同を驚かせた。何せ、そこにいたのは元老院四大老の一角―――神楽坂家当主・神楽坂悠元その人だったからだ。
最年長者は驚きつつも、恐る恐る言葉を呟く。
「こ、これは神楽坂殿。参会者の老人は如何なされました?」
「ご心配なく。彼なら家でのんびりしておる……さて、私が出向いた理由は至極単純。貴方方の存在はこれからの日本の未来に阻害を来す。なので、引退して頂きたい」
正直な話、日本が抱えられる人口のキャパシティなどたかが知れている。そうなれば魔法師の許容上限が生じるのは言うに及ばずだ。この先、現代魔法の発展によって魔法技能師の割合が増えていくことは恐らく避けられない。
いくら国を護るためとはいえ、自らの手を汚さずに配下の手を汚させる―――それは最早“独裁者”の考え方にも近いだろう。
「魔法師は貴方方の手駒ではない。優秀な者を引き抜いて、劣る者を徹底的に排除する。競争原理に則れば理屈は通るが、そんなことを続ければ衰退の一途を辿るだけだ」
「では、神楽坂殿はそれを覆す術があるということでしょうか?」
「『既に実行している』という表現が妥当だと思っていただこう」
悠元自身がある意味“劣等生”だったからこそ、魔法資質保有者の底上げを行うために魔法教育や魔法医療教育にも口を出したし、一高の二科生にも梃入れをした。
「裏の組織であるが故、元老院に何かを決める権限はない。ならば、いくら表の秩序を守ることは許容したとしても、日本の国家の舵取りを決める権限など有してはいけない―――それが元老院の貫くべき道理だ」
師族会議議長として師族会議に対する影響を及ぼしたり、国防軍大将として国防軍に貢献することがあったり、[トーラス・シルバー]としての功績は有ろうとも、それらの功績が横に渡って影響を及ぼさないように苦心していた。
総理大臣との会合でも、命令の類に準ずる要請はしていない。いくら皇族に次ぐ権力を有しているとしても、変に乱発させて混乱を招く方が秩序を守るという目的からかけ離れてしまう。
「……」
「伝えるべきことは伝えた。どうされるかは各々ご自身で判断されるがよかろう。酒は飲めぬが、肴は馳走になった」
そう言い残して悠元は立ち上がると、その場に光の嵐が巻き起こる。たった数秒ののち、悠元の姿は完全に消えていた。
残された元老員たちは誰も言葉を発することが出来ず、漸く言葉を発するようになったのはこの30分後のことであった。
◇ ◇ ◇
2097年8月8日、木曜日。
今年が最後となる九校戦。来年からは新規開設校の三校が加わり、十二校による総校戦へと名称が変わる。競技内容自体が劇的に変わるわけではないが、魔法競技の練習試合で既に頭角を現している三校に対して早くも警戒を示している学校も少なくない。
尤も、今年が最後となる三年生組からすれば、そこまで警戒する人間はあまりいなかったりする。その一人である悠元はバスの座席で眠っていた。
「……ぐっすり寝てるね」
「最近忙しかったようですから」
深雪は詳細を聞かされていないが、悠元が二日前に九重寺を訪れた後は学校へ行かず、部活連幹部に仕事の差配をメールした後、各地を飛び回っていたことだけは知っていた。
樫和主鷹の急死により、その支持基盤を根こそぎ掌握した後で香取家へ譲渡。後はエリカへ四大老の座を継がせることで元老院の体制を整える手筈は整った。ここまで自分がやるべき仕事は終えたので、あとは全て放り投げた。
元老たちの“刷新”は千姫が引き受けてくれた。曰く『私や義兄が揃って身を引いたというのに、少し若いからと言って椅子にしがみ続けるのはみっともない』と話していた。それこそ二十代から四大老の椅子に座っていた千姫だからこそ、元老たちの怠慢は看過できないと見たのだろう。
秩序を守るには相応の力が求められてしまう。それは創作物に限った話ではなく、古今東西において確固たる支持基盤を有する人間が強大な力を有するのは自明の理である。それを頂点にいる人間が望むか否かに関わらず。
「深雪も知らないの?」
「『時が来れば必ず教える』と言われましたから、無理に聞こうとは思いませんでしたので」
「そ、そうなんだ……」
四葉の人間でも弁えるべき一線の存在は理解している。婚約序列筆頭とはいえ、まだ神楽坂の人間でないからこそ深雪は必要以上の追及をしなかった。深雪の言葉に事の深刻さを垣間見たのか、ほのかは躊躇いがちに言葉を返した。
すると、眠っていた悠元が目を覚ました。
「ん……すまん、寝てしまってた」
「いえ、いいのですよ。もう少しでホテルに着くところです。欲を言えば、到着まで寝ていて欲しかったですが」
「それは当然の権利」
「二人とも、欲が駄々洩れすぎるよ」
起きた悠元に対する二人の言動が余りにも欲塗れだと反射的にツッコミを入れてしまうほのか。すると、後ろの座席から話しかけてくる輩がいた。
「そうそう、お兄ちゃんはもっと甘えていいと思うのですよ。てなわけでカモン!」
「公衆の面前という状況でやるかバカ」
「のおおおう!?」
「……学習しなさいよ」
悠元の後ろに座るセリアが揶揄ったので、悠元が[ファランクス]で疑似アイアンクローをお見舞いし、それをセリアの隣に座るリーナが溜息交じりに呟いた。周りに人もいるため、お仕置きは1分程度に収められた。
「でもまあ、『龍』絡みとか『霊』絡みとかを考えなくて済むのは正直有難いけどな」
「普通は私たちが考える事じゃないんだけどね」
悠元の婚約者や近しい人間には、一昨年と昨年の九校戦に関する情報を既に教えている。結局は組織どころか唆した人物や黒幕まで滅んでいるため、『報復が既に成立しているので復讐をする必要がない』こともきちんと伝えている。
まあ、周公瑾の場合は仮初の肉体どころか精神まで滅んでいる為、復活する可能性はゼロに等しい。
「そういえば、作戦関連は何もタッチしないの?」
「妨害無しとなれば、ほぼ正攻法で問題ないと踏んだ」
今年の九校戦は、来年からのことも見越して現2年を中心に作戦を立案させている。
ぶっちゃけ、各々実力がインフレしていて某漫画のような瞬間移動バトルが繰り広げられてもおかしくない次元にいる人間が10人前後いる(大半が現3年)ため、3年に偏らせるのではなく、1・2年のメンバーも積極的に入れる形を取っている。
特に今年は新団体競技としてマギテクス・ボールも加わる為、各競技の出場選手はマギテクス・ボールとの掛け持ちとなる場合もある。こちらは元々の競技が1チーム五人で構成されるため、男女別で実施される。
「CADの製作は知り合いに頼んだけど、張り切り過ぎて翌日納品は流石に苦笑したわ。朝方にメールしたとはいえ、早すぎるでしょ」
「設計は悠元がやったんだ?」
「元とはいえ[トーラス・シルバー]であることは明かしたからな。でも、基本は個人戦に集中したいし、エンジニアも詩奈と侍郎しか担当しないし」
一高の全選手が使用する九校戦競技用のCAD設計は悠元が担当し、プログラムは達也が組み上げた。更に、達也は昨年以前と同様に3年女子の調整と作戦立案を担当し、悠元は個人戦の負担を考慮して新人戦に出場する詩奈と侍郎の調整と作戦参謀を担当する。
悠元がこの二人を担当する理由は単純なもので、二人の実力が1年生の中で際立ってしまっている実情があるためだ。
「使う魔法も決めた。テーマは『今までの総決算』という形でいく」
「あの、どの魔法を使える悠元さんがそれを言っても見当がつかないのですが……」
「ネタバレしても面白くないからな」
別にここで話しても問題はない訳だが、誰かが盗み聞きしている可能性は……ゼロではない。誰かが話している所を聞いて他校に漏れるパターンだってあり得なくはないのだから。
「達也には調整の関係上、事前に全て話している。その時の反応は『埒外の天才』だった……俺からしたら、達也が天才の類だよ」
「それはそう思う。悠元は寧ろジゴロ」
「無理矢理定着させようとしないの、雫さんや」
競技会場のメイジアン・アクティブフィールドセンターへ走っていくバスと数台の車両は、問題なく会場エリアへ入っていったのだった。
◇ ◇ ◇
旧富士演習場南東エリア改めメイジアン・アクティブフィールドセンター。『魔法資質保有者を対象にした魔法力向上のための総合トレーニング施設』を主題として掲げており、土地自体は神坂グループ所有の社有地で、施設・設備は神坂グループや白河グループの他、ホクザングループなどの国内財閥グループやFLTなどといった魔法産業企業も参画している。
尚、公的な管理会社はトライローズ・エレクトロニクス傘下のステラデバイステクノロジーが管理・運営を担っている。
外国将校向けのホテル―――施設利用者向けの宿舎については、これまで通り荷物の搬入出を自分たちでやらなければならないことは変わりない。これは九校戦の出場選手に限っており、一般・VIPの宿泊客に対しては荷物運搬サービスが適応される。
これまではエンジニアである達也が先行する形だったが、今年は個人戦もある為に悠元と深雪も同行する格好となった。達也の部屋に着くと、三人で手分けして準備を整えた。
「思ったよりも速く済んだな。これだと俺が出る幕は無かったか」
「いや、ハードの接続を躊躇いなく実施して一発で起動させられた時点で悠元の功績だろう」
「私から言わせれば、お二人が異常なだけです」
「……フッ」
謙虚がちに皮肉る悠元、悠元の功績だと述べる達也、そして二人纏めて『おかしい』と評した深雪。こんなやり取りは悠元が司波家に居候してから幾度もあった遣り取りであり、これには思わず達也から笑みが漏れた。
「それよりも、個人戦の打ち合わせを済ませよう。二人もいいか?」
「ああ」
「はい」
今年から導入された個人戦。作戦全てを達也が考えるのはオーバーワークとなる為、各学年の男女と同学年のエンジニアが担当することで今年は様子を見ることとなった。なので、学校でもツートップの二人を任せられるのは自ずと達也の役割になった。
「後半の二種目については、特に変更はしない。深雪の魔法については手持ちで十分行けるという判断だ。悠元については……やり過ぎない程度にしてくれ」
「罷り間違ってもダイレクトアタックする気はねえよ」
個人戦4種目の内、ピラーズ・ブレイクと男子モノリス・コード、女子ミラージ・バットについては各々出場経験がある為、戦略面に大幅な変更点はない。ただ、深雪が[誓約]の完全解除によって魔法力を十全に扱えるため、出場選手の中でも頭一つ以上抜けている形となる。
一方、悠元のほうは出力を絞らないと大惨事になる為、形式上の釘差しを行った。
「それで納得しておく。残るはスピード・シューティングとクラウド・ボールのほうだが……いけそうか?」
「はい。二木先輩から『それは反則でしょ』と言われるぐらいのお墨付きを貰いましたので」
「俺は映像で見せてもらったが、ルールに反していないからこそ強いんだよな」
悠元はスピード・シューティングを佳奈に、クラウド・ボールを美嘉に見てもらう形で調整を行った。深雪の場合は2種目の経験がある真由美が調整の相手を務めた。調整の負担分散という面はあるが、実力面を考慮しての分け方という側面もある。
「悠元さんの方は、お姉さん方から駄々をこねられていましたが」
「主に美嘉姉さんのほうだけどな」
調整についてはエンジニアの観点で達也も様子を見ていたが、不安と思える要素は限りなくないに等しかった。三高の[カーディナル・ジョージ]がいくつか作戦を立ててくるだろうが、制限を解除した今の達也以上に魔法を工夫できる人物がいるため、そこについても不安視はしていない。
「お兄様の方から何か不安要素があれば、是非仰ってください」
「……いや、特に不安はないな。強いて挙げるとすれば、悠元が怒って将輝にダイレクトアタックを仕掛けないかどうかぐらいだな」
「あのな、達也。俺でもルールに反する行動は慎むわ」
「ふふっ……」
これまで明確なルール違反をしたことがない悠元だからこそ、冗談だと分かる達也の言葉に対して悠元は溜息交じりに返答し、そのやり取りを聞いた深雪は笑みを漏らしたのだった。
ゲームに没頭していたのと、その直後にコロりんされて休養を余儀なくされました。高熱が出ると足元が覚束無くなるのは初めてでした。今は快復に向かっておりますので悪しからず。